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第9話
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私はもう先輩を見ることがでなかった。ただただサッカーボールだけを見つめていた。
違和感はなぜだか、恐怖に変わる。
恐ろしさを感じて体の震えがとまらない。
何がと問われるととても困るのだけど。
もしかしたら、私は本当に頭がおかしくなったのかもしれない。
きっと、寝不足のせいで幻覚を見ただけなんだ。
それに、例え瞳が青くても別に怖いことなんてないはずだよ。
西洋人の瞳は青いじゃないの!
必至で、自分に言い聞かせながらずっとサッカーボールだけを見続ける。
ボールは蹴られて、蹴られて、蹴られて。
蹴られるその度に方向を変え転がって行く。
なんだか、それが己の意思とは関係なく大きな運命の波に翻弄されていく哀れな姿に映った。
どうしてだかそれが自分の姿に重なって見える。
嫌な予感。
とてつもなく嫌な予感。
考えすぎ、考えすぎ。
あれはサッカーボール。
…私じゃない。
けれど、ずっと震えは止まらない。
練習が終わって帰ろうとした時、森田君がこちらに走ってくるのが分かった。
「二ノ宮!
今から、ラーメン食べにいかない?岸田先輩も来るって。
よかったら、久野さんも。」
森田君がきらきらした目で、ミキを見た。
ミキは私を見る。
いつもだったら、絶対行くと言ったはずだが、私は迷った。
ミキはそんな様子を気にするふうでもなく、私に聞く。
「行くんでしょ?」
私は笑顔を貼り付けて答えた。
「うん。
行きたい。」
森田君は笑顔で、
「じゃー、ちょっと待ってて。すぐ荷物を持って先輩と来るから。」
と言って走って行った。
ミキと二人残されて私は初めて二人でいることに居心地の悪さを感じてしまった。
そのことに心が沈む。
ミキが静かに言った。
「りさがうすうす違和感を覚えているのは分かっているわ。」
ミキは笑っていた。
嬉しくてしょうがないというように。
そんな彼女の姿を見るのは初めてで…。
「りさには申し訳ないけど、岸田先輩はあきらめて。」
「どういうこと。」
「彼は私のものになるの。」
彼女は高揚していた。
そうして、はしゃぐように告げた。
「あなたとも、もうすぐお別れね。
楽しかったわ。」
私は、ミキにしがみついた。
彼女の両肩を揺らして言う。
「言っている意味が分からないよ、ミキ。」
ミキは初めて人間らしい表情をした。
ちょっとためらうような困った顔。
「あなたが好きだったわ。
本当に、大好きだったの。
私がいないとあなた、すぐとりつかれてしまうでしょうね。」
そう言って、私を抱き締めた。
それから彼女は突然私の両手を握りしめ、何か念じた様子。
すると私の両手には手品のように青い小さな石が現れた。
何かに似ている。
ああそうか、冷たい青。
さっき怖いと感じた二人の瞳の色だ。
「餞別にあげるわ。気休めにしかならないかもしれないけれど。でも、持っている方がずっとましだと思うから。」
私は半泣きだった。
「ミキ。説明して。」
ミキはまたあの独特な笑顔をみせた。
でも、もう怖いとは思わなかった。
ただ、悲しかった。
「来たわ。」
ミキの視線の先には岸田先輩がいた。
先輩は一人だった。
二人はそのまま、言葉も交わさずに無言で歩いて行く。
「ミキ!」
私が叫ぶと、ミキは振り返った。
「さよなら。」
アルカイック・スマイル。
今この時、彼女の瞳に笑いを感じることができた。
心からの笑顔。
雪がいつのまにかちらちら降っていた。
この寒さの中、二人はそろって薄手の格好をしている。
それは周囲から著しく浮いている。
それでも、ミキはやっぱりきれいだった。
先輩もとてもかっこよかった。
人間離れした美しさ。
恐いくらいの美しさ。
私は、ミキに「さようなら」とは言えなかった。
言いたくなかった。
雪がちらちら降る中で遠ざかる二人の背中を私は見えなくなるまで食い入るようにみつめていた。
違和感はなぜだか、恐怖に変わる。
恐ろしさを感じて体の震えがとまらない。
何がと問われるととても困るのだけど。
もしかしたら、私は本当に頭がおかしくなったのかもしれない。
きっと、寝不足のせいで幻覚を見ただけなんだ。
それに、例え瞳が青くても別に怖いことなんてないはずだよ。
西洋人の瞳は青いじゃないの!
必至で、自分に言い聞かせながらずっとサッカーボールだけを見続ける。
ボールは蹴られて、蹴られて、蹴られて。
蹴られるその度に方向を変え転がって行く。
なんだか、それが己の意思とは関係なく大きな運命の波に翻弄されていく哀れな姿に映った。
どうしてだかそれが自分の姿に重なって見える。
嫌な予感。
とてつもなく嫌な予感。
考えすぎ、考えすぎ。
あれはサッカーボール。
…私じゃない。
けれど、ずっと震えは止まらない。
練習が終わって帰ろうとした時、森田君がこちらに走ってくるのが分かった。
「二ノ宮!
今から、ラーメン食べにいかない?岸田先輩も来るって。
よかったら、久野さんも。」
森田君がきらきらした目で、ミキを見た。
ミキは私を見る。
いつもだったら、絶対行くと言ったはずだが、私は迷った。
ミキはそんな様子を気にするふうでもなく、私に聞く。
「行くんでしょ?」
私は笑顔を貼り付けて答えた。
「うん。
行きたい。」
森田君は笑顔で、
「じゃー、ちょっと待ってて。すぐ荷物を持って先輩と来るから。」
と言って走って行った。
ミキと二人残されて私は初めて二人でいることに居心地の悪さを感じてしまった。
そのことに心が沈む。
ミキが静かに言った。
「りさがうすうす違和感を覚えているのは分かっているわ。」
ミキは笑っていた。
嬉しくてしょうがないというように。
そんな彼女の姿を見るのは初めてで…。
「りさには申し訳ないけど、岸田先輩はあきらめて。」
「どういうこと。」
「彼は私のものになるの。」
彼女は高揚していた。
そうして、はしゃぐように告げた。
「あなたとも、もうすぐお別れね。
楽しかったわ。」
私は、ミキにしがみついた。
彼女の両肩を揺らして言う。
「言っている意味が分からないよ、ミキ。」
ミキは初めて人間らしい表情をした。
ちょっとためらうような困った顔。
「あなたが好きだったわ。
本当に、大好きだったの。
私がいないとあなた、すぐとりつかれてしまうでしょうね。」
そう言って、私を抱き締めた。
それから彼女は突然私の両手を握りしめ、何か念じた様子。
すると私の両手には手品のように青い小さな石が現れた。
何かに似ている。
ああそうか、冷たい青。
さっき怖いと感じた二人の瞳の色だ。
「餞別にあげるわ。気休めにしかならないかもしれないけれど。でも、持っている方がずっとましだと思うから。」
私は半泣きだった。
「ミキ。説明して。」
ミキはまたあの独特な笑顔をみせた。
でも、もう怖いとは思わなかった。
ただ、悲しかった。
「来たわ。」
ミキの視線の先には岸田先輩がいた。
先輩は一人だった。
二人はそのまま、言葉も交わさずに無言で歩いて行く。
「ミキ!」
私が叫ぶと、ミキは振り返った。
「さよなら。」
アルカイック・スマイル。
今この時、彼女の瞳に笑いを感じることができた。
心からの笑顔。
雪がいつのまにかちらちら降っていた。
この寒さの中、二人はそろって薄手の格好をしている。
それは周囲から著しく浮いている。
それでも、ミキはやっぱりきれいだった。
先輩もとてもかっこよかった。
人間離れした美しさ。
恐いくらいの美しさ。
私は、ミキに「さようなら」とは言えなかった。
言いたくなかった。
雪がちらちら降る中で遠ざかる二人の背中を私は見えなくなるまで食い入るようにみつめていた。
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