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第39話 秋野流空手の神髄

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 どんな手段を使ってでも相手を殺す。その、殺すためにベストな技術が秋野流空手。己の知る、ありとあらゆる技を使って、殺しを前提とする殺人術――。

 老人は、その域へ達しろといいたいようだが、和奏は素直に受け入れられなかった。

 彼は、たしかに秋野流を知っているようだ。しかし、いい歳した大人が、女子高生相手にそんな物騒なことを教えていいものか。

 万が一、あの伊南村が気に入らないからという理由で、和奏に殺人教唆をしたというのならば、それは犯罪。人間のクズ。武術界の恥さらし。もし、彼が武術を教える立場であるとするのなら、ただちに道場を閉じるべきであるほどのクズ。然るのち、切腹したほうがいい。

 ゆえに『殺す』は、なんらかの隠喩であると和奏は疑っている。

 ――言葉には裏がある。
 態度には裏がある――。

 常日頃、京史郎が罵倒を繰り返しているのは、和奏への信頼の裏返しであるように。

 和奏が見送られたあと、彼の側に別の老人が寄ってきて、なにやら会話をしていた。和奏は背中でそれを聞いていた。先刻の精神論の解説をしているようであった。

 耳朶を打つのは『肉体』だの『精神』だの『子供』だの『息子』だの『娘』だの、そんな感じの会話内容。はっきりとは聞こえなかったが、きっと意味があるキーワードに違いない。

「タフさだけは見事だよ。京史郎が気に入るのもわかる」

 再び、伊南村と対峙する和奏。まずは冷静になる。武術を忘れ、力任せな戦い方になっていた。伊南村の拳が向かってくる。和奏は、それを冷静に回し受け。すかさず喉に足刀を滑り込ませる。

「効かねえんだよ!」

 足を振り払われる。奴の太い首は、和奏の蹴りでも通用しない。

 ――違う、これじゃない。

 ならばと、今度は奴の水月めがけて渾身の正拳突きを繰り出す。だが、それでも伊南村の肉体には響いていなかった。

 ――これでもない。

 伊南村の中段蹴り。顔面に食らえば首が飛ぶだろう。和奏は姿勢を低くして回避する。

 ――殺す。何を殺す? さっきのじいさんたちは、肉体だの精神だの言っていた。ならば肉体を殺す? 精神を殺す? どうやって、どういう意味で言ったんだ。殺すなんて。

 子供の話……。じいさんの子供?
 娘……? 息子……?

 ――まさかッ?

 和奏は、なにかに気づいたように、先刻のじいさんを見た。すると、彼は和奏に向かって深く頷いた。

 そういうことだったのかと得心する。なるほど、殺すというのは隠喩。そして、口にもできない本当の意味。空手家であれば恥ずべきことだろう――。

 伊南村の連撃。空手という技術で次々と捌き、隙を窺った。そして、チャンスが訪れた瞬間を見逃さず――和奏は渾身の正拳突きを繰り出した。

 ――ちんちんめがけて。

 ドゴンと、股ぐらに拳がめり込んだ。

「がっ……ごっぁグギャオオオオアァアアァァァァァァッ!!」

 伊南村のティラノザウルスの如き叫びが、ライブハウスをビリビリと揺るがす。股間を押さえながら、派手にのたうち回る筋肉中年。

 そう。
 殺すのは肉体でもなく精神でもない。

 ――息子。即ち、ちんちんである。

 先刻の老人は、それを口にするのを恥じたのだろう。喧嘩屋ならともかく、武術家が金的を指南したら問題である。そして、なるほど急所であれば殺しても死なない。息子は死んでも、肉体も精神も滅びないのである。これが答えだった。

「――我、秋野流の神髄を得たり!」

 掌と拳をパシンと突き合わせ、和奏は笑みを浮かべた。

「違うぞ、和奏ッ! おまえは大きな勘違いをしている!」「わ、和奏ちゃん、それは違うんじゃないかな?」「和奏先輩……?」

 じいさんや穂織や心音が何かを言っているが、集中している和奏には届かない。伊南村は悶え苦しんだあと、涙目になりながらよろよろと立ち上がる。

「はあ、はあ……こ、このクソアマがッ! ぶっ殺す!」

 向かってくる伊南村。だが、和奏が視線を股間にやると、彼は下腹部をビクンと引いた。さらに、ガードも下がったので、顔面への連撃を食らわせる。

「がッ! ぐっ! 卑怯者めぇあぁぁぁあッ! あッ! あッ!」

 己が急所を打たれた記憶が、身体に染みついているのだろう。もはや和奏が視線を落としただけで、伊南村の下半身はビクンと及び腰になる。秋野流の精神的優位性である。これが我が道場の神髄だ。

「おまえらぁッ! この女をなんとかしろッ!」

「お、おおっす!」

 若衆が群がってくる。だが、やるべきことは同じだ。秋野流の秘技を食らわせるだけである。息子殺しの禁忌を解放するだけで、これほどまでに喧嘩が楽になると思わなかった。

「いいかげんにッ! しやがれッ!」

 和奏がザコに夢中になっている最中。伊南村の豪腕パンチが繰り出される。避けるには間に合わなかった。だが、構うものかと和奏は思った。

 殺す覚悟があるということは、殺される覚悟もしなければいけない。伊南村の拳が和奏の顔面を捉えるのと同時。――彼女の足刀も、伊南村の股間をスラッシュしていた。

「にぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」

 猫が潰されたかのような声だった。ほんのわずか、和奏の攻撃の方が先に当たった。豪腕を食らうも、和奏のダメージは少ない。

「ぐ……あ……ぁ……ぐ、こ、殺す……うおあぁあぁぁぁぁッ!」

 彼はスーツの内側からドスを取り出した。

「くっ、マジか……」

 たじろぐ和奏。すると、背後から心音の声が聞こえた。

「和奏先輩! これを使ってください!」

 ふと、投げられる棒状の武器。受け取る和奏。

「……これは……?」

 警棒の如き形状のスタンガンであった。スイッチがあったので入れてみると、バチバチと音を立てて稲光が迸る。

「ナイス。心音。……これなら、あいつの息子を黒焦げにできる」

「待て! ソイツを俺のイチモツにぶつける気かッ?」

「それ以外に使い道がないだろ!」

「いや、股間だろうがどこだろうが、スタンガンなら同じじゃねえか!」

「そっちは刃物使ってるんだ。手加減する余裕はねえ」

 ジリと、お互いの間合いを計る和奏と伊南村。いつしか、誰もが戦いをやめていた。若衆もチンピラも、穂織も心音も。誰もが、ふたりの決着を見届けようとしている。

「こ、このッ! 変態女がぁあぁあぁぁッ!」

 間合いが詰まる。和奏はスタンガンをアッパー気味に振り上げた。だが、伊南村はドスでそれを弾き飛ばす。そこまでは読んでいた。警戒心の塊である伊南村は、まずスタンガンを処理すると踏んだからだ。ゆえに、和奏は握力を消し、わざと払いのけさせる。

 すると、伊南村はあるはずの感触がなくてバランスを崩す。よく、バッターが派手に空振りするとバランスを崩すのと同じ原理だ。和奏は全身を捻る。その状態からの後ろ回し蹴り。

「な、え? あッ?」

 伊南村は急所を守った。そうなることも読んでいた。ゆえに、顔面に靴底を叩き込む。眉間を打たれたら視界が一瞬真っ白になるのだ。

「く、あっ――」

 そう、怯んでからでも遅くはない。回し蹴り二連目。無防備となった極道の股ぐらめがけて、和奏渾身の蹴りを繰り出した。

「おうりゃあぁあぁぁッ!」

 ドムンと重厚な手応えがあった。

「あ……が……が……」

 彼の手から刃物が滑り落ちる。瞳から黒い部分が消え失せ、マーライオンのように大口を開けると――ライブハウスを揺らすかの如く、ズシンと派手に倒れるのだった。
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