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第五話 さらばだ明智くん!

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 柴田勝家が連行され、織田信長も帰った。

 現場に残されたのは羽柴秀吉。

 ――そして――。

「官兵衛」

「はっ」


 秀吉が呼ぶと、押し入れの奥から、ぬらりと黒田官兵衛が現れる。

「大儀であった。おぬしの策によって、あの柴田勝家を火葬することができそうだわい」

「お役に立てたようで恐悦至極」

 すべては黒田官兵衛の掌の上であった。柴田勝家を調略し、その現場を織田信長に見せつける。信長も、天才黒田官兵衛の策を聞くや、面白いと思ったのか協力してくれた。

「しかし、信長様の信頼を得るには至らんかったのう」

「まこと、忌々しいことでございます」

「あとは明智光秀か……さて、どうしたものかのう」

 だが、こうなると不思議である。秀吉は真犯人ではない。勝家も違う。

 明智が真犯人? 態度からは、そうは思えなかったのだが、何か事情があったのか? あるいは前田利家? 行動は不可解だが、もしかしたら奴こそ犯人なのかもしれない。

 ――まあ、もはや関係ない。

 誰が今川義元を殺したかは問題ではない。大事なのは、確信に足るような推理を信長にさせること。

「勝家のように陥れるか?」

「明智光秀は、なにを考えておられるかわからぬ御方。されど、知略においては織田家随一……一筋縄ではいきますまい」

「ならばどうする? 官兵衛、策を申せ」

「……暗殺……するのはいかがでしょうか?」

「あ、暗殺……? ちょ、ちょっと待つぎゃ、官兵衛! いかに憎き明智といえど、殺すというのはさすがに……」

「秀吉様は忘れておいでか? 桶狭間にて、一度殺されかけていることを」

「む、そういえば……たしかに、奴は手柄を横取りせんと斬りかかってきたのぅ」

「現状、残っているのは秀吉様と光秀。このどちらかが、真犯人と相成りましょう。秀吉様が今川を殺したのは明白でござるが、死人に口なし。もしかしたら、奴も秀吉様の暗殺を企んでいるのやもしれませぬ。ここは先手を打つのが得策かと」

「な、な……み、光秀がわしをッ?」

「可能性は十分にありまする」

 殺すか、殺されるか。ここで秀吉が討たれたら、それこそ明智のひとり勝ち。逆に、明智を討てば必然的に秀吉が真犯人となる……。

「秀吉様は、織田家の未来に必要な御方。どうか、御決断くださりませ――」

           ☆

 清洲城天守閣。
 織田信長は、尾張の夜景を眺めながら思いにふける。

「……おかしい」

 ――今川義元を討伐したというのに、なにゆえ織田家中の混乱が収まらぬのだ……。

 一刻も早く天下統一に向けて次なる布石を打たねばならぬと言うのに、前田利家イヌは黒焦げ。柴田勝家ヒゲは獄中。明智光秀ハゲは行方不明。秀吉サルも仕事をせん。それだけではない。他の家臣たちも、まるで信長を恐れるように姿を見せなくなった。

「これが、覇王になるということか……」

 高みに登れば、人とは違う景色を見る。孤高とは孤独である。

「いや、何者かの企みが動いているのか……」

 信長は、今一度事件を整理してみる。

 まず、第一の犠牲者前田利家。現在、獄中にて消し炭になっている。奴が真犯人である可能性は低い。今川義元の刀傷は、槍使いの利家には似つかわしくなく、事件当時の状況からも、こいつが殺したとは思えない。

 そして第二の犠牲者、柴田勝家。現在、獄中。明日は消し炭。……此奴も犯人ではない。勝家は猛将であると同時に、自己顕示欲が強い。今川を討ったのならば、すぐにでも首をはねて信長の元に献上しにきただろう。残党を追撃していたなど……あまりに不可解となる。

「真犯人は秀吉サルか、それとも光秀ハゲか……」

 ――どちらが嘘をついているのか。

「否」

 刮目して見るべきは、此奴らではない。

利家イヌ勝家ヒゲ……なぜ、此奴らが嘘をついたのか、だ」

 仮にも奴らは信長の忠臣。主君を惑わす虚言を、まことしやかに吐くなど、普通には考えられぬ。阿呆だからこそ、嘘を言う奴ではない。阿呆は言い訳はするが、嘘をつけぬ。頭が回らぬからだ。

 信長は、扇子を開き瞳を閉じる。ふらりと足を動かし、なめらかに身体を動かす。まるで舞を踊るかのように。

「人間五十年《にぃんげぇんごじゅうねぇん》……下天の内をくらぁぶれぇばぁ……夢幻《ゆめぇまぼろし》のぉ如くなりぃぃ……」

 そして、ぴしゃりと扇子を閉じる。

「なるほど、もしや……。……そういうことであるか……」

 その時だった。慌ただしい足音が、天守閣への階段を駆け上がってくる。

「信長様! 一大事でございます!」

 配下の者からの報告。

「どうした?」

「そ、それがッ! し、柴田勝家様が脱獄ッ! 地下牢から姿を消してしまいました!」

「――であるか」

              ☆

 報せを受けた信長は、地下牢へと足を運んだ。脱獄の形跡を調べるためではない。もうひとりの囚人に話を聞くためだ。

前田利家イヌチヨ

 格子の向こうから、信長が声をかけると、倒れていた前田利家が跳ね起きる。

「の、信長様ぁぁぁあッ!」

 すすだらけの利家が、木の格子を激しく揺らす。天井からパラパラと土がこぼれる。さすがは織田家の猛将。あれだけの焼き討ちを受けておきながら元気である。

「俺が殺ったんです! 俺が、今川義元を殺したんです! 嘘をついているのはあいつらでぇえ――」

「もうよい。すべてわかっておる」

「さ、さすがは信長様! 俺が真犯人ぃぃぃッ――おばッ!」

 利家の顔面めがけて前蹴りを食らわす信長。派手に吹っ飛び、後方の石壁へと激突する。

「ひぃぃぃぃッ!」

 しかし、信長は冷静に牢屋の鍵を開けてやる。

「の、信長様……?」

「貴様が犯人ではないことぐらいお見通しだ」

「い、いや……そ、その……え? じゃ、じゃあ、なんで俺を出してくれるんです?」

「勝家を止められるのは、おまえしかおらぬからだ」

「勝家を止める? なにかあったんですかい?」

「脱獄した。……奴は、おそらく秀吉のところへ行った。おまえが止めてこい。それで、此度の咎めはナシだ」

 そう言って、信長は槍を渡す。

「勝家が……? は、ははあッ!」

 前田利家は、跪いて槍を受け取ると、猪の如く牢を出て行こうとする。

「待て! 最後に質問がある」

「な、なんでしょう?」

「おまえに入れ知恵をしたのは誰だ?」

「い、入れ知恵……?」

「おまえのことはよう知っておる。嘘偽りで出世するなどという謀略を巡らす輩ではない。裏で糸を引いている者がおるのだろう?」

「な、ななななそそそそそそんなことありゃしませんぜ!?」

 相変わらず、嘘の下手な男だと信長は思った。やはり、裏で動いている者がいたようだ。

「……誰だ?」

「い、言えません!」

「そやつに気を遣っておるのか? ……ふん、まあよいわ。時は一刻を争う。さっさと勝家ヒゲを止めてこい」
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