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第38話 舌戦

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「しかし、素面だというのなら、ちょうどいい。常々気になっていたのですが、イシュフォルト図書館の件……あれはどういったおつもりで? 魔法での移転ですよね? まさか、テスラ様がその豪腕で運んできたというわけではありませんよね?」

 虚言で取り繕ったところでいずればれるだろう。リークの名は伏せ、真実を語るほかあるまい。

「図書館の移転を考えていた時に、少し揉め事がありましてな。処理しているうちに、あのような結果になっただけです」

「揉め事? 学院の生徒たちがクーデターを起こした件ですか?」

 ――それを言うか! スピネイル!

 立てこもり事件のことは、ファンサらの名誉のために伏せておきたいところだった。それをこの場で口にするとは、どうやらわざと怒らせようとしているらしい。

「そのようなことはありません。生徒たちと方針の違いで口論になっただけです」

 あくまで冷静に答えるテスラ。しかし、語気が強くなってしまう。気がつけば、スピネイルを睨みつけている自分がいた。

「そうでしたか……。『噂』とは随分違いますなぁ。ちなみに、移転方法は魔法というのは事実ですか? 『はい』か『いいえ』でお答えいただきたい」

「……魔法である」

 会場内が騒然とした。嬉しそうに笑みを浮かべるスピネイル。

「しかし――」

 弁明をしようとしたところで、かぶせるようにスピネイルが言い放つ。

「移転も、魔法産業禁止法に抵触していることは御存じですか?」

「法律全書は暗記していますが『移転』に関しては細かく記載されていないハズです。だが、限りなくアウトに近い自覚はあります。ゆえに、陛下に確認を取っている最中なのです。いや、正確にはとっているつもりだったのだが、何者かの妨害があったのか、書状が陛下に届いていないらしいのです」

 多少の嫌味も入ったが、テスラはそう弁明する。もっとも、誰も信じてはくれないだろうが。

「それは大変だ。届いていないのなら、なにもしていないのと同じ。陛下も卿にはガッカリされているでしょう。――それで、誰がどんな魔法を使って、図書館を移転させたので? テスラ様ではないですよねぇ? たしか、魔法が使えないのですから」

 使えないんじゃないやい。苦手なだけなんだい。

「私が、責任者に指示しました」

「その責任者の名前を聞かせてもらえますか?」

 ラーズイッド卿を一瞥するテスラ。ほのかに表情を青くさせている。まあ、あの規模の魔法となれば、リーク以外にできる者などいるわけがなく、要するに心当たりがありすぎるのだろう。自分の息子がやらかしたのではないかと危惧しているようだ。

「…………」

「あれだけの移転となると、凄まじい魔力なのでしょうな。シルバリオル家は、相当な戦力をお持ちで」

 テスラは、威嚇するかのように周囲を睥睨する。気がつけば、言葉遣いも変わるほど語気を強めていた。

「……これは裁判か? あの件に関しては、こちらも動いている。後日改めて国王陛下に説明し、然るべき指示をいただく。開示請求があれば、貴殿にも説明させていただく。――これはあくまで世間話であろう」

「世間話……ではありますが、今宵はクランバルジュの301年目のめでたき日でもあります。いい機会ですので、後顧の憂いはなくしておきたいのです。昨今のテスラ様には不穏な動きが多い。それは、近隣の領主の方々も気づいております。これを機にハッキリとさせていただきたいのです」

「何を、だ?」

「――テスラ様が、国王陛下に謀反を起こそうとしている噂ですよ」

 ざわ、と、周囲が湧いた。

「国王陛下に弓を引くなど、我が身命に懸けて絶対にありえん。撤回してもらおうかスピネイル」

 奥歯を噛みしめるテスラ。さすがに我慢ならない発言だ。テスラ個人が誹謗中傷されることはどれだけでも容認できる。だが、その発言は民の生活を脅かす。

「撤回もなにも、噂をお伝えしただけであります。イシュフォルト図書館の件だけではない。城郭都市化計画も、きたるべき戦にそなえているからではありませんか?」

「シルバリオル家に戦をする理由はない!」

「それにしては、急ぐようにして財を蓄えているようですが?」

「蓄えてなどおらん。むしろ財は民に投資している。町を豊かにすることは、領主の務めであろう」

「民は、テスラ様の領地以外にも大勢いるのです。あなたが移民を容認しているせいで、困っておられる領主もおられるのですが?」

 それは、貴様ら領主が不甲斐ないだけだ。民が離れるのを止めたければ、努力すればいいだけである。――などと、口にすれば、大顰蹙を浴びせられるだろう。

「図書館移転も、褒められますまい。城郭都市化計画は白紙に戻した方がよろしかろう。近隣領主との足並みを揃えなければ、国王陛下も不安に思うでしょう」

「そうだな、テスラ殿は、いささか自由が過ぎる」「我らのメンツも考えていただきたい」「国王陛下に気に入られているのは女だからか?」「スピネイル殿の言うとおりだ」

 ずいぶんな言い草だ。ならば、おとなげないが、チクリと差し込んでやろう。少し反撃だ。

「周囲に誤解を招くような施策をしてしまっていたようだな。――しかし、スピネイル殿。貴殿の領地では、魔物を使った産業をしているようだが……あれは許されるのか?」

「魔物が働いているのであって、魔法産業禁止法には抵触していないでしょう?」

「飼育した魔物ならな。しかし、魔法で操った魔物に労働をさせるのは、魔法産業禁止法に抵触しているのでは?」

「し、失礼な!」

 町を見て回ったが、明らかに飼育不可能な魔物を労働に使っている。習性にない活動をしている魔物がいる。世間的には、魔物を手懐けていると謳っているようだが、裏ではスピネイルの魔法で操っている部分もある。バレにくいし、上手いとは思った。

「……めでたき日に、無粋なことを言わないでいただきたい。そもそも、どこに証拠があるというのです?」

「港にトルネードシャークがウヨウヨといました。アレは群れをつくりませんし、そもそも手懐けることはできません。しかし、漁師に話を聞いたところ、それらを使った追い込み漁をしているそうで。他にも、知能の低いはずのジャイアントワームが畑を耕しているとか――?」

「魔法による産業は禁止されてはいますが、魔物による産業は禁止されてはいないはず。事実、ドラゴンを利用した運搬は認可されている」

「魔物の産業はな。問題は『魔法を使った魔物産業』である」

「詭弁ですね。妄想も甚だしいです」

 取り繕うスピネイル。だが、灼眼の奥に怒りが見える。どうやら図星のようだ。

「失敬。聡明なるスピネイル殿であれば、国王陛下の認可はとっておられるのでしょう」

「失礼であるぞ! テスラ殿!」「スピネイル様の話をしているのではない!」「貴殿の話をしているのだ」「これだから女は」

 好きに吠えていろ。と、鼻息を荒くしたところで、バルトランド公爵が声を上げる。

「やめよやめよ。今宵は宴だろう。わしは、諍いを見にきたのではないぞ」

「バ、バルトランド様……」

 狼狽するスピネイル。

「問題がないわけではないが、テスラはようやっておる。話を聞く限り、報告がないのは、なんらかの事故があったからなのだろう。――そして、スピネイルが魔物を操って、コソコソやっていたことぐらいわかっておる。我ら王都の人間も黙認しておったが、そろそろはっきりさせておいた方がいいかもしれんな。ちょうど300年という節目でもある」

「バ、バルトランド様! 我らクランバルジュの民は、国王陛下のために――」

「黙っていろ。酒のまずくなる話はとっとと終わらせたい。――ふたりとも、近々王都に顔を出すが良い。そこで沙汰を知らせる。あと、テスラの謀反に関しては清廉潔白である。城郭都市化はかねてからの計画で、陛下も認めておる。そもそも、いかなる城壁を持っていたとしても、ワシや陛下の魔法にかかれば、一瞬で消し飛ぶ。あんなものは守るためではなく、民を安心させるためだ。――で、あろう、テスラ?」

「おっしゃるとおりでございます」

「以上だ。文句のある奴はいるか?」

 バルトランドが一眼をくれると、貴族たちは俯いて黙ってしまった。

「……どうやら、私がいると場がしらけてしまうようでありますな。早いですが、これにて失礼させてもらいます」

 義理は果たした。ここにとどまる必要もないとテスラは思った

「……テスラ様、逃げるおつもりで?」

 悔しそうに一瞥するスピネイル。

「この場には、私のことを快く思っていない方が多くいらっしゃるようなので」

「宴の場ですよ。酒も飲まずに、帰られるつもりですか? このスピネイル・クラージュを愚弄する気ですか?」

「ふむ……」

 気がつけば、スピネイルが用意させたワインを持ってウェイターが待っていた。トレイに乗せられたワインの液面が、ほんのわずかに震えている。テスラは、そのグラスを手に取って、そのまま勢いよく飲み干した。

「これで、問題はありませんな? では」

 そう言うと、グラスを戻しテスラは踵を返す。大衆の視線を浴びながら、宴の会場から颯爽と去るのであった。

「お、おのれ……シルバンティアの女狐が……」

 苦虫をかみつぶしたかのように奥歯を噛むスピネイル。だが、周囲の視線が向けられる手いることに気づくと、すぐさま表情を取り戻して取り繕った。

「……失礼いたしました。シルバリオル卿のわがままにより、少しばかり空気を悪くしてしまいましたな。では、パーティを続けましょうか。我が領内で取れた山の幸を使った料理を、存分に味わってください――」

 スピネイルが合図をすると、会場の奥から次々と料理が運ばれてくる。来賓は、それら豪華絢爛な料理を楽しむ。テスラという招きたくない客のことを忘れ、クランバルジュ領の歴史を噛みしめるのであった。

          ☆

「うう……頭がガンガンする……」

 ――さてはスピネイル、私に嫌がらせをするため、強い酒を用意したな。

 ふらふらになりながら部屋にたどり着き、着替える間もなくベッドへと仰向けになる。

「しかし……スピネイルも必死だな……」

 現状、シルバンティア領のバルティアは、王都に次ぐ第二の都市になる可能性がある。それがここまで貴族たちの反感を買うとは思わなかった。明らかに、連中はスピネイルと共謀して、テスラを責め立てている。バルトランドが聡明ゆえに良かったが、あの人まで根回しがされていたら、テスラの立場も危うかったかもしれない。

 もっとも、現状では安心できない。図書館の件はいったいどうなるのか。スピネイルの魔物産業の件も突いてしまったので、さらに諸国の風当たりが強くなるだろう。

「明日は二日酔いだな……」

 テスラは、なぜワインとかいう飲み物がみんな美味しいと思えるのか、不思議で仕方がなかった。そもそもアルコールというのは『マズい』ものである。身体に有害な、いわゆる毒でしかないのだ。それを穀物やフルーツによって、ワインやウイスキーにわざわざ加工するのである。完全な謎飲み物である。理論的にジュースの方が美味しいはずなのだ。

 なのに、なぜ人間が酒に魅了されるかというと、酔うという感覚が気持ちいいからなのだろう。要するに、煙草やいけないお薬のようなものと同じ。そして、テスラにとって酔うという感覚は気持ちよくもなんともないので……なぜ、アルコールが好まれるのかわからない。

「ぶどうジュースの方が美味しいのに……」

 着替えもせず、テスラはそのままベッドで眠りにつくのだった。
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