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第33話 裕福な時代なら遊びを仕事にしてもいいよね

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 晴天に恵まれた絶好の肉体労働日和り。今日も楽しく仲間たちと身体を動かす。なんだか毎日がお祭りみたいだ。仕事だっていうのに、みんな楽しそうだ。大工の人たちも、毎日同じ仕事をしていると思いきや、ボランティアの人たちに仕事を教えたりしてコミュニケーションを築いている。町の人たちが仲良くなっていく。

「嗚呼、身体を動かすって気持ちいいな」

 休憩時間になると、地面にどっかりと座って仰ぐように空を見上げた。作業用の厚手のズボンにランニング。どこからどう見ても伯爵子息には見えない。

「お疲れ様です」

 ククルが、新しいタオルと冷たい珈琲を持ってきてくれる。仕事のあとの珈琲《これ》が、最高に美味いんだよね。ほろ苦がズガンときて、喉をビシュリと駆け抜け、胃の中がズキュンと引き締まる。そして、ほてった身体をジュワっと冷ましてくれるのだ。

「ふふ、なにもリーク様自身が働かなくてもいいのでは?」

「いいんだよ。楽しいからさ」

 まあ、たしかに俺自身が肉体労働者に従事する必要もないのだ。学生たちみたいに、他の仕事をして資金集めをした方が、たぶん効率がいい。ギルドなら、魔法を使っても許される仕事がいっぱいあるしな。けど、今の俺は現場が楽しい。監督も必要だし。

「しかし……これほどの城壁でも、リーク様が本気で魔法を使えば、一瞬で完成させられるのに……なんだか複雑ですね」

 ククルは、どこか寂しそうな表情でつくりかけの城壁を見上げた。

「そうかもな。……けど、たぶん、この城壁は魔法を使わないからこそ、価値があるものになると思うぜ?」

 虚を突かれたような表情を浮かべるククル。俺は、ちょっと矛盾したことを言う。

「非効率的だとは思う。ぶっちゃけ、建築だけでなく、農業も商売も、ぜんぶ魔法で解決するできるなら、それでいいと思うんだ」

 それで仕事がなくなると心配するかもしれない。けど、俺はそうならないと考えている。効率の良い産業は、国を豊かにする。そうなると、十分な食糧供給がなされて、お金を稼がなくても良くなるハズなんだ。

 そうなると、唯一の懸念は『堕落』である。働かなくてもいいのなら、毎日遊んで暮らすことになる。それが、偉い人には悪いことだと思われている。

 けど、俺は確信した。人は遊んで暮らしていい。それが本当の平和。人間は、その『遊び』をもっともっと充実させたいがために働きたがる。

 この城壁建築が物語っている。人間の内なる豊かさが満たされると、自己の充実感のために人は動く。金じゃない。夢やコミュニティ、そういった目に見えないものを求めるようになるのだ。

「魔法でやれることは、全部魔法でやればいい。――で、それ以外のことで楽しみながら稼ぐんだ」

「それ以外のこと……? 産業以外で、お金を稼ぐことができるのですか?」

「ああ、例えば芸術とかな」

 いかに魔法が発達しても、芸術家の絵画は再現ができない。例え、コピー魔法などが存在しても、絶対的なオリジナルには適わない。子供の描いた、両親の似顔絵なんかもそうだろう。お金には換えられない価値がある。

 演劇だってそうだ。スポーツだってそうだ。服飾だってそうだ。いや、突き詰めれば、農家が丹精込めた野菜だってそうかもしれない。魔法で野菜を増産したからといっても、腕のいい農家さんの手作りブランド野菜やフルーツなら、特別な値段を付けて買いたい人もいるハズだ。なぜなら、そこに気持ちがあるからだ。

 楽するところは楽をする。人間の心や魂をこめられるところはこめる。

 この城郭都市化計画は、建築ではない。アートだ。大勢の人たちが一丸となって完成させたそれは、まさに芸術品。魂と生き様が詰まった歴史なのである。俺が、魔法を使って一瞬でつくりあげたものとは価値が違う。

「俺が領主になったら、魔法産業禁止法の廃止に動いてもいいかもな」

 そうしたら、もっと人々は豊かになれる。楽しむことができる。堕落なんてしないって、もっと民を信じてもいいと思う。この城郭都市化計画を、民の善意で成功させることによって、それを証明したい。

「リーク様……立派なお考えでございます……」

 ククルが、いまにも感動で泣き出しそうだった。

 俺たちが休憩していると、テスラが護衛も付けずにふらりとやってくる。

「リーク、少しいいか? 話がある」

「テスラ様? どうしました? 用事なら呼びつけてくれたらいいのに」

「町一番の働き者の時間を奪ってはもうしわけないだろう」

 テスラは、石材の上に腰掛ける。ククルが水筒から彼女のぶんの珈琲も汲んで渡す。

「明日から、しばらく留守をすることになった」

「どこに行かれるんですか?」

「クランバルジュ領のクレルハラートの町だ。クラージュ家が領主になって300年という歴史を祝うパーティがある。出立は明後日になる。報告が遅れてすまんな」

 魔侯爵スピネイル卿のところか。ワンマン経営の領主として有名。俺の知る限り、テスラとは仲が悪かったような気がする――が、招待されたからには、参加せねばならなかったのだろう。領主のつらいところだ。

「それで、しばらくおまえに町の守りを任せたい」

「攻められるような動きでもあるんですか?」

「ない。だが、この町に私がいないと、犯罪率が上がるのだ」

 ちょっとわかる気がする。テスラの強さを知っていれば、犯罪者だろうが山賊だろうが敵対国だろうが、絶対に手を出さないだろうけど、留守とわかれば、チャンスだと思う奴らがいるかもしれない。彼女の存在自体が抑止力なのだから。

「おまえに、それなりの権限を与えておく。いろいろと大きな仕事ばかり押しつけて、もうしわけがないが、万が一の時は頼む」

「その言い方だと、なんかフラグみたいですね。なんか隠してます?」

「隠してなどおらん」

 しれっと、そう言った。――が、テスラは思案してから、考え直すかのように口を開いた。

「ふむ……まあ、実はあまり情勢がよくない。諸侯連中が、私のことをあまり良く思っていないようだ」

 図書館の件、城郭都市化計画、経済成長、他領地からの移民の受け入れ。要するに、バルティアの町が栄えているのを気に入らない連中が、急激に増えてきたわけだ。

「図書館の件に関しては、俺のせいですね」

「やったのはおまえだが、容認したのは私だ。すべては私の責任にある。気に入らなければ、元に戻させている」

 部下の責任は、すべて自分が取るか。ご立派。上司の鏡。もっと俺を利用してもいいのに。頼ってくれてもいいのに。

「そういう意味では、今後なにがあるかわからん。パーティでも、私を吊し上げるだろうしな」

 ご愁傷様と言うしかない。成功者が妬まれるのは世の常である。まあ、大体は察した。このタイミングで、例えば城壁建築で事故や事件が起これば、頓挫して国王陛下の心証も悪くなる。図書館の保全も上手くいかなければ、管理責任を問われる。

 妬む近隣諸国の貴族たちが、繁栄の足を引っ張るかの如く、そういう嫌がらせをしてこないとも限らない。

「わかりました。任せてください」

「うむ。人口増加に合わせて、兵も増やしたし、治安維持にも金をかけている。まあ、おまえは保険のようなものだ」

 もし、テスラ不在の時にSクラスの魔物が迷い込んできただけでも、かなりの大損害になるからな。

 テスラは凄いがんばってる。俺が知る限り、もっとも優秀な領主だ。自分の力と財を削ってでも民のために尽くす、本物の領主である。ならばと、俺も期待に応えなければなるまい。あと、もっと頼れと思う。俺にだけじゃない。民とか、周囲にだ。

 テスラは民が好きなのだ。で、彼女はどれぐらい自覚しているかわからないけど、民もテスラのことが好きなのだ。これは勉強になった。こっちが好きだと、相手も好きになってくれる。あとは、どっちが先に好きになるか。

 基本、テスラは先に差し出している。好き――要するに愛を。

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