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第40話 サウナ無料時代

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 ――もはや、時間の問題。

 社長室。
 ウルフィは帳簿を眺めながらほくそ笑む。

 ラングリードの経済はチェックメイト。町中のサウナ・銭湯が次々に崩壊、あるいはウルフィに買収されていく。

 このまま娯楽施設のみならず、衣食住に、武器防具、ギルドなど、すべての分野においてウルフィが支配してみせる。

 その時こそ、魔王軍の支配――否、ダークエルフの支配が始まるのだ。

 パズルのピースがひとつひとつ埋められていく。いかに勇者ベイルとはいえ、この流れを止めることはできないだろう。

 だが――。

「ウルフィ様! 大変です!」

 ドアから、部下のダークエルフが勢いよく飛び込んできた。

「どうしたのですか?」

「こ、これを見てください!」

 そう言って、彼はチラシを差し出した。

「は? こ、これは……なんですの?」

 チラシにはこう書かれていた。

『サウナ、無料時代の到来!!』

 入会金0。入浴料0。タダでお風呂に入れる時代。加盟店はなんと100店舗以上! スタッフ一同、笑顔でお待ちしております。

 要するにサウナ・銭湯が無料で入れる。マジで無料。加盟店100……ということは、ウルフィに買収されなかった店舗の、ほぼすべてがこのイベントに参加していることになる。

 おそらくベイルの差し金であろう。ウルフィのハイクオリティなサウナ施設に対抗するために、経営者たちを言いくるめて、赤字覚悟の自爆キャンペーンを仕掛けてきたのだ。

「なるほど。こういうカタチで、私たちの店を潰しにきましたか……」

 ウルフィは冷静に分析する。こうでなくては面白くない。さすがはベイルだ。魔王軍最高頭脳のプリメーラを倒しただけのことはある。資本主義の波にのまれながらも、小賢しい手で対抗してくる。

 ――だが、これは無茶にもほどがある。

 無料など、長く続けられるキャンペーンではない。おそらく、ベイルの背後には国庫が存在するのだろう。だが、それらでサウナ事業を支えられるほど、経営は甘くない。

「このキャンペーンのせいで、さっそく我々の店にも影響が出ています。朝風呂にきてくださっているお客様が激減しております」

「……様子を見に行きますか」

     ☆

 ウルフィは屋敷を出て、無料営業を開催している近くのスーパー銭湯へと足を運んでみた。

 案の定、店は大繁盛。0ゴールドという価格に魅せられた庶民が、怒濤の如く押し寄せている。

 想像してもらいたい。自宅からいちばん近い銭湯が無料になったらどうなる? 答えはシンプルに『最高』だ。家で風呂を沸かしている暇があったら銭湯に通う。

 順番に風呂に入らなくていいから、家族で突入して一瞬で終わらせると言うこともできる。子供に『近くのお風呂に行ってきなさい』と、声をかけるだけでいい。

 おじいちゃんおばあちゃんも朝から晩まで、ふやけるまで浸かり続けることができる。

「これだけのお客様を奪われてしまったということですか……」

 凄まじい損害。
 だが、この店の方こそやっていけるのか?

 思案にふけるウルフィ。
 すると、声が投げかけられる。

「――理解できないか、ウルフィ」

 振り返ると、プリメーラがいた。

「あら、プリメーラちゃん。随分とかわいらしい格好をしてますわね」

 かつて魔王軍の知略と呼ばれていた暗略のプリメーラは、ハッピ姿に鉢巻きを巻いている。小脇には大量のチラシを抱えていた。

「さっそく視察か?」

「ええ。商売敵の調査は、社長として当然の勤めですもの」

 対峙する魔王軍の知略と知略。お互いが穏やかな表情ながらも、火花が散る。

「見事な集客じゃありませんか。私たちもあやかりたいですわ。――けど、さすがに無理があるんじゃなくて?」

 どうせ、このような賑わいなど一過性のもの。長くは続けられまい。

「わかっていないようだな、ウルフィ。あの『のぼり』が見えないのか?」

 プリメーラは、軒先に立ててある旗を指差した。それを視線で追いかけ、ウルフィはポツリと読み上げる。

「……サウナ、無料時代の到来……? それがなにか?」

「無料『時代』の到来なのだぞ? これは一時的なキャンペーンではない。永続的に続けるのだ」

「永続的……ですって?」

 バカげているとウルフィは思った。サウナを経営するにはお金がかかる。従業員への賃金もある。建物の整備にもお金がかかる。オーナーにだって生活があるのだ。

「そんなにも資金があるんですの?」

「こちらとて慈善事業でやっているわけではない。ちゃんと儲かる仕組みは考えているさ。――ククッ、教えてやろう。これがトリックのタネだ」

 プリメーラは、脇に抱えていたチラシを差し出した。そこには、こう書かれていた。

 ――秋の味覚キャンペーン。

「あきの……みかく?」

「サウナで儲けることをあきらめる代わりに、別のところで稼ぐことを考えたのだよ」

 それが、秋の味覚キャンペーン。要するに、店内の食堂のメニューを充実させたのである。

 例えば、モンブランパフェ。牧場と工場に頼んで、上質の生クリームを大量に入荷。近隣のギルドに依頼して、ハンターたちに大粒の栗を仕入れてもらった。

 有名パティシエに監修してもらい、見栄えの良いパフェにしてもらう。妥協は一切なし。金も時間も労力も使った、贅沢な逸品を制作する。

 それを、施設内にある食堂で提供するのだ。もちろん値段も張るのだが、風呂上がりの客の財布のヒモは緩い。さらに、入店料は0円なので『少しぐらい、贅沢してもいいかな』なんて、考えてしまう。

 当然、メニューは他にもある。キノコにサンマ、かぼちゃにぶどう。四季折々の顔を見せるラングリードには、バラエティに富んだ食材が溢れている。

 もちろん、アルコールも欠かさない。ワイナリーに頼んで、普段よりもワンランク上のワインを取りそろえている。クラフトビール(丁寧につくられた、高品質なビール)もある。

 無料の風呂からのサウナ。サウナからの食とアルコール。

 まさに、堕落まっしぐら。現に、昼前だというのに、酔っ払って店から出てくる奴もいるぐらいだ。

 ――人間は欲望に抗えない。

 特に気分の良い時ほど、それは顕著だ。全力でお客の機嫌を取りに行くことで、お金を落としていただくという、まさに北風と太陽の、太陽を体現したかのような経営。

 それが、サウナ無料時代戦略。

「なるほど、やりますわね……」

 ウルフィは奥歯を噛む。

「我らラングリードの民は、貴様如きに負けはしない。理解したら、とっとと事業から手を引くのだな、ウルフィ」

「ご冗談を……。経営はそんなに甘くはありませんわ。最後に笑うのは、ダークエルフです。あなたも、身の振り方を考えた方がいいですわよ。よかったら、ウチの熱波師として雇ってあげてもいいですわ」

「おまえこそ冗談をほざくな。すでに貴様の店の面接を何十回も受けたが、落とされたぞ――」

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