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第21話 優秀な軍師ほど慎重らしいです

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 ジャイアントオーガが南から来たのなら、そこにプリメーラがいると考えるのが普通だろう。だが、相手は相当の策士だ。普通の考えの裏をかく。

 だから北だ。南から進行していると思わせておいて、自分は安全圏である北側に潜んでいるのではないか。

 ラングリードの北にはホーリーヘッド山が聳えている。神聖な山だが、麓には森林が広がっており、潜伏するには絶好の場所。

 俺は町を抜けて、北門へとたどり着く。跳躍して城壁を飛び越える。大地に降り立つと全力で北へと向かう。森の中に足を踏み入れた瞬間、俺はこうつぶやいた。

「ビンゴ」

 森が動いた。否、木に擬態していた魔物、フェリクツリーが姿を現した。一斉に襲いかかってくる。

 それらを素手で蹴散らすと、地面から巨大な蛇の魔物が口をあんぐりと開けて飛び出てきた。飲み込まれたが、土手っ腹をぶち抜いて脱出。さらに突き進むと、ドラゴンの群れが待ち構えていた。

「凄えな……凄えよ……暗略のプリメーラ」

 俺のサウナを封じてなお、罠を仕掛けていた。警戒を怠らなかった。知略合戦で、ここまで俺と渡り合えた相手は初めてだ。

 ――だが、俺の能力を甘く見るな!

 森を抜けると、そこには魔物の群れが待ち構えていた。

「ざっと1000ってところか。圧巻じゃねえか」

 ガイコツ兵と魔族の混成部隊が陣を形成している。その奥にはゴーレムやサイクロプス。さらにはグリフォンなどのA級までいる。

「全軍、勇者ベイルを殺せッ!」

 群の奥にいた、ローブの女性が叫んだ。

「あいつがプリメーラか」

 ようやく見えた今回の敵。
 絶対に逃がさない。

 向かってくる魔物たちを、片っ端から叩きのめしていく。ゴーレムだろうが、マンティコアだろうがお構いなしだ。

「まさか、これほどとはな。ヴァルディスを倒しただけはある」

 遙か遠くのプリメーラのつぶやきを、俺の鋭い聴覚が拾った。

「プリメーラ様、お逃げください!」

 側近が、プリメーラの退却を促している。わずかな思案の後、プリメーラは淡々と踵を返した。それを見た俺は、舌打ちをして陳腐な挑発を投げつける。

「逃げるなぁッ! それでも魔王軍幹部かッ!」

 プリメーラは意に介さない。
 背中を向け、颯爽と逃げる。

「くそッ!」

 負ける気はしない。だが、数が多すぎて、追いかける余裕がない。しかも、後方からも数多の魔物がやってきていた。どうやら、城攻めに使っていた魔物たちを全軍退却させ、俺の討伐に投入してきたようだ。数は万を超えるだろう。

「邪魔だぁッ! どけぇッ!」

     ☆

 ――20分後。

「はあ……はあ……」

 俺の周囲には、凄まじい数の魔物の残骸が転がっていた。

「くそッ!」

 俺は、地面へと座り込み、派手に大地を殴りつける。

 これが戦なら大勝利と言ってもいいだろう。おそらく、プリメーラ軍はこの戦いにすべての戦力を注ぎ込んだに違いない。それほどの大軍を、俺は残らず駆逐することができた。しかし、肝心のプリメーラは逃がしてしまった。

「くっそぁぁあぁぁぁぁぁぁッ!」

 俺は、空に向かって無念を叫んだ。

 アスティナのおかげで、ととのうことができたものの、やはり本調子ではなかったようだ。勇者タイムの持続時間が予想よりも短く、すでに元の状態に戻ってしまっている。

 この勝利に、民もフランシェたちも喜んではくれるだろう。だが、俺としてはプリメーラを逃がしたことが悔しかった――。

     ☆

 ベイルが敗北を味わっていた頃、同じく敗北を感じていた人物がいた。

「はあ……はあ……まさか、ここまで追い詰められるとは……」

 魔王軍五大魔将・暗略のプリメーラ。

 ラングリードから遙か遠くの山奥。彼女は顔面蒼白で息を切らせていた。

 ――私の完璧な策略が敗北するとは。

 サウナとは気持ちよくなってこそ真価を発揮するもの。ゆえに、とにもかくにも気持ち悪くさせることに専念した非道な策。

 捉えた人間を実験台に使い、ととのわなかったパターンを研究し尽くしたはずだった。不眠不休でサウナに入らせれば、サウナに対し抵抗感を抱いてしまうのは実証済みだった。

 ゆえに疲れに疲れたベイルが、どういう理由かととのってしまったのは完全に予想外だった。万が一のことを考えて、しんがりの魔物を用意しておいたのは不幸中の幸いだったといえるだろう。

 だが、それら用意した魔物たちが、完膚なきまでに壊滅させられてしまった。中には、魔王様に懇願して、なんとかお借りすることのできたA級の魔物も多くいた。ジャイアントオーガなどS級だ。それらもすべてやられてしまった。

 再戦する兵力はない。もし、魔王ゲルギオラスに増援を申し込んだら、お叱りを受けるどころか、殺されるかもしれない。

 プリメーラは此度の結果が、命の進退を招くことを想像し、身震いしてしまう。

「くっ……このままでは……」

 彼女の本領は策略だ。扱える駒がいなくては、本領を発揮できない。

「こうなったら……最後の手段だ……」

 プリメーラは奥歯を強く噛みしめた。
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