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第17話 伝説の熱波師

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 一方その頃。
 誰もいない城の更衣室。

 俺は力なく服を脱ぎ、力なくタオルを腰に巻く。サウナマットとサウナハットを手に、大浴場の扉を開く。

 目はうつろ。視界もぼやける。急がなくちゃいけないとわかっていても、ルーティンは丁寧に行う。まずは、身体と頭を丹念に洗う。これは清めの効果がある。

 とある国では、お参りという儀式をする際に、手水舎で手を洗うというが、それと同じだ。

 身体を洗い終え、立ち上がる。
 突然の立ちくらみが起こった。

「ぐッ!」

 膝を突く。いや、膝にも力が入らず、そのまま突っ伏してしまう。

「はぁ……はぁ……みんなが……待ってるんだ……」

 俺は、這ったままサウナへと向かう。手を伸ばして、ドアノブを掴んだ。それを頼りに身体を持ち上げる。そして、灼熱の空間へと足を踏み入れる。

 ――俺の身体はどうなっている?

 熱いのはわかる。空気が乾いているのもわかる。

 サウナマットを敷き、そこに尻を預け、うなだれるような姿勢で熱を浴びる。

 ――気持ちが悪い。

 ダメだ。このような感情では、絶対にととのわない。もっとサウナを楽しまなければ。もっとサウナに感謝しなければ。

 けど、そう思えば思うほど、焦りが生じて心が慌ただしくなる。

 本来なら宝石のような珠粒の汗。それらが小川のせせらぎのように身体を這う。だが、体内の水分ですら元気がない。滲み出る汗がベトベトだった。

 ――そろそろ6分か。
 頃合いのハズ。

 顔を上げて時間を確認する。すると、なんと10分経過していた。

「う……ぁ……」

 時間感覚すらもおかしくなっているのか? それとも眠ってしまっていたのか? 俺は、急いでサウナを脱出。すぐさま水風呂へ。桶ですくって、冷水を頭から被る。

「がハッ!」

 心臓がバグンと鼓動した。まるで、胸をハンマーで殴られたかのような衝撃だった。思わず吐血した。

「はあ、はあ……」

 血に染まったタイルを、水で流して綺麗にする。そして、ゆっくりと冷水に浸かる。呼吸ができなくなるかと思った。

 終えると外気浴。
 そして、再びサウナへと入る。

「……フランシェ……メリア……アスティナ……どうか、持ちこたえてくれ……」

 しかし、ととのう気がしなかった。集中して、五感でサウナを楽しもうとするも、すぐに意識が途切れる。

「く…………。なにか……方法は……」

 サウナの温度を上げる? 冷水の温度を下げる? 特製ドリンク? サ飯を用意する? 違う、そんな付け焼き刃な行為じゃ、とてもじゃないが覆せない。

「考えろ……俺は真のサウナーだ。絶対に、なにか……方法がある……はず……」
 クソッ! 考えるんだ! なにか! 絶対に何か方法があるはずッ――!

 ――その時だった。扉がバァンと開いた。

 ほんのわずかな外気の風と共に、そいつはゆっくりと入室してきた。

「待たせたわね」

「アス……ティナ……?」

 アスティナ・アースゲイル。だが、その格好はどうしたものか。タンクトップと短パンという超絶ラフな格好なのだが、そのあしらいは煌びやかで雅。

 額には民族的な鉢巻き。首にはタオルを2枚かけられている。手には桶と柄杓。まるで、踊り子と従業員を足して2で割ったかのような格好だった。

「な、なぜ、おまえがここに……」

「――あんたをととのえにきた」

「おまえが……?」

「詳しい話はあとよ。まずは、このどんよりとした空気から清めていこうかしら」

 ちゃぷりと、桶から柄杓を持ち上げる。なみなみすくった水を、ゆっくりサウナストーンへと浴びせていった。水が熱にあてられ、ジュウウウウウという音を奏でる。水が蒸発し、大量の水蒸気が巻き起こる。

 ――アスティナの奴、ロウリュウができるのか?

 ロウリュウ(ロウリュ)とは、超高熱のサウナストーンに水を落とすことで、水蒸気を発生させること。そうすることで、サウナの湿度を上げることができる。

 しかも、これは柑橘系の香りがする。水にアロマを希釈しているらしい。穏やかな香りが部屋を満たしていく。サウナに相応しい環境をつくる。それがロウリュウである。

 柄杓から最後の一滴が落ちる。サウナストーンがパリチと弾いた。すると彼女は、柄杓を置いて、首の2枚のタオルをそれぞれ両手に持った。

 ――まさか、こいつ、アウフグースも?

 アウフグースとは空気を循環させること。そうすることで、いましがた巻き起こった水蒸気を部屋の隅々まで行き渡らせることができるのである。

「はッ!」

 彼女は、2枚のタオルを、舞うように振るった。まるで、扇子を持って踊るダンサーのようであった。華やかでありながら、その動きは精密。まるで、室内の空気を支配しているかのようだ。

 風に煽られた蒸気が、完全に均一な湿度と温度の空間を創りあげる。

「おまえはいったい……」

「言ったでしょ。私はリオン・アースゲイルの娘よ。知らないの? リオンは、勇者ヘルキスの『真のととのえ』のために、ロウリュウを極めたのよ」

 リオンは伝説の大魔道士にして、伝説の熱波師だったという。

 熱波師とは、いましがたやったようなロウリュウやアウフグースを司る者。サウナーのととのえをサポートする究極の相棒。

 たしかに、ヘルキスのパーティは特殊で、仲間たちは彼をととのえるためのサポートに徹したと聞く。だが、この末裔であるアスティナが、これほどまでにロウリュウを極めているとは思わなかった。

「なぜ、これほどの技術を……」

 と、言いかけたところで、気づく。

 ――俺のためだ。

 彼女は、血の使命に従い、その技術と魔力を極めんとした。どこにいるかもわからない、どんな奴かもわからない勇者のために彼女は熱波師を極めた。

 だからこそ、プールで俺が遊んでいた時に苦言を呈したのだ。努力の末に手に入れた世界最高レベルの技術を、プールでかき氷を貪っているような奴に使いたくなかった。

 せめて、自分が尽くす相手は、立派であって欲しいと思ったから――。

「アスティナ……ありがとう……」

 俺は、ポツリとこぼすように言った。

「別にアンタのためにやってるわけじゃないわ。あたしにだって守るべき人たちがいるんだから――」
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