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第66話 魔術師と優しさ
しおりを挟むロイくんの家を後にして、貧民街を歩く中で私はぼんやりと考える。
これで私ができることはやったはずだ。
あとは本人次第だけど少なくとも大きな不足はないはず……。
人が良さそうな書店の店主には、上手く説得して遠慮しているところにダメ押しである程度のお金も渡した。
あの書店の規模を見るに、この街はきっと本を読むような人が少ないのだろう。だからアレには書店の援助的な意味合いもあるし、あの店主の人柄的にロイくんへお金を使う可能も考慮している……。
だけど本当にこれで大丈夫だろうか、もっとよいやり方はなかったものか……。
うーん、この手の考えごとはやっぱり苦手だなぁ。
「キミは……本当に優しいんだな」
私が一人あれこれ考え込んでいると、ふいにアルフォンス様がそんなことを口にした。
「はい?」
え、優しい……?
驚いて思わず返事に疑問符が付いちゃったのですが……だって優しいだなんて……。
「キミは会ったばかりの少年を、あそこまで気付かい優しく接していただろう……本当に慈愛の心に溢れてるというか、聖女のようというか」
な、何やらとても仰々しい褒め方をされてる!?
せ、聖女……って、いや流石に何かの間違いかも知れない……。
「え、えーっと……私がですか?」
「ああ」
あ、迷わず肯定されてしまった……。
これは流石に否定しないと居心地が悪いな。
「別にそんな大層なものではありませんよ? 偶然あんな形でロイくんを見かけたから声を掛けただけで、別にそこまで優しくはないです…… 」
少なくとも聖女などではないね……聖女の定義は知らないけども。
「いや、キミは相当に優しい。普通ならばあそこまではしない」
「そうでしょうか……でも少なくとも私にとってあれは、優しさとか親切と呼べるようなものではありませんよ」
「違うならば、一体なんだというのだ……」
「言ってしまえば、あれは自己満足の押し売りですよ」
そういうと、アルフォンス様は驚いたような顔で私を見返してきた。
うーん、そんなに驚くことだろうか……。
「だってそうでしょう? 実際、勝手にやってるんですから……私は感謝されたいわけじゃないし、そうしたいからそうしてるだけの自分勝手な奴なワケですね」
そう、私にとってあの行動は全てそうしたいからそうしてるだけ……。
確かに彼らが少しでも幸せであって欲しいと願う気持ちもありますが、それを優しいと言い切ってしまうには、私の行動は足らないものが多い気がする。
「それに本当に心優しい人……例えばさっき、アナタが言った聖女みたいな人ならば、たまたま目の前にいたロイくんだけじゃなくて、あの貧民街にいる人々をまとめて助けようとするのではないですかね」
それは私が最初に、貧民街へ足を踏み入れた時から考えていたことだ。
「だって、あそこには彼と似たような境遇の人々が沢山いるはずですからね……目の前の一人だけ助けて悦に浸るなんて、自己満足以外のなにものでもないじゃないですか」
本気で助ける気もないくせに、そんな考えだけは頭をよぎる……。
「だからそこまで親切ではない私は、偶然目の前にいたロイくんだけを選んで助けたんですよ」
ああ、そんな余計なことばかりを考えてしまって、歯止めが効かないのは……私が弱いからだろうね。
一度も口に出したことはないけれど、優秀な一族の中でこうなのはきっと私だけで……。
「キミは私が思っていた以上に、ずっと優しいんだな……」
私が自分の考えで暗い気持ちになっていたところ、アルフォンス様がそんなことを言い出した。
この人は一体何を言ってるのだろうか……。
「……どこがですか?」
純粋に疑問だった。だって私を優しいと言うには、どう考えても足らない部分がある……あるはずだ。
勝手な自己満足を、優しさや親切というのは間違っている……。
「キミは見ず知らずの多くの人々までを思いやっていて、他の沢山の人々を救えなかったと心を痛めているわけだろう……?」
「……そんなこと言いましたっけ」
「はっきりは言ってないが、私はそう聞こえた」
「…………」
あれ……私はそんなことを考えていた……?
いや、私はただ自分の力不足や弱さを悔いていただけで……。
「キミは間違いなく優しい人だ……見知らぬ人々を救えなかったからと、自らの行いを肯定出来ないほどに優しい」
…………いいえ、やはり私は優しくないですよ。
だって本当は彼らのことをどうするべきか、実は検討も付いているんです。でも分かっててもあえて、口にしてないのですから……。
「確かに私は、キミのそのような心優しい人柄を好ましく思っているが、自分自身を否定することはやめた方がいい……」
……でも。
「自分で自分を認められないのはツラいからな……特にキミのような素晴らしい人が、そんな風に気に病むのはよくない」
アルフォンス様が、私のことを一生懸命気遣ってくれたこと……その気持ちは嬉しく思った。
「分かりました、ありがとうございます……」
だから、私はそうお礼を口にした。
「いや……」
「あと、ついでにもう少しだけ言いたいことがあるのですが……」
もしかしたら余計なことかも知れないし、不快に思われるかも知れない……でも出来れば言っておきたいのだ。
「うむ、なんだ……?」
「恐らくアナタは、彼ら貧民のことをあまり好ましく思ってないかも知れません。ですが少しだけでいいので覚えていて気に掛けてさしあげて欲しいのです……」
「なぜ、私にそんなことを言うんだ……?」
私の言葉を聞いた彼に、特に嫌そうな様子はなかった。その代わり純粋に不思議そうな顔で、そう聞き返してくる。
「だってアルフォンス様は、呪いさえ解ければ政治に関わる可能性もあるでしょう? その時のアナタが彼らを少しでも気に掛けてくれれば、変わるものもあると思いまして」
これが今の私が、口に出来る最大限だ。もしかしたらこれでも行き過ぎてるかも知れないけど……。
それに対して、アルフォンス様は特に答えずに顔をそらしてポツリと呟いた。
「やはりキミは優しいじゃないか……」
でも私には何を言ったのかうまく聞き取れなかった。
やはり打算ありきの発言は嫌われたか。それともまだ呪いが解ける算段も付かないくせに、そんなこと言うなと思われたのか……。
うーん、やっちゃったなぁ……やっちゃったよぉ……。
気が滅入ってたせいで、判断力が低下してたな……。
とりあえず私が、失敗したことはだけは確かなのでしばらくは黙っておこう。
はぁ……。
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