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第5話 嵐は突然に-別視点- 2
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それからリアという少女と過ごした時間は短いながらも、とても楽しいものだった。
普通の人間との会話に飢えていた私にとって、どんな些細な内容でも楽しく思えただろうが、リアが魔術師という特殊な存在であることと可憐な少女である事もあり、余計に楽しく興味深く思えた。
『魔術の研究が盛んな場所の出身なので基礎は幼い頃からたたき込まれました』
そんなことを勢いよく言った割に、出身地について詳しく聞いてみると、どう考えても不自然な返答がかえってきたのには流石におかしかったな……。
『えーっと、この国からはずっと遠い場所にある形容し難い田舎です! 旅に出たのも田舎に飽きたからです』
あれでは聞いて欲しくないことがバレバレではないか。結局詳しく聞くことは出来ず終いになってしまったが、それはいまだに心残りだ……。
ああ、あと私が身分を明かした時の彼女の反応も面白かった。
『な、なんと王子殿下で有らせられたのですね……。先程までの失礼な行い大変申し訳ありませんでした、どうかお許し頂きたく……』
あの慌て振りは一周まわって微笑ましかったくらいだ。
大きく目を見開いたと思ったら、気が動転してしまったのか急に謝り出すし……今考えると思わず笑ってしまう。
更にその後、リアから魔術道具というものを貸して貰ったのだったな。まぁ、あの道具自体は珍しくて面白かったのだが……。
思わず彼女の存在を忘れるほどに、夢中になってしまったことが申し訳なくて謝ったのだが……。
『別に構いませんよ、アルフォンス様の楽しそうな姿を見ているだけで私も楽しかったですから』
そういいながら彼女が浮かべた笑顔が、その可憐な容姿と相まって輝いて見えてしまったのだ。気のせいではなく本当に……それで目を合わせていることが出来なくなってしまった私は思わず顔を逸らしたのだ。
更に彼女のその発言で、夢中になっていた自分の様子を見られていた事実にも気付いてしまい、居ても立っても居られなくなって……。
っっっいや、あれは本当に恥ずかしい!!
思い出さなければよかった……!!
「あの王子……」
こわごわとそんな声を掛けられたことで、今までの雑念が消えスッと冷静になる。
「…………今しばらく発言は控えてくれ、まだ考えをまとめているところだ」
「はい、失礼いたしました……」
危ない危ない……いつの間にか思考が大幅にズレてしまっていた。
改めて考えを仕切り直そう思ったところ、急にそれまで忘れていた部屋の静けさや暗さをヒシヒシと感じるようになり、空気が重く息苦しいもののように感じられるようになった。
何も変わったものなんてない、私の気持ち以外は……。
ただ回想だったのに、ここまで気持ちが引きずられるなんてな……。
今、私がいるのは先程彼女といた部屋であり、腰を掛けているのも彼女と話していたときに座っていたのと同じソファーである。
この冷え冷えとした静けさは、私にとっては日常だったはずなのに、なぜ今更こんなにもツライのだろう。
やはりここが先程と同じ部屋だからこそ、余計に明るく楽しかった先刻までとの落差を感じるのだろうか……。
いや、そんな無意味なことを考えるのはやめなくてはならない……。
軽く頭を振って私は改めて、今必要な事柄へ考えを巡らせた。
考えるのはやはり魔術師のリアのことではあるが、中でも焦点を当てるのはその素性についてである。
あの子は先程自分の出身地をはっきり答えることを渋ったが、そもそも魔術師にしても魔術道具にしても珍しい存在だ。
その技術や知識は、その特殊性や扱いの難しさから伝統的に魔術を研究し扱う一部の国の専売特許となっている。
つまり彼女が出身地を明確に答えなくても、最低限そのうちのどれかの出身であることだけは間違いないはずだ。
そう、魔術とは珍しく貴重なものなのだ。
該当する国の外にはほとんど出回ることはなく、仮に他国に売るとしてもとんでもない高値を付けられる。
そもそも彼らは交渉の席についてくれないこともザラで、魔術を扱う国以外だと王侯貴族であってもその恩恵を受けることは困難だ。
そんな魔術を扱う国の代表格が、魔術帝国と称される北部の大国であり、それに及ばないまでもある程度の技術力を持つ中小諸国たちである。
それらの情報を踏まえたうえで、魔術師のリアについて考える。
前述の通り魔術師も魔術道具も、簡単には該当国からは持ち出されることがない存在だ。
彼らは秘密主義な部分があるためハッキリとした話は不明だが、おそらく国外への持ち出しには厳しく制限が掛けられているのだろう。
そう考えると彼女の立場は、貴重な魔術道具を持ち出せるだけの権限を持っているか、勝手に持ち出してきた立場かの二つに一つだ。
どちらにしても大したものであるが……。
こちらとして都合がいいのは……勝手に持ち出しているパターンか、権限を持っているけど何も知らないパターンだな……。
それというのも、元々件の呪いの話は一度、魔術を扱う全ての国に相談を持ちかけて断られている経緯があるからだ。
かろうじて大精霊の呪いであることの証明だけをおこなってくれたのが、件の魔術帝国であるが……。
その後の相談については、にべもなく断られてしまったらしい。他国についても同様で、その中で手を尽くしたが結果は芳しくないものだった。
それらの経緯を考えると、彼女が転がり込んで来たのは僥倖と言うしかない。
彼女が引き受けてくれれば、今まで潰えていた希望の光も差してくる……またとない機会だ。
だからどうにかして、引き受けてもらいたいところである……。
事情を知らなければ最悪騙してでも……。
そう思った瞬間、先程リアがみせた表情の数々が脳裏を過ぎった。
…………いや、違う……それは流石にダメだ。
あのように屈託なく接してくれた彼女を騙すなんて……。
最初こそ無理をしているのだろうかと思ったが、話しているうちに嘘を付くのが苦手な裏表のない性格であることが分かった。
きっと彼女は私の化け物じみた容姿を嫌悪していないのだろう。
彼女の美しく神秘的な容姿もさることながら、自分自身ですら嫌悪して止まない容姿を気にも留めなかった……彼女の心も清らかで美しいのだろう。
何より女性が笑いかけてくれることなど、もう二度とないと思っていた私にとって彼女の笑顔は奇跡そのものだった。
あの笑顔を思い出すだけで、自然と胸が温かくなる。
だがその分だけ彼女を利用しようと考えた、自分の醜さに嫌悪感を覚えたのだった。
…………だがしかし、どうするべきか。
「……王子」
流石に長い間放置し過ぎたせいか、家臣が再び声を掛けてきたきた。
これは無視するわけにいかないか……。
「なんだ」
「先程のお嬢さんのことですが……」
やはりその話題になるか。
私も今まで長々と考えていたことでもあるが……。
「彼女は嵐をしのぐために一晩の宿を貸した客人に過ぎぬ。明日になればすぐにでも出て行くだろう」
しかしあえて私はそう言った。
こやつも私が今まで考え込んでいたことを知ってるだけに、どれだけ白々しい台詞を吐いているか察するだろう。その意図もな……。
「……恐れながら申し上げます。先刻のお嬢さんとのやり取りを拝見しましたところ、王子相手にも臆さず話をすることが出来る、心根がまっすぐな方とお見受けしました」
それでもやつはそう口にした。
まぁ内容が内容だけに、そうそう引く気にはならんか……。
しかし心根がまっすぐか……私とは対照的だな。
「……それがどうした」
「だから魔術師であるという、あのお嬢さんに呪いのことを相談して、協力してもらうのは如何でしょうか?」
もっともな提案だ、希少な魔術師が目の前にいるのだから。
「……協力などしてくれると思うか?」
「分かりません。ですが頼むだけの価値はあると思います」
そうだ、実際に頼むだけの価値はあるだろう。
「だが大精霊の呪いなど馬鹿げた話だと一蹴して、相手にしないやも知れぬぞ……」
「確かにそのような可能性もあるでしょう。しかしあのお嬢さんは、そのような方には思えませんでした」
「…………」
そのような方には思えませんでしたか……仮にそうだったとしても、そもそも引き受けてくれない可能性や、まず実力が足らない可能性もある。
……ああ、気づけばまた私はそうやって相手を測ろうとしている。つくづく私は救えないな……。
「どうかご一考下さい」
何はともあれ、家臣からそこまで言われてしまっては完全に無視するわけにはいかないか。
「分かった……」
だから私はただ一度短く頷いた。
普通の人間との会話に飢えていた私にとって、どんな些細な内容でも楽しく思えただろうが、リアが魔術師という特殊な存在であることと可憐な少女である事もあり、余計に楽しく興味深く思えた。
『魔術の研究が盛んな場所の出身なので基礎は幼い頃からたたき込まれました』
そんなことを勢いよく言った割に、出身地について詳しく聞いてみると、どう考えても不自然な返答がかえってきたのには流石におかしかったな……。
『えーっと、この国からはずっと遠い場所にある形容し難い田舎です! 旅に出たのも田舎に飽きたからです』
あれでは聞いて欲しくないことがバレバレではないか。結局詳しく聞くことは出来ず終いになってしまったが、それはいまだに心残りだ……。
ああ、あと私が身分を明かした時の彼女の反応も面白かった。
『な、なんと王子殿下で有らせられたのですね……。先程までの失礼な行い大変申し訳ありませんでした、どうかお許し頂きたく……』
あの慌て振りは一周まわって微笑ましかったくらいだ。
大きく目を見開いたと思ったら、気が動転してしまったのか急に謝り出すし……今考えると思わず笑ってしまう。
更にその後、リアから魔術道具というものを貸して貰ったのだったな。まぁ、あの道具自体は珍しくて面白かったのだが……。
思わず彼女の存在を忘れるほどに、夢中になってしまったことが申し訳なくて謝ったのだが……。
『別に構いませんよ、アルフォンス様の楽しそうな姿を見ているだけで私も楽しかったですから』
そういいながら彼女が浮かべた笑顔が、その可憐な容姿と相まって輝いて見えてしまったのだ。気のせいではなく本当に……それで目を合わせていることが出来なくなってしまった私は思わず顔を逸らしたのだ。
更に彼女のその発言で、夢中になっていた自分の様子を見られていた事実にも気付いてしまい、居ても立っても居られなくなって……。
っっっいや、あれは本当に恥ずかしい!!
思い出さなければよかった……!!
「あの王子……」
こわごわとそんな声を掛けられたことで、今までの雑念が消えスッと冷静になる。
「…………今しばらく発言は控えてくれ、まだ考えをまとめているところだ」
「はい、失礼いたしました……」
危ない危ない……いつの間にか思考が大幅にズレてしまっていた。
改めて考えを仕切り直そう思ったところ、急にそれまで忘れていた部屋の静けさや暗さをヒシヒシと感じるようになり、空気が重く息苦しいもののように感じられるようになった。
何も変わったものなんてない、私の気持ち以外は……。
ただ回想だったのに、ここまで気持ちが引きずられるなんてな……。
今、私がいるのは先程彼女といた部屋であり、腰を掛けているのも彼女と話していたときに座っていたのと同じソファーである。
この冷え冷えとした静けさは、私にとっては日常だったはずなのに、なぜ今更こんなにもツライのだろう。
やはりここが先程と同じ部屋だからこそ、余計に明るく楽しかった先刻までとの落差を感じるのだろうか……。
いや、そんな無意味なことを考えるのはやめなくてはならない……。
軽く頭を振って私は改めて、今必要な事柄へ考えを巡らせた。
考えるのはやはり魔術師のリアのことではあるが、中でも焦点を当てるのはその素性についてである。
あの子は先程自分の出身地をはっきり答えることを渋ったが、そもそも魔術師にしても魔術道具にしても珍しい存在だ。
その技術や知識は、その特殊性や扱いの難しさから伝統的に魔術を研究し扱う一部の国の専売特許となっている。
つまり彼女が出身地を明確に答えなくても、最低限そのうちのどれかの出身であることだけは間違いないはずだ。
そう、魔術とは珍しく貴重なものなのだ。
該当する国の外にはほとんど出回ることはなく、仮に他国に売るとしてもとんでもない高値を付けられる。
そもそも彼らは交渉の席についてくれないこともザラで、魔術を扱う国以外だと王侯貴族であってもその恩恵を受けることは困難だ。
そんな魔術を扱う国の代表格が、魔術帝国と称される北部の大国であり、それに及ばないまでもある程度の技術力を持つ中小諸国たちである。
それらの情報を踏まえたうえで、魔術師のリアについて考える。
前述の通り魔術師も魔術道具も、簡単には該当国からは持ち出されることがない存在だ。
彼らは秘密主義な部分があるためハッキリとした話は不明だが、おそらく国外への持ち出しには厳しく制限が掛けられているのだろう。
そう考えると彼女の立場は、貴重な魔術道具を持ち出せるだけの権限を持っているか、勝手に持ち出してきた立場かの二つに一つだ。
どちらにしても大したものであるが……。
こちらとして都合がいいのは……勝手に持ち出しているパターンか、権限を持っているけど何も知らないパターンだな……。
それというのも、元々件の呪いの話は一度、魔術を扱う全ての国に相談を持ちかけて断られている経緯があるからだ。
かろうじて大精霊の呪いであることの証明だけをおこなってくれたのが、件の魔術帝国であるが……。
その後の相談については、にべもなく断られてしまったらしい。他国についても同様で、その中で手を尽くしたが結果は芳しくないものだった。
それらの経緯を考えると、彼女が転がり込んで来たのは僥倖と言うしかない。
彼女が引き受けてくれれば、今まで潰えていた希望の光も差してくる……またとない機会だ。
だからどうにかして、引き受けてもらいたいところである……。
事情を知らなければ最悪騙してでも……。
そう思った瞬間、先程リアがみせた表情の数々が脳裏を過ぎった。
…………いや、違う……それは流石にダメだ。
あのように屈託なく接してくれた彼女を騙すなんて……。
最初こそ無理をしているのだろうかと思ったが、話しているうちに嘘を付くのが苦手な裏表のない性格であることが分かった。
きっと彼女は私の化け物じみた容姿を嫌悪していないのだろう。
彼女の美しく神秘的な容姿もさることながら、自分自身ですら嫌悪して止まない容姿を気にも留めなかった……彼女の心も清らかで美しいのだろう。
何より女性が笑いかけてくれることなど、もう二度とないと思っていた私にとって彼女の笑顔は奇跡そのものだった。
あの笑顔を思い出すだけで、自然と胸が温かくなる。
だがその分だけ彼女を利用しようと考えた、自分の醜さに嫌悪感を覚えたのだった。
…………だがしかし、どうするべきか。
「……王子」
流石に長い間放置し過ぎたせいか、家臣が再び声を掛けてきたきた。
これは無視するわけにいかないか……。
「なんだ」
「先程のお嬢さんのことですが……」
やはりその話題になるか。
私も今まで長々と考えていたことでもあるが……。
「彼女は嵐をしのぐために一晩の宿を貸した客人に過ぎぬ。明日になればすぐにでも出て行くだろう」
しかしあえて私はそう言った。
こやつも私が今まで考え込んでいたことを知ってるだけに、どれだけ白々しい台詞を吐いているか察するだろう。その意図もな……。
「……恐れながら申し上げます。先刻のお嬢さんとのやり取りを拝見しましたところ、王子相手にも臆さず話をすることが出来る、心根がまっすぐな方とお見受けしました」
それでもやつはそう口にした。
まぁ内容が内容だけに、そうそう引く気にはならんか……。
しかし心根がまっすぐか……私とは対照的だな。
「……それがどうした」
「だから魔術師であるという、あのお嬢さんに呪いのことを相談して、協力してもらうのは如何でしょうか?」
もっともな提案だ、希少な魔術師が目の前にいるのだから。
「……協力などしてくれると思うか?」
「分かりません。ですが頼むだけの価値はあると思います」
そうだ、実際に頼むだけの価値はあるだろう。
「だが大精霊の呪いなど馬鹿げた話だと一蹴して、相手にしないやも知れぬぞ……」
「確かにそのような可能性もあるでしょう。しかしあのお嬢さんは、そのような方には思えませんでした」
「…………」
そのような方には思えませんでしたか……仮にそうだったとしても、そもそも引き受けてくれない可能性や、まず実力が足らない可能性もある。
……ああ、気づけばまた私はそうやって相手を測ろうとしている。つくづく私は救えないな……。
「どうかご一考下さい」
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