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第二十七話 変化②
しおりを挟む凪介がまだ中学生だった頃。自宅でコップに注がれたビールを呷る洋海に凪介は訊ねた。
『ビールって美味しいの?』
『んん?どうした?凪介も飲みたいのか?ダメだぞ。まだそういう歳じゃないからな。ハハハハ』
質問の答えになっていない為か、凪介は少し眉を顰める。
『んー。そうだなぁ。味だけなら美味いとは言えないかもなぁ。実際、父さんも飲み始めた頃は苦手だったからなぁ』
不満そうな表情の凪介に優しく微笑む洋海。
『じゃあ、何で今はそんなに美味しそうに呑んでるの?』
『慣れるとな、美味しく感じるんだ。不思議なことに。それにーー』
『?』
『ビールは喉越しがいいんだ!』
*******
凪介は洋海の言葉の意味が分からなかった。味覚に関する追及にも関わらず、"美味しい"には味覚以外の要素が存在することに子供ながらに納得できなかった。
しかし、最近になってその時の洋海の言葉を理解した。……してしまった。悪魔的な快楽を伴って。
*******
「んまっ、ん、ん、ん、んん、ん」
味などする筈が無い。したとしてもそれは汗や皮脂の味に過ぎないし、それが美味な訳がない。しかし、それでもそう口にするのはその言葉が脳内の快楽物質の生成を活性化させるからに他ならない。
つまり、"美味しい"とは、口にものを含むことで得られる快楽を指すのだ。
そして凪介は、それを凪沙との濃密なまぐわいによって学んだ。
だからこそ止めどなく口にするのだろう。より深く、より濃厚な、絡みつくような愉悦に溺れる為に。
「おいひっ、おいひぃっ、んっんっ、凪沙、もっと、もっとっ!んっんっっんんっ」
「焦らないでねぇ。おっぱいは逃げませんからねぇ」
凪沙の両の乳房を鷲掴み、貪るように吸いつき、舌をねっとりと這わせて舐め回す。
「ふぅっ、んっんっんっ、んんっ」
「可愛いでちゅねぇ。もっとちゅぱちゅぱしましょうねぇ」
凪介の後頭部にしなやかな指が添えられると、義妹の美乳に夢中なその男は、導かれるように乳白の肌に柔らかく顔を沈み込ませていく。
「んふぅ、ふぅ、ふぅん、ぅん、ん」
「よしよし。よしよし。いいこいいこ。いいこいいこ」
慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、凪介の頭を細く綺麗な指でゆっくりと撫でる凪沙。
ベッドに向かい合って寝そべる二人は互いを満たし合う為、脚を絡ませ、手を這わせ、身体中の肌を擦り合わせて求め合う。
「スッキリしましょうねぇ」
「んんっ!」
凪介の敏感になった聳り立つシンボルを真珠色の太腿に挟む凪沙。
マシュマロに包まれたかのような心地良さに思わず声が溢れる。
象徴に伝わる覚えのない快感は凪介の理性をさらに削ぎ落とす。
脳内を支配する獣のような欲求はただただ本能のままに身体を動かした。腰をゆっくりと前後に動かし、優しくいやらしい感触に包まれたそれをさらなる快感の海へと導く。
「んんんっ!んんっ、んっんっんっ」
太腿に挟まれたそれから伝わる感触。しっとりとした滑らかな肌ともちもちとした肉の弾力、熱く滾ったブツを包むそれらは少しひんやりとしていて、一味違った悦びを与える。
「んんっ、んんっ、んんっ、んんんっ」
下半身からの刺激は凪介の欲望を促進させる。
凪沙のたわわな二つの果実を優しく掴み寄せ、弄ばれ続けて充血した鮮やかな突起を擦り合わせた。
「んっ!な、凪、介」
こりこりと音を立てる薄ピンクの綺麗な両の乳首を同時に舌を使って愛撫する。
「あっ、んんっ、それ、ダメ!」
凪沙の反応に気を良くした凪介はさらに畳み掛ける。唾液に塗れた二つの乳首を口を大きく開けて頬張った。
口に含んだ凪沙の美乳を舌の先で弾くように何度も突起を弄り、舌の腹を使ってゆっくり撫で回し、程よい歯応えを味わうべく甘噛み、そして吸引する。
「はぁっはぁっ、はぁっ、はぁっっ、はんっっっ」
凪沙の乳房への愛撫はさらに加速する。下品な音をわざとらしく響かせながら凪介はさらにそのたわわな果実を堪能する。
「な、凪介っ!ダメっ!ダメっっ!ダメっっ!!」
身体を強く逸らして果てる凪沙。身体中に力が入り、抱きかかえていた凪介の顔は天国の感触に深く埋まり、太腿に挟まれたものはさらに強い刺激を受ける。
「んっんっ、凪介……」
「ん、ん、んん、ん、」
凪沙の絶頂に興奮した凪介は下半身の腰つきを激しくさせる。
肉と肉が打ちつけ合う音が大きくなっていく。
「んんっ、んっんっんっんっんっんっ」
「はぁっ、はぁっ、出ちゃうの?出ちゃうの?」
スパートがかかったピストン運動に連動して、唇の動きも一層激しさを増す。
吸う力には容赦が無くなり、強く求める凪介は凪沙の背中へ手を回す。
それに応じるように凪沙も抱きかかる腕に力を込める。
「んっんっんっんんっ!凪沙っ凪沙!」
「うん、うん。出しちゃおうね。出しちゃおうね」
「んんんっっっっ…………!!!!!」
快感に溺れた意識の底に突き抜けるような激しい奔流を感じると、下腹部の深部から熱く煮えるものが強く脈動し、とてつもない勢いで解き放たれる。
「はぁ、はぁ、はぁ…………」
「ふふ…………。お疲れ様」
恍惚に満ちた凪介の表情。それを心から愛おしそうに大きく綺麗な瞳で見つめる凪沙。
暫く見つめ合い、微笑みを交わすと、互いの頬にそっと手を添え、ゆっくりと顔を近づけ深く唇を重ねた。
*******
早朝から情欲に没頭した凪介達は目が冴えてしまったこともあって、いつもよりも早い時間に登校した。
すると、たまたま同じタイミングで登校してきた京平と鉢合わせたので、いつものように共に教室に向かった。
凪介と京平が生徒がまばらに出入りする教室へと足を踏み入れる。
「「おはよう」」
「おーすっ」
「おはよ」
「おはよー」
扉付近からそれぞれの席に向かう中、すれ違う多くのクラスメイト達が明るく凪介達に挨拶を返す。
それぞれの反応から、凪介や京平が他のクラスメイト達とは良好な関係性を築けていることが分かる。
それは一重に凪介と京平の他者を害する事のない人格が成せるわざと言えるだろう。
「よっす!鎌倉」
「おはよう」
「見てたぞぉ!今朝も妹ちゃんと仲良く登校してたなっ!」
席に着くなり、前席に座っている男子生徒が顔を向け凪介に快活に話しかける。
「妹なら青山にもいるじゃない」
「ばっか、お前!ウチのとお前のとこのとじゃ天と地ほどの差があるだろうが!見たことあるだろ!?」
「見たことあるけど、可愛いかったよ?」
「お前は何っにもわかってないな!鎌倉んとこは甘々のデッレデレだからいいけどな!うちのなんて酷いもんだぞ!兄妹だと思われたくないから学校じゃ話しかけんなとか言うしな、家は家で基本的に俺のことは無視するし、洗面台だの風呂だのなんでも優先順位はあいつを上にしないとキレまくるんだぞ!これのどこが可愛いってんだ!」
「あぁ……それは…………色々と大変なんだな」
向かいに座る青山安彦は日常の理不尽な待遇について積もり積もった怒りを滲ませて涙ながらに凪介に訴えかける。
安彦の勢いに気圧された凪介。だが、細やかな同情心を抱いても表情を引き攣らせて当たり障りのない相槌を打つのが精一杯だった。
「わかってくれたか…………。じゃあ一日妹を交換ーー」
凪介の心に生まれた自分へ向けられた僅かな希望を感じ取った安彦。その好機を見逃すまいと瞬時に切り替え、薄汚い欲望を煮詰めたような願望を成就させんと恥知らずな交渉を持ちかけるが…………。
「絶対やだ」
即答で却下された。
「ちっ!くそぅ!鎌倉は良いよなぁ……。あんな可愛くておっぱい大きい妹と一緒に暮らしてんだもんな~。………………ここだけの話、乳首何色なん?」
安彦の下衆な勘繰りと暴走した質問は日頃受けている悪辣な対応によって歪められてしまった一種の性癖が遠因しているのかもしれない。
だが、この瞬間において重要なのはそこでは無い。
こういった会話は男子同士の間であれば無くも無い他愛無いもののはずだったが、こと凪介の事情を鑑みればそうもいかないだろう。もはや凪沙はただの義妹ではなく凪介の恋人であり、そしてその関係性は通常の恋人関係よりも些か濃密で堅固なものになっている。
それ故、安彦の発言は藪蛇だった。
「…………」
「…………はっ!……か、鎌倉…………くん?」
反応が無かった凪介の顔を何気なく安彦が覗き込むと、今まで見せたことがない闇一色に瞳を染め上げた凪介の凍えるような視線が向けられた。
「……あ、あははっーー」
凪介のあまりの変貌ぶりに戸惑う安彦は薄ら笑いを浮かべてやり過ごそうとするが、目にも止まらぬ速さで凪介の右手が安彦の顔を掴む。
「………青山、できれば俺はずっと仲良くしていきたいんだけど、その為に必要なのは、互いに敬意を払うことを忘れず、遊ぶときは遊んで、そして、締めるべきところはきちんと締めることだと思うんだ」
安彦の両頬に深く食い込む凪介の指は、怒りの具合を物語っている。
普段温厚な凪介ならば決して見せることがなかった絶対零度の眼差し。その落差は安彦を戦慄させるには充分すぎるものだった。
「……ひ、ひゃい。ご、ごべんなさい」
身体を震わせながら絞り出した安彦の謝罪を受け、凪介は貼り付けたような笑顔を向け、"わかってくれたなら良かった"と告げて安彦の顔から手を退けて静かに席に着いた。
二人の様子を見ていた付近のクラスメイト達と直接体験した安彦は義妹ネタが凪介の最大の地雷であることを認識し、今後触れる際は細心の注意を払う事を各々心の中で誓った……のだが。
それは、その矢先に起こってしまう。
「よっすー!よっすよっすー!」
凪介の右斜め前の席に、上げた右手をひらひらと動かして軽い挨拶をしながら男子生徒が座る。
「いや~、学校着いて早々にう○こ漏れるかと思ったぜ~。セーフセーフ。……んで何の話してたの?」
登校してすぐに腹を下し、先程までトイレに篭っていた男子生徒、矢原健次郎。
今そこで繰り広げられた恐怖の一幕を知る由もない健次郎は、陽気に二人に話しかける。
「あー……。今日の体育怠いなって……はは」
「うん。そんなところかな」
健次郎の問いかけに顔の筋肉を引き攣らせながら適当な嘘で誤魔化すと、仮面のような笑顔で凪介もそれに乗じる。
「ああ!確かにな~。……って言うかさっ!鎌倉っ!」
安彦の言葉に相槌を打っていた健次郎が突然何かを思い出したように凪介の肩を組む。
「見てたぞぉ!今朝も妹ちゃんと仲良く登校してたなっ!」
「「「「ーーっ!!!」」」」
健次郎の言葉に反応したのは凪介を中心に周囲約2メートルの範囲にいる安彦を含めたクラスメイト四人。凪介の変貌を知る彼らはすぐさま聞き耳を立てて健次郎の言動へ全意識を集中させる。
先程の戦慄を体験した安彦は顔面に大量の汗を滴らせ、さらに眉の間に深い皺を作って鋭利な眼光で健次郎を捉える。
友人が自分と同じ過ちを犯そうとしているとあって安彦の心臓は心拍数を跳ね上げていく。
"頼むから踏みとどまってくれ!"
心の中で安彦は神に祈るが……。
「良いよなぁ鎌倉は。あんな可愛くておっぱい大きい妹と一緒に暮らしてんだもんな~。なぁなぁ、妹ちゃんってちくーー」
「きえええぇーーーーーーーいっ!!!」
安彦の願いが聞き届けられる事は無く、無惨にも健次郎は安彦と同じ轍を踏んでしまう。
しかし刹那、健次郎の言葉を大きな奇声が遮る。
声の主は他でもない安彦だった。
安彦は奇怪な雄叫びを上げながら左手の人差し指と中指を力強く立てて超高速で健次郎の鼻を目掛け突き刺す。
「ふぐっ!!!!」
安彦の二本の指は見事健次郎の鼻腔へきれいに刺さる。
安彦は刺さった指を曲げると力一杯かち上げ、強力な鼻フックを健次郎にお見舞いした。
「じょえええええええすっ!!!!」
「いげえええええええええ!!!!」
健次郎は突如走る鼻の痛みに意識を支配され、思考が追いつかない。
だが、そんな健次郎に理性を取り戻させる存在が視界に入った。
かち上げられ勢いそのままに天井を向く健次郎。そんな健次郎の瞳には信じられないものが映し出される。
それは天井近い高さに跳躍している人の姿だった。
その正体は、先週廊下で騒ぎがあった際、凪介と京平に情報を提供した潮田満だった。
大きな丸眼鏡に細く華奢な体躯は運動ごとが得意なようには見えない。まして、天井近く跳ぶことなど一般的な人間が出来る芸当では無い。健次郎が一瞬で正気を取り戻すには充分な光景と言える。
満は下唇を強く噛み締め、眼鏡のレンズの奥にある大きく見開き、瞳孔が開き切った獲物を狩る獣のような瞳で健次郎を見つめる。
"何かキャラが違う"
健次郎の戻った理性が精一杯捻り出した言葉が彼の心の中に響く。
中空にて蟹股になり、両腋を大きく開いて手刀を振り上げた満が健次郎へ向かって落ちていく。
真っ直ぐ落下した満は、一切力を殺す事な
く、美麗かつ鋭利なモンゴリアンチョップを健次郎の首筋に叩き込んだ。
「げぇぇえええええええ!!!!!」
さらなる激痛が首を中心に全身へと巡る。
だが、健次郎に休息はまだ訪れない。それどころか、矢継ぎ早にそれは押し寄せた。
再び痛みに意識が向いた健次郎だったが、痛みの中心地たる首に鈍痛が重なるように走った。
「ぐええええええっっっっ!!!!」
健次郎の喉仏に綺麗な水平を描いたまたまた手刀が繰り出されていた。
手刀を打ち出した坊主頭の男子生徒、黒川淳平は凪介の後席から机上にて蹲踞の姿勢を取りながら右手を横凪にして健次郎の喉仏へと打ち込んでいた。
「な、なんでぇぇ…………」
健次郎の疑問はもっともである。なんなら理不尽まであるが、これ以上地雷を踏みたく無い面々は最後の一手を止めるつもりが全く無い。健次郎をここで打ちのめし、無理矢理にでも収拾をつける腹だ。健次郎の納得は二の次なのだ。
「お、お前らーー」
健次郎が痛みに慣れ始める瞬間だった。
小さな人影が凪介の右隣の席から低い姿勢で滑り込み、健次郎の前に現れる。
続いて登場した人物、緑道寺花子。小柄な身体に幼さが残る愛らしい顔立ちは良くて中学生、悪ければ小学生に見えてしまう。
そんな愛嬌に満ちた彼女は、か細い眉を凛々しく上げ、つぶらな瞳に堅い意志を宿して健次郎を映す。
「花子のこの手が真っ赤に燃えるぅっ!!!アソコを潰せと轟き叫ぶぅっ!!!!!!」
「はっ!花子ちゃん!ま、まっーー」
甘く可愛らしい声でとてつもなく恐ろしい文言を叫ぶ花子は、小さな右手に目一杯力を込め、全男性最大の急所へと一撃を繰り出す。
「握殺っっっ!!花子フィンガーーー!!!」
「やめてぇぇーーーーーー!!!!」
花子の右手は寸分違わず健次郎の健次郎を掴み取り握り締める。
花子はみしみしと不気味な音を立てながらゆっくりとその指に力を込めていく。
「あ、あああ……!ああああああ!!!花子ちゃん!待って!待ってぇぇえ!!!!」
じわじわと増していく圧迫感は徐々に痛みを孕み始め、健次郎は下腹部から伝わる感覚に、最悪の想像をしてしまう。
その映像は男ならば誰しも恐怖し、忌避すべきものだ。だからこそ健次郎は泣きながら花子に哀願した。
だが…………。
「デェェッッドッ・エンドォォーーーーーーーー!!!!!!」
「ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
花子は持てる力一杯を右手に集中し、健次郎の健次郎の息の根を止めた。
その場で仰向けに倒れ込んだ健次郎は口を小刻みに振るわせ、がちがちと歯を鳴らして白目を剥いている。
そんな様子を見ていた凪介は既視感が湧いて暫く倒れた健次郎ジッと見つめる。
「…………まぁ、いっか」
何がいいのかは謎だが、一人勝手に納得した凪介。
健次郎を理不尽に痛め付けた四人は達成感に満ちた清々しい笑顔を凪介に向け、心地の良い連帯感に胸奥を熱くする。
横たわる健次郎を尻目に、五人は揃ってサムズアップして各々が自分の席に着いてそれまでのやりとりに幕を下ろした。
*******
「お前ら、何なの?」
「「「「…………」」」」
あの後すぐに目を覚ました健次郎。
安彦達は席に着いて教科書とノートを広げ、普段なら決してしないであろう一時限目の授業の予習をしていた。さも自分達は何一つ関与していないと言わんばかりのその態度に健次郎は鋭く切り込んだ。
「ん?」
「"ん?"じゃないのよ。そんなわざとらしくすっとボケても無かったことにならないからね」
健次郎は安彦に向けて追及を始める。無論相手は誰でもいいのだが、キャラクター的な事を考えれば、安彦が一番責めやすいと踏んだのだろう。
「妹ちゃんのこと地雷化しちゃったんならそう言えば良いでしょ」
「"虎穴に入らずんば虎子を得ず"」
安彦への追及を始めようとしたところ、凪介の後席に座る淳平からの横槍に一瞬戸惑いながらも持ち前の瞬発力を発揮する健次郎。
「それ、使い所違うからね。黒川。あと虎穴に引き摺り込まれて食い散らかされただけだから」
「ふふ」
「…………何笑ってんの?鎌倉」
「いや、矢原って面白いなって」
「爽やかに笑ってるけどこのメンツの中で一番悪いの鎌倉だからね?当事者のくせに一番遠くで傍観決め込むとかめちゃくちゃ狡いからね?」
「まぁまぁ。落ち着きな?」
「誰の所為だと思ってんだよ!」
凪介を指差し、ど正論で捲し立てる健次郎を素知らぬ顔をした安彦が宥めようとするも同じく正論で突っ込みを入れられる。
じゃれあいに花を咲かせ、少し馬鹿げた、それでいて温もりが感じられるその空気を楽しむ面々。
しかし、次の瞬間、それは教室の隅に産み落とされた不気味な脆弱に汚染される。
凪介達の談笑は静まり返った教室に木霊し、教室内を支配する違和感に気付く。
普段ならばホームルーム前のこの解放された時間が沈黙に染まる事などあり得ない。
凪介は教室に齎された不気味な静けさの正体を探る。
周囲を見渡し、教室後方の引き戸へと目を向けるとその姿があった。
そこに在ったのは、一週間学校を休んでいた藤川美里だった。
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