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 わたくしは、北の地のこの家に到着してからすぐに、供の者たちに龍の祠に関する情報を収集するようにお願いしておりました。

 村人たちから聞いて集めた話を整理してみますと、その祠はこの家の裏手にある山の上にあるとのことでした。かつてこの地が豊かだった時代があり、その時に信仰されていた龍神様がいたそうなのです。その時代には、この地を守ってもらうため、龍神さまに嫁御を与える習わしがあったそうで、村から選ばれた一番の器量良しな生娘を祠の近くにある小さな建物に住まわせ、一年したら俗世に戻すという習わしがあったのだそうです。

 龍神さまに娶られた娘たちは、村に帰ると縁起の良い娘として村一番の殿方の元へ嫁ぎ、その家は繁栄したということです。しかし、時代とともに信仰が薄れていき、一年も俗世から離れて山の中で暮らすのは嫌だと泣く娘が増え、酷い時には自死を選ぼうとする者が現れたことから、この習わしは中止になり、龍神信仰も消えていったということです。

 わたくしはこの報告を伴の者たちから聞いているうち、龍神さまのお心を感じてしまうような気がして、とても胸が締め付けられてしまいました。そして自分の家から出る時、お父さまやお母さまに親不孝をしてまでも、ここに戻ってきて本当に良かったと感じたのでございます。

「クロ殿。早く、早くお会いしとうございます」

 到着した日の夜、見上げた夜空には片割れを無くしたような、半月が登っているのでした。
 あの月が満ちるまでに、クロ殿にお会いしたい。なぜかわたくしは、そのように思いまして、この前とは違う寂しさや切なさを琴の音に乗せ、捧げるように演奏したのでございます。





 翌日からわたくしは、裏山に登り始めました。
 龍神さまが祀られた祠まで続く道は、すっかり草木に覆い隠され、長い年月人と神とが隔たれてしまったことを象徴しているようでございます。わたくしは伴の者たち(主に男手)に手伝っていただきながら、草を刈り、木の枝を切ったりしながらわずかに見える石段を進んで行きました。

 深窓のお嬢さまと言われて育ったこのわたくしが、汗水垂らし、慣れない山道を草刈りしながら登って行く。初めはおふくを先頭に、みなが泣くように反対を致しました。けれどもわたくしは三つ指をついて、伴の者たちに頭を下げ懇願したのでございます。主であるわたくしには逆らえない家来たち。この方々に心配とご面倒をおかけすることに大変な申し訳なさを覚えつつ、それでもわたくしは絶対に自分で龍神さまのもとに辿りつかなければならない。そう確信しておりましたので、わがままを通させていただいたのでございます。

 ある時は小枝で切り傷を作り、ある時は蛇に襲われそうになりました。けれどもわたくしを愛してくださる伴の者たちが懸命に守ってくださいます。おふくなどは涙目でわたくしの傷の手当てをしてくれます。いつものようにお礼を伝えますと、頬を染めるやら、涙を流すやらで大変なので、わたくしは思わずおふくをぎゅっと抱きしめてしまうのでございます。お屋敷では考えられないような、主人と家来との絆を感じつつ、わたくしは龍神さまのもとへと近づいて行きました。もちろん、わたくしのペースに合わせていたのでは時間がかかり過ぎてしまいますから、わたくしの体力の限界がきて山を降りた後も、男衆たちは頑張って祠への道を整えてくださっておりました。その中には以前この村で顔見知りになっていた村人たちも参加してくださっておりました。なぜこんな親切を? と問うわたくしに、村人のひとりが教えてくださったのです。

「前にお嬢様が、病に伏せっていた母の枕元で毎日歌を歌ってくださいました。お嬢様の清らかなお声と笑顔で母は生きる希望を見るようになったのです。おかげさまで全快とはいきませんが、座っていられる時間が増えたのでございます。この作業に参加することで、お嬢さまのお役にたちとうございます」

 このように言ってくださり、わたくしは目頭が熱くなりました。わたくしはただ、目の前の病に伏せった方の呼吸が少しでも楽になれば、そう思って自然に出てきた歌を歌っただけなのです。それなのに、こんなにもわたくしに恩を感じてくださったなんて。勿体ないことでございます。わたくしは本当に素敵な方々ばかりに巡り合わせていただき、なんと運が良いことでしょう。こんな話も、再びクロ殿とお会いすることができたならば、是非、聞いていただきたいと思うわたくしなのでありました。

 そろそろ頂上が近いと思われるある夜。
 空を見上げてみると、もう時期満月になろうかという月がぽっかりと浮かんでおりました。

「もうすぐです。もうすぐあなた様の元へ参ります。どうか、待っていてくださいまし……クロ殿」




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