私、確かおばさんだったはずなんですが

花野はる

文字の大きさ
上 下
33 / 48

希望を胸に〜シリル視点

しおりを挟む

俺がユリと会ってから更に3日後、メイベル様が俺の下宿先までやって来たーー。


俺は登校しようと玄関から出ると、見慣れた馬車が目に入った。

侍女さんが先日のように馬車の前に立っている。静かに頭を下げてから話し出した。

「シリルさん、おはようございます。先日はお嬢様にご面会下さってありがとうございました。おかげ様でお嬢様は元気になりまして、本日からまた学園に通う運びとなりました」

メイベル様が?それともユリが?

俺は聞かなくてもその答えが分かってしまった。

ユリならきっと、こうして侍女を挟んだ対応はしない。自ら出てきて、嬉しそうに俺に挨拶するに違いないから。

「お嬢様は、高熱により、記憶が戻ってございます。ですから、少し前のようなお嬢様とは思わないで下さいませ」

やっぱり……。ユリは出て行ってしまったのだな……。
俺は途端に寂しい気持ちになった。

「それで、お嬢様がシリルさんとふたりだけで話がしたいそうで、馬車で待っておいでです。どうぞお入りになって下さい」

侍女さんは馬車の扉を開いた。

俺はおずおずと馬車に乗り込む。

「向かいにお座りになって、シリル、さん」

俺はどう挨拶していいかもわからず、無言で向かいに座る。

そして、目の前の人をまっすぐ見つめた。

姿形が全く同じだと言うのに、ユリではないと感じた。纏う雰囲気が違う。そして、俺を見る瞳の温度も。

……あらためて、ユリの眼差しの暖かかったことに思い至る。ユリに見つめられると、まるで陽だまりに包まれたような気分だった。

「まずは、シリル、さん。わたくし、あなたに謝りますわ。今までのこと。ただ平民で色が違うというだけで、私はあなたを見下していました。そして、アーサー様の前であなたに拒絶された事が悔しくて、嫌がらせばかりしてしまいましたけれど、それは私の逆恨みでしたわね。ごめんなさい。わたくしは、ユリのように、あなたと親友ではいられないですが、普通にクラスメイトとして付き合っていけたら、と思っていますわ」

メイベル様は、高飛車な雰囲気を出しつつも、俺に真摯に向き合おうとしているのが分かった。

「メイベル様、シリル、と前のように呼び捨てて下さってかまいませんよ。これからはクラスメイトとして、よろしくお願いしますね」

メイベル様はこほん、と小さく咳払いをして、話を続けた。

「では、シリル。わたくしはこれから、学園では記憶が戻ったという事にして、記憶喪失の間の記憶はぼんやりと残ってはいるけれど、ハッキリしない、という事にしようと思います。ユリとは性格が違いすぎますから、そのように話した方が自然に感じますわよね?」

「はい、それがいいでしょうね」

俺もその判断に同意した。

「わたくしの中に別人がいたなんて、信じるのはシリルくらいのものですからね。この話はわたくしたちだけの胸に、仕舞うことにいたしましょう?」

俺はクスリと笑って頷いた。

「分かりました」

「それから、あなたの援助の事だけど、ユリがあなたに匿名の援助をしていることは気付いていらしてよね?」

「……はい」

「ユリはバカだから、そんなことにも気づかないで、殿下から、無理難題を押し付けられたのよ。ミレーユ様のこと、協力しなければ、シリルに援助しているのがお前だとバラす、と脅迫されたのですわ」

「そうだったんですか…… 」

「それにね、このミッションが上手くいったら、シリルが将来作りたいと言っていた平民用の魔具の研究に、殿下がお金を出すと言ったものだから、ホイホイと話に乗ってしまったのよ。ほんとバカよね、ユリって。シリルに得があっても、自分には何の得もないのに張り切っちゃって」

そんな話になっていたなんて……。
知らなかったよ、ユリ……。

俺はいつでも、ユリの恩恵を受け、守られていたんだな。

ユリ……。

「そんなシリルバカなユリがね、わたくしから出て行く条件のひとつに、あなたに援助を続ける事を要求してきたの。だから、これからも卒業するまで条件を変えずに援助するから安心してちょうだいね」

「メイベル様は、それでよろしいのですか?」

俺はまた村長に負担をかけるのは忍びなかったが、そうなるだろうと覚悟していたのに。

「わたくしの、今までのお詫びだとでも思ってちょうだい。裕福なわたくしからすれば、微々たる金額ですからね。けれどユリのように甘くはありません。必ず研究を成功させて、平民用の安価な魔具を作ってアンダーソン家にも恩恵をもたらして頂戴」

「ありがとうございます、メイベル様。きっとそうします」

「それと、これからは、ユリのようにあなたのお弁当は持って来ないから、援助金を使って何か買うなり、作るなりしてちょうだいね。それから一緒に登下校もしないから」

「はい。もちろん分かっています」

「……他にもユリから、あなたの事はいろいろ頼まれているけれど、あなたに伝えておかなきゃならない事はそれくらいよ。何か質問は?」

「あなたは、ユリが表にいる間の事を全て共有されていたのですよね?
ユリが、最後に俺に言ったこと、あなたから出たら、どこへ行くのかわからない、と言っていましたが、やはりメイベル様にも分からないのでしょうか?」

「……分からないわ。けれど、多分あの世には行っていないと思う。あの生命力を持つものが、死人とは思えないもの」

「そうですよね」

きっとユリは俺の近くにいてくれる。俺はきっと見つけてみせる。


そうして俺はメイベル様の馬車を降り、ひとり学園に向かった。

ユリと共に通った楽しい道のりは、今日は長く遠かった。


◇◇◇


「メイベル ‼︎ やっと通学できるようになったのか?記憶が戻ったと聞いたが、身体は辛くはないか?」

アーサー様が嬉しそうにメイベル様の両手を握って様子を伺うように顔を近づけ覗き込む。

メイベル様は湯気がでそうなほど真っ赤になって「大丈夫ですわ」と呟いていた。

「俺をそんなに意識して……。なんて可愛らしいんだ、メイベル。もう、俺のものになれ、いいな?」

メイベル様はこくんと頷くと、アーサー様はひとめを憚らずメイベル様を抱きしめた。

彼女がユリだった時なら、俺は目を背けたくなるような場面だっただろうが、全く痛みを感じない。真っ白な、新品のシューズを履いたメイベル様は、本当に別人にしか見えなかったからだ。


(新しいシューズなんて必要ないわ。まだ履けるのに、勿体ないじゃない。落書きだって、柄付きシューズだって思えばどってことないわ)
かつてユリが笑いながら言った言葉が蘇る。

今思うと、ユリは本当に貴族令嬢らしからぬ女性だった。けれど、平民にもない凛とした品格が備わった人でもあった。


俺がメイベル様だったユリを思い返していると、ドロシー様が俺に遠慮がちに問うて来た。

「シリルさん、大丈夫ですか?記憶が戻ったメイベル様は別人のようになってしまわれて、お寂しいでしょ?」

「いいえ、あの姿がもともとのメイベル様だったじゃないですか。これで良かったと思いますよ」

「でも、メイベル様とシリルさんの身分差恋愛ストーリーが書けなくなってしまいますわね。あれはわたくし気に入っていましたのに」


「そうですね。でも、もしも続きを書くのでしたら、ヒロインの名前を変えて下さいませんか?そのままではアーサー様に叱られますからね」

「そうですわね、でも、ヒロインの名前、どうしましょう」

「俺のヒロインですから、俺に決めさせてくれませんか?そうですね、ユーリ、なんて良いと思うのですが」

「ユーリ?可愛らしいお名前ですわね。シリルさんのお知り合いにそのような名前の方が?」

「はい。俺の憧れの人の名なのです」

俺はそのままユリと誰かに伝えるのはもったいなくて、少しだけ変えて伝えたのだった。

「分かりましたわ!ユーリ様とシリルさんのお話、きっと最後まで書いてみせますから、出来たら読んで下さいませね?」

「はい、最後はハッピーエンドでお願いします」


こんなにも不可解な出会いをして、
お互い強く惹かれあった。

そんなユリは俺の運命の人だ。
だから、きっとまた会える。
俺は必ずあなたを見つけます。

俺は希望を胸に、学園生活を続けるのだった。


しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

ご褒美人生~転生した私の溺愛な?日常~

紅子
恋愛
魂の修行を終えた私は、ご褒美に神様から丈夫な身体をもらい最後の転生しました。公爵令嬢に生まれ落ち、素敵な仮婚約者もできました。家族や仮婚約者から溺愛されて、幸せです。ですけど、神様。私、お願いしましたよね?寿命をベッドの上で迎えるような普通の目立たない人生を送りたいと。やりすぎですよ💢神様。 毎週火・金曜日00:00に更新します。→完結済みです。毎日更新に変更します。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

転生した世界のイケメンが怖い

祐月
恋愛
わたしの通う学院では、近頃毎日のように喜劇が繰り広げられている。 第二皇子殿下を含む学院で人気の美形子息達がこぞって一人の子爵令嬢に愛を囁き、殿下の婚約者の公爵令嬢が諌めては返り討ちにあうという、わたしにはどこかで見覚えのある光景だ。 わたし以外の皆が口を揃えて言う。彼らはものすごい美形だと。 でもわたしは彼らが怖い。 わたしの目には彼らは同じ人間には見えない。 彼らはどこからどう見ても、女児向けアニメキャラクターショーの着ぐるみだった。 2024/10/06 IF追加 小説を読もう!にも掲載しています。

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

夫と息子は私が守ります!〜呪いを受けた夫とワケあり義息子を守る転生令嬢の奮闘記〜

梵天丸
恋愛
グリーン侯爵家のシャーレットは、妾の子ということで本妻の子たちとは差別化され、不遇な扱いを受けていた。 そんなシャーレットにある日、いわくつきの公爵との結婚の話が舞い込む。 実はシャーレットはバツイチで元保育士の転生令嬢だった。そしてこの物語の舞台は、彼女が愛読していた小説の世界のものだ。原作の小説には4行ほどしか登場しないシャーレットは、公爵との結婚後すぐに離婚し、出戻っていた。しかしその後、シャーレットは30歳年上のやもめ子爵に嫁がされた挙げ句、愛人に殺されるという不遇な脇役だった。 悲惨な末路を避けるためには、何としても公爵との結婚を長続きさせるしかない。 しかし、嫁いだ先の公爵家は、極寒の北国にある上、夫である公爵は魔女の呪いを受けて目が見えない。さらに公爵を始め、公爵家の人たちはシャーレットに対してよそよそしく、いかにも早く出て行って欲しいという雰囲気だった。原作のシャーレットが耐えきれずに離婚した理由が分かる。しかし、実家に戻れば、悲惨な末路が待っている。シャーレットは図々しく居座る計画を立てる。 そんなある日、シャーレットは城の中で公爵にそっくりな子どもと出会う。その子どもは、公爵のことを「お父さん」と呼んだ。

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

ちょっと不運な私を助けてくれた騎士様が溺愛してきます

五珠 izumi
恋愛
城の下働きとして働いていた私。 ある日、開かれた姫様達のお見合いパーティー会場に何故か魔獣が現れて、運悪く通りかかった私は切られてしまった。 ああ、死んだな、そう思った私の目に見えるのは、私を助けようと手を伸ばす銀髪の美少年だった。 竜獣人の美少年に溺愛されるちょっと不運な女の子のお話。 *魔獣、獣人、魔法など、何でもありの世界です。 *お気に入り登録、しおり等、ありがとうございます。 *本編は完結しています。  番外編は不定期になります。  次話を投稿する迄、完結設定にさせていただきます。

セイントガールズ・オルタナティブ

早見羽流
ファンタジー
西暦2222年。魔王の操る魔物の侵略を受ける日本には、魔物に対抗する魔導士を育成する『魔導高専』という学校がいくつも存在していた。 魔力に恵まれない家系ながら、突然変異的に優れた魔力を持つ一匹狼の少女、井川佐紀(いかわさき)はその中で唯一の女子校『征華女子魔導高専』に入学する。姉妹(スール)制を導入し、姉妹の関係を重んじる征華女子で、佐紀に目をつけたのは3年生のアンナ=カトリーン・フェルトマイアー、異世界出身で勇者の血を引くという変わった先輩だった。 征華の寮で仲間たちや先輩達と過ごすうちに、佐紀の心に少しづつ変化が現れる。でもそれはアンナも同じで……? 終末感漂う世界で、少女たちが戦いながら成長していく物語。 素敵な表紙イラストは、つむりまい様(Twitter→@my_my_tsumuri)より

幽霊じゃありません!足だってありますから‼

かな
恋愛
私はトバルズ国の公爵令嬢アーリス・イソラ。8歳の時に木の根に引っかかって頭をぶつけたことにより、前世に流行った乙女ゲームの悪役令嬢に転生してしまったことに気づいた。だが、婚約破棄しても国外追放か修道院行きという緩い断罪だった為、自立する為のスキルを学びつつ、国外追放後のスローライフを夢見ていた。 断罪イベントを終えた数日後、目覚めたら幽霊と騒がれてしまい困惑することに…。えっ?私、生きてますけど ※ご都合主義はご愛嬌ということで見逃してください(*・ω・)*_ _)ペコリ ※遅筆なので、ゆっくり更新になるかもしれません。

処理中です...