上 下
30 / 48

馴染む愛情、ピュアなトキメキ

しおりを挟む
シリル君が暴行を受けてから、私はシリル君のことばかり考えていたのだが、その間に意図せず殿下からのミッションが終了していた。

私は婚約者候補の敗者として噂される覚悟でいたのだけど、殿下の想い人とのキューピッド役を買って出て、見事成就させた国の貢献者としてアンダーソン侯爵家に殿下から感謝の書状が贈られたと噂が広がり、私の名誉は守られた。

次期生徒会長からも解放され、これからは、生徒会の庶務の雑用係を気楽にやればいいようだ。

そして、今回の事で、ミレーユ様とも親しい間柄になり、オシャレや見目に拘るキャロライン様を巻き込んで、ミレーユ様を美しく変身させるべくナディア様、ドロシー様とともに奮闘している。

クラスの発言権を持っているナディア様が仲間に加わったことや、ミレーユ様と近しい関係になったことで、学園での私の立場は知らない間に強いものとなり、嫌がらせの類いも完全に潰えた。もちろん、その私の親友であるシリル君も、馬鹿にしたり、意地悪したりする人間は激減した。

午前の、短い休憩時間ーー。

「ミレーユ様。貴女は決して女性として魅力がないわけではありませんわ。ただ、ご自分の見せ方を間違っているように思いますの。その地味な装いがいけないのですわ。一般的な若いご令嬢がするような可愛らしいお洒落より、もう少し上品な大人の装いを意識すれば、コケティッシュな魅力が生まれる事間違い無しですわ!」

キャロライン様は、生き生きとミレーユ様にファッション雑誌を見せている。こんな色が似合いそう、とかこんなレース使いなら甘くなくてカッコいい、とか。

ナディア様とも気ぐ合うらしく、オシャレ談義に花を咲かせていた。

「それはそうと、メイベル様がいらっしゃいませんわね?どうなさったの?」

ミレーユ様が尋ねた。

するとドロシー様が目を輝かせながら答えた。

「ミレーユ様、あちらにちゃんといらしてですわ」

ドロシー様が教室の片隅を見やった。

「わたくし、ずっと気になって見ていましたの。ああしていると、まるで、長年連れ添った夫婦のようではありませんこと?わたくしの脳内小説が溢れて大変ですわ」

みんなが一斉に私たちを見た。
その後全員が眉を下げ、生暖かい視線になった。

けれど私は全くそれに気づいていない。

シリル君は向かいの席からこちらを向いて、机の上に腕を出している。

私はシリル君のシャツの袖ボタンが取れかかっているのに気付き、裁縫道具を出して縫い付けているところなのだ。

「交際歴が長いカップルにしか見えませんわね」

「世話女房」

「全く、あれで親友同士なんて言っているのだから切ないですわ」

彼女たちは口々に言っていたが、私には聞こえていないのだった。



◇◇◇


午前の授業がすみ、昼食の時間になっていた。

昼食の時間はアーサー様が来るので、いつものメンバーで校庭にいる。

早食いのアーサー様は、食事を終えると、当たり前のように私からお弁当を渡され食べているシリル君をジト目で見て言った。

「ちぇー。俺の出番がないまま、ミッションが終了しちまったのかぁ。つくづくシリルには敵わないのな、俺」

「……なんか、すみません、アーサー様」

なぜか暴行を受けただけのシリル君が眉を下げて謝った。

そこへドロシー様が口を挟む。

「わたくしも、正直アーサー様とメイベル様のラブシーン見たかったですわ~。今までにない、濃厚な場面が見られると思っていたのに」

そういうと、キャロライン様も興味を引かれたようで乗って来た。

「わたくしも影に隠れて見たかったですわ!アーサー様、どんな演技を見せてくれるつもりでしたの?」

アーサー様は私をちらりと見て言った。

「一応、俺たちが前から付き合っている間柄に見える演技をしろってことだったから、少しは身体に触れていいかとメイベルに了解をもらってはいたんだが。肩を抱いたり抱きしめたりはイマイチインパクトにかけると思って、身体にも触れることなく強烈なの考えていたんだけどな」

「えーっ!なんですの、その裏‼︎ 本当に、身体に触れもせず、強烈なラブシーンができますの?」

「それは本当に惜しい見ものでしたわね。今からでも、やって見せて欲しいですわ」

3人で盛り上がっている中、私にはさして興味のない話なので、シリル君が美味しそうにご飯をもぐもぐさせているのをにこにこと眺めていた。

そんな様子を見ていたアーサー様が言う。

「……少しは俺のことも、意識させたいよな。よし、今から実践して見せてやるぜ」

そう言うと、アーサー様は私が座っている背後の壁にに両手を付いて私を囲むようにしてきた。

私はシリル君を見ていて気がついていなかったのだけど、影が射した事で前を向いた。

すぐ目の前に、アーサー様の精悍な顔があった。

どくん。心臓が飛び跳ねた。

「……どこにも触れてないから、ちょっとくらい、いいだろ?」

そう言って、アーサー様は顔を近づけて来た。

えっ、キスされるの?
私は反射的に目をぎゅっと瞑った。

吐息がすぐ近くにかかるのを感じる。

「……からの寸止めだ」

唇が触れそうになる手前でアーサー様は止まり、離れて行った。

「どうだ?これなら、触れずして、深い仲だって表現できただろ?」

アーサー様はドロシー様たちに向かって笑った。

ドロシー様もキャロライン様も、頬を赤らめて絶賛していた。


けれど。
私はそれどころじゃない。

なぜが激しく動悸が打ち、胸が締め付けられるように苦しい。顔からは、火が出たように熱い。

たかがキスするフリをしただけ。
いつもなら、どうってことないはずなのに……。

私は手に持っていたフォークをぽとりと落とした。

アーサー様はそれに気づいて私を見た。

「 ⁉︎  ……メイベル? すまん、大丈夫か⁈ 」

耳まで真っ赤にして涙ぐんでいる私を見て、焦ったアーサー様が謝ってきた。

「触れなければいいと思ったんだが、ご令嬢には刺激が強すぎたのか?ほんとに悪かった」

私はその言葉で我に返り、フルフルと首を横に振ったけれど、心臓の動悸が治まらない。

アーサー様の顔が見れなくて、

「わ、私……用事を思い出して……失礼します!」

なぜか敬語を発して走り出していた。


(なにこれ~!私じゃないみたい)




しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

異世界でも、とりあえず生きておく

波間柏
恋愛
 大学の図書室で友達を待っていたのにどうやら寝てしまったようで。目を覚ました時、何故か私は戦いの渦中に座っていた。 いや、何処よここは? どうした私?

変態婚約者を無事妹に奪わせて婚約破棄されたので気ままな城下町ライフを送っていたらなぜだか王太子に溺愛されることになってしまいました?!

utsugi
恋愛
私、こんなにも婚約者として貴方に尽くしてまいりましたのにひどすぎますわ!(笑) 妹に婚約者を奪われ婚約破棄された令嬢マリアベルは悲しみのあまり(?)生家を抜け出し城下町で庶民として気ままな生活を送ることになった。身分を隠して自由に生きようと思っていたのにひょんなことから光魔法の能力が開花し半強制的に魔法学校に入学させられることに。そのうちなぜか王太子から溺愛されるようになったけれど王太子にはなにやら秘密がありそうで……?! ※適宜内容を修正する場合があります

泣き虫令嬢は自称商人(本当は公爵)に愛される

琴葉悠
恋愛
 エステル・アッシュベリーは泣き虫令嬢と一部から呼ばれていた。  そんな彼女に婚約者がいた。  彼女は婚約者が熱を出して寝込んでいると聞き、彼の屋敷に見舞いにいった時、彼と幼なじみの令嬢との不貞行為を目撃してしまう。  エステルは見舞い品を投げつけて、馬車にも乗らずに泣きながら夜道を走った。  冷静になった途端、ごろつきに囲まれるが謎の商人に助けられ──

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る

花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。 その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。 何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。 “傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。 背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。 7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。 長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。 守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。 この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。 ※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。 (C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。

クラスの双子と家族になりました。~俺のタメにハーレム作るとか言ってるんだがどうすればいい?~

いーじーしっくす
恋愛
ハーレムなんて物語の中の事。自分なんかには関係ないと思っていた──。 橋本悠聖は普通のちょっとポジティブな陰キャ。彼女は欲しいけど自ら動くことはなかった。だがある日、一人の美少女からの告白で今まで自分が想定した人生とは大きくかわっていく事になった。 悠聖に告白してきた美少女である【中村雪花】。彼女がした告白は嘘のもので、父親の再婚を止めるために付き合っているフリをしているだけの約束…の、はずだった。だが、だんだん彼に心惹かれて付き合ってるフリだけじゃ我慢できなくなっていく。 互いに近づく二人の心の距離。更には過去に接点のあった雪花の双子の姉である【中村紗雪】の急接近。冷たかったハズの実の妹の【奈々】の危険な誘惑。幼い頃に結婚の約束をした従姉妹でもある【睦月】も強引に迫り、デパートで助けた銀髪の少女【エレナ】までもが好意を示し始める。 そんな彼女達の歪んだ共通点はただ1つ。 手段を問わず彼を幸せにすること。 その為だけに彼女達は周りの事など気にせずに自分の全てをかけてぶつかっていく! 選べなければ全員受け入れちゃえばいいじゃない! 真のハーレムストーリー開幕! この作品はカクヨム等でも公開しております。

【完結】ふしだらな母親の娘は、私なのでしょうか?

イチモンジ・ルル
恋愛
奪われ続けた少女に届いた未知の熱が、すべてを変える―― 「ふしだら」と汚名を着せられた母。 その罪を背負わされ、虐げられてきた少女ノンナ。幼い頃から政略結婚に縛られ、美貌も才能も奪われ、父の愛すら失った彼女。だが、ある日奪われた魔法の力を取り戻し、信じられる仲間と共に立ち上がる。 歪められた世界で、隠された真実を暴き、奪われた人生を新たな未来に変えていく。 ――これは、過去の呪縛に立ち向かい、愛と希望を掴み、自らの手で未来を切り開く少女の戦いと成長の物語―― 旧タイトル ふしだらと言われた母親の娘は、実は私ではありません 他サイトにも投稿。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

処理中です...