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不埒な公爵
しおりを挟む私は客室の扉が開いた瞬間、やっぱりか……と溜息をつきたくなった。
目の前にいる、この世界の美丈夫とやらはーー
ウィリアムさん系のでっぷり男だった。
ウィリアムさんと違っているのは、鼻の下にチョビ髭を生やしており、つぶらな瞳のウィリアムさんと違って細いいやらしげな瞳をしていた。
ウィリアムさんがブサカワなら、この御仁はただのキモブタ……あらっ、私ったらそんなこと、人柄も知らぬ内に言うものではないわ。
(ああ、せめて、レオン殿下のようなフツメン系美丈夫であって欲しかった)
心の中で失礼極まりない感想を浮かべながらも、表情には出さない。
私はすっかり慣れたカーテシーで挨拶をした。
「ハント公爵様、お初にお目にかかります。私は花純相川です。お待たせ致しまして相済みません」
ハント公爵は、髭をビヨンと擦り上げ、にやりと笑みを浮かべた。
「初に目通るなどとお戯れを……。どうぞ私のことはハントではなく、フィリップと名でお呼び下さい。……お迎えに上がるのが遅くなってしまい、拗ねておられるのですね。可愛い方だ」
「……は? 」
何言ってるの?このキモブタは。
私はつい、汚い言葉が浮かんでしまった。
「あの、どこかでお会いしましたでしょうか?」
私は混乱した頭を落ち着かせながら問うた。
「まだ言いますか、可愛い方。先日の舞踏会では、貴女はずっと私を熱い瞳で見つめていたではありませんか」
ニヤニヤと私を見つめてくる。うう、キモい。
私は舞踏会での記憶を手繰り寄せてみた。
……そう言えば、アレクシス様と踊っている時、アレクシス様の延長線上に、ウィリアム様っぽい体型の人がいるなぁ、と思った記憶が。あの人もこの世界ではモテモテの部類なんだろうか?なんてほんの一瞬、考えてたような気がしなくもないけれど、あの人がハント公爵だったのかしら……。
私は青ざめてハント公爵に謝った。
「これは申し訳もございません。確かに初めてではなかったですね。あまりにたくさんの方とご挨拶したものですから、私、すぐに思い出せず、失礼致しました」
今をときめく方を忘れていたとなると、嫌味を言っているのだろうと私は理解した。
「貴女が拗ねて、そのようにおっしゃるのも無理はありません。しかし、私にも、都合があったのですよ。私は何しろ、たくさんの女性から言い寄られる身ですから。まずは女性関係を整理しなければ、貴女をお迎えになど、行けませんからね」
「は、はぁ……?あの、お迎えとは、いったい何のことでしょうか?」
私はどこかおかしい御仁に恐怖を抱きながら問うてみた。
「もちろん、貴女を、あの醜い男から救うために参ったのです。お可哀想に。この世界に来た時、あの醜い男に見つけられてしまったせいで、囚われてしまったのでしょう。奴は公爵で王家の血筋ですから、誰もがこの婚約に否を唱えても、貴女を救う術を持ちません。ですが、もう大丈夫です。私は奴と同じ身分で王家の血筋も引いています。私が貴女を妻にと願えば、誰もが祝福してくれましょう。そのために、たくさんの側女を整理してきたのです。貴女が我が妻となるなら、他のおなごなど必要ありませんからね」
私はその話を聞いて、全身鳥肌が立った。こっそりと、セバスさんを盗み見る。
あ、セバスさん真っ青。
マリーさんは……。
ゆっくりと視線を動かすと、真っ赤になって震えるマリーさん……。
今にも怒り狂いそうな感じだ……。
このナルシストキモブタ、どうするの……?
私は顔を引きつらせながらも、何とか笑顔を保ってハント公爵に説明することにした。
「ハント公爵様、ご心配いただいて、ありがとうございます。けれどこの婚約は、私がアレクシス様に無理を言って成したものであり、決してアレクシス様に囚われたのではありませんわ」
ハント公爵は、目を見開いて、クスリと笑った。
「フィリップ、ですよ。……それにしてもご冗談はほどほどになさいませ。私は奴の顔を、小さい頃見た事があるのです。それはそれは醜く、見るに耐えませんでした。そんな奴の婚約者として、貴女から願うなど、あるはずがありません。……そんなにいつまでも拗ねるなら、私は貴女にお仕置きせねばなりませんよ?」
そう言ってハント公爵は素早く私の隣に座り、私の腰に手を回した。
「ヒッ!……公爵様、いったい何を…… !」
ハント公爵はキモい顔をずいっと寄せ、舌を出して卑猥な動きをしてみせた。
「私の上手い口付けひとつで、貴女を素直にして差し上げましょう」
(ギャー!キモすぎる~‼︎ 助けてぇっアレクシス様ぁっ‼︎ )
私は近づく公爵の顔を手のひらでブロックしながら心で叫んだ。
セバスさんもマリーさんもいるというのに、どんな野獣なんだ、このキモブタ野郎ー‼︎
しかし、ただの使用人であるセバスさんもマリーさんも公爵を止める術がなく、青ざめてオロオロするばかり。
ああっ、絶体絶命よ~っ!
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