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得たい気持ちと拒絶の恐怖〜ローランド視点

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カスミが私付き文官をするようになり一月が過ぎた。

前の世界で事務をしていたらしいカスミはよく気がつき、書類仕事もいろいろできるようになって、予想以上に助かっている。

前の世界での知識も取り入れ、私の仕事も効率が上がった。

おかげで以前より早く邸に帰れるようになった。

カスミも一緒に連れて帰るのだから、あまり遅くならないように、時間を決めて仕事を片付けるようにもなった。

普段屋敷では、食事をして風呂に入って寝るだけなので、カスミと関わる事も少ないのだが、寝る前に挨拶をするだけで心が凪ぐ。

今までおやすみを言う人などいなかったのだから。


私の容姿に耐えられる使用人は昔からの馴染みしかいないため数が少ない。

だからうちの騎士たちを使って交代で昼夜屋敷の周囲を守らせている。

稀人を守るのは国家意思だから、部下を使う許可もすぐに降りたのだ。

休日は団長になってから、ほとんど取らなくなっていたのだが、カスミを休ませるため今は一週間に一度ふたりで休暇を取っている。

休みの日にはカスミは嬉しげにメイド服を着て、ワゴンを押して食事を運んでくれる。

自分も私が見えない位置に食事を置いて、一緒に食べると言った時にはたまげた。


カスミは一度だけ顔を見せて欲しいと言ったが、その後は言わない。

一度尋ねてみたら、顔を見られなくても、一緒にいられるなら満足だから無理しなくていいと言われた。


私の部屋のシーツを替え、掃除をし、私の下着まで洗濯しようとしたのでなんとかやめてもらうよう説得した。


醜い容姿に生まれたため、こんなに近い距離で人と関わる事がなかった。

初めのうちはかなり戸惑ったが、私を気遣い、世話を焼き、私といること以外は何も要求せず、慎ましやかに暮らす彼女との生活はとても心地良い。

このまま彼女が望むように、結婚しても良いのではないかと思えてきた。

彼女の私への執着は愛ではなく、元の世界から来た孤独を、私といる事で紛らしているのだろうが。

それでも彼女は私を必要としているし、私はもう彼女無しで過ごす自信がなくなりつつあるのだ。



だが。

もしも。

……もしも仮面を外した時。

彼女の表情が嫌悪や恐怖に歪んでしまったらと思うと、耐えられる自信がなかった。

そのような事は、とっくに慣れていたはずなのに。

彼女を得たい気持ちと、嫌われる恐怖で揺れるようになった。



夕食後、セバスがやって来た。

「旦那様、王宮より使いがありました。明日、王様がおひとりで来るようにとの事です」

私は嫌な予感がして渋面を作ったが、「わかった」と返事をした。



◇◇◇


翌日。カスミをリサとウィリアムにまかせ、王宮にやってきた。

文官の案内で王の執務室へ行く。

中へ入ると王と王妃が待っていた。

「アレク、いらっしゃい。待ってたのよ」

「王妃様、ご機嫌麗しく」

右手を左胸に当て挨拶をする。

「やめてよ、そんな他人行儀。私たちだけの時は母上と呼んで頂戴」

「そうだぞ、アレク。降籍したとはいえ、親子であることに変わりはないのだからな」

王と王妃という立場上、あまり育児に関わってもらった訳ではないのだが、拒否せず受け入れてくれる両親のおかげで私は歪まず大人になれたと思っている。


「それでは、父上、母上、私になんの御用でしょうか?」

「そんな事、言わなくてもわかっているでしょ。カスミちゃんのことよ。一緒に暮らし始めてもうひと月になるけれど、どうなの?」

やはりそれか。

私はこっそりため息をつく。

「よくやってくれてますよ。デスクワークがかなりやりやすくなりましたし、私の健康面などもいろいろ気遣ってくれています」


「そうか、セバスから聞いている通り、仲睦まじくやっているようだな」

王は安心したように言った。

放っておいてくれる筈がないと思ってはいたが、セバスから様子を聞き出していたんだな。

「マリーからも聞いているわよ。カスミは貴方の事を、カッコいいとか素敵だとかマリーに話しているそうじゃない。素晴らしいわね。なんて良い娘なのかしらっ」

嬉しそうに母が笑う。

……母上まで、マリーに探りを入れていたのか。


「美しいだけでなく、謙虚で慎ましく、優しいときた。最高の嫁になるな」

父上が言うと母上もうんうんと頷く。


「待って下さい、私がカスミの婚約者として、選ばれた訳ではありません。先走った期待をしないで下さい」

「なぜ?マリーからは、カスミは貴方と結婚してもいいと言っているそうじゃない?貴方だって、満更でもないのでしょう?」

「それは、そうですが……。私の顔も見た事ないのに、カスミは気楽に考え過ぎているのですよ」

「まあ、まだ顔を見せていないの?カスミなら、きっと受け入れてくれるわよ」

母上に続いて父上がとんでもない事を言った。

「そうだぞ、仮面をしたままでは、キスのひとつも出来まい」

「父上……!なんて事いうのです」

「当たり前の事だろう?結婚したらキスどころか、子作りしなければならないのだ。稀人のカスミには、たくさん子を為して貰わないと」


私は大きなため息をついて言った。

「あなたたちが簡単に考えて、優しい令嬢だから大丈夫と連れてきた娘たちが、何人気絶しましたか?泣き叫んで逃げ帰りましたか?……キスだの子作りだのと、簡単に言わないでいただきたい」


父上はバツの悪そうな顔をしたが、母上はめげなかった。

「だけど、カスミは進んで貴方と一緒に居たがっているのでしょ?上手いこと言われて連れて来られた貴族令嬢とは訳が違うじゃない」

上手いこと言って、連れて来たのはあなた方じゃないですか……。

私は更にため息を零して、強い口調で言い切った。

「とにかく。あまり私たちの事に口を出さないで下さい。カスミにも、もう少し選択肢を与えてあげないと」


そう言うと、父上はポンと手を打った。

「そうであった、大事な話があったのだ。カスミに、舞踏会に参加させたいのだが。稀人を貴族たちにお披露目しようと思ってな。そこでたくさんの高貴な男たちを見せて、それでもお前を選んでくれたなら、覚悟を決めて結婚しろ」

稀人を披露することは、王家の威光を示す事だ。国の安寧には必要な事だとわかってはいるが……。

「わかりました。カスミに聞いてみますが、嫌ならお断りしますよ」

「もちろんだ。稀人の意思は守らねばならないからな」



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