撮り残した幸せ

海棠 楓

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 それ以降史郎は、後ろめたい気持ちや揺れ惑う心に縛られることなく、晴れ晴れとした気持ちでジュンと向き合うことが出来た。会う動機が不純なものでなくなったからだ。カメラ屋を見て回ったり、時には一緒に景色を撮ってみたりと、健全な時間を過ごしていくうちに、出会った当初の目的を忘れていった。
 昔取った杵柄、というが、史郎がカメラにのめり込んでいた頃と現在では、随分と周りを取り巻く環境が変わっていた。フイルムカメラで撮影して、自分で現像していたあの頃とは違い、今やデジタル主流である。コンテストの応募もインターネットからデータを送付する形となり、なんとも味気ない、と史郎には感じる。自分で現像すると写真に対する愛着が湧いてきて、それこそが写真を撮る真の喜びですらあるのではないか、とそこまで考えて、こういう考えこそ年寄りが嫌われる理由なのかもな、と自省する。
 デジタル技術的な面は置いておいて、史郎が指導できることは主に魅せる構図のテクニック、埃のかぶった撮影理論。そして日常からあらゆる物事にアンテナを張り、感性を高めていくことの必要性を説いた。そのためには美しい景色を見たり本を読んだりなど、常にインプットを怠らないことが大事で、二人はそのために映画や美術館に趣き、時には何でもない海辺や森にも出かけた。そして行く先々で思いのまま写真を撮っては現像し、ああでもないこうでもないと写真の感想を言い合うのが常となった。
 二人で過ごす時間の中に、性的なものは一切含まれていなかった。純粋に趣味の合う友人、または師弟関係と呼べるような、そんな関係へと変化していたのだ。週末になると体の飢えを発散させていた史郎も、この頃はめっきり相手を探すようなことはしなくなっていた。心が満たされていれば体を差し出す必要などないのだな、とこの歳になって気づいたのである。
 共に時間を過ごせば過ごすほどに、ジュンは心根の良い青年だということがわかってきた。真っ直ぐに想いを伝えてくるのは、若さ故の無謀さなどではなく、彼の竹を割ったような性格からくるものであることも知った。未熟な点を素直に認め、謙虚に、しかし貪欲に教えを乞う姿勢は、弟子としても充分に好感が持てた。

「この間の野鳥公園で撮った写真、いいのがいくつかあるね。公募に出してみたらどう?」
「ほんとですか? 実は俺もあの日はけっこうノリノリだなって自分でも感じてて」
「そういう感性とか気づきって大事だよね」
「へへっ、史郎さん的にはどのコンテストが狙い目ですか?」
 コンテストは数多くあるが、やはりそのコンテストごとにテーマや賞を獲りやすい傾向のようなものがある。そういう面における情報や知識を史郎は持ち合わせていた。もっといえば、当時の友人知人の多くは現在その界隈では重鎮と呼ばれる地位にいる。コネクションだって使おうと思えば使える立場だ。だが史郎はそんなことするつもりはない。おそらくジュンだって断るだろうし、ジュンに内緒でお偉いさんに口をきくようなことをするのは、ジュンを侮辱することに他ならない。
「じゃあこれとこれを出してみます。わぁ、ドキドキする……!」
「ジュンくんは慎重すぎるよ。もっと気軽にあちこち出せばいいのに」
「下手な鉄砲も、って言いますもんね」
「そうは言ってない」

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