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本編

93:おねだり、か?

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 バラムが一応、元の調子を取り戻したので、次にレディ・ブルイヤールから貰った白い花の《解析》を行う。しかし、意識が朦朧とする香りがするので、鼻の良いバラムがどう感じるか分からない。その為、素早く出して《解析》だけ発動させて、素早くインベントリに戻す作戦だ。

「よし……いざ!」

 インベントリから白い花を出して《解析》を発動してすぐに仕舞う。

「……む、やはり結構香りが残るな」
「ぐっ、中々キツい……」

 思ったよりもバラムが堪えていそうだ。この残った香りだけでもキツいらしい。

「そうだな……そうだ、とりあえず〈汚れを濯ぐ〉」

 別にこの香りは汚れでは無いと思うが、清掃される魔術の元になっている《古ルートムンド語》の秘技なので何とかならないかと発動すると────見事に香りが消え去った。これはとても便利な清掃秘技なのかもしれない。

「僕はもう香りを感じないが、どうだ?」
「……ああ、お前の力の匂いに置き換わって気分が良くなった」
「……」

 それはそれでどんな反応をすればいいのか分からないんだが……まぁ、バラムの気分が良くなったなら良いか。

 ということで、白い花の《解析》結果を確認していこう。


[霧惑のダチュラ]
レディ・ブルイヤールの力の影響を受けて変質したダチュラ。
非常に華やかで甘い香りが特徴。その香りには強い《幻覚》と《魅了》作用、認識阻害効果がある。
極めて効果の高い鎮静剤や幻覚剤を精製することが出来る。
耐久力:D
品質:S
分類:植物
自生地:レディ・ブルイヤールの図書館、???
効果:《幻覚》(大)、《魅了》(大)、認識阻害(大)


 う、うーん……現実にもあるダチュラの効果がマジカルなあれそれでさらに妖しい効果になっている。
 これは精製するものによっては『ダメ、絶対』なものも作れるやつなのではないだろうか?

「何だこの危険物。燃やせ」

 これがバラムに《解析》結果を見せた時の反応だ。

「気持ちは分かるが、《編纂》で効果を抽出して何かの道具や装備に付与すれば良い物が出来そうだから、出来ればとっておきたい……」

 なんとなくそれを見越してこの花を提供してくれたのではないかと思う。それに、一応貰った物を即座に破棄するのは気が引ける。気分を害して図書館に入れなくなっても困るし。

「……チッ。……その香りをどうにか出来るまでは出すなよ」
「ああ」

 それはその通りだと思うので、何かしらの対策が出来るまではインベントリに封印しておこう。

「あとは……この楽譜か」

 レディ・ブルイヤールに貰ったもう一つのアイテム、『揺籃歌の断片』と書かれた楽譜とラベイカを取り出す。

「ふぅむ……“断片”ということはこれで全てでは無いのだろうか?」
「さあな」
「まぁ、とりあえず今分かる部分を弾いてみるか」

 早速、楽譜を見ながらラベイカで弾いてみる。初めて見る譜面なので、たどたどしくではあるが旋律を確かめていく。揺籃歌……子守歌であるので、そこまで激しくも技巧的でも無く、少し把握出来れば淀みなく弾けるようになりそうだ。

 何度か弾くことしばし。

「うーん……それにしても……」
「暗いな」
「ああ」

 大分慣れてきたので、ほとんど詰まること無く繰り返して弾いているのだが…………とにかく曲調が暗い。まぁ、子守歌は暗いものの方が多かったりするので王道と言えば王道なのだろうか。

「それにやはり未完成感もあるな」

 楽譜1枚で“断片”とある為か、中途半端なところで旋律が終わってしまう。子守歌なので、極端に明るくする必要は無いのだろうがせめてもう少し穏やかさは欲しい気がする。

「酒場の曲と混ぜてアレンジすれば多少明るく穏やかな感じになるだろうか?」

 一から作曲するのは難しいが、既存の旋律同士を組み合わせて編曲するなら僕くらいでも出来るかもしれない。と言っても、僕が知っているこの世界の曲は酒場で弾いた曲とこのゲームのオープニングくらいなのだが。

「あの曲は……通しで全部使わなければ問題無いだろうか……?」
「おい……あまり思い切った事はすんなよ」
「むぅ……」

 確かに、最近はこの曲関係の不審な出来事は無いが、迂闊に曲を演奏してしまうのは良くないか。

 まぁ、これも合間に少しずつやってみよう。別に出来なかったら出来なかったで諦めよう。レディ・ブルイヤールが僕にこの楽譜を渡した意図は分からないが、何かあれば意思疎通が出来ていそうな老女が助言くらいはしてくれるだろう。

 そう結論付けて、しばらく楽譜通りに弾いたりアレンジを試してみたりしていると、いつの間にかソファでバラムが眠っていた。
 フィールドに出ていて疲れていたのか、この揺籃歌の効果なのかは分からないが、休めるに越したことは無いのでそっとしておこう。

 2階から毛布を持って来てバラムにかけると、僕も〈睡眠〉をとる為に自分の寝室へ行った。

 ……本当はバラムを寝室に運べたら良かったんだが、体格が違い過ぎるのと、僕の力が無さ過ぎるので無理だった。




 2時間の〈睡眠〉から覚醒すると、まだまだ真夜中だった。バラムも先ほどと変わらずソファで眠っているままのようだ。

 図書館から借りた本でも読もうかと思ったが、少しだけゲーム内掲示板を覗いてみることにした。ジェフからも伝えられていた通り、他のプレイヤーも欠け月の写しの傍に佇む黒い影を認識し始めているようだ。

 魔物と勘違いして攻撃してしまっているようだが、攻撃がとくに効いている様子が無いとみるや色々試してどうやら鎮め札を使うと反応がありそうだというところまで辿り着いているらしい。

 僕は鎮め札と中バージョン1枚ずつ使用で光の球に変わったが、通常の鎮め札のみだと10枚ほど必要なようだ。
 もしかしたら中バージョンなら1枚だけで光の球化出来るのかもしれない。

 そして。

「検証の為に攻撃し続けたらどうなるのかも試す、か……」

 おそらく、狂った魔物へと変貌するのだろう。既にジェフ、この町のギルド連盟幹部には伝えているので、ドゥトワだけでなくユヌやカトルでもそれ相応の対策がとられるのだと思うが、プレイヤーの中にはわざと狂った魔物を発生させようとする者が出ても不思議ではない。

 防衛戦の時ほどの数にならないにしても、場合に寄ってはこれから危険な状況になるかもしれない。

 僕に出来ることは限られているが、やれることはやっていこう。
 まずは鎮め札と鎮め札・中の量産と量産は出来なくとも、もっと効果の高い物が作れないかも試してみよう。

 あとは……バラムの助けになりそうな物を作ればいいだろうか?


 その後、バラムが起き、少し拗ねた顔で僕の部屋に来るまで試行錯誤をした。


「……どうしても行きてぇのか?」
「ああ、彷徨う霊魂の状態なら危険は無いし、定期的に確認して光の球化しておくのが一番良いだろう」

 バラムは狂った魔物の素となる彷徨う霊魂が出たことで、図書館にも行って欲しく無いようだったが、むしろ図書館にくらいは僕が積極的に行くべきだと思う。

「僕なら鎮め札を補充し放題だし、直接秘技も使えるから彷徨う霊魂状態の内にどうにかするのは適任だろう。あそこで霊魂が狂った魔物化するのも防げるし」
「…………チッ、仕方ねぇな。で? 俺には外に出ろって?」
「ああ。これからチラホラと狂った魔物が出たり、心無い異人がわざと狂った魔物化させる可能性があるから……まぁ、異人は放っておいても良いが、町や住民は守って欲しい。……嫌ならやらなくても良いが」

 バラムも聖属性を僅かに扱えるし、戦闘能力も申し分無い。例え狂った魔物が複数体出てもバラムがいれば何とかなるだろう。とはいえ、完全に僕の私情によるお願いだからバラムが受けてくれるかは分からないが……。

「……ま、お前の初めての“おねだり”だから聞いてやるか」
「おね……ん」

 “おねだり”では無いだろうと言おうとした言葉は唇を軽く塞がれて最後まで言えなかった。すぐに唇を離すと不敵に笑ったバラムが言う。

「今度俺のおねだりも聞いてもらうか」
「むっ…………ああ、分かった」
「よし」

 僕の了承の言葉にバラムは満足そうに笑った。


 ということで、家と図書館の敷地からは1人で出ないこと、何か異変があれば必ずバラムに連絡し、図書館か家、どちらか近い方に逃げ込んだり籠ったりすることを約束し、バラムと図書館の欠け月の写しのところまで一緒に行き、バラムはそこから別の欠け月の写しへと転移して行った。
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