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本編

64:報連相は大事

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『うむ! 決めたぞ、落胤……いや、主殿!』

 現実逃避をしていると、黒山羊が急に顔をあげてこちらに語りかけてくる。

「何を決めたのか分からないが、“主殿”とは……?」

 黒山羊の主になった覚えは無いのだが。

『主殿に仕えると決めたのでな!』
「仕えるって……」

 指輪と何を話したらそんな決断をすることになるのだろうか。

「……言っておくが僕はこれから多分、というかほぼ間違いなく一定の場所に引きこもるだろうから、何の面白味も得になることも無いぞ」
『ククッ、気が遠くなるほどの年月ここにいたのだ。それに比べればその程度欠伸をしてる間に通り過ぎるし、見聞きするもの全てが我にとっては面白きことよ』
「む……」

 そう言われてしまえば、そうかもしれない。何ならそれなりに共感出来る。

『それに得かどうかで言えば主殿と縁を結べるだけで、我に大変な得があるのでな』
「その得って何だ?」
『それは……』

 そこで区切って、目を閉じる。…………すごく溜めるな。昔のクイズ番組を思い出す長さだ。

 それほどその理由に興味が無いこともあって、かなり長く感じる間の後、カッと黒山羊の黄色の目が開かれる。

『主殿の力が大変美味だからだ!』
「…………それだけか?」
『それだけだが、我がこうなる前でもこれほど美味な力を持つ人種族は珍しかったのでな、これは抗い難い魅力なのだ!』
「そ、そうか」

 イマイチぴんと来ない為、黒山羊との温度差が激しすぎて少し引いてしまう。

『とはいえ、今すぐには難しいのでな、口惜しいが現状は仮予約ということになろう』
「そうなのか?」
『長い年月の間に力をほとんど失っていてな。主殿に相応しくある為にももう少し力を取り戻しておきたい』

 その後小さく『灰までは無理にしても、若い夜狗より弱いのは流石に我の沽券に関わる……』と、聞こえた気がした。……内容からして僕についている特殊効果も把握しているのだろうか。……指輪が教えたのか?

『それに体も今は随分小さくなってしまっているしな。これでは威厳が無い』
「……元々そのサイズじゃないのか」

 現実の山羊より少し大きいかどうかというサイズなのでそういうものかと思っていた。

『ふふん! こうなる前の我はあの石像よりも大きかったのだぞ!』
「あの石像より……」

 思わず山羊の背後の石像を見上げる。あの石像も僕の身長どころかバラムの身長よりも大きく見える。それより大きいのか……それはちょっとしたレイドボスでは無いだろうか……?

 あと、頭を上げて首を反らしてキープしているのはもしかして胸を張っているのだろうか。見た目は本当にただの黒山羊なのでイマイチ仕草や表情が読み取りづらい。

『なのでしばしの別れとなるが、主殿』
「なんだ?」
『先ほど捧げてくれた甘美な飴をもう少し融通してくれないだろうか?』
「…………まぁ、構わないが。もうあまり無いぞ」

 ほとんど捧げてしまったからな。とりあえず最低限のライフポーションと携帯食料をキープしつつ、黒山羊に渡せるだけの飴を出す。

 そして、出したそばから黒山羊の口の中へと消えた。

『うぅん、やはり甘美な味だ。これで活力が湧くというものよ』

 まぁ、そういう効果のあるものだし、味も飴だから甘いだけでは無いだろうか。

『む、主殿がここにいられる時間もそろそろ限界のようだな』
「うん? ……ああ、そろそろ3時間か」

 黒山羊の言葉にクエストページを確認すると、制限時間が迫っていた。……まだ達成されていないんだが。

『案ずるでない。我はこの上ないほど満足しておる。再び見える時の約束として戯れ程度になってしまうが、我の力の一端を渡しておこう』

 そう言うと黒山羊が僕の方へより一層近づき、右頬に少し湿った感触があった。

 と、認識した瞬間、この空間に来た時のように突然抗い難い睡魔に襲われる。瞼が重くて目を開けていられない。

 ほとんど目を閉じてしまった暗闇にぼんやりと黒山羊の渋い声が響く。


『今しばしの別れだ。また会おう、主殿』


 そこで、僕の意識は途切れた────。


 *


〈【レガシークエスト:古き妖精プーカを満足させる】をクリアしました〉
〈クリア報酬としてレガシー装備[変化へんげのアンクレット]を入手しました〉


「っは……う、眩しい」

 急浮上した意識に慌てて目を開けると、さっきまで暗い空間にいた為、明かり取り窓から入る僅かな光でも眩しく感じて目をすがめる。

「起きたか」

 すぐ後ろから低い声が聞こえる。振り返ると、無造作な髪の間から覗く錆色の瞳が僕の顔を映していた。

 ……そのことに小さく息を吐く。

「……寝てた、んだろうか?」
「少しウトウトしてるなと思ったらすぐ寝て、すぐ起きたな」
「すぐ……」

 ゲーム内時間表示を見ると、グレーアウトが解除され、いつも通り現在時刻が確認出来るようになっていた。あの空間に行ってしまった正確な時間は覚えていないが、3時間は経っていなさそうだ。

 だからと言って、あそこで過ごした時間が無かったことにはなっていないようで、あそこで使った技能のレベルは軒並み上がっていた。とくに《暗視》が上がっているのが分かりやすい。

 うーん……あの空間では防衛戦の時のような特殊な時間倍率操作が働いていたということだろうか? ……ゲーム運営以外でも時間倍率を操作出来るものなのか? まぁ、あの空間自体が“そういうもの”だったのかもしれない。

 思考の海に沈んでいると、頬に分厚いがよく慣れた革の感触があって、上を向かされる。

「様子がおかしいぞ。どうした」
「……うぅん」

 バラムが訝しげに問いただしてくる。説明……した方が良いんだろうが、今までの経験値から説明すると何となく機嫌を損ねそうな気がして躊躇ってしまう。

 いや、言い出しづらくても盟友契約を結んだり、ギルドランクを上げてまで僕と行動を共にしてくれる相手なんだ、報告・連絡・相談は疎かにしてはいけないだろう。報連相は大事だと叔父さんも言っていた。

「実はさっき寝てしまった時に……」

 僕は先ほど意識だけ飛ばされた空間や、レガシークエストのこと、古き妖精プーカと思しき黒山羊との会話の内容をかいつまんでバラムに伝えた。

 やはりというか、出だしからバラムの眉間がとんでもなく深くなり……どんどん表情も険しくなって、何なら途中から抱えられだして圧力も増していったので少しハラハラした。締め落とされないかどうかで。

「それでまた目が覚めて今、という感じなんだが……」

 と話し終わると、抱き寄せられて僕の肩にバラムの頭が置かれる。

「はぁーーーーー、くっそ。……全く気づけなかった」
「……時間の進みも違ったし、察知は難しいだろう」
「何でお前だけなんだ、せめて俺も一緒に行けていれば……」

 耳元でギリギリと歯を噛み締める音がする。
 僕だけあの空間に行くことになった条件、か。それは多分……。

「この指輪を付けていたかどうか、の可能性が高いと思う」
「またそいつか……」

 バラムは苦々しげにそう言うと、僕の右手をとっていつかのように指輪に力をかける。……前の時よりさらに力が増している気がする。やはりつるっといったらと思うと背筋が寒い。

 そして、前と同じように今にも崩れそうなボロい見た目に反して壊れる気配は微塵も無い。こちらの見た目詐欺も相変わらずだ。バラムはそれを見て舌打ちすると、僕の右手を自分に近づける。

「おい、どうせこいつを巻き込むなら俺も巻き込め」

 ……ィン

「……“必要ならば”と言っている気がする」

 やはり意志があるのか何なのか、時折言っていることが分かる……気がするだけの不思議な感覚だ。

「必要じゃなくても巻き込めって言ってんだ」

 と、僕の右手に凄む。……うぅん、ここには誰もいないが何とも言えない状況だ。……その後指輪からの応答は無くなった。多分。

「まぁ、遺跡では多分助けてくれたし、クエストに失敗しても再挑戦可能までに時間がかかるだけで大したデメリットは無かったし、そんな危険なことをさせたいわけでは無いと思うんだが」
「妖精だぞ、そんなの分からないだろうが。あと今度その指輪が妙な反応をしたらどんな些細な反応でも教えろ」

 拗ねたような声音でそう言うと、少し強めに頬をつままれた。ちょっと痛い。

 ……確かに、指輪の反応を伝えていれば何か変わった……かは分からないが、報連相は大事なので「そうする」と頷いた。
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