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坊主頭の奇妙な校則
【35】
しおりを挟む凛子はかつて……【幻想プラシーボ】に感染しない人間の特徴について、こう分析した。
『どうやら、生まれながらにして心に一本筋が通った人間がいるらしいわ。そんな人間には、幻想プラシーボは通用しないみたい』
『心に一本……何だって?』
『心に一本筋が通った人間って言ったのよ。耳孔掃除してきたら? 耳糞山ほど詰まってるんじゃない? そのままだと、あまりの耳糞の重さに潰れて鼓膜が破れるわよ。耳鼻科に大至急駆け込むことをオススメするわ』
……回想でも、鋭い毒を吐く凛子だった。
耳糞で鼓膜が裂けるかよ。
それにそんなに溜まってねぇわ。毎日掃除してるっつーの。
『言い換えると、【心に芯の通った人間】とも言えるのかもね』
『ああ、そっちの方が分かりやすいな』
『了解しました。では、これからは、こちらの言い方で統一しましょう。バカなあなたみたいな人間のために』
『…………』
口を開ける度に毒吐かなきゃ死ぬのか? この女は。
『それで【心に芯の通った人間】に、何故【幻想プラシーボ】が効かないのかというと……。【幻想プラシーボ】の真逆、だからよ』
『真逆……?』
『そ、【幻想プラシーボ】に感染する人間は……総じて、心がぶれている。もしくは……ブレやすい。心の中に、心が通っていないから』
『なるほど……要するに、芯がなくてフラフラしてるってことか?』
『お、バカで蛆虫な癖に良い喩えを出したわね。その通りよ。バカから阿呆に昇格よ。喜びなさいな』
『それって昇格したのか……?』
『阿呆には、その喜びが理解できないみたいね。残念』
『はいはい……分かったから、解説を続けて』
『解説を続けてください、凛子さま』
……こいつ……。
『解説を続けてください、り、ん、こ、さ、ま』
『心に芯がないから、ブレて、他人の幻想に呑み込まれやすい。私を含めて、殆どの人間は……ね』
『なるほど……』
『私たちの近くで言うと、甲賀くん……甲賀 亀太郎くんも、こちら側の人間よ。心に芯がなくて、【幻想プラシーボ】感染の恐れがある側』
『亀太郎も……? あいつこそ、芯がある側だと思ったんだけど……』
『思う、思わないの話じゃないのよ。世の中には、心に芯があるように見えて、芯がない人も多いということよ。あるいは――――心に芯を通している、もしくは、心に芯を通そうと努力している、といったところかしら? 私や甲賀くんは、そっちよりってことね』
『ふぅん……』
心がブレない人間であろうとしているってことか……。
深いな……人間の心理とは、本当に、面白い。
『けれど、生まれながらにしているのよ……。生まれながらにして、絶対に折れないであろう心の芯を持つ、あなたみたいな人間が』
『オレ?』
『そう……あなたよ。あなたと……近いところで言えば青空ちゃんね。青空 星華ちゃん』
あー……。青空かぁー……何か、納得……。
『あなた達は、あらゆる【幻想プラシーボ】に対して、特効薬に成り得る』
『特効薬……? 心がブレなくて、【幻想プラシーボ】に感染しないってのは分かるけど……特効薬ってどういうことだ?』
『はぁ……想像力が、ゴミのように欠落しているわね……。このバカは……』
凛子はそう言って頭を抱えた。
どうやらまた格下げをくらったようだ。阿呆からバカに。
『良い? じゃあ、こういう言い方の方が分かりやすいかしら? 心に通ってる芯というものは、その人がこうあるべき、という信念を柱として携えてるっていうこと』
『信念……?』
『例えば、【人類みな歯がないのが当たり前】っていう【幻想プラシーボ】が流行ったとするじゃない? 私たち、芯のない者は、『ひょっとしたらそうなのかもしれない……』等と、心を揺さぶられて、【幻想プラシーボ】に感染する。芯があるように見せてるだけの見栄っ張りも同様よ』
『見栄っ張りって……まぁそれはいいや、続けて』
『だけど、生まれつき芯がある人間は違う、心の中に【歯は生えておいた方が良いに決まっているだろう?】という信念を持っている。揺るぎない――――信念を』
信念がある――――だからこそ、オレたち、【生まれつき心の芯の通った人間】は、【幻想プラシーボ】に対する、特効薬に成り得る。
ブレない心で、ブレた心を正すことができる。
『あなたにはない? こうあるべきだ、みたいな信念』
『いや……急に言われても……』
『私が思うに、元々やんちゃだったあなたの気質から考えて、大方のところ――――殴れば相手の目を覚まさせることができる……なんて、思ってない?』
『あ……』
それは……思っていた。
思っていた、なんてどころの騒ぎじゃない。
人の感情なんてそういうものだと、ひいては、世界なんてそんなものだと、思っていた。
思い込んでいた。
ブレない心で――――今も思っている。
思い込んでいる。
……そう……だからこそ、オレが殴ることで対象の【幻想プラシーボ】を治療することができるのだそうだ。
【気持ちを込めて殴れば、相手は必ず目を覚ましてくれる】
オレが、そんな思い込みを、ブレない心で、抱き続けているから。
凛子に言わせれば、これも一種の【幻想プラシーボ】だそうだ。
天然の【幻想プラシーボ】
成るべくして、成った――――オレだけの幻想。
目には目を、歯には歯を、毒には毒を。
毒を以て毒を制す。
【幻想プラシーボ】には、天然の【幻想プラシーボ】を。
ゆえに――――特効薬。
赤神 円にも、オレやオレの友達であり現在の部下である青空 星華同様に『ブレない心の芯』がある。
ゆえに彼女は、【坊主頭の幻想プラシーボ】に感染しなかった。
そういうものだからである。
したがって、赤神 円にも、特効薬たる素質がある。
そしてその素質の正体を……。
特効薬の正体を……。
オレも凛子も、はたまた、赤神 円自身も知っている。
それを振るうかどうかは…………彼女次第だ。
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