上 下
77 / 106
エピソード5『泡水透士郎と万屋月夜』

【第76話】泡水透士郎と万屋月夜⑥

しおりを挟む

 月夜は、寂しがり屋である。
 いや、寂しがり屋という言葉では足りない。

 月夜は、孤独を酷く恐れている――と言うのが正解かもしれない。

 そんな彼女のルーツは、幼い頃、両親を失った事にある。

 物心がつく前に、愛していた……愛を与えてくれていた両親の喪失。
 その、胸にポッカリと大穴を開けた喪失感は――月夜に、大切な人を失う事の恐怖を刻み付けるのは充分だった。

 そんな月夜を支えて来たのが、姉である皐月と兄である太陽だった。

 自分達も辛かった筈なのに……姉として、兄として、二人は妹である月夜を、精一杯支えてくれていた。

 月夜は知っている――そこに大きな愛情がある事を。

 かつてのアダンとの闘い。
 月夜が参戦したのは一番最後だった。
 そうなったのは、皐月が太陽が、最後の最後まで……月夜を危険な戦いに巻き込まないように、立ち回ってきたからだ。
 大切な妹を――危険な目に、合わせない為に。
 愛する妹を――守る為に。
 月夜はそれを理解している。

 だから月夜は――今の家族が大好きだ。

 姉である万屋皐月が。
 兄である万屋太陽が。

 大好きなのである。

 けれど……そんな姉や兄が、いつまでも傍には居てくれない。
 月夜の唯一にはなり得ない。

 彼女は薄々、それを実感していた。

 皐月の剛士に対する恋心の芽生え……。
 太陽と愛梨の関係性を目の当たりにした事で……。

 二人を失ってしまうかもしれない恐怖が、月夜を襲った。

 当時の愛梨に対する強い敵対心は、その恐怖が要因だったのだろう……。
 まだ不安定だった月夜の精神では……誰かに気持ちをぶつけなければ耐えられなかったのだろう……。

 さて――
 そんな不安定だった月夜に、安定をもたらした男がいた。


『オレが、太陽の代わりになる――それじゃ……ダメかな?』


 この時から……は始まっていた。
 それからその男と会う度に、その男の事が好きになっていった。

 姉や兄に匹敵する程――いや、それ以上に――――大好きに。

 彼なら――私の唯一に……。

 そんな希望を持ち始めた頃。
 海外で暴れる【霊騒々】――ポルターガイスト討伐の話が持ち上がった。
 正直――何で今なのよ! と思った。
 思ったが……断る事など出来なかった。

 大切な人がいる――この世界を守る為……。
 そして……孤独を恐れる自分自身のように――……。

 月夜には、闘いに行く以外の選択肢は有り得なかったのだ。

 例え……唯一となり得る人との関係が――――途絶える事となったとしても……。

 さて――そして今日は、いよいよ出発の日。

 月夜が海外へと立つ日である。
 舞台は空港。
 そこで、『日本超能力研究室』のメンバーである、犬飼と猫田と合流する手筈となっている。

 ごった返す空港内で、キョロキョロと二人を探していると。

「月夜ちゃーん!!」

 と、声が掛けられた。
 女性の声だ。

「猫田さん!」
「久しぶりぃー! 元気にしてたぁー!?」

 振り返りざまに思いっきり抱き着かれ、身体のあちこちを撫で回され、少々面食らった月夜だったが、彼女としても猫田達と再会出来た事は嬉しい事ではあるので、すぐに気持ちを立て直し「元気でしたよ」と返答した。
 白衣に身を包み、見るからに研究者の風格を見せつけるこの女性の名前は――――猫田又旅《ねこたマタタビ》。
 又旅は言った。月夜を強く強く抱き締めながら言った。

「ごめんねぇー! アダンとの闘いが終わって、ようやく青春してるって時にぃー、こんな風に呼んじゃってさぁー! 本当にごめんさぁーい!」
「良いんですよ。私の力は、こういう時の為にあるんですから」
「出来るだけ早く終わらせるから! 許してね?」
「許すも許さないもありませんってば。やるからには、全力を尽くすつもりです」
「月夜ちゃん……カッコイイわぁ……全身を舐め回したい……」

 うっとりとした目を向ける又旅。
 この人はこの人で変態そうだった。
 本当に全身を舐め回されそうだと危機感を覚えた月夜は、話を逸らす。

「そ……それより、犬飼さんは?」
「…………」
「? 猫田さん? 犬飼さんは? 一緒に待ってるって、兄貴から聞いてるんですけど……?」
「……あー……いるには、いるんだけどぉ……そのぉ……会わない方が良いと言うかぁ……一緒にいると、恥ずかしいと言うかぁ……トイレで籠ってもらってると言うかぁ……」
「はい? 一緒にいると、恥ずかしい……?」

 どういう事だろう? と、疑問を抱いたが、この数秒後……その犬飼との再会を果たし、月夜はその言葉の意味をちゃんと理解する事になる。

「久しぶりだな……万屋月夜……」

 そんな訳で、話題の男――――犬飼市一《いぬかいイチイチ》と再会。
 「あ、犬飼さん、お久しぶりで……っ!?」振り返り、市一の姿を見た瞬間――月夜は絶句した。
 というより、驚愕した。
 月夜だけではなく、空港内にいる他の一般人達も、彼の姿を見てザワついている。変な人がいるといわんばかりに注目を集めている。
 何故か?

 白衣とその下に着ているスーツの前後ろが反対だからだ。

 つまり……本来背中側に来る筈の部分が、前側にきており。
 ネクタイやボタンなど、本来前にある部分が、背中にきているのだ。
 早い話が、全てを逆にきているのである。

 背中側に垂らされているネクタイは、どのように装着したのだろうか? と疑問が浮かびつつ、絶句する月夜。
 逆に、結ぶの難しいだろう……と。

 又旅の「恥ずかしい」という言葉の意味を理解した月夜だった。

「どうやら彼……朝寝坊しちゃったみたいでぇ……慌てて着たらあんな風になっちゃったみたいなのぉ……申し訳ないけどぉ……笑わないであげてねぇ……彼、アレで至って真面目だからぁ……」
「笑えませんよ……」

 ヒソヒソと話をしている二人を見て、首を傾げる市一。

「何をヒソヒソと話しているんだ……? 二人とも……。悠長に話をしている場合ではないぞ……。さっさと、一秒でも早く終わらせて……万屋月夜……お前は青春へと戻るべきなのだからな……」
「はい……」

 カッコイイ事を言われても、いまいちカッコ良さが伝わらない。
 その白衣とスーツの着こなし方のせいで。

 「ついて来い」市一が、あべこべなスーツ姿を翻し、ツカツカと歩き始める。

「行こっ! 月夜ちゃん!」
「は……はいっ!」

 又旅に引っ張られ、月夜達も歩き始める。

(いよいよ……出発、かぁ……)

 月夜は思いを巡らせる。

(平気だとは思ってても……いざ、その時が来ると名残惜しくなっちゃうな……兄貴や皐月姉とは、今日お別れ出来たけど……やっぱり……伝言なんて頼まずに……直接……言えば良かったなぁ……)

 思い浮かぶのは……想い人の顔だった。
 思い浮かべると、胸が苦しくなってしまう。
 別に一生会えなくなる訳では無いのだから――と、自分に言い聞かせるも……それでも、暫く会えなくなるのは辛いのだ。

 辛くて辛くて……。

 寂しい。

 けれど――ここまで来たらもう引き返せない。
 この選択をしたのは自分なのだ。

 だからもう、後ろは振り返らない。

 ここから先の自分に出来るのは――一刻も早くこの一件を終わらし、一刻も早くこの国へ帰ってくる事だけだ。
 それは分かっている……。
 分かっているのだが――――

(会いたいなぁ……)
(一目、顔が見たかったなぁ……)
(一声……あの優しい声が聞きたかったなぁ……)

 そう……思ってしまう。
 
 月夜は侮っていた。
 よもや、彼の存在が自分の中で、ここまで大きい存在になっていた事実を……見誤ってしまっていたのだ。

 会いたいと胸が苦しくなる程に……。
 あの声が聞きたいと胸が締め付けられる程に……。
 『月夜ー!』と、幻聴が聞こえる程に……。

「月夜ー!!」

 幻聴が……。

「待て! 月夜ーーっ!!」

 幻聴……否――


 その声は――――幻聴ではなかった。

「月夜ーーーーっ!!」

 月夜が振り返ると、そこに――――

 愛しい人――――ここにはいない筈の、泡水透士郎の姿があったのだ。

「え……? な、何で…………」

 月夜の足が止まる。
 彼の姿を見た事で、心臓が高鳴る。
 身体は火照り。目頭が熱くなる。

「何であんたが……ここに居るのよ……」

 対して透士郎は、乱れた息を整えつつ、少しずつ言葉を繋いで行く。

「白金に……聞いたんだよ……今日、出発だって……。酷い、じゃねぇか……伝言で済ませるだなんて……オレからも、一言、言わせてくれよ……」
「え……?」

 そう言って透士郎は、息を整え、膝についていた手を下ろし、ゆっくりと……月夜を見据えた。
 そして一言――

「月夜――――






 オレはお前が好きだ――愛してる。この一件が終わったら……一緒に暮らしてくれないか?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

壁の薄いアパートで、隣の部屋から喘ぎ声がする

サドラ
恋愛
最近付き合い始めた彼女とアパートにいる主人公。しかし、隣の部屋からの喘ぎ声が壁が薄いせいで聞こえてくる。そのせいで欲情が刺激された両者はー

恋煩いの幸せレシピ ~社長と秘密の恋始めます~

神原オホカミ【書籍発売中】
恋愛
会社に内緒でダブルワークをしている芽生は、アルバイト先の居酒屋で自身が勤める会社の社長に遭遇。 一般社員の顔なんて覚えていないはずと思っていたのが間違いで、気が付けば、クビの代わりに週末に家政婦の仕事をすることに!? 美味しいご飯と家族と仕事と夢。 能天気色気無し女子が、横暴な俺様社長と繰り広げる、お料理恋愛ラブコメ。 ※注意※ 2020年執筆作品 ◆表紙画像は簡単表紙メーカー様で作成しています。 ◆無断転写や内容の模倣はご遠慮ください。 ◆大変申し訳ありませんが不定期更新です。また、予告なく非公開にすることがあります。 ◆文章をAI学習に使うことは絶対にしないでください。 ◆カクヨムさん/エブリスタさん/なろうさんでも掲載してます。

ねえ、私の本性を暴いてよ♡ オナニークラブで働く女子大生

花野りら
恋愛
オナニークラブとは、個室で男性客のオナニーを見てあげたり手コキする風俗店のひとつ。 女子大生がエッチなアルバイトをしているという背徳感! イケナイことをしている羞恥プレイからの過激なセックスシーンは必読♡

美少女幼馴染が火照って喘いでいる

サドラ
恋愛
高校生の主人公。ある日、風でも引いてそうな幼馴染の姿を見るがその後、彼女の家から変な喘ぎ声が聞こえてくるー

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

処理中です...