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エピソード5『泡水透士郎と万屋月夜』
【第76話】泡水透士郎と万屋月夜⑥
しおりを挟む月夜は、寂しがり屋である。
いや、寂しがり屋という言葉では足りない。
月夜は、孤独を酷く恐れている――と言うのが正解かもしれない。
そんな彼女のルーツは、幼い頃、両親を失った事にある。
物心がつく前に、愛していた……愛を与えてくれていた両親の喪失。
その、胸にポッカリと大穴を開けた喪失感は――月夜に、大切な人を失う事の恐怖を刻み付けるのは充分だった。
そんな月夜を支えて来たのが、姉である皐月と兄である太陽だった。
自分達も辛かった筈なのに……姉として、兄として、二人は妹である月夜を、精一杯支えてくれていた。
月夜は知っている――そこに大きな愛情がある事を。
かつてのアダンとの闘い。
月夜が参戦したのは一番最後だった。
そうなったのは、皐月が太陽が、最後の最後まで……月夜を危険な戦いに巻き込まないように、立ち回ってきたからだ。
大切な妹を――危険な目に、合わせない為に。
愛する妹を――守る為に。
月夜はそれを理解している。
だから月夜は――今の家族が大好きだ。
姉である万屋皐月が。
兄である万屋太陽が。
大好きなのである。
けれど……そんな姉や兄が、いつまでも傍には居てくれない。
月夜の唯一にはなり得ない。
彼女は薄々、それを実感していた。
皐月の剛士に対する恋心の芽生え……。
太陽と愛梨の関係性を目の当たりにした事で……。
二人を失ってしまうかもしれない恐怖が、月夜を襲った。
当時の愛梨に対する強い敵対心は、その恐怖が要因だったのだろう……。
まだ不安定だった月夜の精神では……誰かに気持ちをぶつけなければ耐えられなかったのだろう……。
さて――
そんな不安定だった月夜に、安定をもたらした男がいた。
『オレが、太陽の代わりになる――それじゃ……ダメかな?』
この時から……次の大好きは始まっていた。
それからその男と会う度に、その男の事が好きになっていった。
姉や兄に匹敵する程――いや、それ以上に――――大好きに。
彼なら――私の唯一に……。
そんな希望を持ち始めた頃。
海外で暴れる【霊騒々】――ポルターガイスト討伐の話が持ち上がった。
正直――何で今なのよ! と思った。
思ったが……断る事など出来なかった。
大切な人がいる――この世界を守る為……。
そして……孤独を恐れる自分自身のように――他の誰かが大切な人を失わない為に……。
月夜には、闘いに行く以外の選択肢は有り得なかったのだ。
例え……唯一となり得る人との関係が――――途絶える事となったとしても……。
さて――そして今日は、いよいよ出発の日。
月夜が海外へと立つ日である。
舞台は空港。
そこで、『日本超能力研究室』のメンバーである、犬飼と猫田と合流する手筈となっている。
ごった返す空港内で、キョロキョロと二人を探していると。
「月夜ちゃーん!!」
と、声が掛けられた。
女性の声だ。
「猫田さん!」
「久しぶりぃー! 元気にしてたぁー!?」
振り返りざまに思いっきり抱き着かれ、身体のあちこちを撫で回され、少々面食らった月夜だったが、彼女としても猫田達と再会出来た事は嬉しい事ではあるので、すぐに気持ちを立て直し「元気でしたよ」と返答した。
白衣に身を包み、見るからに研究者の風格を見せつけるこの女性の名前は――――猫田又旅《ねこたマタタビ》。
又旅は言った。月夜を強く強く抱き締めながら言った。
「ごめんねぇー! アダンとの闘いが終わって、ようやく青春してるって時にぃー、こんな風に呼んじゃってさぁー! 本当にごめんさぁーい!」
「良いんですよ。私の力は、こういう時の為にあるんですから」
「出来るだけ早く終わらせるから! 許してね?」
「許すも許さないもありませんってば。やるからには、全力を尽くすつもりです」
「月夜ちゃん……カッコイイわぁ……全身を舐め回したい……」
うっとりとした目を向ける又旅。
この人はこの人で変態そうだった。
本当に全身を舐め回されそうだと危機感を覚えた月夜は、話を逸らす。
「そ……それより、犬飼さんは?」
「…………」
「? 猫田さん? 犬飼さんは? 一緒に待ってるって、兄貴から聞いてるんですけど……?」
「……あー……いるには、いるんだけどぉ……そのぉ……会わない方が良いと言うかぁ……一緒にいると、恥ずかしいと言うかぁ……トイレで籠ってもらってると言うかぁ……」
「はい? 一緒にいると、恥ずかしい……?」
どういう事だろう? と、疑問を抱いたが、この数秒後……その犬飼との再会を果たし、月夜はその言葉の意味をちゃんと理解する事になる。
「久しぶりだな……万屋月夜……」
そんな訳で、話題の男――――犬飼市一《いぬかいイチイチ》と再会。
「あ、犬飼さん、お久しぶりで……っ!?」振り返り、市一の姿を見た瞬間――月夜は絶句した。
というより、驚愕した。
月夜だけではなく、空港内にいる他の一般人達も、彼の姿を見てザワついている。変な人がいるといわんばかりに注目を集めている。
何故か?
白衣とその下に着ているスーツの前後ろが反対だからだ。
つまり……本来背中側に来る筈の部分が、前側にきており。
ネクタイやボタンなど、本来前にある部分が、背中にきているのだ。
早い話が、全てを逆にきているのである。
背中側に垂らされているネクタイは、どのように装着したのだろうか? と疑問が浮かびつつ、絶句する月夜。
逆に、結ぶの難しいだろう……と。
又旅の「恥ずかしい」という言葉の意味を理解した月夜だった。
「どうやら彼……朝寝坊しちゃったみたいでぇ……慌てて着たらあんな風になっちゃったみたいなのぉ……申し訳ないけどぉ……笑わないであげてねぇ……彼、アレで至って真面目だからぁ……」
「笑えませんよ……」
ヒソヒソと話をしている二人を見て、首を傾げる市一。
「何をヒソヒソと話しているんだ……? 二人とも……。悠長に話をしている場合ではないぞ……。さっさと、一秒でも早く終わらせて……万屋月夜……お前は青春へと戻るべきなのだからな……」
「はい……」
カッコイイ事を言われても、いまいちカッコ良さが伝わらない。
その白衣とスーツの着こなし方のせいで。
「ついて来い」市一が、あべこべなスーツ姿を翻し、ツカツカと歩き始める。
「行こっ! 月夜ちゃん!」
「は……はいっ!」
又旅に引っ張られ、月夜達も歩き始める。
(いよいよ……出発、かぁ……)
月夜は思いを巡らせる。
(平気だとは思ってても……いざ、その時が来ると名残惜しくなっちゃうな……兄貴や皐月姉とは、今日お別れ出来たけど……やっぱり……伝言なんて頼まずに……直接……言えば良かったなぁ……)
思い浮かぶのは……想い人の顔だった。
思い浮かべると、胸が苦しくなってしまう。
別に一生会えなくなる訳では無いのだから――と、自分に言い聞かせるも……それでも、暫く会えなくなるのは辛いのだ。
辛くて辛くて……。
寂しい。
けれど――ここまで来たらもう引き返せない。
この選択をしたのは自分なのだ。
だからもう、後ろは振り返らない。
ここから先の自分に出来るのは――一刻も早くこの一件を終わらし、一刻も早くこの国へ帰ってくる事だけだ。
それは分かっている……。
分かっているのだが――――
(会いたいなぁ……)
(一目、顔が見たかったなぁ……)
(一声……あの優しい声が聞きたかったなぁ……)
そう……思ってしまう。
月夜は侮っていた。
よもや、彼の存在が自分の中で、ここまで大きい存在になっていた事実を……見誤ってしまっていたのだ。
会いたいと胸が苦しくなる程に……。
あの声が聞きたいと胸が締め付けられる程に……。
『月夜ー!』と、幻聴が聞こえる程に……。
「月夜ー!!」
幻聴が……。
「待て! 月夜ーーっ!!」
幻聴……否――
その声は――――幻聴ではなかった。
「月夜ーーーーっ!!」
月夜が振り返ると、そこに――――
愛しい人――――ここにはいない筈の、泡水透士郎の姿があったのだ。
「え……? な、何で…………」
月夜の足が止まる。
彼の姿を見た事で、心臓が高鳴る。
身体は火照り。目頭が熱くなる。
「何であんたが……ここに居るのよ……」
対して透士郎は、乱れた息を整えつつ、少しずつ言葉を繋いで行く。
「白金に……聞いたんだよ……今日、出発だって……。酷い、じゃねぇか……伝言で済ませるだなんて……オレからも、一言、言わせてくれよ……」
「え……?」
そう言って透士郎は、息を整え、膝についていた手を下ろし、ゆっくりと……月夜を見据えた。
そして一言――
「月夜――――
オレはお前が好きだ――愛してる。この一件が終わったら……一緒に暮らしてくれないか?」
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