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エピソード5『泡水透士郎と万屋月夜』

【第72話】泡水透士郎と万屋月夜②

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 透士郎が台所へ入る。
 調理済みの豚カツがずらりと並んでおり、もう調理が済んでいる事は明確だった。
 手伝う事など、後はもう配膳ぐらいのものだろう。
 よって、皐月がこの場所へ彼を呼んだのは話がメインという訳だ。

 月夜についての話――が、メインディッシュという訳だ。

 当の本人達は今、たわいの無い言い争いの真っ最中であり、話が漏れる事はないだろう。

「月夜はね? 寂しがり屋なの……」

 そう……皐月が単刀直入に話し始めた。

「だからね……孤独というものに敏感なの」
「はい……知ってます」
「知ってるの?」
「そりゃ……アイツを見てれば、ね……嫌でも気付きますよ」
「そう……」

 皐月は続ける。

「あの子は……私や太陽と違って、物心つく前に両親を失ってる。私や太陽は……お母さんやお父さんの事を覚えているわ。優しく……私達を抱き締めてくれていた……二人の事を……」
「……確か……皐月さん達の両親は、『日本超能力研究室』で働いてたんですよね? その業務中の……」
「うん……事故……というか、アダンにね……」

 少し、思い出すのが辛そうに彼女は告げた。

「そんな私や太陽と違って、月夜は――両親の事を覚えていない」
「…………」
「あ、別に月夜が愛されてなかったとか、そういう意味じゃないのよ? まだ小さかったから……覚えてないだろうなって……。小さい頃の月夜は、仏壇に飾られたお母さんとお父さんの写真を見て不思議そうな顔してたから……」
「……そうですか……」
「きっと月夜は……両親の顔を、遺影でしか見た事がない筈……だけど、覚えちゃってるのよね……大切にされていた事は――私は愛されていたんだっていう……記憶は……だからこそあの子は――


 物心がつくと同時に……喪失感も味わってしまっている」


 「喪失感……」と、透士郎がオウム返しの如く呟いた。

「辛いですよね……大切にされてたって記憶だけ残って……気付いた時にはもういないっていうのは……」
「うん……だから――人がいなくなるのを極端に恐れるのよ」
「白金の事を、あれだけ……不自然なぐらい嫌っていたのは……ソレが要因って事ですね? 太陽が、奪われる、いなくなる可能性への――恐怖……」
「うん、そういう事ね」
「なるほど……一つ謎が解けました」
「愛梨ちゃんは当然、その事に気が付いてたから……月夜に対してもの凄く気を使っていたと思う……まぁそこは、愛梨ちゃんが何とかしたみたい。流石は、太陽の選んだ女の子ね! って感じだわ」
「……ですね」
「まぁ――愛梨ちゃんは愛梨ちゃんで、今――色々と葛藤しているみたいだけれど……ね……」
「……白金が?」

 その言葉に反応する透士郎。
 しかし、その話の続きが皐月の口から話される事はなかった。
 話は月夜の件へと戻る。

「透士郎くん、率直に言うわよ? 月夜は間違いなく――あなたに惚れているわ」
「………………」
「あなたに、フォーリンラブしているわ」
「何故言い直したんです? その前ので充分理解したつもりだったんスけど……」
「そして、あなたも――月夜の事が好き……よね?」
「っ!!」

 その問い掛けに、そのド直球な問い掛けに対し、透士郎は少し両頬を赤らめつつ、小さく呟いた。

「の……ノーコメントです……」

 皐月は吹き出すように、「分かりやすいなぁ」と笑った。

「私……以前、あの子に言ったの。『あなたにとっての唯一な人を見つけなさい』って……」
「唯一……」
「ねぇ……透士郎くん」
「何でしょうか?」
「きっと――――月夜は海外へ行く。その、ポルターガイストって人を……抑え込む為に」
「分かってます。……そういう奴、ですもんね。月夜は……」

 そういう奴。
 だけど、そういう奴だからこそ、透士郎は――――

「こんな状況下だからこそ、あえてあなたにを言わせてもらうわ……」

 皐月が、透士郎に向かって頭を下げた。
 深く深く……頭を……。

「月夜をどうか……よろしくお願いします」

 「…………」この後、透士郎が何かを返事しようとしたその時……ちょうど言い争いが終わったようで、リビングの太陽から「皐月姉ご飯まだー?」という声が聞こえて来た。
 「はぁーい! 今持って行くからねぇー」と返答する皐月。
 話はどうやら、ここで打ち止めのようだった。

 何も言わず、皐月は透士郎の肩をポンッと叩き、綺麗に盛り付けられた豚カツ四人前を器用に運び始めた。



 そしてその後――

「ご馳走様でした。豚カツ、美味しかったです」

 透士郎が帰宅する。

「どういたしまして」
「お邪魔しました」

 と、透士郎が玄関のドアノブに手を掛けた所で……皐月が一言。

「また――食べに来てね?」
「……はい――是非とも」
「……うん」

 満面の笑みを浮かべる皐月。
 「じゃあな太陽。また明日」と、太陽に挨拶した後、透士郎は万屋家を後にした。

 外に出ると、少し冷える。

「うー……寒っ……冷えてきたなぁ……走って帰るか?」

 と、考えつつ歩き始めると……。
 突然――「待って!」と、勢いよく背後の万屋家の玄関が開いた。
 振り向くとそこに――――

「遅くなっちゃったから、送るわ」

 月夜がいた。

「…………良いのか……?」
「? 何が?」
「それって本来……男であるオレが言うべきセリフだと思うんだが……」
「はぁ? ちょっと目が良いだけのアンタが何生意気な事言ってんのよ。さ、つまらないこと気にしないで行くわよ」
「……優しいな、月夜は」
「そう、私は優しいのよ」
「お言葉に甘えるよ。よろしく頼む」

 ニカッと笑って、透士郎は言った。
 そんな彼の微笑みを前に、顔が赤くなる月夜。「う、うん……」と曖昧に返事を返した。

 歩き出す二人。

 月夜は、心の中で何度も……。

(これくらいなら良いよね……? これくらいなら……別に許してくれるわよね……? 別に何も……悪い事はしていないんだし……?)

 等と唱えていた。
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