71 / 106
秋の終わり間近に
【第70話】細かい事は気にするな!
しおりを挟むとある日の放課後――万屋皐月は、同級生である火焔剛士に料理を振る舞う為、彼の家へと足を運んでいた。
手際良く作られた料理を、受験勉強の息抜きとして剛士は口に運んでいる。
大袈裟に言うのでもなく、皐月の料理は絶品である。
妹の月夜が、『何故神様は私にもその才能を与えてくださらなかったの? 呪ってやる』と神様を呪おうとする程度には、皐月の料理の腕はピカイチなのだ。
それはさておき、剛士がハンバーグを食しながら皐月へ問い掛ける。
「月夜と泡水が良い感じなんだって?」
台所で食器洗いをしている皐月が振り向かずに答える。
「うん、良い感じも良い感じだよ。お互いに良い影響与え合ってて、とても良い関係だと思う」
「だよなぁー。怪しいと思ってたんだよ。あの暴走族の一件の時から」
「暴走族の一件?」
ここで皐月の手が止まり、疑問符混じりに振り向いた。
「ほら、泡水が『月夜なら出来ます』って押したやつ」
「ああー、アレね」
「あの発言って……相当信頼してなくちゃ出来ねぇもんなぁ。あの時から、怪しいと思ってたんだよなぁ」
「ふぅーん……私はもう少し前から、怪しいと思ってたけどねー」
食器洗いへ意識を戻す。
剛士が「そりゃ、お前はしょっちゅう月夜と顔合わせてんだから、気付いて当然だろ?」と反論。
皐月は「そうね」と納得した。
「月夜ってば、本当に分かりやすいのよ」
思い出し笑いをしながら皐月は言う。
「だって、透士郎くんの話題出した時や、透士郎くんと一緒にいる時――凄く幸せそうで、嬉しそうな顔してるんだもの。私や太陽の前では見せない程の顔を」
「へぇ……お前や太陽には見せないぐらいの顔ねぇ……ふぅーん…」
「え? 何か気に掛かった?」
「んにゃ? 別に? ただ――――月夜がどれだけ、泡水の事が好きなのか分かった気がしてな」
「?」
食器洗いを続けながら首を捻る皐月だった。
「それにしても……」と、剛士が話を変える。
「月夜がようやく、ブラコンから殻を破ろうとしたタイミングで――――例の件、か……」
「…………うん……」
「良いやら、悪いのやら……」
「その件について……太陽が何か、面白い事を考えているみたいよ?」
「面白い事? 太陽が?」
剛士が露骨に顔を顰めた。
「…………悪い予感しかしねぇな……」
「あら? そんな事はないわよ。太陽《あの子》も、愛梨ちゃんとお付き合い初めてから変わったわよ? 以前のようなめちゃくちゃっぷりが随分と也を潜めたもの」
「前がめちゃくちゃ過ぎたんだよアイツは……也を潜めて普通以上かもしれねぇから、安心出来ないなぁ……」
「ふふっ」
「……何だよ?」
「何か、そんな風に太陽の事心配してる姿、まるでお兄ちゃんみたいね」
「……まぁ、それについては否定しねぇよ……。太陽は――弟みてぇなもんだ……できの悪ぃ、な……」
「お、さすが。荒れていた太陽を改心させたお兄ちゃんの、言う事は違うねぇ」
「改心させただなんて、人聞き悪い事を言うな……アレは太陽が勝手に変わったんだよ」
剛士は言う……。
「他人がどうこう言っても、結局の所……自分自身が変わろうとしなきゃ、変わる事が出来ないもんなんだからよ」
「…………」
「太陽も、白金も……月夜も泡水も……そして――――」
「私達も……ね」皐月が、さも剛士の台詞を奪うかのように言った。
私達も――と。
そう述べた。
皐月は言う。
「ま、その点から考えると。剛士くんは今――変わろうとしている最中だもんねー? おかげで今、私は待ちぼうけを受けている訳だけれどー」
「…………さぁーて。お腹もいっぱいになったし。勉強勉強! 晩飯ありがとう、美味かった」
分かりやすく話を逸らし、終わらせて、再び参考書の前に座ろうとする剛士。
お礼の言葉に「どう致しまして」と皐月は答える。
どうやら話は完全に終わってしまったようだ。
皐月としては、良いようにはぐらかされてしまった形となる。
けれど彼女は――――
「ねぇ……剛士くん……」
これだけは言いたかった。
「絶対――大学合格してね。そして絶対に――――同じ大学に行こうね」
対する剛士の返事はあっさりとしていた。
何を当たり前の事言ってんだ? と、言わんばかりに。
「おう、頑張る」
そう……返答したのだった。
そして丁度その頃――
万屋家の食卓では、太陽と月夜が神妙な面持ちで向かい合っていた。
否、神妙なのは太陽だけだ。
月夜は、突然彼に真面目な顔で『大事な話がある』と言われ少し混乱気味の様子である。
(え? え? 何? 何なにー? 急に真面目な顔して『大事な話がある』だなんてー! 告白!? ひょっとして告白なの!? キャー!! ついにこの時が――ああでも待って! 私と兄貴は兄弟なのよ!? 列記とした、兄と妹!! 私達は家族なのよ!? それでもいいの? 兄貴……ううん、太陽が良いって言うのなら私もやぶさかでなんかないんだからぁー!! キャー!!)
…………前言撤回。
少しの混乱などではなく、かなり混乱しているの間違いだった。
しかも、混乱気味ではなく、明確に混乱していた。
それに全然ブラコンの殻を破れたりはしていなかった。
むしろ末期症状である。
そんなブラコン妹の感情などいざ知らず――太陽が迷いなく話を切り出した。
自らのスマホ画面に映された、一通のメッセージを提示しながら。
当然、ソレに目を奪われる月夜。
「良いか? 月夜……簡潔に言うと。『日本超能力研究室』……まぁ、主に犬飼さんと猫田さんなんだが……お前の力を借りたい、と言っている」
「私の……力を……?」
「ああ――経緯だけを述べると……今、海外で【霊想像】という、所謂ポルターガイストを引き起こせる超能力者が暴れているそうだ」
「ポルターガイスト……?」
「分かりやすく言うと、お前の【念動力】の下位互換の能力者だ。だからこそ――上位互換である月夜――お前に白羽の矢が立った」
「ふぅん……でも、海外かぁ…………長い闘いになりそうなの?」
太陽は頷いた。
一瞬、間が空いたが、「ああ」と答えた。
「当然……お前は中学三年だ。その辺の事情は、向こうも分かってくれている。月夜……お前はこれ迄必死に勉強を頑張って来た。だからこそ――無条件でのうちの高校への合格が決まったそうだ」
「へ?」
「更に、二年間授業やテストを受けなくても進級出来るという、特別待遇っぷりだ」
「ちょ、ちょっと待って? それって即ち――私は、あんた達の通う高校へ籍を置きつつ海外で仕事するっていう事? そんな裏技どころかチートじみた事、出来て良いの?」
「良いんだ! 細かい事は気にするな!」
説明が面倒くさくなったのか、太陽はゴリ押しで話しを進めることに決めたようだった。
「まぁ……こんな風に、悪い話ではない。こちらの事を気にする事なく――お前は思う存分、再びのヒーロー活動に専念が出来る、という訳だ。……どうだ?」
「ど……どうだって言われても……」
戸惑う様子の月夜。
戸惑うのも当然だ。
かつて、一度世界を救いヒーローとなった月夜とはいえ、いきなり『もう一度ヒーローになってくれ!』とお願いされて、戸惑わない訳が無い。
狼狽えない訳がない。
ヒーローとしての人生が終わり――せっかく、普通の生活にも慣れてきたのに。
せっかく――
好きな人が出来たのに……。
戸惑い、狼狽えない訳がないのだ。
しかし――とは言っても……万屋月夜は、万屋月夜である。
彼女が、ヒーローであった当時から立てている心の柱――揺るがぬ価値観には、何ら変化は伴わない。
だからこそ……彼女の答えは既に決まっている。
太陽は、それを理解した上で、改めて説明を行う。
改めて――念を押すかのように。
「この話を引き受けたら……お前は当分――オレや、他の皆とは会えなくなる。どうだ? 月夜……それでもお前は――この話を引き受けるのか?」
「うん」
即答だった。
彼女もまた、何を当たり前の事言ってんだ? と、言わんばかりに即答したのだった。
「もちろん――引き受けるよ。だって私の力は――こういう時の為にあるんだから」
こういう時――弱き人を守る為。悪を挫く為。
その信念に、何ら揺らぎは無かった。
例え――大好きな兄と暫く会えなくなろうとも……。
例え――大好きな姉の美味しい料理が暫く食べれなくなろうとも……。
例え――仲が良く、楽しくて頼もしい仲間達と、暫く会えなくなろうとも……。
そして――
恋愛感情を抱こうとしていた彼と――暫しの間、離ればなれになろうとも。
月夜の信念は、変わらない。
微動だにしない。
天秤にかけるにも値しない。かけるべくもないのである。
戸惑いはしたものの、太陽に再度詰められ、彼女は我を取り戻した。
彼女にはもう……迷い等なかった。
「分かった……」そう太陽は頷いた。
「犬飼さんと猫田さんには――承諾って事で、オレから伝えておくよ」
「私からは? 私の件なんだから、私が伝えた方が良いんじゃ……」
「ああ、それは大丈夫。リーダーのオレからちゃんと伝えておくから。お前は安心して、海外行きの準備を整えてくれ」
「……そう? それなら頼むわ」
呆気なく月夜は承諾した。
兄に任せる事にしたのだ。
普段は馬鹿で間抜けで頓珍漢でどエロな太陽だが……締める所はきっちり締める男なのである。
月夜は、彼のそんな所を信用しており。そして――
大好きだった。
世界中で一番――大好きだった。
しかし、今は違う……。
少なくとも……一番ではない。
今の月夜にとっての一番は――――
(あーあ……せっかくこれから……彼と仲良くやっていこうと、思ってたのになぁ……)
確かに月夜は、即答で海外行きを承諾した。
かと言って……全く無い訳ではないのだ――
後悔が。
そして……未練が。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
妻がエロくて死にそうです
菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。
美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。
こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。
それは……
限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常
お嬢様、お仕置の時間です。
moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。
両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。
私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。
私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。
両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。
新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。
私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。
海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。
しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。
海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。
しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。
連れ子が中学生に成長して胸が膨らむ・・・1人での快感にも目覚て恥ずかしそうにベッドの上で寝る
マッキーの世界
大衆娯楽
連れ子が成長し、中学生になった。
思春期ということもあり、反抗的な態度をとられる。
だが、そんな反抗的な表情も妙に俺の心を捉えて離さない。
「ああ、抱きたい・・・」
男女比1:10000の貞操逆転世界に転生したんだが、俺だけ前の世界のインターネットにアクセスできるようなので美少女配信者グループを作る
電脳ピエロ
恋愛
男女比1:10000の世界で生きる主人公、新田 純。
女性に襲われる恐怖から引きこもっていた彼はあるとき思い出す。自分が転生者であり、ここが貞操の逆転した世界だということを。
「そうだ……俺は女神様からもらったチートで前にいた世界のネットにアクセスできるはず」
純は彼が元いた世界のインターネットにアクセスできる能力を授かったことを思い出す。そのとき純はあることを閃いた。
「もしも、この世界の美少女たちで配信者グループを作って、俺が元いた世界のネットで配信をしたら……」
女の子にされちゃう!?「……男の子やめる?」彼女は優しく撫でた。
広田こお
恋愛
少子解消のため日本は一夫多妻制に。が、若い女性が足りない……。独身男は女性化だ!
待て?僕、結婚相手いないけど、女の子にさせられてしまうの?
「安心して、いい夫なら離婚しないで、あ・げ・る。女の子になるのはイヤでしょ?」
国の決めた結婚相手となんとか結婚して女性化はなんとか免れた。どうなる僕の結婚生活。
【R18】エリートビジネスマンの裏の顔
白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます───。
私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。
同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが……
この生活に果たして救いはあるのか。
※完結済み、手直ししながら随時upしていきます
※サムネにAI生成画像を使用しています
お兄ちゃんはお医者さん!?
すず。
恋愛
持病持ちの高校1年生の女の子。
如月 陽菜(きさらぎ ひな)
病院が苦手。
如月 陽菜の主治医。25歳。
高橋 翔平(たかはし しょうへい)
内科医の医師。
※このお話に出てくるものは
現実とは何の関係もございません。
※治療法、病名など
ほぼ知識なしで書かせて頂きました。
お楽しみください♪♪
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる