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第三話『幽野怜と裏の世界』
【6】
しおりを挟む先に動いたのは怜。
素早く黒檻に近付き、彼女の身体に七発――黄金の拳を叩き込んだ。
黒檻の身体は再度吹き飛ばされ、またしても黒いモヤにぶつかるが、またしてもダメージはない。
「うふふふふ、無駄よ」と黒檻は笑う。
「何をやっても無駄。私にはダメージを与える事なんて出来ないわよー? 無駄無駄ー」
「そんな事はー、やってみなくちゃ分かんないでしょー」と、飛び掛かり、黒いモヤに背中を預けた状態の黒檻に3度目の黄金の拳を叩き込んだ。
「だーかーらぁー」黒檻は笑う。
「無駄だって言ってるでしょー?」
次の瞬間――怜の身体が、まるで強風に押されているかのように後方へ吹き飛ばされた。
「つぅ……!」怜の身体は、激しく屋上の床に叩き付けられた。
「怜っち!」と心配し、駆け寄ろうとする末代を、「そこから動いちゃダメだよー」と静止する怜は、ゆっくりと立ち上がる。
怜はニヤリと笑った。
「なるほどねー……」
「だ、大丈夫なのぉ? 勝ち目あるのぉ……?」心配そうに問い掛ける末代。その目は、申し訳なさそうにしている。
自分のせいで怜を巻き込んでしまった――
自分の先祖のせいでとんでもない悪霊を生み出してしまった――
如何ともし難い感情が今、末代を襲っていたのだ。
怜は黒檻に視線を向けつつ、そんな彼女に言葉を掛ける。「勝ち目かー……それを今ー、探ってる所だからー、大丈夫だよー」と。
頷く末代。
怜は思考する。
何故殴ってもノーダメージなんだろー? 手応えはある、なのに何故ー……?
それに今の攻撃――今ボクを引き離したような攻撃……アレが奴の攻撃だったのか……?
うーん……まだ情報がー……
「…………とりあえず遠距離攻撃してみよっかー!」
怜は、黒檻へ向け、まるで素振りをするかのように黄金の光を纏った右拳を振るった。
彼の右拳から光が放たれる――黄金の龍が放たれる。
この技は、レベルA以下の悪霊なら、これ一発で仕留める高火力の技である。
当然、それ相応の危険度は、その黄金の龍そのものから放たれており、それは黒檻も把握している筈である。
しかし――
黒檻は避けなかった。
避けずに、その黄金の龍がまともに直撃した。
高火力の技が直撃したのにも関わらず――「なかなか良い攻撃ねー、でも、無駄よ? 私には聞かない」と、無傷だった。
「これもダメかぁー……」
「今度は私の番、ね」
黒檻は、まるで怜に引き寄せられているかのように、腹部を突き出すような形で高速移動を行った。
その彼女の姿を見た怜は「ん?」と眉をひそめた。
黒檻の身体は屋上へと着地する。怜との距離は手の届く範囲。
黒檻は右手を、怜の腹部に軽く当てる。
またしても怜の身体がふわりと浮き上がり、暴風に押されるが如く後方のフェンスを突き破り、黒いモヤへと激突した。
浮遊能力のある黒檻とは違い、ベースは通常の人間である怜は、足場のない場所では重量に抵抗する事が出来ず、落下し始めた。
「末代さーん! 何があってもその場所から動いちゃダメだよー!!」と言葉を残し、ドンっと音がした。怜が落下し、地面に激突した音である。
三階建ての廃校舎、その屋上の高さから落下したのだ。
通常の人間ならば高確率で死亡――死なずとも間違いなく大怪我は避けられない。
「あー、こりゃ死んだわねー、ふふふ、やっぱりゴーストバスターって、口だけで何ともないわねー、つまんない……ま、つまらないのは貴方もだけれどねぇ……」黒檻は、末代を見つめる。
「まさかこんな形で呪いが途切れるとは思わなかったわ。まぁ、今まで続いて来たのが不思議なのだけれどね」
きゃはっと黒檻は笑った。
嘲笑した。
「これまた短い余生になると分かっていながら、よくもまぁこれ程迄に子供を産み続けて来たわねー、ほーんと、
馬鹿な一族としか言いようがないわ」
「取り消してぇ! 今の言葉ぁ!」末代は怒鳴った。
怒った。
「はぁ? 何で? 馬鹿な奴らを馬鹿と言って何が悪いの?」
「おかぁさんも、おとぉさんも馬鹿じゃない!! もちろんばぁちゃんもじぃちゃんも……そのまたおかぁさんもおとぉさんも! 皆のおかげで今、イロノが、ここに存在してるのよぉ!! イロノの――
イロノの先祖を侮辱するなぁ!!」
末代は叫んだ。
心から叫んだ。
彼女にとって、先祖は恩人なのだ。
呪いに負けず、血を繋ぎ――そして今、繋いで来た血が、こうして呪いを解こうとしている。
決してそれは――無駄じゃなかった。
末代彩乃の存在は――無駄じゃなかったのだ。
先祖の誰か一人でも、呪いの前に敗れていたら、彼女は生まれてきていなかった。存在すらしていなかったのだ。
そんな恩人達の侮辱など、許せる筈もない。
しかし当の黒檻は鼻で笑う。
「そもそも、お前のその恩人である御先祖様が私を酷い目に合わせたのが原因なんだから――そこ、忘れちゃダメよ? まったく……自分本位でしか物事を考えられない餓鬼ね……ここまで落ちこぼれた餓鬼がいたんじゃ、末代一族も、私が直々に手を下すまでもなく、勝手に滅んでいたわね。まったく……ガッカリだわ」
「うるさぁい! 黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れぇー!!」
末代は言う。
「確かにぃ! イロノの先祖があんたに悪い事をしたのかもしれないけどぉ!! それとこれとは話が別だもん!! 自分が関係ない、関わりのない人達を、アンタが殺した事の理由にはならないもん!! 過去の出来事ぉ!? 知った事じゃないのよぉ!! 返してよぉ――
イロノのおかぁさんとおとぉさんを! 返してよぉ!!」
それは悲痛な叫びだった。
きっと、それこそが末代の本当の思いだったのだろう。
末代彩乃は列記とした女子高生――中身はまだまだ子供である。
そんな子供が、親を失って哀しくない訳がないのだ。
自分の命等どうでもよくて――末代の怒りの中枢にあるのは、ソコなのである。
優しかった――可愛がってくれた――愛情を注いでくれた――
両親を殺したお前を許さない。
黒檻は険しい表情を浮かべている。「笑わせるな」怒気のこもった声を放つ。
「私の家族を葬り去った貴様らがそれを言うか? 自分本位なのはテメェの方だろうが!! 都合のいい事ばっか言ってんじゃねぇぞ!!」
「だからぁ、それはアンタの言い訳でしょぉ!? イロノの両親には関係なかったものぉ!!」
「分かった、決めた……本当に今日で呪いはおしまい……馬鹿な一族に付き纏う……長い長い物語はおしまい――
お前は全力で苦しませて殺してやる!! 覚悟しろ!!」
黒檻が猛スピードで末代へ詰め寄る。
しかし、末代は恐れない。
何故なら彼女は、怜を信じているから――
ここから一歩も動かないという指示を守り続ける。
「終わりよ!!」黒檻が末代に触れた瞬間――
「ぎゃああああああああああああぁぁぁあああ!!」黒檻が苦しみだした。
「え? 何ぃ? 何が起こったのぉ?」急に目の前で苦しみ出した黒檻に、呆気に取られる末代。
「よく、ボクのお願いを守ってくれたねー」
「怜っちぃ」屋上に再度現れた怜の方へ末代は振り向く。
「これぇ、一体どういう事ぉ!?」
「ま、簡潔に答えるとー、君の周囲に結界貼ってただけー、それにぶつかってー、奴はダメージを与えたって訳ー」
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「さーて……君の能力も判明した事だしー、ちゃっちゃと終わらせるよー――
お前の除霊をねー」
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