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第2話 今日も雨

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 小早川 拓は、朝から降り続く雨の中を傘も差さずに駆け抜けていった。
 黒い学生ズボンも白い半袖のワイシャツもすでにずぶ濡れだったが、そんな事には全く構わず彼は走ってゆく。
 六月の終わり。梅雨時の湿っぽい空気をぼんやりと濡らすような霧雨が、舞浜市の街並みを丸ごとすっぽりと包み込んでいるような昼下がりであった。
 今日、ついさっきまで籍を置いた私立大河内記念高校の正門を出て、そのまま県道十八号線に沿って西へ、西へ。顔や体にまとわり付く水滴に構いもせず、彼の足は一目散にある場所へと向かっていく。
 高校二年生の初夏のこと。彼はひとつの恋を実らせた。それも相思相愛の熱烈な恋だ。互いが互いを激しく想い合い、片時も脳裏に顔が浮かばぬときなど無いほどの。若さゆえの純真さが、彼らの愛を正当化していた。少なくとも小早川に、罪悪感やモラルに反するという意識は極めて薄かった。ただ互いの立場の違いや世間との考え方の違いを理解する事はできた。彼のささやかな背徳感は、そんなところから湧き出ているのである。若い小早川の胸は早鐘のように高鳴り、逢瀬への期待と、ほんの少しの背徳感とで自然と顔が紅潮してきた。
 最近オープンした青いコンビニの角を右に曲がって、区画ごとに新しい家がぎゅっと固まった新興住宅地へと入ってゆく。碁盤の目の様な住宅街の道路をまっすぐ駆け抜けて、私鉄の無人駅と小さな踏み切りを通り過ぎる。そこから一度県道を逸れて、寂れた問屋横丁を抜けてゆくと近道だ。くすんだタイルと閉まったままの無数のシャッターが、雨だれをまといながらびゅん、びゅん、と目まぐるしく現れては飛び去ってゆく。濡れた地面でも臆することなく、小早川は全速力で駆けていった。
 問屋横丁を抜けて県道に戻る。ゆるやかな坂道を上り進むと昭和の終わりごろに建てられたマンモス団地、通称ひぐらし台住宅に入る。四階建ての集合住宅がカタカナのコの字型に幾重にも立ち並び、真ん中の部分には人工池や遊具広場もある広大な緑地公園がある。その公園の遊歩道を時計回りに下から上へと、さらに走った。
 鬱蒼とした森林に包まれた小路を少しの間走ったが、そこで小早川は息を切らして走るのをやめた。すぐに立ち止まらずに二、三歩足を前に進めて、両手を太ももについてはあはあと荒い息を吐く。どんよりした雨空のせいで薄暗い遊歩道の両側には、色とりどりの紫陽花が鮮やかに咲き並んでいた。ひんやりと湿った空気に甘いにおいを漂わせながら、霧雨に濡れた花弁や大ぶりの葉っぱを精一杯誇っているようだ。その中でもひときわ立派な紫陽花が目に入った。それは青でも赤でもなく。まるで濃厚なワインのような紫色をしている。濃い緑色の葉にはくっきりと太い葉脈が浮かび、茎の部分に小さなカタツムリが這っていた。小早川は思わず足を止めて、その濃紫色の花弁に見入ってしまった。

 ふと我に返ると、やけに肩口や手足が冷えていた。いつも通りの黒い皺の寄ったスラックスに、長そでの白いシャツを着ていた。しかしシャツのボタンは上から二つを開けたままにしているし、シャツとスラックスの下には何も身に着けていない。昔からそうするのが好きなのだった。おまけに開けっ放しの窓からは冷たく湿った風が入り込んでくる。地上四階にあるこの部屋は風通しが良いうえ、この団地そのものが高台にある為かなり涼しい。だが、痩せ型で冷え性の身体にはいささかこたえる。まだ二七歳だが、ぼうぼうに伸びた頭髪には白いものが混じっている。その顎のあたりまで伸びた雑な髪の毛をばりばりと掻きむしりながら、火を点けたばかりのタバコを灰皿に押し付けた。怠慢そうに椅子から立ち上がると、つま先を使ってやや乱暴に窓を閉める。そんな自分をふくれっつらで叱る小早川の可憐な姿を想像して、森 歩はくふくふ、と低い笑みを漏らした。今日は彼が訪ねてくる約束になっている。雑然とした部屋の大きなソファの上を適当に片付けて、白と水色の縞々模様のクッションをひとつ置いた。なんとなく鼻先を近づけてみると、タバコの匂いに混じって少し湿っぽくて塩辛い匂いがする。
 歩は小早川との甘い記憶を思い出しながら、霧雨に濡れる窓の外を見やった。ただでさえ気が滅入る季節だというのに、無数に立ち並び黙り込む灰色のビルの群れが、許されざる過ちを犯した自分への墓碑の群れのように思えてくる。
 本来ならば今頃の時間は絵の具やカンバスのにおいに囲まれて、年季の入ってがたつく椅子に座っていなければならないはずだった。だが、もうその必要も義務も職も無い。歩は教職を追われた為に、今もこうして昼間からまどろみを決め込んでいられるのだ。愛する恋人を待ちわびて。
 ソファにごろんと横になって、結局もう一つ火を点けたタバコを何度か深く吸って灰皿に押し付けた。タバコを辞めるつもりは無い。十四歳の夏から吸い続けて、一日も欠かしたことはなかった。小早川は歩に染み着いたタバコのにおいを嗅ぐのだといって、その小さく整った顔を胸板の辺りに擦り付けるのが好きだった。歩もそんな仕草を愛らしく想っていた。歩はこの手で抱きしめた小早川の体温を思い出して、思わず右手で胸板を撫でた。
 その時。重い鉄製の玄関ドアに、コンクリートの階段を駆け上がる音が響いてきた。
 タパタパタパタパタパ……駆け足の音は歩の部屋の前でぴたりと止んだ。少し間をおいて、古びたチャイムの間抜けな音が かこん、かこん と二度鳴った。
 歩は高鳴る胸をおさえながら、わざとゆっくり面倒臭そうに起き上がって欠伸をひとつした。ドアの向こうで、そんな自分の仕草を見通されているような気がして、また少し肺の中が熱くなった。にぶい黄色に塗られたドアに手をかけるが、鍵を開けておくのを忘れていたことに気付くと、慌ててカタン! と音を立てて施錠を解く。勢いよくドアを開けた自分の顔は、実に幸せそうな顔をしているのだろうな……歩は雨を喜ぶ紫陽花のように全身でしっとりと濡れながら微笑む小早川を見て、ふとそんな風に考えた。

「先生!」
 小早川は全身ずぶ濡れになった身体をぶつけるようにして、歩の胸に飛び込んだ。いつものタバコの、少し苦いにおいがする。
「お、おい小早川! ずぶ濡れじゃないか」
 歩が言い終わるのを待たずして、小早川は歩の唇に素早く吸い付いた。荒い鼻息とぼうっと熱い体温は走ってきただけのせいではないのだろう。歩はたまらずに抱き寄せた小早川の身体が、すでに熱く硬くなっているのを感じた。激しく絡み合う舌で歯茎や奥歯まで貪られた歩は、息苦しくなって小早川の身体を引き離した。
「なあ、小早か」
 歩は再び言いかけるが当の小早川に手を掴まれ、ぐいと部屋の中まで引き込まれた。乱暴に靴を脱ぎ捨て、二人してソファに転がった。胸元にどすんと乗っかった小早川の濡れたシャツから、生乾きの汗とお気に入りの香水のにおいがする。
 しばらく無言で見つめあった二人は、吸い寄せられるようにして再び唇を重ねた。歩の少し痩せた淡い色の唇を、小早川の赤々として張りのある唇と舌が貪るように這い回る。やがてその瑞々しい欲望は歩の肌から離れることなく、耳元、首筋へとゆっくり、じっくり動き回った。まるで鮮やかな紫陽花にすがりつく、小さなカタツムリのように。
 小早川は唇を這わせながらシャツのボタンを乱暴に開け放ち、歩の薄い胸板から切なげにそそり立つこげ茶色の乳首に吸い付いた。歩の肩がぴくんと反応する。小早川は上目伝いに歩の顔色を覗いた。青白い頬にかすかな赤みがかかって、羞恥と快感を押し殺しながら苦悶の表情を浮かべている。滲んだ汗も蒸し暑さのせいだけじゃないはず。小早川は満足そうに凝り固まった乳首から唇を離すと、自らのずぶ濡れのシャツとズボンを脱ぎ捨てた。
 ぱさっ、と音をたてながら雑多なテーブルの上にシャツが被さって、薄茶色の液体の残ったコップを倒した。カーペットにじわりじわりと染みが広がってゆくのを呆然と見つめていた歩の下腹部に、小早川の熱い吐息が浴びせられた。どくん、と歩の身体が大きく脈打った。小早川はすばやく歩のスラックスを引き下ろすと、剥き出しになったそそり立つ陰茎を右手でそっと抱いた。小指から人差し指へと段々力を入れて、親指を添えたところできゅっと握る。歩の肩が期待で震える。小早川は小さく口を開くと、濡れて火照った舌をぬっと伸ばしてそこに顔を近づけた。荒い鼻息が歩の陰毛をくすぐる感触。舌先から垂れた唾液。手のひらを媒体にして双方の体温と脈が交錯する。
 どくん、どくん、どっ、くん。わずかなズレ。その一瞬に、小早川はゆっくりと歩の亀頭を頬張った。濃い尿混じりの塩気とむわっとした刺激臭が小早川の喉と鼻腔をじわりと犯す。うっすらと茶色く色褪せた先端部分は丸みを帯びた形の通りにぷりんとした弾力がある。けれどその下に続く脈打つ茎が、それがゴムや樹脂ではなく、愛する男の身体の一部であることを主張している。何本も浮き上がった太い血管が、舌を這わせるたびにわずかに引っかかる。
 小早川は上半身ごとゆっくりと上下させて、口の中の歩をしごいた。舌をくりくりと回してカリ首の裏側まで舐め回し、時折鈴口をちゅっと吸う。そしてまた、舌の付け根の辺りまで銜え込む。歩はぎゅっと目を閉じて、全身をざわざわと走るくすぐったい快感を堪えていた。
 ぷはっ、と小さく息を吐き出して、小早川が頭を上げた。そのよく日に焼けて整った顔の真下には、歩のグロテスクなほど反り返ってぴくりぴくりと小さく動く陰茎があった。ペニス。実にわかりやすい、劣情と欲望の証。小早川はそれを愛おしそうに人差し指でつつくと、歩の顔に覆い被さるようにして再び彼の唇を貪った。歩の口と喉の奥までを、自分の塩気とにおいの混じった小早川の唾液が満たしていく。歩の怒張を握りしめていた右手が不意に離れて、小早川の唇の動きが一層激しくなった。時折唇と唇がわずかに浮き上がり、小早川は小さなうめき声と熱いと息を漏らした。同時に、ちゃっ、ちゃっという不規則で粘着質な音がかすかに聞こえる。小早川はその細くしなやかな指先で自らの肛門を押し広げ、貫いては引き抜いていた。歩は顔を上げて、小早川の表情を間近で見た。汗の滴る前髪と恍惚とした相貌の奥で、期待と欲望とが真っ赤に燃えている。梅雨時の慈雨を待ちわびた、花盛りの紫陽花のように。
 呆然とする呆然とする歩の頬にチュッと軽く口づけをして、小早川は立ち上がった。歩の陰茎を真下にして、ゆっくりとしゃがみこむ。右手を伸ばして、歩をきゅっと捕まえる、そして自らの身体の奥へと、熱い熱い奥の奥へと誘ってゆく。ぐっ……と強い圧迫を与えて、ぱつんと張りつめた歩の亀頭が小早川の肛門に突き当てられた。先端がゆっくりとめり込むときのひり付く感触。痛みとも痒みとも違う違和感。小早川は肩幅より少し広く広げた歩の両足の外側に両手をついて、こちらに腰をせり出した。小早川の若々しい陰茎が、歩の目の前で風の日の木立のように激しく揺れた。
「うっ」
 小早川は少しだけ苦しそうな声を漏らした。しかめた顔に痛みが浮かぶ。
「小早川」
「えっ」
 歩はこの愛おしい美少年の名を呼ぶと、上体を起こして素早く小早川の身体を抱きしめて、ソファからカーペットの床に転がり落ちながら体勢を入れ替えた。そのまま歩は小早川から身体を離すと、彼を促して四つん這いの格好にさせた。
「やだ」
「ちゃんとほぐさなきゃ。な」
 今度は歩が愛撫する番だった。目の前に小早川の白く形の良い尻がぐいと突き出され、二つの柔らかな肉の山の奥まった中央部で、少し開いたままの薄茶色い肛門がひくりひくりと物欲しそうに震えていた。歩はためらう事なくそこに顔を近づけて行く。小早川の背筋がぴくんと跳ねた。歩は少年期特有のよく張った柔らかな尻を両手でゆっくりと撫でまわし、次いでそれをぐぐっと押し広げて肛門に口づけをした。熱い唾液でじっとりと濡れた舌でぎざぎざの表面を丸く、丸く何度も舐めまわす。しつこく、しつこく舐めていくと、段々と肛門が緩んでくるのがわかる。尚も力を込めて舌をぐいと突き出すと、小早川は大きく喘いだ。
「ああん!」
 そしてその時、歩の舌は四角いバターに食い込む熱いバターナイフのように小早川の肛門の中へするりと入りこんだ。ぬらり、と熱く柔らかすぎるほど柔らかな感触が舌の先から付け根まで垂れてくる。とろとろに蕩けたような粘膜に歩の唾液が混じり合って、ぴちゃぴちゃと卑猥な音を立てる。
「んん、ん!」
 小早川は床に顔を伏せて、必死で声を押し殺している。ほぐれつつある肛門は先程よりも大きく広がったり閉じたりして、時折赤黒い内部をぽっかりと開けて見せた。歩は再び舌を精一杯伸ばして、小早川の身体を内側から貪った。雨の中を急いで走ってきたからか、汗と蒸れた局部特有の刺激臭が鼻を突く。塩辛いような、甘ったるいようなにおいのする粘液が歩の鼻先や口のまわりの皮膚にしみ込んで、乾いてくるたびにぷんとにおう。
「せんせえ」
「うん?」
 小早川がか細い、消えてしまいそうな声で歩を呼んだ。四つん這いで突き出した小早川のお尻の頂点が少し下がって、肛門が床と並行になる高さになった。こうしておけば、入れやすい。この位置が、ふたりの定位置だった。
 歩は小早川の肛門に右手を伸ばした。左手で左側の尻の肉をむにっと押し広げて、右手の人差し指をそっと近づける。そばに寄せた顔に、早くも乾き始めた唾液と粘液特有の鼻をくすぐるようなにおいが立ち上ってくる。肛門に人差し指の腹の部分を押し付けてみると、茶色くギザギザとした皺のひとつひとつから、小早川の体温がじわっと伝わって来る。そのままゆっくり、ごくゆっくりと指先を押し込む。歩の指の動きに合わせて、小早川が息を吸ったり吐いたりする。そのリズムを乱さないように、歩は緩慢ともいえるほどの速度で小早川の肛門に指先をうずめていく。そして第二関節を超えたところで、熱くやわらかな内部の粘膜を擦るように、指先をくるくると左右に回したり鉤型に曲げてみたりした。肛門が異物を押し返そうと締め付ける圧迫感と、その内側の服従したようになすがままの肉体。そして日焼けの跡がくっきり残る白い尻の山越しに激しく上下する小早川の後頭部。歩の陰茎は最早はち切れんばかりに勃起していた。脈打つたびにびくん、びくんと動いてしまい、亀頭が真っ赤になって少し痛むほどだった。
「せんせ……」
 小早川がカーペットに顔をうずめたまま、蕩けきった喉の奥から絞り出したような甘い声で歩を呼んだ。歩はソファの上にぽつんと置かれていた湿っぽいクッションを掴んで、小早川の顔の横へ軽く放った。小早川がそれに気が付いて、顔の下にクッションを置いてそこに伏せた。
「やさし」
「……」
 歩は、少し照れた。そして股間の怒張が再び、びくん、と力を漲らせた。

 愛する人に貫かれるときは、いつも緊張する。小早川はクッション越しにふーふーと息を吐きながら、その時を待っていた。鼻から吸い込む空気に、歩のタバコと汗のにおいが混じっている。時々、このクッションを枕にしてソファで眠っていることがあった。そのクッションを、今はこんな事のために使っているんだ。小早川はそんな考えを浮かべて、下半身がかあっと熱くなるのを感じた。それにさっきからずっと勃起しっぱなしで、少し痛くなってきた。脈打つたびに、末端で行き場を失くした欲情が体中に跳ね返ってくる。
 歩の両手が、小早川の骨盤の辺りをしっかりと掴んだ。ずい、と前に出た歩のふとももと、小早川のふとももが触れる。そして、右手を離した歩が、その手を自らの陰茎に添えてもう少しだけ前に出る。小早川は背中を弓なりにしてお尻を突き出し、肛門の力を抜いて歩を受け入れようとする。肛門に、亀頭のごく先端だけが触れる。
「んんっ」
 小早川が歩を急かすようにうめき声をあげた。口の中で歩の亀頭からしみ出した粘液の味とにおいを思い出して、小早川はたまらなかった。
「小早川」
 歩が、低く小さく彼の名を呼んだ。
 身体をぐっと前に出して、自らの陰茎と小早川の肛門に体重を乗せていく。ゆっくり、ゆっくりと亀頭が肛門にめり込み、飲み込まれていく。ぎざぎざの茶色い皺が引き伸ばされて、カリ首まで埋まると、ぬちゅっ、と小さな音がした。小早川の肛門が歩の陰茎の中ほどまでするすると飲み込んで、温かな粘膜で包み込む。貫く欲望と、貫かれる欲望が混じり合った、愛の混沌。
「あうっ」
 小早川は跳ね上がるようにクッションから顔を上げて、苦痛と悦びの声を上げた。その時に反り返り、少し左にねじれた背中の筋肉と皮膚が、歩の目に焼き付いた。どくん、と心臓が高鳴って、小早川の尻の中で歩の陰茎が硬さを増した。貫く快感、貫かれる違和感と快感。そのはざまで、二人は酔いしれた。歩はさらに腰を押し付けて、小早川の尻の肉が平らになるまで密着した。それだけ、陰茎も奥へ奥へと突き進む。
「ふっ、ああ」
 小早川の息苦しさと快感に満ち満ちた声が、彼の長く艶々とした黒髪の汗のにおいと一緒に立ち上ってくる。
「ああ……」
 思わず歩も声を漏らした。小早川の肛門が力強く収縮し、彼の陰茎を締め付け、内部の爛れたように柔らかすぎる粘膜が、亀頭に纏わりついて刺激する。
 ちゃっ、ちゃっ、ちゃっ、と規則正しいリズムで粘ついた音が響く。開け放した窓から入ってくる湿った風が、膝立ちになった歩の火照った胸板をひんやりと撫でてゆく。小早川は自ら腰をくねらせ、歩の骨盤に向かって尻を押し付けたり少し離れたりを繰り返した。歩も小早川の動きに合わせて腰を振った。二人の動きは徐々に激しさを増し、ちゃっ、ちゃっというリズムもそれにつられて乱れて行った。ふたりの欲望が濃密に絡み合う背徳の不協和音が、ぐいぐいとうねりながら加速していく。
 歩は小早川の背中に覆い被さり、彼の髪の毛を少し乱暴にひっつかむと、そのツンとしたおとがいをこちらへ向かせた。右斜め上に反り返らされた小早川の頬は赤く火照って、少年期特有のあどけない顔たちが余計に蠱惑的に見えた。そんな彼の半開きにゆがんだ唇に歩は強く吸いついた。かはっ、と吐き出した小早川の吐息は、苦くて少し生ぐさい。自分の精液と彼の唾液のにおいに咽かえりそうなのをぐっと飲み込んで、歩はさらに舌を突き出して小早川の口の中を蹂躙する。くちゃ、くちゃと粘ついた音を立てながら、お互いの唾液を貪り合う。そのまま腰を押し付け合うので、歩の陰茎は小早川の肛門に深々と突き刺さった。小早川の顔がますます紅潮していく。苦しさと快感にゆがむその顔を見た歩は、さらに激しく腰を突き動かした。小早川の顔がさらに赤く、ぎゅっと閉じた目からはうっすらと涙がにじんでくる。歩の身体の動きも激しく、大きくなっていく。
「せ、んせ」
「ん?」
 やっとのことで声を絞り出した小早川の呼びかけに、歩は身体を止めずに答えた。
「く、るし、んんっ」
「えっ?」
「くるし……い」
「そうか」
 そう言うと歩は小早川と繋がったまま上半身を持ち上げて、寝転ぶ彼をくるりと仰向けにして横たえた。小早川も慣れた動作で向きを変える。向かい合った二人は自然と重なり合い、再び口づけを交わして動き始めた。
 いびつに絡み合った唇が不意に離れて、二人の舌と舌を伝うように唾液が糸を引いた。歩はその唇を小早川の頬、赤黒く膨らんだ乳首、そして縮れ毛が黒々と生い茂った腋の下へと進めて行った。
「やだ!」
 小早川が咄嗟に身をよじって抵抗を試みるが、歩は強引に顔、そして舌をねじ込んで彼の蒸れた腋の毛と皮膚の味を貪った。柑橘系の香水の青いにおい。そして、濃い色の鉛筆の芯のにおいを、もう少し甘く切なくしたようなわきが。歩はぼってりとした舌を伸ばしてその毛の一本一本を舐めまわし、皮膚ににじんだ甘酸っぱい汗をちゅるちゅるとすすった。その間にも二人の腰は激しくくねりあい、小早川のぎちぎちにそそり立った陰茎が歩の臍の辺りにぐっと押しつけられ、二人の熱い皮膚と皮膚に挟まれて激しく擦れた。ぬめぬめとした汗と小早川自身の先走り汁が潤滑油のようになって、擦られるたびに温かく固い感触を互いの背骨に伝えてくる。小早川は胸元にうずまった歩の白髪交じりの頭を見て、自分は今、ひたすらこのさえない優男が愛しいのだ、愛しくてたまらないのだと思った。亀頭を刺激する摩擦と、肛門を貫く熱い感覚。そして、胸元に抱いた最愛のひと。小早川は、このまま時間が止まってしまえばいい、と思った。そして、歩の頭をぎゅっと抱きしめて、いよいよ込み上げる快楽に身を委ねていった。

 一方で、歩は何時にも増して妙な心持だった。つい先ごろまでは妄想の世界でしか味わえなかった光景が、今こうして目の前で繰り広げられている。興奮する一方でどこか呆然としながら、歩は床に横たえた小早川を貫いていた。荒く甘ったるい吐息に混じって時おり小さなうめき声を上げるのを見ていると、この場で抱きしめたまま死んでしまいたい、と本気で考えてしまった。もう後戻りは出来ない。もう、誰にも邪魔はさせない……。
「先生、今日、どうしたの?なんか、いつもより」
「ん?」
 何か言いかけた小早川だったが、急に真っ赤な顔を背けて目を閉じてしまった。歩にはおおよそ言いたいことがわかっていた。今日の自分は、確かに何時になく激しく、攻撃的なくらい小早川を突き上げ、時には押しつぶし、髪の毛や顔面を両手で激しくわしわしと掻き回したりもしていた。無論、腋の下や持ち上げた両足の指と指の間を念入りに舐めまわすことも含めて。
 小早川の吐息が熱く、小刻みになってきていた。喉仏の浮き出た首筋を反らせながら、目を閉じた小早川が小さく、かすれるような声で歩の名を呼んだ。
「あ、ゆむ……」
「拓……」
 歩も途切れるようにして耳元に覆いかぶさってささやいた。二人とも、我慢の限界だった。一瞬、歩の陰茎を熱い血潮が逆流するような刺激が走った。ぐっ、と小さくうめき声をあげた歩の亀頭からどろりとした精液があふれ出し、小早川の直腸に向かって流れ込んでいった。小早川はその熱い液体がじんわりと腸壁にしみ込むのを感じながら、そっと目を閉じて歩に抱き着いた。歩も突き刺さった陰茎を引き抜こうともせず、小早川の上に重なって彼を抱きしめた。二人は快楽の混沌を突き抜けて、後には汗と体液にまみれた抜け殻のような身体だけが残った。

 二人は向かい合うようにしてソファに寝転んでいた。狭いので二人の顔と顔がほとんど密着している。額をこつんとぶつけながら、小早川が言う。
「学校、辞めて来ちゃった」
「バカだな、お前まで。どうするんだ」
 歩は、きっと小早川ならそうするだろうと思っていた。そして責任を感じていた。だからといって、何か方策があるわけでもないので、こうして今日一日呆然としていたのだ。
「だって先生が居なきゃ、つまんないよ」
「だけどお前」
「家もね、出てくことにした」
「……」
「ねえ、先生」
「ん?」
「外、行こ」
「外って、雨じゃないか」
「いいから。ね、ほら!」
 小早川はすっくと立ち上がると、半ば強引に歩を引き起こした。歩はのそのそと黒いスラックスを穿いて、素肌の上から長袖のシャツを着た。
「先生の服、借りていい?」
 小早川はそう言いながら、窓際のハンガーに掛かっていた同じ白いシャツを取って袖を通した。二人とも白いシャツから肌が透けて見える。特に日に焼けた小早川の素肌は瑞々しく、たったいまの情事の余韻をほんのり赤く残していた。

 玄関のドアを開けると、湿ったコンクリートのにおいが低く立ち込めていて、むっと鼻をついた。いつまでも降りやまぬ霧雨が相変わらずさらさらと空気を濡らして、踊り場から見下ろす街並みはより一層、深い灰色に沈んでいるように見えた。
 手を繋いで階段を下りて、緑地公園まで誰にも会わずに着いた。普段は日中でも老人や子供連れで賑わう遊歩道や芝生広場も、今日はがらんとしているばかりだった。
 ぬかるむ遊歩道の土の上を、二人は並んで歩き続けた。ぎゅっと手を繋いで、何も話さなかった。歩はただただ前を向いて歩き続けた。漠然とした不安、この先の未来のこと。自分が何か声をかけるべきではないかと思いつつ、何も言えずに居た。
 小早川は先ほどから落ち着きなく、辺りをきょろきょろと見回していた。道の両側には赤や青の紫陽花が咲き乱れて、豊満な花房を雨に濡らせている。まるでこの憂鬱な季節を喜び、待ち焦がれていたように。
「あった!」
 小早川は明るい声をあげて、再び歩の手を強く引いた。彼の華奢な身体の目指す先には、他のどれよりも立派な紫陽花が凛として咲き誇っていた。歩は思わず言葉を失った。その紫陽花は青くも無く、赤くも無かった。それでいて異様に美しい、深い紫色をした紫陽花。
「俺と先生みたいでしょ?」
 小早川が歩の手をぎゅっと握りながら言う。
「この紫陽花、赤くも青くもなれなかったんだね。凄く綺麗なのにさ」
 歩は尚も考えた。確かに、そうかもしれない。赤にも青にも染まらなかった花は、異端であるがゆえに美しかった。自分が小早川を愛する気持ちにも、そんな異端の自惚れがあるのかもしれない。
「先生……」
 急に寂しそうな声で呼びかけた小早川は、少し震えて涙ぐんでいた。
「俺、ずっと先生と一緒に居ても良い? 先生は、俺のことずっと好き?」
 普段は快活な少年だったが、学校も家も追われて、心細いのだろう。今はまるで捨てられた子犬のようだと、歩は思った。
「ああ、もちろんさ。小早川、愛してるよ」
 歩はそう言うと、すっかり濡れた小早川の身体を強く抱き寄せた。
「えへへ…ありがと。でも先生、俺は拓だよ。タ、ク!」
「そうだったな。俺は歩だよ、拓」
「うん。俺も好きだよ、歩」
 二人は軽く口づけをして、しっかりと寄り添いながらその場から踏み出した。霧雨の中をずっとずっと遠くまで、歩いてゆく覚悟を決めて。後に残ったのは、艶やかな紫陽花と、その茎にすがる、小さなカタツムリ。

つづく
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