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OSAKA EL.DORADO 37.

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「な。なんなん? 自分オレに何したん……やめえや、やめ、やめろ、やめろや!!」
 初めは戸惑いうろたえていた栗永が次第に焦燥し、激高し始めた。
「な、なんなの? マノ、あいつに何したの」
「なあに、ちょいと踊ってもらうだけさ。あいつが心の中に閉じ込めた、本当の自分とお手々を繋いで仲良くな」
「どういうことなのさ」
「言ったままだよ、フラッシュバック。あの栗永……相当ウソついて生きてる。他人にじゃない。自分に。むしろ他人には鷹揚で明るくて誠実な、兄貴肌の頼れる栗永さんだ。けど、アイツは断じてそんなウツワでもなければ、そんな甲斐性も持ち合わせちゃいない。ただ、自分はそうあるべきだった、そうでありたいと思っていた人格を……おそらくはあのキャプテンとか言う奴と、その後ろで糸を引いてる奴から頂戴したんだろ。それで、そのピーナッツ栗永Rという人格で本来の自分を塗り潰し、覆い被せた。本当のアイツは被害妄想の誇大妄想、そのうえ理屈っぽくて自己愛が屈折してる超絶めんどくせえ根暗なアンチャンさ。いっそ、そのままの方が僕には友達になれたかも知れないな」
「(ともだち……)」
「あっ、舎利寺! やっと繋がった。ステージは大変なことになってるよ。そっちはどう?」
「ああ、コッチもヤバいぞ。さっきからドアというドアの中から何かが蠢いてる……団地中スライムでいっぱいだぞ、こりゃあ」

「うああああああああ! 来るな、見るな、お前も、お前もお前もお前らも、オレのことバカにしてるんだろ、本当は全部知っててオレなんか見て面白がって、帰り道で、いやオレがトイレ行ったりしてる間にも、オレのこと笑ってやがるんだろ!! やめろ、見るな、アッチ向け、どっか行け、オレをバカにしやがっでえええ!!」

「おーおー、奴さんのアタマん中のディスコじゃミラーボールが高速回転~高速回転~している~~♪」
「歌ってる場合じゃないよ! 君のせいじゃないか、マノ」
「ダメだ、もうこの団地の建物が持たない……サンガネさんよ、いよいよお出ましのようだぜ……わあーっ!」
「舎利寺! マノ、舎利寺が危ない!!」
「大丈夫だ、舎利寺なら死なんよ。それより僕も奴さんからご指名だ、ひと仕事してくる」

 舞台の上では憔悴しきった栗永が汗と涙と涎でぐちゃぐちゃになった顔を強張らせながら、マノを指さしフラフラと辛うじて立っていた。
「あの技を耐えたのか、思ったよりタフだな」
「お、お前……いった、い……」
「言っただろ。僕はマノ、通りすがりの宇宙人だ。それと、ご指名ならお名前で呼んで欲しいな」
 すう、と栗永が深く息を吸い込むと、マイクを握り締めて
「お前ら……こいつを、この空飛ぶ大クソバカ野郎を、殺せ……!」
 お前ら、こいつを、こいつを、この……殺せろせ、せ……ゆわんゆわんとエコーのかかった音声が静まり返った団地の広場にこだまして、一瞬のち。
 地鳴りのような唸り声と鬨を上げるクソデカジャスティスの徒党が波打つようにして会場に雪崩込んで来た。団地のあちこちのドアから、舞台袖から、ステージの裏からも往来の店や建物からも。何処にそんなに隠れていたのか、というぐらいに。
 と、同時に今度は団地の奥から、ぼんやり光る蛍光グリーンのスライムが自転車や消火器、標語の書かれた立て看板、共同郵便受け、庭園部分のベンチまで押し流し叩き潰しながら怒涛の如く流れ出て来る。
 スライムの濁流の中には、クソデカジャスティスの白装束や白頭巾も浮き沈みしていて、やがて
「おお、マノ! 団地はもうスライムで埋め尽くされてる……住民はみんな、こうなっちまったみたいだぜ」
 と、その濁流を掻き分けながら舎利寺がやって来た。
「舎利寺、無事だったか……そうでもないか」
「なんの、大したことは無いさ。ただ、かかって来る連中を千切っては投げしてたら、みんな溶けちまったんだ」
「なるほどな……もはや手遅れ、か」
「そっちはどうだ、そのお祭り男は生きてるのか」
「ああ。コイツはイイ奴だよ、生かしておきたい」
「ようし、じゃあ始めるか!」

 マノと舎利寺は互いに背中を合わせて、取り囲む白装束と対峙した。舞台上では栗永が頬をこけさせたまま勝ち誇った顔で憔悴した嘲笑を浮かべている。
「どっからでもかかって来い!」
 と言いながら、マノが左の拳を高々と掲げて
「In Your Face!!」
 と叫びながら地面に叩き付けた。轟音と共に火柱が上がり、アスファルトもコンクリートも植え込みもなぎ倒し、舞台めがけて爆炎が走る。その途中に立っていた白装束を吹き飛ばし、焼き尽くし、黒焦げにする。近くに居た奴等の衣服には炎が燃え移ってのたうち回る。
「ざまあみろ、行くぞ!」
「押忍!」
 二人は炎の轍を背中合わせにして回転しながら舞台に向かってゆく。
 そこに思い思いの武器を持った白装束が飛び掛かるが、当たるを幸いに弾き飛ばすピンボールのバンパーのようにマノと舎利寺に悉くぶっ飛ばされてゆく。
 舎利寺は巨大な拳で近づいて来る白装束をブン殴ると同時に、万能アームのアタッチメントを作動させ火炎放射や凍結ガス、さらにはパラライザーまで繰り出して動きを止める。その隙にマノは
「Emerald Sword!!」
 と叫び、今度は左手からエメラルドグリーンに輝く巨大なレーザー光線の剣を出現させ、白装束の首でも胴体でも薙ぎ払って真っ二つにしてゆく。
 やがて足元には死屍累々、焼け焦げたり切り裂かれたりして倒れた白装束たちが折り重なり……全てドロドロに溶けだして蛍光グリーンにぼんやり光るスライムに変わっていった。

「死体の処分する手間が省けるわな」
「マノ、このスライム生きてるぞ!」
「うお、ホントだ……!」
「どうやら単に溶けちまったわけじゃないらしいぜ」
 足元を埋め尽くすスライムは今や、マノと舎利寺の踝あたりまで飲み込み始め、さらに微妙な脈動を繰り返していた。団地から溢れて来た同類と合流し、やがてそれらは互いに溶け合い蠢き合う、ごく柔らかな大地となって千島団地の広場を埋め尽くした。
 足元のスライムに触れた白装束も、次々と体が溶け果て、骨まで全て緑色になって崩れドロドロになって……ひとり、またひとりとスライムになってゆく。

「あ、ああ……ああああ!」
「うびゃーっ! イヤだああああ!」
「たっ、だずげっ……!」
 舞台裏の関係者ブースに逃げ込んでいたインフルエンサーどもが、その固く閉じたドアの向こう側で何やら断末魔の叫びを上げている。
「やめろ、来るな!」
「だずげべええ」
「誰かーっ、だれかあー!」
「これってドッキリ、ねえドッキリだよね? カメラ、カメラどこ!? ちょ、ちょっとおおお秣さあああん、ねえ、キャ……プ、テ……」
「おおおーい、開けて、開けてくれえええ!」

 舞台袖にかかっていた黒い垂れ幕がスライムに巻き込まれ、バチン、バチンと音を立てた金具がひしゃげて緑色の地面に落ちてゆく。すると、幕の向こう側にあった六畳ほどの広さのプレハブ簡易型ブースが、今まさにスライムの襲撃を受けているところだった。
 外側の地面を埋め尽くすスライムに、ドアの内側から染み出したスライムが合流して行っている。どうやら中で何人かがスライム化したようで、それに触れた者が次々と溶けていって……さながら凝縮された阿鼻叫喚、緑色に塗られた地獄絵図が繰り広げられているのだろう。
 そして、もはや言葉にもならない悲鳴と同時に、遂にそのドアが勢いよく開け放たれた。扉は吹き飛び、蛍光グリーンのスライムに圧し潰されるように最後の一人が転がり出て来た。
「あっ、あっ、助け……げ」
 そのまま波打つスライムに飲み込まれ、半透明のぶよぶよした物体の中で彼の肉体はグズグズに崩れて溶け果て、やがて形もなくなった。

「まずいな……」
「このままじゃ飲み込まれちまうぞ」
「ようし、これでどうだ!」
 ブースから出て来た大き目の塊が合流したことで勢いづいたスライム目掛けて、マノが両手をかざして叫ぶ。
「Fire After Fire!!」
 マノが突き出した両の掌から噴き上がった地獄の業火が目の前に広がるスライムを焼き尽くしてゆく。超高温の紅蓮の炎はスライムから水分を奪い、乾いて残った残滓を焼き払い、みるみるうちにその体積を減らしてゆく。
「いいぞ、マノ! でもあんまり張り切るなよ。団地ごと燃えちまうぞ」
 額に汗をにじませ、炎を噴き出し続けるマノの横顔がオレンジ色に照らされている。そのぎらつく素肌と眼差しを、まどろむ瞳で見つめている男が居た。マノの背中で気絶していたワッショイ富田林だった。
 彼は目を覚ましたが、一瞬それを疑った。目の前で巻き起こっている大惨事が、とても現実だとは思えなかったからだ。心酔し懸命に尽くしたつもりの栗永は醜い嘲笑をあげ、仲間だと思っていた奴等はみな溶けて居なくなり、団地はさながら火炎と濁流の聳立地獄(タワーリング・インフェルノ)だった。そして極めつけが

「オイ!! 栗永ァ、テメェどういうつもりだ……わーっ、早くドアを塞げ、塞ぐんだよ馬鹿野郎!!」
 スピーカーが割れんばかりの怒鳴り声をあげて舞台上の栗永を罵倒しているのは
「お前繋げって言ったのに、何だこの有様はァ! もうおしまいだお前、お前おしまいだかんな……オレは抜けるぜ、オイ、何やってる! ダメだ、持ちこたえろ、持ちこたえてくれええええええ……ああっ、ああーー……!」
 さっきまでここでにこやかに、軽快な司会ぶりとぶっちゃけ話で会場を沸かせていたキャプテン秣だった。そして、それがキャプテン秣の声を聞いた、最後だった──

 次の瞬間。
 団地じゅうの窓という窓、ドアというドア、床も天井もベランダの柵も下水と電気とガスのマンホールも高圧受電盤も給水塔も、轟音と共に一斉に破裂し、中からとてつもない量のスライムが噴き出し、飛び出し、広場に向かって雪崩れ込んで来た。
「こ、こいつらだ……みんなこの団地ん中で蠢いていたんだ!!」
 ボクは思わず画面を見つめながら叫んだ。
「マノ、舎利寺、あぶない!!」

「Cover Take Cover!!」
 間一髪、マノと舎利寺、そしてマノに背負われたワッショイの体は半円形の光のシールドに包まれた。蛍光グリーンの濁流はそのシールドを舐めるように流れて行き、飲み込むことも出来ずにその周りで波打ち、飛び散っている。
「マノ……!」
「間に合った……」
「こ、これは!?」
「目が覚めたか、ワッショイ。こいつがお前さんの信じたピーナッツ栗永Rさんの、本当の姿だ」
「栗永……さん……?」

「ギャハハハハハハハハハ! 終わりや、オレも、お前らも、そこのチンカスお祭り野郎、お前も終わりや! 死ね、みんな死んだらエエねん!! オレのことバカにしよった奴等、みんな死ぬんや……!」
 もはや栗永に理性の欠片も残っていないことは明白だった。自身のさらなる出世と躍進を約束するはずの決起集会(イベント)が大失敗のうえ大惨事に終わったことで我が身の末路を悟り、マノによってこじ開けられ蘇らされた数々の自虐、トラウマも相まって、彼は遂に発狂してしまったのだ。

 スライムは尚も蠢き続け、団地の木立や植え込み、花壇の草花から砂場のダンゴムシに至るまで飲み込み、膨れ続けている。
「舎利寺、ワッショイを頼む」
「マノ!?」
「もうアイツは、一人のニンゲンじゃない。アイツも含めて、このクソみてえなドロドロ野郎なんだよ……僕が暴れやすいように、みんなを頼む!」
「……承知した」
 マノの背中からワッショイを受け取り自ら背負った舎利寺からボクのモニターに通信が入った。
「サンガネさんよ、付近の交通を封鎖して、非常警報を発令してほしい。オレは近隣の住民を避難させる!」
「わかった、気を付けて……!」

 ボクはシティの防災基幹システムにアクセスしてプログラムを拝借し、ちょっと細工を施して付近一帯に緊急避難命令と封鎖通告を発令した。
「5分だ、5分以内にこの辺り一帯は完全に封鎖される!」
「団地の住民は全滅だ……だが、この辺りに残った人間だけでもなんとか逃がしてみる」
「オイラにも手伝わせてくれ!」
 舎利寺の背中でワッショイが声を上げた。今度こそ、目が覚めたようだ。
「どうしてオイラを助けてくれたのかはわからない、でも、今はそんなことどうでもいい。オイラもあいつらに加担していたんだ。ピーナッツ栗永Rという神輿を担ぐつもりで、こんなとんでもない連中の片棒を担いでただなんて……頼む。オイラにも手伝わせてくれ!」
「お前ならそう言うと思ったよ。ワッショイ」
「マノ……」
「舎利寺、サンガネ、ワッショイ。あとはよろしく頼む!」

 彼らに背を向け、舞台に向かってスライムを掻き分けながらマノが栗永に向かって声を上げた。
「ギャハハハハハハ、アーーハッハッハハハハハハ!」
「いい加減に観念しろ、栗永!」
「イッヒッヒッヒ、八面六臂の大活躍もココまでや……空飛ぶ宇宙人。地球にお前の墓なんぞ作ったるとこ無いで。オーサカシティは一心会のもんや、そしてオレらは、それを盛り上げて、支えて、新しい時代を作って来たんや。お前みたいにヨソから来て古いもん蒸し返したり新しい変化にようついて来んと足引っ張る奴は骨まで溶けて消えてまえ!」
「それがお前たちの、お前らの頭目の総意か」
「当たり前や、何のためにオレら働かされとんねん、自分らの好きなもん突き詰めてやな……みんなが楽しめる、なんの心配も要らんと生きてくための社会にすんねん。ほんでそれを未来に残して、みんなのための新しいオーサカを作るんや。それを邪魔する奴は、文化の敵や!」
「まるで鏡を見てるような言い草だな。どっちみちお前に新しい文化も、明日の夜明けもない。さあ」「じゃかましい、お前に言われんでもわかっとるわい……けどなあ」
 マノの言葉を遮って、栗永は血走った相貌をギラつかせて不気味に笑った。
「死んでも知らんぞ……!」

 おもむろに衣服を脱ぎ捨て、一糸まとわぬ姿になった栗永。その肉体は白く貧相で、痩せてはいるが肉がたるみ、ちりちりと見苦しく散らばるように生えた胸毛ばかりが濃く目立ち、太ももや臍のあたりに生い茂った剛毛で縮み上がった陰部だけは上手く隠れている有様だった。
 だが、刮目すべきはそこではなく、その全身に刻まれていた複雑な刺青だった。薄い背中から低い胸板、脇腹、か細い足の爪先まで描かれたどす黒い紋様が何かを物語っていた……。
「オイ、ええこと教えたる。このスライムな、まだ完成してへんねん」
「なんだと?」
「最後のキーがな、まだ入ってへんねん」
「……お前か」
「ケッケッケ……死ね。いや、殺す」

 既にマノの膝ほどの高さまで嵩を増したスライムが、舞台に向かってゾワゾワと震えながら集まり始めた。その蛍光グリーンの漣に向かって、全裸の栗永は躊躇なく自ら飛び込んだ。
「栗永!?」
 ドボン、と鈍く湿った粘っこい音がして、栗永の体はあっという間にスライムの中へ沈んで行って溶け始めた。
 苦痛と恐怖と窒息で、栗永の顔はいびつに歪んだ。だが、その浸食がやがて栗永に刻まれた刺青に及んだ時……。
「ごぼ、ごぼばばばばばば、げぼがぼごぼ……!」
 口から血の混じった赤い泡を大量に立ち昇らせた栗永の顔が苦痛から歓喜と絶頂に変わった。スライムが刺青を食うたびに、彼の顔は悦楽で満ち溢れ、そのまま白目を剥いて痙攣し溶けてゆくに任せ……それと同時にスライムが次々に集まり、栗永の肉体を貪ってゆく。
 喰らい合うスライムどもの体積は急速に増大し、今や団地の高層階にまで届こうとしていた。殆ど溶け尽きようとしている栗永の肉体が、少し濁りつつある蛍光グリーンで半透明の物質の中でぽつんと浮かんでいるのが見える。
 その時、ボクの眼前に並ぶモニターの右下に赤いアラームサマリが点灯し、緊急防災基幹システムから周辺住民の退避反応受信メッセージが表示された。これで一応、この付近の住民はみんな安全な場所に避難したことになる。

「マノ、住民の避難が完了したよ!」
「こっちもオーケイだぜ、いつでも暴れてくれ!」
 マノは胸ポケットからカマボコ板を取り出すと
「サンガネ、飛ばせるか」
 と、ボクに尋ねた。
「任せてくれ、見ているよ」
「Muy bien」

 画面に向かってそう呟いて、カマボコ板を空に向かって放り投げたマノの体が震え、軋み、筋肉や骨が大きく膨れ始めた。両腕を引き締め、拳を握って、そのまま大きく息を吸って、力を込めてゆく。やがて太陽のような濃橙色の閃光がマノを包み、それはそのまま千島団地を覆い尽くすほどの眩いオーラとなって放たれた。
 数秒のち、色彩と光の落ち着きを取り戻した画面に映し出された千島団地の遠景には、かたや濁ったグリーンの巨大スライムと、それに向かい合い身構える深紅の巨人が映っていた。
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