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狂い咲きTerry Funk

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狂い咲きTerry Funk

 よく晴れた、されど薄い雲の少し浮かんだ間抜けな青空を羽ばたいてゆくスワンが一羽。セメント工場のタンクの上を音もなく、泳ぐように滑るように飛んで行く。何もない街の何もない遅い朝の何もない道のうえで、何もない人生を歩んで、見上げた空のスワンが白く眩しくて。もう自分は、何処にも行けない気がしていた

 バカだなあ、アイツ。ほんとたまに空気読まないところがあるっていうか……
昔からそうだったよ、悪い奴じゃないけど、時々ヒトの言うこと聞かないで突っ走っちゃってさ──
 なー、別にちゃんと話してくれればよかったのにさ。嫌ってるとかじゃなかったのに
俺が前に会った時は、まだ大丈夫そうだったけどなあ
 案外ああいう奴に限って、普段から死ぬ死ぬ言ってる奴に比べたらアッサリいっちまうんだよな
「でも、あの人もケンカみたいになると、わりとすぐ死ぬ、とか、自分が死ねばいいんだろ、とか、言ってたから……」
 そうなの!? サイテーだな
 奥さんと喧嘩してそれ言い出したら、なんて言っていいかわかんないじゃん!
「ほんとそう。だから、もうそれはやめてね、って言ったの」
 そうしたら言わずに、ホントに……
 オイ
 よせよ
 アイツは、……確かに優しかったかもしれないけど、なんか中途半端というか。変なとこ真面目というか。なんかなあ
 元々ヒトの好き嫌いも激しかったし、自分が良いうちはイイけど、一回ダメになったらパっと見限っちゃうから……
 そうそう、偏見が激しいんだよな
 ヒトもだけど、歌とか漫画とか芸能人とか
「あたしは」
 クルマでその辺走ってて、なんか気に食わないヤツ見ただけでも悪口言ってたもんな
「……あたしは」
 最後まで責任もって何かすることが、とうとう出来ないままだったなあ
結局子供も奥さんもいるのに、自分のことも自分で投げ出しちゃってさ……
 そうだよなあ、子供だって小さいのに
「あたしは……」
 メキシコ行ったのもそうだし、小説もバンドも続かなかったもんな
 本が出たとか言ってたけど、一人の本じゃなかったんだろ、あれ
 あーーなんか言ってたな。そうだったのか、じゃ別に大したことねえじゃん
 バイクも乗ってたなアイツ
 俺とツーリング行こうって言ってたけど、行かなかったなあ
 やっぱり言うばっかりというか、口ばっかだったんだよな!
「あたしは、……られ、んで……しょ、か……?」
 四国も行かなかったしさ、そういうことも忘れちまったのかな
 そういや小学校の頃、あんまり忘れ物が多くて怒られてたな
 ブラックデビルな! 忘れ物とか、先生に怒られると黒いシール貼るんだよな
 アレ今考えたら絶対ダメだよなー!
 小学校んときもさ、アイツ学年中に嫌われて屋上行く階段とか図書室にずっと居たんだよな
 そーそー、靴下の時も
「あたしは、見限られたんでしょうか……?」
 あっ
 いや
「あたしと子供の事も、嫌いになったから……」
 そ、そういうわけじゃあ……
「そんなに嫌だったら、そんなに、そんなに嫌だったら……!」
 多分あいつは
「そんなに嫌なら何でもっと早く言ってくれなかったの!!」
 言いたかったと思うよ、言いたかっただろうよ!
「そんな、やっぱり……」
 アイツにだって、色々言いたいことはあっただろうよ。でもさ、アイツ昔はキレるとイス投げたり暴れたり、すぐカーっとなって凄かったんだ。正直、手が付けられなかったよ
 そうそう、だから高校入ってから昔のアイツ知ってる奴が見て引いてたもんな。俺らがアイツを雑にイジってさ。いつかキレる、もうキレる、って
 それがさ、そんな風に怒らなくなって。怒鳴ったり暴れたりも、しないことはないけど、でも昔に比べりゃホントに減ったんだ。減らしてたんだろうよ。けど、結局我慢出来なかった。それで、アイツはなんにも言わないで、俺たちにも、誰にも、なんにも言わないまんま逝っちまった
「あたしに話すことも、嫌だったのね……」
 きっと自分で自分の事が、わかってたんだろうな。怒鳴ってしまう、暴れてしまう、それがアイツはアイツ自身いちばん嫌で、だから……
 何もそんなことしなくてもよかったのにな
 バカな奴だなあ、やっぱり

 近くを大きな川が流れている。夕暮れの木造アパート二階の角部屋。影になった鉄橋を渡る私鉄の準急が夕陽を浴びて、銀のステンレスボディを真っ赤に染めて走り去ってく
 誰の悲しみが吊革に、ぶら下がって揺れている
 誰の別れをロングシートに乗せて走ってく
 
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