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電波探偵あぶくちゃん 2

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 やがて地下通路あらためカタコンベ横丁は螺旋構造の滑り台や宇宙ブランコを備えた地下公園広場と合流し、今や枯れ果てて久しい地下水路を跨ぐ導水橋を渡ってゆく。勿論、欄干の電灯は消えたまま。ポウと浮かんだ極小プラズマ太陽球の白い光が照らし出すのは、カラカラになってひび割れた川底の乾ききった泥底。

 サカナだった骨や当時は川遊びする子供でも居たのか擦り切れたサンダルや樹脂の劣化したバケツが転がっている。橋に敷き詰められた幾何学模様のタイルが伸びたり縮んだりしながら近づきながら遠ざかる。ダイヤの形をした黒いタイルが折り重なるように浮き上がって、歩くたびに足が沈む。やがて橋は対岸にすがりつくように届き、そこから長くゆるやかな坂道を登ってゆく。そして少し急で狭い階段も登って信心池のほとりに出る。

 パアっと視界が開けたと思ったら黄色い奇妙なオブジェが浮かぶ夜。廃墟の街を包む人工マイクロウィルオーウィスプの光の中を、いつの間にか無数の金属片が重なった風が吹き始め濃脂雲塊の匂いを運ぶ。脂の混じった液体重金属の雨が降る前触れだ。早く何処かに隠れなきゃ。高くて、屋根と壁のある場所へ。

「こっちこっち!」
 焦る僕の腕をあぶくちゃんが引っ張って走る。僕は引っ張られるがままに走る。見知らぬ街の見知らぬ夜に、雨宿り場所を探して君と走るのは中々いい気分だった。
 やがて一つの高層建築物のエントランスが目に入った。分厚い自動ドアの強化ガラスがブチ破られている。あそこだ!

 僕とあぶくちゃんは殆ど同時に顔を見合わせて、そのままいびつで尖ったガラスの穴を潜り抜けた。それとほぼ同時に、どす黒い濃脂雲塊から液体重金属驟雨(ヘヴィレイン)が降り始めた。地表を濡らし鈍く輝かせるそれはビルの屋上から壁から隙間を伝って内部をも侵し始めた。
 ぬらぬらと油膜の浮いた床の上がひどく滑る。それに降り続く時は二日でも三日でも止まないので下手をすると二階でも三階でも浸水する。だから、出来るだけ高いところへ向かう必要があった。僕たちは階段を駆け上がった。ただでさえ脂で滑るうえに所々が崩れていて、砕けたコンクリートから鉄骨が剥き出しになっていたり階段に穴が開いていたりするのを乗り越えて登る、登る。ビルを打つ金属の雨音がヘヴィメタル。

 バリバリザリザリと鳴る雨音はKISSの調べ。雷神がラヴガンを乱射しているかのような激しいスタッカートを響かせながら重金属の雨が降る。どのぐらいの高さまで登っただろう。僕たちが階段を駆け上がる足音がだんだん湿ってゆく。そのバタバタドタバタいう音と金属質の雨音が混じり合い共鳴し、最大公約数のところで交差する。また遠ざかる、バタバタドタバタバリバリザリザリが螺旋を描いて混じり合う。バタバタザリザリドタバタバリバリ……気が付くと僕もあぶくちゃんも無言で、夢中で走っていた。いつまでも終わらない無限の階段をひたすら走り続けて、息が上がって苦しい。けれど、それがなんだか少し楽しくなっていた。

 ぼわんと熱を持った体にひんやりした雨の冷気が心地よい。鼻の奥へ這うように漂うサビのような鉄のような匂いが肺の中へ吸い込まれて、だんだん自分も金属になってしまいそう。皮膚が、血が、目玉が、性器が、髪の毛が。細胞膜の一つ一つを脂混じりの液体重金属が包み込んで重く鈍く輝かせる。
 足取りがひどく重たいのは、疲れのせい?
 それとも……不意にバキッ! と音がして階段が崩れ、剥き出しの鉄骨があぶくちゃんの衣服を切り裂いた。白い素肌が背中から腰にかけて露わになり、そこに一筋の深紅の傷痕が深く刻まれ、スローモーションでグバっと開いて血液があふれ出してゆく。
 そして崩れた床ごと落下しようとする彼女を必死で抱きとめようとした僕も、そのまま一緒に空中に放り出された。加速度を付けて落下する僕たちを重金属の雨が包み込んで鈍く光る。落ちながら僕は尋ねた。
「あぶくちゃん、どうだった?」
「違ってた、やっぱり違う。ありがとう」
やがて降り注ぐ雨粒の油膜の浮いたあぶくに映る自分の顔にさえ見覚えが薄れてゆくほど遠い遠い世界へ、僕たちは落ち続けていった。
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