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Destination Unknown/精神の旅路(1)
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長い夢を見るときは、いつも列車に乗っていた。
鉄道の夢を見るとき、私は必ずどこかへ向かおうとしている。だが、いつだって目的地に辿り着く前に夜明けが追い付いてしまい目が覚める。
夢の中でいつの間にか目的がすり替わってしまっていたり、電車に乗れずに困ってしまったり、駅の地下街でバケモノに襲われて逃げまどったり、誰かを探しているうちに迷ってしまったり。
探している人も、目指している場所にもたどり着けない夢を何年も何年も見続けてきた。同じ夢を何度も見た。そんなことを繰り返すうちに、やがてこの不発弾のような夢が幾重にも折り重なった夜から抜け出せなくなる。いつもなら疲れているときにありがちなおかしな夢だ、で済んでいたのに今回ばかりは様子が違うようだ。
新幹線の座席で浅い眠りから覚めた私は一度目を閉じ、深呼吸をして再び目を開けた。やはり夢だ。夢だけど、しかしこれは夢ではない。
現実には畳がすっかり黄色くなった自室で眠っている私の精神だけが、夢の中の世界に入ってしまったのだ。
私は前にも、この夢を見たことがあった。
新幹線の客席はがらんとしていて、私は三人掛けの窓際の座席に腰掛けていた。どこへ向かっているのかわからない。あの時は確か大阪だった。電光掲示板には見たこともない文字が右に左に流れていって、しまいには何も映らなくなった。
座席に深々と腰掛けて、窓の外を眺めてみる。
青い青い海のはるか上。ずっとずっと遠くで霞む鉄橋の向こうから今にも空へ落ちてしまいそうな高い波が押し寄せてくる。ごぼり、と窓の外であぶくが躍る。海と空の境界線上に線路が敷いてあって、そこを走っていたことを思い出す。
海の方に入ったんだ。
車内は足元まで水浸しになって、天井のあちこちから水滴が落ちてきている。それを一つ指先でつまんでみる。小指の爪ほどの大きさの中にひっくり返った世界が見える。この小さな水の塊の中に眼前の景色すべてが逆さまになって映し出されている。なんて不思議なんだろう。
水滴の外側が内側に、壁が天井に、雫の青は空と海に。
上下逆さまの世界は水槽のようで、無数の目玉たちが視神経と血管とをクラゲの触手のように躍らせてスイスイと群れを成し縦横無尽に泳ぎ回る。巨大な二枚貝が砂の中でそれを見上げてほくそ笑む。目玉の一つが群れをはぐれて、砂の上に滑り落ちる。充血し脈打つ血管と苦し気に震える瞳孔。ぶるぶる、と震えながらさらに砂の上を這い進んだところには二本の柱。それは二枚貝の口の中。
両側からバクリ! と閉じた貝殻に挟まれて、悲鳴代わりの血煙をあげてもがき苦しむ眼球。やがて硬い殻で噛みつかれいびつに膨らんだ白目が破裂して、中から黄土色の粘液がドロリとこぼれ出てくる。貝はそれをも逃さず一気に飲み込み、美味そうに咀嚼しまた砂に潜って沈黙した。
私は今、大阪に居る。
見たこともない、知らない地方都市の普通の街並みのなかで私は確信していた。
私は今、大阪に居る。曇天の空に押しつぶされそうな古くて低い灰色の建物、寂れた商店の連なり、建物や看板が少なく見通しの良い交差点、信号機の表示板には見知らぬ地名。
そうか。ここはオーサカなんだ。
私の行きたかった大阪とは、また別のオーサカ。それは確かだが、それなら私はもう一つの大阪に行かなくてはならない。駅は何処だ、駅を探そう──
交差点の青い看板には知らない地名ばかりが書かれている。空港や役所でもいい。何かあればその近くに駅やバス停があるはずだ。駅に行って路線図を確かめればきっとすぐに大阪に着く。
信号が変わった。私はアクセルを踏み込んでハンドルを切った。いつの間に車に乗っていたのかわからないが、さも当然のように左折した。するとまっすぐ伸びた片側一車線の道路の両脇には相変わらずの古く低いテナントビルが続き、上空には濃い灰色の空を低い位置で区切る電線のスコアー。
その向こうには巨大なタワーが見える。
赤く塗られた鉄骨で組み上げられた電波塔で、年季が入っているのかところどころ塗料が剥げたりくすんだりしている。ぐんぐん近づくタワー。やがて街並みは途切れ一面の野原になった。ときおり木立が点在している。タワーにはまだ着かない。引き返そうにも道がなくなっていて、でこぼこの石くれが転がり放題の道なき道を走るしかない。ガソリンも残り少ない。さっきの街で給油してきたらよかった。
タワーにはまだ着かない……。
鉄道の夢を見るとき、私は必ずどこかへ向かおうとしている。だが、いつだって目的地に辿り着く前に夜明けが追い付いてしまい目が覚める。
夢の中でいつの間にか目的がすり替わってしまっていたり、電車に乗れずに困ってしまったり、駅の地下街でバケモノに襲われて逃げまどったり、誰かを探しているうちに迷ってしまったり。
探している人も、目指している場所にもたどり着けない夢を何年も何年も見続けてきた。同じ夢を何度も見た。そんなことを繰り返すうちに、やがてこの不発弾のような夢が幾重にも折り重なった夜から抜け出せなくなる。いつもなら疲れているときにありがちなおかしな夢だ、で済んでいたのに今回ばかりは様子が違うようだ。
新幹線の座席で浅い眠りから覚めた私は一度目を閉じ、深呼吸をして再び目を開けた。やはり夢だ。夢だけど、しかしこれは夢ではない。
現実には畳がすっかり黄色くなった自室で眠っている私の精神だけが、夢の中の世界に入ってしまったのだ。
私は前にも、この夢を見たことがあった。
新幹線の客席はがらんとしていて、私は三人掛けの窓際の座席に腰掛けていた。どこへ向かっているのかわからない。あの時は確か大阪だった。電光掲示板には見たこともない文字が右に左に流れていって、しまいには何も映らなくなった。
座席に深々と腰掛けて、窓の外を眺めてみる。
青い青い海のはるか上。ずっとずっと遠くで霞む鉄橋の向こうから今にも空へ落ちてしまいそうな高い波が押し寄せてくる。ごぼり、と窓の外であぶくが躍る。海と空の境界線上に線路が敷いてあって、そこを走っていたことを思い出す。
海の方に入ったんだ。
車内は足元まで水浸しになって、天井のあちこちから水滴が落ちてきている。それを一つ指先でつまんでみる。小指の爪ほどの大きさの中にひっくり返った世界が見える。この小さな水の塊の中に眼前の景色すべてが逆さまになって映し出されている。なんて不思議なんだろう。
水滴の外側が内側に、壁が天井に、雫の青は空と海に。
上下逆さまの世界は水槽のようで、無数の目玉たちが視神経と血管とをクラゲの触手のように躍らせてスイスイと群れを成し縦横無尽に泳ぎ回る。巨大な二枚貝が砂の中でそれを見上げてほくそ笑む。目玉の一つが群れをはぐれて、砂の上に滑り落ちる。充血し脈打つ血管と苦し気に震える瞳孔。ぶるぶる、と震えながらさらに砂の上を這い進んだところには二本の柱。それは二枚貝の口の中。
両側からバクリ! と閉じた貝殻に挟まれて、悲鳴代わりの血煙をあげてもがき苦しむ眼球。やがて硬い殻で噛みつかれいびつに膨らんだ白目が破裂して、中から黄土色の粘液がドロリとこぼれ出てくる。貝はそれをも逃さず一気に飲み込み、美味そうに咀嚼しまた砂に潜って沈黙した。
私は今、大阪に居る。
見たこともない、知らない地方都市の普通の街並みのなかで私は確信していた。
私は今、大阪に居る。曇天の空に押しつぶされそうな古くて低い灰色の建物、寂れた商店の連なり、建物や看板が少なく見通しの良い交差点、信号機の表示板には見知らぬ地名。
そうか。ここはオーサカなんだ。
私の行きたかった大阪とは、また別のオーサカ。それは確かだが、それなら私はもう一つの大阪に行かなくてはならない。駅は何処だ、駅を探そう──
交差点の青い看板には知らない地名ばかりが書かれている。空港や役所でもいい。何かあればその近くに駅やバス停があるはずだ。駅に行って路線図を確かめればきっとすぐに大阪に着く。
信号が変わった。私はアクセルを踏み込んでハンドルを切った。いつの間に車に乗っていたのかわからないが、さも当然のように左折した。するとまっすぐ伸びた片側一車線の道路の両脇には相変わらずの古く低いテナントビルが続き、上空には濃い灰色の空を低い位置で区切る電線のスコアー。
その向こうには巨大なタワーが見える。
赤く塗られた鉄骨で組み上げられた電波塔で、年季が入っているのかところどころ塗料が剥げたりくすんだりしている。ぐんぐん近づくタワー。やがて街並みは途切れ一面の野原になった。ときおり木立が点在している。タワーにはまだ着かない。引き返そうにも道がなくなっていて、でこぼこの石くれが転がり放題の道なき道を走るしかない。ガソリンも残り少ない。さっきの街で給油してきたらよかった。
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