18 / 275
Tren de Caracol
しおりを挟む
果てしなく延びる線路をどこまでも走る貨物列車
長い長いコンテナとタンクの列
赤い電気機関車
空に浮かぶトマト
裏返ったキノコ
電気機関車のなかで蠢く脳と髄
脳と頭蓋骨の隙間が痒い
今日も正常に暮らしましょう
今日も錠剤を飲みましょう
黄色い錠剤を飲みましょう
今日も正常に暮らしましょう
退職まで2か月を切った。モチベーションが日に日に削れていく。まるで使い切る寸前の消しゴムのようで、早く使い切ってしまいたいような、もういっそどこか目の届かないところへ暫く見つからないように放り投げてしまいたいような気分だ。どうやって気持ちを確かに持っていたのかすらも怪しい。もはや週休二日すらどこへやら、土曜が休みなら日曜が、日曜は休みでも土曜と祝日は殆ど必ず仕事だった。休日出勤は終われば上がりだが朝は早いし仕事だと思えば疲れも取れない。無理に休めば電話が鳴るので気持ちも全く休まらない。メリハリが無くなりすぎた。努力のつもりが真綿で首を絞めるだけでなんにもならなかった。愛想が尽きたら、あとはわずかな疲労が蓄積され解消されることなく積みあがっていくだけだった。遥かな高みまで。
身の丈を知る、ということは、自らの高みの基準を図ることでもある。他の連中にとってどのくらいの基準値があろうとも、私の中でこれは十分にうず高く積もった疲労である、という判断を心の奥と脳の大事なところがきちんと承認したのなら、その結果を信じていい。
地平線から伸びる線路をどこまでも走る貨物列車
ゼンマイ仕掛けの車輪がまわる
僕は電気機関車
空で砕けるトマト
やぶれたキノコ
電気機関車のなかに浮かぶ脳が言う
脳と頭蓋骨の隙間が軋む
永遠に鳴りやまない踏切と点滅するランプが右、左、右、左、左、右、左、左、右、赤、赤、赤、青、赤、赤、緑、緑、右、左、緑、赤、右、青、緑、左。
カンカン鳴るたびガンガン響く。踏切をとめてくれ。
永遠に泣き止まない踏切と点滅するランプが右、左、右、左、右、右、左、右、左、青、青、青、赤、青、青、紫、紫、左、右、紫、青、左、赤、紫、僕。
カンカン鳴るからガンガン響く。踏切をとめてくれ!
じっと見ていたらやがて止まった。電車も来なかったし、他に誰もいなくなった。静かな朝方早くの田舎道には白い靄がとけて朝日をぼんやり誤魔化した。今日も長く、そして憂鬱な暑い一日になるのはわかりきっているのに、如何にもそんなことはなさそうな顔で湿度の高い風をむしむしと吹かせている。嘘をつけ、空も風も海も木立も嘘つきだ。暑くて暑くてたまらない、もう何もしたくない、するべきじゃない、アスファルトの照り返しと剥き出しの直射日光で頭がクラクラする。汗が止まらない。それでも仕事をする意味は? 生きて行く義務とは? どこにもない。そんなものは。だからやるんだ。答えになってない。だけどそんな謳い文句がどいつもこいつも大好きだ。
この世の終わりみたいな夕焼けが浜名湖の上空で燃えている。何もかも嫌になった空が全部燃えてしまえばいい、と泣き叫んでいるような色をしている。赤と紫と影と灰色とオレンジと、飛び火して燃えるピンクの雲が群青色の夜空を飛んで行く。ときどき有り得ない配色のツートンカラーを見せるから、空というのは面白い。誰かの涙など、叫び声など、よっぽど夕焼けよりも美しく、面白おかしい娯楽なのだということは意味もなく点けっぱなしになっているテレビが映し出す悲劇に添えられた見出しのそばの天気予報を見ればわかる。見なければいい、見なければいい、と言いながら迫ってくる目の前の情報を俯いてかわせば非国民だの情がないだの言われて、絆と縁(えにし)と感謝の鎖でがんじがらめになって、模範的な一日を綱渡りで過ごすことになる。
今日も正常に暮らしましょう
今日も錠剤を飲みましょう
黄色い錠剤を飲みましょう
今日も正常に暮らしましょう
今日も正常であり続けましょう
今日の錠剤を飲みましょう
明日も錠剤を飲みましょう
今日も正常であり続けましょう
ひっくり返ったクラゲの足が宙を掻く
月にかかる暈のように半透明の白い膜を張り
夜空に浮かぶホントの気持ちをぼんやりと誤魔化した
珍しい葉っぱをかじって進むサカマキガイを背負ったカタツムリが
虹色の糞を垂れ流して夢見心地で歌い出す
赤く光る眼玉が交互に開いて、閉じて、開いて、閉じて、閉じて、開いて、閉じて、閉じて、開いて、閉じて、開いて、閉じて、白眼剥いて、白眼剥いて、泣いて、こぼれた目玉が見上げた空は
真っ赤な夕焼け
この世の終わりみたいな夕焼け
空も泣いた
カタツムリも泣いた
真っ赤になった目玉が光る、交互に光る
踏切をとめてくれ。
踏切をとめてくれ!
僕は赤い電気機関車になった。赤い目玉の電気機関車。カタツムリのように走る。燃えるような夕焼け空に向かって伸びる線路を延々と。やがて力尽きて殻のなかの空が燃え尽きて空っぽになって辛い辛いの夜が来ても、きっと誰かが笑ってくれるさ。僕は赤いカタツムリ。電気仕掛けのカタツムリ。
長い長いコンテナとタンクの列
赤い電気機関車
空に浮かぶトマト
裏返ったキノコ
電気機関車のなかで蠢く脳と髄
脳と頭蓋骨の隙間が痒い
今日も正常に暮らしましょう
今日も錠剤を飲みましょう
黄色い錠剤を飲みましょう
今日も正常に暮らしましょう
退職まで2か月を切った。モチベーションが日に日に削れていく。まるで使い切る寸前の消しゴムのようで、早く使い切ってしまいたいような、もういっそどこか目の届かないところへ暫く見つからないように放り投げてしまいたいような気分だ。どうやって気持ちを確かに持っていたのかすらも怪しい。もはや週休二日すらどこへやら、土曜が休みなら日曜が、日曜は休みでも土曜と祝日は殆ど必ず仕事だった。休日出勤は終われば上がりだが朝は早いし仕事だと思えば疲れも取れない。無理に休めば電話が鳴るので気持ちも全く休まらない。メリハリが無くなりすぎた。努力のつもりが真綿で首を絞めるだけでなんにもならなかった。愛想が尽きたら、あとはわずかな疲労が蓄積され解消されることなく積みあがっていくだけだった。遥かな高みまで。
身の丈を知る、ということは、自らの高みの基準を図ることでもある。他の連中にとってどのくらいの基準値があろうとも、私の中でこれは十分にうず高く積もった疲労である、という判断を心の奥と脳の大事なところがきちんと承認したのなら、その結果を信じていい。
地平線から伸びる線路をどこまでも走る貨物列車
ゼンマイ仕掛けの車輪がまわる
僕は電気機関車
空で砕けるトマト
やぶれたキノコ
電気機関車のなかに浮かぶ脳が言う
脳と頭蓋骨の隙間が軋む
永遠に鳴りやまない踏切と点滅するランプが右、左、右、左、左、右、左、左、右、赤、赤、赤、青、赤、赤、緑、緑、右、左、緑、赤、右、青、緑、左。
カンカン鳴るたびガンガン響く。踏切をとめてくれ。
永遠に泣き止まない踏切と点滅するランプが右、左、右、左、右、右、左、右、左、青、青、青、赤、青、青、紫、紫、左、右、紫、青、左、赤、紫、僕。
カンカン鳴るからガンガン響く。踏切をとめてくれ!
じっと見ていたらやがて止まった。電車も来なかったし、他に誰もいなくなった。静かな朝方早くの田舎道には白い靄がとけて朝日をぼんやり誤魔化した。今日も長く、そして憂鬱な暑い一日になるのはわかりきっているのに、如何にもそんなことはなさそうな顔で湿度の高い風をむしむしと吹かせている。嘘をつけ、空も風も海も木立も嘘つきだ。暑くて暑くてたまらない、もう何もしたくない、するべきじゃない、アスファルトの照り返しと剥き出しの直射日光で頭がクラクラする。汗が止まらない。それでも仕事をする意味は? 生きて行く義務とは? どこにもない。そんなものは。だからやるんだ。答えになってない。だけどそんな謳い文句がどいつもこいつも大好きだ。
この世の終わりみたいな夕焼けが浜名湖の上空で燃えている。何もかも嫌になった空が全部燃えてしまえばいい、と泣き叫んでいるような色をしている。赤と紫と影と灰色とオレンジと、飛び火して燃えるピンクの雲が群青色の夜空を飛んで行く。ときどき有り得ない配色のツートンカラーを見せるから、空というのは面白い。誰かの涙など、叫び声など、よっぽど夕焼けよりも美しく、面白おかしい娯楽なのだということは意味もなく点けっぱなしになっているテレビが映し出す悲劇に添えられた見出しのそばの天気予報を見ればわかる。見なければいい、見なければいい、と言いながら迫ってくる目の前の情報を俯いてかわせば非国民だの情がないだの言われて、絆と縁(えにし)と感謝の鎖でがんじがらめになって、模範的な一日を綱渡りで過ごすことになる。
今日も正常に暮らしましょう
今日も錠剤を飲みましょう
黄色い錠剤を飲みましょう
今日も正常に暮らしましょう
今日も正常であり続けましょう
今日の錠剤を飲みましょう
明日も錠剤を飲みましょう
今日も正常であり続けましょう
ひっくり返ったクラゲの足が宙を掻く
月にかかる暈のように半透明の白い膜を張り
夜空に浮かぶホントの気持ちをぼんやりと誤魔化した
珍しい葉っぱをかじって進むサカマキガイを背負ったカタツムリが
虹色の糞を垂れ流して夢見心地で歌い出す
赤く光る眼玉が交互に開いて、閉じて、開いて、閉じて、閉じて、開いて、閉じて、閉じて、開いて、閉じて、開いて、閉じて、白眼剥いて、白眼剥いて、泣いて、こぼれた目玉が見上げた空は
真っ赤な夕焼け
この世の終わりみたいな夕焼け
空も泣いた
カタツムリも泣いた
真っ赤になった目玉が光る、交互に光る
踏切をとめてくれ。
踏切をとめてくれ!
僕は赤い電気機関車になった。赤い目玉の電気機関車。カタツムリのように走る。燃えるような夕焼け空に向かって伸びる線路を延々と。やがて力尽きて殻のなかの空が燃え尽きて空っぽになって辛い辛いの夜が来ても、きっと誰かが笑ってくれるさ。僕は赤いカタツムリ。電気仕掛けのカタツムリ。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
体育座りでスカートを汚してしまったあの日々
yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる