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1999 Tornado Object
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魂の水平線からこんばんは。
9月24日は竜巻記念日。1999年9月24日の朝、わが街とよはしを竜巻が襲った日、だったそうです。だったそうです、っていうか、私の通ってた中学校はマトモに直撃して蹂躙され、そらもーえらいことになっていました。
私はその日、午前中は休んで病院で治療をしてもらってから登校したので……実は、そのご当地の一大事を経験していないのです。あんだけメタクソになった中学校を、あとから見てびっくりしたんだから。
マッドマックスが来たのかってぐらいの有様で。
前日、私は幼稚園の頃からのお友達であるヒデシ君と一緒に、彼の自宅アパートがある辺りで遊んでいた。ヒデシ君は幼稚園の時からずっと仲良しで、小学校も別々になっちゃったけど時々ふと思い出したように
「かーずーやーくーん!」
と遊びにやってきてくれていて。こん時もそんな風に遊びに来たヒデシ君と一緒にヒマなので自転車で遊びに行って、その帰りじゃなかったかなあ。
一旦停止をドン無視して突っ込んで来た車にぶつかりそうになった私は自転車で転倒、アスファルトの上で思いっきり受け身を取った。一旦停止なんか誰かにぶつかるまで守らないのは愛知県じゃ当たり前だし、当たったって車が傷ついたの予定に遅れるのと逆切れする奴だってザラにいる(老若男女問わず、だ。女性だから年寄りだからオッサンだから、とかそういうのは全然カンケーない)レベルの交通地獄・愛知。
当然、私にぶつかりもしなきゃ、下手するとぶつかりそうだったことに気付いてすらいなかった自動車はサッサとどっかへ行ってしまって。代わりと言ってはナンだが、そのすぐ近所に住んでたオバちゃんが悲鳴を上げながら駆け寄って助け起こしてくれた。どうも轢かれたと思ったらしい。
映画トレインスポッティングのオープニングみたいに思いっきり轢かれてやれば良かったのだが、幸か不幸かそうはならずに済んだ。が、舗装路で思いっきり受け身を取ったせいで左の手首が日ごろの倍ぐらいに膨れ上がってどす黒くなっていた。
オバちゃんが家から湿布を持って来て貼ってくれた。病院へ行くのよ!? と念を押してオバちゃんが去ったあと、私はヒデシ君と分かれて家路についた。
でも、その日は病院に行かなかった。何故なら中学1年の秋の新人戦が近づいていたからだ。柔道部に入って、最初の公式戦。私のデビュー戦だ。
手首の負傷を抱えてても試合に出る。プロレスラーみたいでいいな、とまで思っていたこの大バカ者の肥満児は翌朝、早くもそんな考えをテキサス州より遠くへすっ飛ばすことになる。
倍に膨れ上がってどす黒くなっていた手首が、そのさらに倍ぐらいになり、手首より先が痺れて動かなくなっていたのだ。
コレはヤバイ!
もうどうしようもなくなったので、近所の病院に行ってみると手首の骨が折れていた。ガッチリとギプスで固められ、シワシワの祖母の手を離れ、足を踏み入れたわ歓楽街。
JR新宿駅の東口を出て伊勢丹の前で看護師さんの格好でサーベル片手にターバン巻いて、テトラポッド登ってカブトムシ(違う人が混じり過ぎじゃねえのか?)。
最初に椎名林檎さんからaikoさんに変わる、という流れを思いついてから「新宿伊勢丹といえば」っつってタイガー・ジェット・シンまで入れるから、こんなカツ丼の上にハンバーグ乗っけたみてえな文章になるんだよ。
お前ホントに書籍化なろう作家かよ。
事実上は一応そうだよ、言っててかえって虚しいよ。
なんのハナシだっけ。そう骨折。
でね、マンガみてえに包帯で肩から吊って、そのまま母の運転で学校まで送ってもらったらさ。途中で信号機は止まってるし、ビンカンボックスはプールに浮かんじゃってるし、学校の窓ガラスという窓ガラスは割れまくってるしで……尾崎豊でもこんな割らねえよってぐらい割れてたもん。
で学校んなか入ったら、もう阿鼻叫喚が一通り過ぎ去った後でさ。
柔道場の窓ガラスは頑丈なやつなんで割れてないってんで、みんなで柔道場にギュウギュウ詰めになって、そのまま下校したんだったと思う。
幸いにも大怪我した奴は居なかったんだけど、学校を出たとこでテレビのカメラとキャスターが居てさ。私の腕を見て駆けよってきちゃって。
「竜巻で怪我したんですか?」
って。流石にウソつけないんで
「いえコレは違います……」
って。半泣きでスンスン言いながら「そうなんです、怖かったです」とか言えない自分で良かったよ。
柔道場はガラスこそ無事だったけど、換気扇の中にこびりついた長年のホコリ、ドロ、コケみてえのが全部綺麗に吐き出されて、それはそれでエライことになってたんで翌日の練習前にみんなして一生懸命お掃除したっけ。
手首の怪我は、結局不注意ではあるけど不可抗力だし……私がどうしても、痛み止めを打とうが今度こそ手首から先がモッキリいこうが出たい! と言うんで試合には出してもらえた。
初日は団体戦、二日目は個人戦の2DAYSトーナメントだ。
ただ、初日の団体戦の時は試合前に病院に行って注射した痛み止めがバッチリ効いてくれたんで試合が出来たし、3位に入賞することが出来た。だけど……翌日の個人戦の時は、もう全然ダメだった。
というか、団体戦が終わって、その日の夜から痛くて寝れなかった。で、次の日、もう早く注射を打って欲しくてたまらなくなっていた私だったが……同じような場所に同じぐらい痛い、同じぐらい長く太いのをブチ込んでもらったにもかかわらず、もう一切、痛みなんか微塵も消えてくれず……試合どころか柔道着の袖が触れるだけで飛び上がるほど痛かった。
結局、無理して出たけど一回戦でアッサリ負けて、あとは痛くてシクシク泣いていた。同じころ、全日本プロレスの三冠ヘビー級選手権試合では川田利明さんが試合序盤に前腕を骨折したまま当時チャンピオンだった故 三沢光晴さんと戦い抜き、最後は三冠パワーボムから垂直落下式ブレーンバスターで王座奪取を成しとげていたというのに……。あの試合が如何にトンデモナイ戦いであったのかを身をもって知ったのであった。
竜巻は絶妙にスルーしつつ、しかし別件で結構な怪我をして、しかもしれをちゃんと治さずに練習を再開したり、少林寺拳法の手首をキメる技なんかの修行もしたせいで未だに左の手首は動かすとパキパキ鳴り続けるし尺骨がズレたまま戻らないし、なんならそのズレと古傷のせいで今になって左の肩がすげえ痛い。
20年以上経っても、心と体に残る痛みの思い出でした。
ちなみに、あの竜巻があってから暫くして、中学校の近所の工務店の看板には
「地震・竜巻の備えに!」
とデカデカ書かれていた。場合に寄っちゃ、同級生の家とか家族が被害に遭ったかも知れないし、確かケーちゃんが腕を怪我したはずで、みんな無傷ってことは無かった。
人生で竜巻なんぞに遭遇する事なんてそうそうないだろうけど、まあこの先も御免こうむりたいところだな……。
今日が、その竜巻記念日だったということで、その前後の記憶を書き出してみましたとさ。
9月24日は竜巻記念日。1999年9月24日の朝、わが街とよはしを竜巻が襲った日、だったそうです。だったそうです、っていうか、私の通ってた中学校はマトモに直撃して蹂躙され、そらもーえらいことになっていました。
私はその日、午前中は休んで病院で治療をしてもらってから登校したので……実は、そのご当地の一大事を経験していないのです。あんだけメタクソになった中学校を、あとから見てびっくりしたんだから。
マッドマックスが来たのかってぐらいの有様で。
前日、私は幼稚園の頃からのお友達であるヒデシ君と一緒に、彼の自宅アパートがある辺りで遊んでいた。ヒデシ君は幼稚園の時からずっと仲良しで、小学校も別々になっちゃったけど時々ふと思い出したように
「かーずーやーくーん!」
と遊びにやってきてくれていて。こん時もそんな風に遊びに来たヒデシ君と一緒にヒマなので自転車で遊びに行って、その帰りじゃなかったかなあ。
一旦停止をドン無視して突っ込んで来た車にぶつかりそうになった私は自転車で転倒、アスファルトの上で思いっきり受け身を取った。一旦停止なんか誰かにぶつかるまで守らないのは愛知県じゃ当たり前だし、当たったって車が傷ついたの予定に遅れるのと逆切れする奴だってザラにいる(老若男女問わず、だ。女性だから年寄りだからオッサンだから、とかそういうのは全然カンケーない)レベルの交通地獄・愛知。
当然、私にぶつかりもしなきゃ、下手するとぶつかりそうだったことに気付いてすらいなかった自動車はサッサとどっかへ行ってしまって。代わりと言ってはナンだが、そのすぐ近所に住んでたオバちゃんが悲鳴を上げながら駆け寄って助け起こしてくれた。どうも轢かれたと思ったらしい。
映画トレインスポッティングのオープニングみたいに思いっきり轢かれてやれば良かったのだが、幸か不幸かそうはならずに済んだ。が、舗装路で思いっきり受け身を取ったせいで左の手首が日ごろの倍ぐらいに膨れ上がってどす黒くなっていた。
オバちゃんが家から湿布を持って来て貼ってくれた。病院へ行くのよ!? と念を押してオバちゃんが去ったあと、私はヒデシ君と分かれて家路についた。
でも、その日は病院に行かなかった。何故なら中学1年の秋の新人戦が近づいていたからだ。柔道部に入って、最初の公式戦。私のデビュー戦だ。
手首の負傷を抱えてても試合に出る。プロレスラーみたいでいいな、とまで思っていたこの大バカ者の肥満児は翌朝、早くもそんな考えをテキサス州より遠くへすっ飛ばすことになる。
倍に膨れ上がってどす黒くなっていた手首が、そのさらに倍ぐらいになり、手首より先が痺れて動かなくなっていたのだ。
コレはヤバイ!
もうどうしようもなくなったので、近所の病院に行ってみると手首の骨が折れていた。ガッチリとギプスで固められ、シワシワの祖母の手を離れ、足を踏み入れたわ歓楽街。
JR新宿駅の東口を出て伊勢丹の前で看護師さんの格好でサーベル片手にターバン巻いて、テトラポッド登ってカブトムシ(違う人が混じり過ぎじゃねえのか?)。
最初に椎名林檎さんからaikoさんに変わる、という流れを思いついてから「新宿伊勢丹といえば」っつってタイガー・ジェット・シンまで入れるから、こんなカツ丼の上にハンバーグ乗っけたみてえな文章になるんだよ。
お前ホントに書籍化なろう作家かよ。
事実上は一応そうだよ、言っててかえって虚しいよ。
なんのハナシだっけ。そう骨折。
でね、マンガみてえに包帯で肩から吊って、そのまま母の運転で学校まで送ってもらったらさ。途中で信号機は止まってるし、ビンカンボックスはプールに浮かんじゃってるし、学校の窓ガラスという窓ガラスは割れまくってるしで……尾崎豊でもこんな割らねえよってぐらい割れてたもん。
で学校んなか入ったら、もう阿鼻叫喚が一通り過ぎ去った後でさ。
柔道場の窓ガラスは頑丈なやつなんで割れてないってんで、みんなで柔道場にギュウギュウ詰めになって、そのまま下校したんだったと思う。
幸いにも大怪我した奴は居なかったんだけど、学校を出たとこでテレビのカメラとキャスターが居てさ。私の腕を見て駆けよってきちゃって。
「竜巻で怪我したんですか?」
って。流石にウソつけないんで
「いえコレは違います……」
って。半泣きでスンスン言いながら「そうなんです、怖かったです」とか言えない自分で良かったよ。
柔道場はガラスこそ無事だったけど、換気扇の中にこびりついた長年のホコリ、ドロ、コケみてえのが全部綺麗に吐き出されて、それはそれでエライことになってたんで翌日の練習前にみんなして一生懸命お掃除したっけ。
手首の怪我は、結局不注意ではあるけど不可抗力だし……私がどうしても、痛み止めを打とうが今度こそ手首から先がモッキリいこうが出たい! と言うんで試合には出してもらえた。
初日は団体戦、二日目は個人戦の2DAYSトーナメントだ。
ただ、初日の団体戦の時は試合前に病院に行って注射した痛み止めがバッチリ効いてくれたんで試合が出来たし、3位に入賞することが出来た。だけど……翌日の個人戦の時は、もう全然ダメだった。
というか、団体戦が終わって、その日の夜から痛くて寝れなかった。で、次の日、もう早く注射を打って欲しくてたまらなくなっていた私だったが……同じような場所に同じぐらい痛い、同じぐらい長く太いのをブチ込んでもらったにもかかわらず、もう一切、痛みなんか微塵も消えてくれず……試合どころか柔道着の袖が触れるだけで飛び上がるほど痛かった。
結局、無理して出たけど一回戦でアッサリ負けて、あとは痛くてシクシク泣いていた。同じころ、全日本プロレスの三冠ヘビー級選手権試合では川田利明さんが試合序盤に前腕を骨折したまま当時チャンピオンだった故 三沢光晴さんと戦い抜き、最後は三冠パワーボムから垂直落下式ブレーンバスターで王座奪取を成しとげていたというのに……。あの試合が如何にトンデモナイ戦いであったのかを身をもって知ったのであった。
竜巻は絶妙にスルーしつつ、しかし別件で結構な怪我をして、しかもしれをちゃんと治さずに練習を再開したり、少林寺拳法の手首をキメる技なんかの修行もしたせいで未だに左の手首は動かすとパキパキ鳴り続けるし尺骨がズレたまま戻らないし、なんならそのズレと古傷のせいで今になって左の肩がすげえ痛い。
20年以上経っても、心と体に残る痛みの思い出でした。
ちなみに、あの竜巻があってから暫くして、中学校の近所の工務店の看板には
「地震・竜巻の備えに!」
とデカデカ書かれていた。場合に寄っちゃ、同級生の家とか家族が被害に遭ったかも知れないし、確かケーちゃんが腕を怪我したはずで、みんな無傷ってことは無かった。
人生で竜巻なんぞに遭遇する事なんてそうそうないだろうけど、まあこの先も御免こうむりたいところだな……。
今日が、その竜巻記念日だったということで、その前後の記憶を書き出してみましたとさ。
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