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SEXY STORMリッキー・フジ選手の話
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最近ご多分に漏れずYouTubeで色んな人の番組を見ているのだけれど、その中でもお気に入りのチャンネルが幾つか出来まして
エガちゃんねるとか、KANACHANTVとか、広瀬香美さんとか
それと並んで獣神サンダーライガーさんのチャンネルもよく見ている
と、そこである日、急に名前が出たのがリッキー・フジ選手
ココじゃ何度も書いているけど私はFMWにどハマりして青春を捧げていた人間。当然、リッキー・フジ選手も大好きだった
ロックンロール!セクシーストーム!今でも入場テーマが歌える
リッキーフォーエバー!!
そのリッキー・フジ選手。実はFMWに上がる前は新日本プロレスに入門していた。で、紆余曲折のちライガーさんとはカナダで一緒だったそうで、そこでの思い出話を聞くことが出来た。正直これは、何年もリッキー・フジ選手のファンとして過ごしてきたけれど初めて聴くエピソードだった
と言うか、この凄すぎる話を(詳しい内容はライガーさんのチャンネルで探してくれ)自分で話さなかったリッキー・フジ選手ってカッコよ過ぎだろ…!!
で、そこからさらに別の動画では
ライガー選手が選ぶ「足が短いレスラー」
としても、リッキー・フジ選手の名前がラインナップされた挙句
文句があるならゲストに来い!
と言ったら、ホントにリッキー・フジ選手の出演が決まったというわけだ
まさか、FMW倒産で奈落の底まで突き落とされるようなショックを受けていたあの時分から二十年ぐらい経って、ネットでライガーさんとリッキーさんが対決やら対談をするとは思わなかった!
私の知ってるリッキー・フジ選手は、見始めたのがエンタメ期の初期から中期ごろ(96~97年ぐらい?)だったので
・自分で作詞作曲した入場テーマを歌いながら入場する(入場曲アルバムにも入ってる)
・メインイベント終了後の大乱闘がはけると、よくリング中央で全裸のリッキーさんがケツを出して失神していた
・ビッグマッチの最中に生中継で爆破される
とまあ試合以外にも色々と魅せてくれた思い出が蘇る
往年の名選手リック・フレアー、ディック・マードックと並んだ世界三大ケツ出しレスラーであり、この三人がみんなリチャードに由来するリングネームなのも面白い
何を隠そう私が生まれて初めて、目の前でプロレスを生観戦した、その日の第一試合がリッキー・フジ選手とフライングキッド市原選手のシングルマッチだった
リッキー・フジ選手はビッグマッチのメインイベントから地方の第一試合まで、何処でも戦う万能戦士なのだ
今でも脳裏に刻まれている、あの固唾をのんで見守るお客さん(中学一年生の私も居た)、キュッキュッとリングシューズがマットを踏みしめる音、息遣い、寝技でバタバタと鳴るリング
プロレスは闘いだ、といつ誰に聞いても言う。でも、その次に言うのは
だから最近のプロレスは見ない
と言う奴が居る。でも、その日の第一試合は紛れもなく、同じ団体の同じ陣営である以前に「ひとりのレスラー」である二人の男の真摯な闘いそのものだった
5分だったか10分だったか、寝技中心の静かな試合だったのを打ち破ったのは、一発のボディスラムだった。リッキー選手が市原選手を高々と持ち上げてリングに叩きつけた瞬間、
バァーーン!
と凄い音がして、今まで集中して試合を見ていたお客さんが軽くどよめいた
リングが揺らめいて、ロープを留める金具がギシギシ鳴いた
あの一発のボディスラムが、それ以降たくさん目にした派手な技や凄い技と同じぐらい、私の脳裏には深く刻まれている
丸藤選手の不知火も、ベイダーの投げ捨てパワーボムも、冬木ボスの地団太ラリアットも見た。でも、あのボディスラムが最初にあった。それは本当に幸運だったと思う
それから月日は流れて、2019年5月5日
大阪は生野区民センターで行われた大衆プロレス松山座本公演
ここに、リッキー・フジ選手の姿があった
前回の客演時には観戦できなかったが、今度こそは!とゴールデンウイークの大混雑にも負けずチケットを購入
試合前の物販で遂にリッキー・フジ選手と再会できた
嬉しかったなあ…初めてプロレスを見たのはリッキーさんなんです!場所は?愛知です、市原さんとのシングルマッチで…との会話から
その後のリッキーさんの一言がカッコよかった
「おお、あの頃よくやってたからなあー!」
年輪と歴史を感じる一言、そして
「まだまだ頑張ってるんで!」
と健在をアピール。いやー、久しぶりに見たリッキーさんはカッコよさも、そのクールで熱い戦いも変わらない
SEXY STORMリッキー・フジ
が其処に居た
私はすっかり中学生のプロレス小僧に戻って、その日も声援を送った
何故ここまでリッキーさんに執着に近い思い入れがあるのかと言われれば
あの頃のFMWに出ていた選手に対しては殆ど全員みんなそうなんだけど、やっぱりあの頃からカッコいいし、田舎の小さな体育館で一生懸命応援してた時に……そうそうあの時、2001年のパワースプラッシュシリーズだよ
私と、私の隣に座ってた人が二人して最前列でリッキーさんに声援を送ってたんだ。知らない人だったんだけどお互いに熱烈なFMWファンで(田舎のインディープロレスで最前列に陣取ってる奴は大概そうだ)その場で意気投合して一緒に応援してた
リッキー、カミカゼ!カミカゼ!!
と、その隣の人が叫んだらリッキーさんがコッチ向いて
「カミカゼが見たいか!?」
とアピール、そして見事なカミカゼを決めて3カウント
アレがしびれるほどカッコよかったんだ。そして、俺たちのこともちゃんと感じてくれているんだ、って思って感激したんだよ
プロとお客だから、垣根や隔たりがあって当たり前なんだけど、だからこそ、そこを超えて何かが届く、繋がることってあって
田舎にいると卑屈になりがちでさ、なかなか試合も来ないし
でも、たまに来てくれた時に、都会も田舎もない、ファンでいさせてくれる!っていう
それが何より心に残った。今も色褪せずに残ってる
「あの頃よくやってた」とリッキーさんが自分で言うぐらい、これまで何百回と行った試合のたった一つかもしれないけど……その何百分の一の、田舎の小さな体育館でも、そこに居た一人のプロレス小僧を永遠に虜にした。私にとってリッキー・フジというプロレスラーは、そういう男なんだということを、ささやかながら書き記して残したい
海外で、そして日本のインディープロレス黎明期で縦横無尽に戦ってきた男
今やFMWや当時のインディーマットを知る人も少なくなってきている。それは当然だし、それこそ新陳代謝が起きてドンドン若い力、これまでと違うやり方が勃興してくる方が健全で正しいと思う
だけど、その時代の流れに抗うように戦い続ける男たちが居たっていい
リッキー・フジ選手はインディーマットの生き字引だ
カナダに渡り、インディー黎明期を支え、カリスマや極悪大王を間近で見続け
新日本プロレスにも出場したし、団体の興亡も見つめて来た
その貴重さは計り知れない
元気なうちにしっかりと、そのスピリットと歴史を残してほしいし
出来ればずーーっと元気でセクシーに在り続けてほしい
満足に試合も出来ない、というか日々の生活も脅かされている今だからこそ
そうした読む部分、活字にできるものはどんどん残してほしいとも思う
堅苦しく考えることは無い、というか「リッキー・フジ」だぞ
堅苦しくなるわけがない。きっとハチャメチャで、何処までも辛く厳しい戦いなのに、絶対全然そんなことを感じさせないと思う。というか、もう何か書いてたら是非読みたい
私は生まれて初めて目の前で試合を見たプロレス団体がFMWで
それがフライングキッド市原VSリッキー・フジという当時のFMWを象徴するカードだったことを、今も幸運に思っています
なお現在リッキー・フジ選手は千葉県の
2AWアクティブ・アドバンス・プロレスリング
(Active Advance Pro-Wrestling)
という団体に所属し、若手の壁となりながら他団体にも積極的に参戦
私も松山座で試合を見ることが出来たし、あなたのお近くで開催される大会にもひょっこりやって来るかも知れない
大会ポスターに、対戦カードに
リッキー・フジ
の名前があったら、その試合は絶対にハズレが無い。PPVでもビデオでも生観戦でも、私は何度も試合を見た。そして一度も、リッキー選手の試合がつまらなかったことは無い。過激なデスマッチから伝統的なレスリングまで、引き出しの多さと奥深さは計り知れない……ここへ来て、またリッキー・フジ選手が注目されるのが嬉しくてつい長々と書いてしまった
あの日、生野で購入した日本刀のタオル、ジムや仕事でバッチリ気合を入れて使ってます!
エガちゃんねるとか、KANACHANTVとか、広瀬香美さんとか
それと並んで獣神サンダーライガーさんのチャンネルもよく見ている
と、そこである日、急に名前が出たのがリッキー・フジ選手
ココじゃ何度も書いているけど私はFMWにどハマりして青春を捧げていた人間。当然、リッキー・フジ選手も大好きだった
ロックンロール!セクシーストーム!今でも入場テーマが歌える
リッキーフォーエバー!!
そのリッキー・フジ選手。実はFMWに上がる前は新日本プロレスに入門していた。で、紆余曲折のちライガーさんとはカナダで一緒だったそうで、そこでの思い出話を聞くことが出来た。正直これは、何年もリッキー・フジ選手のファンとして過ごしてきたけれど初めて聴くエピソードだった
と言うか、この凄すぎる話を(詳しい内容はライガーさんのチャンネルで探してくれ)自分で話さなかったリッキー・フジ選手ってカッコよ過ぎだろ…!!
で、そこからさらに別の動画では
ライガー選手が選ぶ「足が短いレスラー」
としても、リッキー・フジ選手の名前がラインナップされた挙句
文句があるならゲストに来い!
と言ったら、ホントにリッキー・フジ選手の出演が決まったというわけだ
まさか、FMW倒産で奈落の底まで突き落とされるようなショックを受けていたあの時分から二十年ぐらい経って、ネットでライガーさんとリッキーさんが対決やら対談をするとは思わなかった!
私の知ってるリッキー・フジ選手は、見始めたのがエンタメ期の初期から中期ごろ(96~97年ぐらい?)だったので
・自分で作詞作曲した入場テーマを歌いながら入場する(入場曲アルバムにも入ってる)
・メインイベント終了後の大乱闘がはけると、よくリング中央で全裸のリッキーさんがケツを出して失神していた
・ビッグマッチの最中に生中継で爆破される
とまあ試合以外にも色々と魅せてくれた思い出が蘇る
往年の名選手リック・フレアー、ディック・マードックと並んだ世界三大ケツ出しレスラーであり、この三人がみんなリチャードに由来するリングネームなのも面白い
何を隠そう私が生まれて初めて、目の前でプロレスを生観戦した、その日の第一試合がリッキー・フジ選手とフライングキッド市原選手のシングルマッチだった
リッキー・フジ選手はビッグマッチのメインイベントから地方の第一試合まで、何処でも戦う万能戦士なのだ
今でも脳裏に刻まれている、あの固唾をのんで見守るお客さん(中学一年生の私も居た)、キュッキュッとリングシューズがマットを踏みしめる音、息遣い、寝技でバタバタと鳴るリング
プロレスは闘いだ、といつ誰に聞いても言う。でも、その次に言うのは
だから最近のプロレスは見ない
と言う奴が居る。でも、その日の第一試合は紛れもなく、同じ団体の同じ陣営である以前に「ひとりのレスラー」である二人の男の真摯な闘いそのものだった
5分だったか10分だったか、寝技中心の静かな試合だったのを打ち破ったのは、一発のボディスラムだった。リッキー選手が市原選手を高々と持ち上げてリングに叩きつけた瞬間、
バァーーン!
と凄い音がして、今まで集中して試合を見ていたお客さんが軽くどよめいた
リングが揺らめいて、ロープを留める金具がギシギシ鳴いた
あの一発のボディスラムが、それ以降たくさん目にした派手な技や凄い技と同じぐらい、私の脳裏には深く刻まれている
丸藤選手の不知火も、ベイダーの投げ捨てパワーボムも、冬木ボスの地団太ラリアットも見た。でも、あのボディスラムが最初にあった。それは本当に幸運だったと思う
それから月日は流れて、2019年5月5日
大阪は生野区民センターで行われた大衆プロレス松山座本公演
ここに、リッキー・フジ選手の姿があった
前回の客演時には観戦できなかったが、今度こそは!とゴールデンウイークの大混雑にも負けずチケットを購入
試合前の物販で遂にリッキー・フジ選手と再会できた
嬉しかったなあ…初めてプロレスを見たのはリッキーさんなんです!場所は?愛知です、市原さんとのシングルマッチで…との会話から
その後のリッキーさんの一言がカッコよかった
「おお、あの頃よくやってたからなあー!」
年輪と歴史を感じる一言、そして
「まだまだ頑張ってるんで!」
と健在をアピール。いやー、久しぶりに見たリッキーさんはカッコよさも、そのクールで熱い戦いも変わらない
SEXY STORMリッキー・フジ
が其処に居た
私はすっかり中学生のプロレス小僧に戻って、その日も声援を送った
何故ここまでリッキーさんに執着に近い思い入れがあるのかと言われれば
あの頃のFMWに出ていた選手に対しては殆ど全員みんなそうなんだけど、やっぱりあの頃からカッコいいし、田舎の小さな体育館で一生懸命応援してた時に……そうそうあの時、2001年のパワースプラッシュシリーズだよ
私と、私の隣に座ってた人が二人して最前列でリッキーさんに声援を送ってたんだ。知らない人だったんだけどお互いに熱烈なFMWファンで(田舎のインディープロレスで最前列に陣取ってる奴は大概そうだ)その場で意気投合して一緒に応援してた
リッキー、カミカゼ!カミカゼ!!
と、その隣の人が叫んだらリッキーさんがコッチ向いて
「カミカゼが見たいか!?」
とアピール、そして見事なカミカゼを決めて3カウント
アレがしびれるほどカッコよかったんだ。そして、俺たちのこともちゃんと感じてくれているんだ、って思って感激したんだよ
プロとお客だから、垣根や隔たりがあって当たり前なんだけど、だからこそ、そこを超えて何かが届く、繋がることってあって
田舎にいると卑屈になりがちでさ、なかなか試合も来ないし
でも、たまに来てくれた時に、都会も田舎もない、ファンでいさせてくれる!っていう
それが何より心に残った。今も色褪せずに残ってる
「あの頃よくやってた」とリッキーさんが自分で言うぐらい、これまで何百回と行った試合のたった一つかもしれないけど……その何百分の一の、田舎の小さな体育館でも、そこに居た一人のプロレス小僧を永遠に虜にした。私にとってリッキー・フジというプロレスラーは、そういう男なんだということを、ささやかながら書き記して残したい
海外で、そして日本のインディープロレス黎明期で縦横無尽に戦ってきた男
今やFMWや当時のインディーマットを知る人も少なくなってきている。それは当然だし、それこそ新陳代謝が起きてドンドン若い力、これまでと違うやり方が勃興してくる方が健全で正しいと思う
だけど、その時代の流れに抗うように戦い続ける男たちが居たっていい
リッキー・フジ選手はインディーマットの生き字引だ
カナダに渡り、インディー黎明期を支え、カリスマや極悪大王を間近で見続け
新日本プロレスにも出場したし、団体の興亡も見つめて来た
その貴重さは計り知れない
元気なうちにしっかりと、そのスピリットと歴史を残してほしいし
出来ればずーーっと元気でセクシーに在り続けてほしい
満足に試合も出来ない、というか日々の生活も脅かされている今だからこそ
そうした読む部分、活字にできるものはどんどん残してほしいとも思う
堅苦しく考えることは無い、というか「リッキー・フジ」だぞ
堅苦しくなるわけがない。きっとハチャメチャで、何処までも辛く厳しい戦いなのに、絶対全然そんなことを感じさせないと思う。というか、もう何か書いてたら是非読みたい
私は生まれて初めて目の前で試合を見たプロレス団体がFMWで
それがフライングキッド市原VSリッキー・フジという当時のFMWを象徴するカードだったことを、今も幸運に思っています
なお現在リッキー・フジ選手は千葉県の
2AWアクティブ・アドバンス・プロレスリング
(Active Advance Pro-Wrestling)
という団体に所属し、若手の壁となりながら他団体にも積極的に参戦
私も松山座で試合を見ることが出来たし、あなたのお近くで開催される大会にもひょっこりやって来るかも知れない
大会ポスターに、対戦カードに
リッキー・フジ
の名前があったら、その試合は絶対にハズレが無い。PPVでもビデオでも生観戦でも、私は何度も試合を見た。そして一度も、リッキー選手の試合がつまらなかったことは無い。過激なデスマッチから伝統的なレスリングまで、引き出しの多さと奥深さは計り知れない……ここへ来て、またリッキー・フジ選手が注目されるのが嬉しくてつい長々と書いてしまった
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