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第530回。キッドさんの怪奇短編シリーズ「かすみちゃん」
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私が高校生の頃、今から十五年ぐらい前のこと。
アルバイトをしていたガソリンスタンドに、私立学校の運転手のおじさんが来ていました。そこの学校のマイクロバスや事務用車などの給油に来てくれていたのですが、とても気の良い方で慣れてくると少しずつ立ち話をするようになりましてね。
私が怖い話、不思議な話を集めていると聞くと、こんな話を聞かせてくれました。
その当時からさらに十年ほど前の話だそうです。
その学校法人は幼稚園もやっていて、おじさんは当時から主に園児バスの運転をしていました。
ある年の年長組さんに、かすみちゃんという女の子が居たそうです。
夏休みに入って少し経った頃。かすみちゃんは事故に遭って亡くなってしまいました。
毎朝顔を合わせていた子で、元気で明るい人気者だったと言いました。みんなが悲しみに暮れた夏休みが終わり、園児たちはそれでも元気に幼稚園にやってきました。
このぐらいの子供たちは、まだ、死や喪失というモノに対してあまりに純真すぎて、直面してもあまりよくわからないのでしょう。
残暑のきつい九月のある日の午後。
お迎えを待っていた一人の男の子が言いました。
「今日、かすみちゃん来てたね!」
先生たちは驚いて、男の子に聞きました。
「どこにいたの?」
「あのね、お二階から降りて来たよ!」
年長さんの教室は二階にあります。
その後も
「かすみちゃんを見た」
「かすみちゃんと一緒に遊んだ」
という子供たちが続出。彼女の同級生だけじゃなく、他学年の子供たちまで
「廊下の向こうへ曲がって行った」
「おトイレに居た」
「かけっこをした」
「教室で一緒に折り紙をした」
と出るわ出るわ。
流石に困惑した先生方を尻目に、おじさんはある意味で微笑ましさも感じていたそうでした。
が、ある朝お迎えの子に
「おはよう」
と声をかけると
「今日、かすみちゃんが居るね!」
「えっ!?」
「一番後ろにお座りしてるよ!!」
と言われたときは流石にちょっとぞっとしたとか。
しかし結局先生や大人には見えず、子供たちにだけ見えるだけで実害もないのでそのまま居てもらう事になりました。事情が事情だけにお祓いをするのも気が引けたとか。
子供たちもかすみちゃんも、きっと寂しかったのでしょう。
やがて彼女の同級生たちも無事に卒業していきました。
先生方も一安心、きっと一緒に卒業していっただろう。
春休みが終わり、新しい園児たちがやってきます。忙しい日々が過ぎてゆき、春から初夏へ。
やがて新緑を梅雨が濡らして夏になり。みんな少しずつ、かすみちゃんの悲劇を忘れかけたその頃に。
「先生、あそこに知らないおねえちゃんがいる!」
「今日知らないお友達と遊んだよ!」
そう、かすみちゃんは、まだ園に居たのです。
あくる日も、その次の日も。またしても彼女が見えるという子供たちが続々と現れてきました。
おじさんは言います。
「結局そのままなんだ。未だに、かすみちゃんを見る子がいるんだ。たまにね。」
それが二〇〇三年ごろに十年前の話として聞いた話。
それからさらに数年後。
私は事務機の販売店に入社して、営業担当としてその学校の事務室を訪ねました。
何度か通ううちに打ち解けていただき、ふとその時の話を思い出しました。
私が訪問していたのは法人そのものの事務室も兼ねていたので、前年まで幼稚園の事務員さんを担当していたおばさんが一人おりました。そして
「あら、あたしが居た頃もそんな話があったわよ!」
と教えてくれました。
私が最後に彼女に関する証言を聞いたのが二〇〇五年の暮れ。
少なくともその当時までは、かすみちゃんは幼稚園に「居た」という事になります。
最早当時の子供たちも立派な大人になり、かすみちゃんの事も忘れてしまったのでしょう。
そうしてかすみちゃんだけは、自分の居場所を求めて、友達を探して、今でも幼稚園に現れては、寂しさを紛らわせているのかも知れません。
しかし、こうも考えられます。
人は肉体が滅びたあと、誰からも忘れ去られたときに完全な死を迎えると言います。
彼女は、その純真さゆえに死を受け入れられず(理解することが出来ず)、今でも無意識のうちに生への執念に取り込まれているのではないか。
そうして園児たちの前に現れては、自分の存在を示して忘れられないように、生き続けようとしているのではないか、と。
しかし、年月が経つにつれ園児たちの証言も曖昧なものになっていると聞きます。
やがて彼女も現世の片隅、大好きな幼稚園の暗がりで、もがき、抗いながら消えてゆく日が来るのかも知れません。
それは今日かも知れないし、十年後かも。
それとも、今頃もう彼女は消えてしまっているのでしょうか。
最後の証言からさらに十年以上が経った今、かすみちゃんは、何処にいるのでしょうね。
おしまい。
アルバイトをしていたガソリンスタンドに、私立学校の運転手のおじさんが来ていました。そこの学校のマイクロバスや事務用車などの給油に来てくれていたのですが、とても気の良い方で慣れてくると少しずつ立ち話をするようになりましてね。
私が怖い話、不思議な話を集めていると聞くと、こんな話を聞かせてくれました。
その当時からさらに十年ほど前の話だそうです。
その学校法人は幼稚園もやっていて、おじさんは当時から主に園児バスの運転をしていました。
ある年の年長組さんに、かすみちゃんという女の子が居たそうです。
夏休みに入って少し経った頃。かすみちゃんは事故に遭って亡くなってしまいました。
毎朝顔を合わせていた子で、元気で明るい人気者だったと言いました。みんなが悲しみに暮れた夏休みが終わり、園児たちはそれでも元気に幼稚園にやってきました。
このぐらいの子供たちは、まだ、死や喪失というモノに対してあまりに純真すぎて、直面してもあまりよくわからないのでしょう。
残暑のきつい九月のある日の午後。
お迎えを待っていた一人の男の子が言いました。
「今日、かすみちゃん来てたね!」
先生たちは驚いて、男の子に聞きました。
「どこにいたの?」
「あのね、お二階から降りて来たよ!」
年長さんの教室は二階にあります。
その後も
「かすみちゃんを見た」
「かすみちゃんと一緒に遊んだ」
という子供たちが続出。彼女の同級生だけじゃなく、他学年の子供たちまで
「廊下の向こうへ曲がって行った」
「おトイレに居た」
「かけっこをした」
「教室で一緒に折り紙をした」
と出るわ出るわ。
流石に困惑した先生方を尻目に、おじさんはある意味で微笑ましさも感じていたそうでした。
が、ある朝お迎えの子に
「おはよう」
と声をかけると
「今日、かすみちゃんが居るね!」
「えっ!?」
「一番後ろにお座りしてるよ!!」
と言われたときは流石にちょっとぞっとしたとか。
しかし結局先生や大人には見えず、子供たちにだけ見えるだけで実害もないのでそのまま居てもらう事になりました。事情が事情だけにお祓いをするのも気が引けたとか。
子供たちもかすみちゃんも、きっと寂しかったのでしょう。
やがて彼女の同級生たちも無事に卒業していきました。
先生方も一安心、きっと一緒に卒業していっただろう。
春休みが終わり、新しい園児たちがやってきます。忙しい日々が過ぎてゆき、春から初夏へ。
やがて新緑を梅雨が濡らして夏になり。みんな少しずつ、かすみちゃんの悲劇を忘れかけたその頃に。
「先生、あそこに知らないおねえちゃんがいる!」
「今日知らないお友達と遊んだよ!」
そう、かすみちゃんは、まだ園に居たのです。
あくる日も、その次の日も。またしても彼女が見えるという子供たちが続々と現れてきました。
おじさんは言います。
「結局そのままなんだ。未だに、かすみちゃんを見る子がいるんだ。たまにね。」
それが二〇〇三年ごろに十年前の話として聞いた話。
それからさらに数年後。
私は事務機の販売店に入社して、営業担当としてその学校の事務室を訪ねました。
何度か通ううちに打ち解けていただき、ふとその時の話を思い出しました。
私が訪問していたのは法人そのものの事務室も兼ねていたので、前年まで幼稚園の事務員さんを担当していたおばさんが一人おりました。そして
「あら、あたしが居た頃もそんな話があったわよ!」
と教えてくれました。
私が最後に彼女に関する証言を聞いたのが二〇〇五年の暮れ。
少なくともその当時までは、かすみちゃんは幼稚園に「居た」という事になります。
最早当時の子供たちも立派な大人になり、かすみちゃんの事も忘れてしまったのでしょう。
そうしてかすみちゃんだけは、自分の居場所を求めて、友達を探して、今でも幼稚園に現れては、寂しさを紛らわせているのかも知れません。
しかし、こうも考えられます。
人は肉体が滅びたあと、誰からも忘れ去られたときに完全な死を迎えると言います。
彼女は、その純真さゆえに死を受け入れられず(理解することが出来ず)、今でも無意識のうちに生への執念に取り込まれているのではないか。
そうして園児たちの前に現れては、自分の存在を示して忘れられないように、生き続けようとしているのではないか、と。
しかし、年月が経つにつれ園児たちの証言も曖昧なものになっていると聞きます。
やがて彼女も現世の片隅、大好きな幼稚園の暗がりで、もがき、抗いながら消えてゆく日が来るのかも知れません。
それは今日かも知れないし、十年後かも。
それとも、今頃もう彼女は消えてしまっているのでしょうか。
最後の証言からさらに十年以上が経った今、かすみちゃんは、何処にいるのでしょうね。
おしまい。
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