上 下
509 / 1,299

第495回。ルチャバカ日誌

しおりを挟む
6月14日。
プロレスファンは立て続けの悲劇に見舞われることになる。

テッド田辺さん。
正直、三沢さんほどの知名度ではないけれど、プロレスマニアならテッドさんなくして語れない試合やドラマが数多くあることは良く知られている。
小柄ではあるがレスラー顔負けの真ん丸い肥満体で、よく通るカン高い声、世紀の大一番から数々のデスマッチにお笑いマッチまで何でも裁く名レフェリーだった。日本の平成インディープロレスはテッドさんのレフェリングなしでは語れないのである。

そんなテッドさんが6月14日、試合後に倒れたまま帰らぬ人となったのだ。
死亡はその翌日15日ではあるものの。
なんとなく、この13日と14日は、もう脳内で癒着したまま刻まれてしまっている。

テッドさんといえば自他共に認めるキャッチフレーズの「多団体男」が表す通り、雨後の筍のように乱立した大小さまざまなプロレス団体を渡り歩き、出張レフェリングも行い、未だに古い写真を見て
あれっ!この試合もテッドさんなんだ!
と驚くことがあるぐらいだ。

というか、物凄く今更だけど、こういう何でも屋さん、プロレスが好きすぎて何でもいいから関わりたい!と思ったことから何でも出来るようになり、引き受けてくれる人をアテにしてないと成り立たなかったってことなんだろうな。その頃のテッドさんのプロレス界での活動がどのぐらい経済的に成り立ってたかわからないけど、やりがい搾取に近い場面も多かったんじゃないか。
本当にどこでもなんでもやっている人、というのがテッドさんの印象だった。

みちのくプロレス、大阪プロレスでの活躍がその中でも主なものになると思うけど、例えばW★INGの人間焼き肉デスマッチも、FMWの電流爆破デスマッチもテッドさんだったし、女子プロレス団体でレフェリーになり、そもそもプロレス界に入るきっかけは最晩年の国際プロレスだったというから驚きだ。

そんな熟練のプロレスなんでも職人だったテッドさんのレフェリングは絶品で、反則を見逃したり、レスラーのお笑いムーブに鋭い突っ込みを入れたり、はたまた乱闘に巻き込まれたりとお客さんを飽きさせない、その場で巻き起こっているプロレスという現象の主要な登場人物としての仕事もさることながら、試合前にはリングの設営や会場の準備に奔走しているところも目撃したし、本まで書いていた。
それが今回のタイトルであるルチャバカ日誌。
日々の試合やそれにまつわる日常がコミカルに書かれていて、遠く東北のみちのくプロレスでの日常に思いをはせたものだ。

私がテッドさんのレフェリングで一番好きなのは、盟友でもある尊師ことザ・グレート・サスケさんが場外に空中殺法を放つとき。
サスケさんがまず相手の位置を確かめ、リングを疾走し、ついに飛び立つ!その瞬間までを
「サスケ!?サスケ、サスケェェェェーーーー!」
の三つの言葉だけで表してしまう。遠くのお客さんにも、角度的に見づらいお客さんにも
(あっ、いまサスケが何か凄いことをしようとしている!)
というのが伝わるし、テレビだとサスケさんが横一直線に走り、猛然と場外に飛び立つさまと見事にマッチしている。これがあるのとないのでは、あのノータッチトペコンの見栄えも全然違うのだ。

もう、それもこれも見られない・聞けないようになって9年。来年は10年になる。
三沢さんに続き、テッドさんまで。
と、よく言われる。私もそう思う。
だけど、お二人はプロレス界という地平にあって全然違う場所に居た。
国際プロレスから一旦全日本プロレスを経たという経歴から近づいたことはあれど、交わることのない二人。

今のような時代になっていれば、もしかすると
三沢光晴VSくいしんぼう仮面

三沢光晴VSえべっさん(初代)

松山勘十郎VS三沢光晴
などといった夢の試合を(3つ目のは願望だけどご存命だったら松山勘十郎座長ならやりかねない)テッドさんがレフェリングしていた可能性は大いにある。

平成初期の日本マット界を覆っていたのはとにかく固定観念だった。
それを突き崩していったのがインディープロレスだった。
下野したメジャー選手、自らの団体を運営することになった選手、その団体で夢をかなえた選手。
いろんな人たちが、プロレスが好きで好きで集まってきた。
そういう人達の先駆けのような人がテッドさんだと思う。
先人たちのそうした行動、そしてその後を追いかけてきた人々へのケアが、こんにちの隆盛を作り出したと言える。
一方でメジャー団体は、そうした人々を排除し、ふるいにかけることで品位を保ち、それがメジャーたる格であるとされてきた。良くも悪くも対極的だったものが様々な地殻変動の末にぐっと近づいた。

そしてその時には、もう三沢さんもテッドさんも居なくなってた。
世が世なら、どんな夢のカード、夢の組み合わせが生まれただろう。
歴史にifは禁物というけれど、たまにちょっと、そんなことを考えるのもいいじゃないか。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

♡ちょっとエッチなアンソロジー〜おっぱい編〜♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート詰め合わせ♡

生意気な女の子久しぶりのお仕置き

恩知らずなわんこ
現代文学
久しくお仕置きを受けていなかった女の子彩花はすっかり調子に乗っていた。そんな彩花はある事から久しぶりに厳しいお仕置きを受けてしまう。

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

13歳女子は男友達のためヌードモデルになる

矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。

処理中です...