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第三章

3-34 生贄

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「フンフーン」
 
 夕食を食べ終えた後、四人は梢賢の部屋に集まっていた。はるか八雲やくもから借りた道具をさっそく使って、もらった絹糸をご機嫌で編み始めた。それを鈴心すずねは心配そうに眺めている。
 
「で、明日はどうするんだ?」
 
 蕾生らいおが聞くと、梢賢しょうけんは伸びをしながら迷っていた。
 
「そやなあ。すみれさんちも気になるけどなあ……」
 
雨辺うべが信仰してる内容を調べてこいって言われたんだけど」
 
銀騎しらきにか?」
 
「うん」
 
 蕾生が頷くと、梢賢はますます困っていた。
 
「そうかー。でも四人で街に行くのはリスクがあり過ぎるなあ」
 
「なんでだ?」
 
「オレもう金ないねん!明日もルミから自転車借りたら今度は何を要求されるやら!」
 
 くだらない理由でがっかりした蕾生は白い目で梢賢を見ていた。
 
「あーどないしょー」
 
「おい、永、なんとか──」
 
 梢賢のちゃらんぽらんさは蕾生では捌ききれない。永に助けを求めると永はたった数分なのにぐったりしていた。
 
「ふうー……、あ、すっごい肩凝った!」
 
「それしか編んでないのにか?」
 
「疲れが溜まってるのかなあ。急にしんどくなったなあ」
 
 編み針と絹糸を持て余していると、鈴心が急に青ざめて永から針と糸をひったくった。
 
「ハル様、いけません!」
 
「え?何?」
 
「やはり、この針……」
 
 鈴心の態度とは逆に、梢賢はのんびりとして当たり前のように言った。
 
「ああ、それで一気に編んだらあかんよ。寝込んでまうで」
 
「ええ?」
 
「梢賢は知ってたんですね……」
 
「ひいぃ、ごめんなさい!」
 
 鈴心の猛禽睨みが炸裂すると、梢賢は焦って謝った。
 
「どういうこと?」
 
 永が素朴に聞くと、鈴心は眉を顰めて驚きの事実を口にする。
 
「この針はハル様の生気を吸っています」
 
「げっ!」
 
「針が使う人の生気を吸い上げて、編まれた絹糸にそれを移しているんです」
 
「げげっ!」
 
 永は二段階に分けて丁寧に驚いていた。
 蕾生も引きながら唾を飲む。
 
「マジかよ……」
 
「そんな気持ちの悪い言い方せんでも。あんな、奉納する絹製品に子孫のエネルギーを託して、祭の儀式で天のご先祖にお送りすんねん。修行の役に立ててくださいねーつって」
 
「生贄ってことでしょ!言い方変えてもダメだよ!」
 
 梢賢の言い分を永は物凄い勢いで否定した。蕾生は言葉を選ばずに言う。
 
「おい、この村、マジぶっ飛んでんぞ」
 
「ライオンくん、そんなんでいちいち言うてたら里では暮らせんで?」
 
「村の人もそれを承知しているんですか?」
 
「もちろん。だから毎日少しずつ編むんや。疲れたらまた明日ってな。一週間くらいかけて編めば何の問題もあらへんよ」
 
「えー……」
 
 さすがの永もドン引きしていた。
 しかし鈴心はさらに思考を発展させている。
 
「では、祭の日には村中のエネルギーが一堂に集まるんですね……」
 
「そやね。最後にお焚き上げしてまうから、何も残らへんよ」
 
「最後に燃やすって、マジ生贄じゃん……」
 
 心底嫌がる永に、梢賢は開き直って言った。
 
「郷に入っては郷に従う!雨都うと家の鉄則や!」
 
「あー、ヤバいもんに巻き込まれたあー……」
 
「だからオレは君らを祭に参加させるつもりやなかってん。でも、康乃やすの様からの御招待じゃなあ」
 
「じゃあ、もっと強く止めてくれたら良かったんです」
 
 鈴心が文句を言うと、梢賢は目を丸くして大袈裟に言う。
 
「何言うてんの!?鈴心ちゃんもまだわかってへんな、康乃様の命令は絶対や!剛太ごうたくんまで連れて言わはる事に逆らえる奴なんか里にはおらん!」
 
「と言うことは、あの子が次の当主ってこと?」
 
「そういや、あいつの親は?見てないな」
 
 永と蕾生はまだ康乃の次の世代の人を見てなかったことを思い出した。
 
「剛太くんの両親──康乃様の息子夫婦はな、事故でのうなってしもうた。九年前や」
 
「交通事故ですか?」
 
「いや、この村ほとんど車ないでしょ。眞瀬木ませきけいのしか見たことないんだけど」
 
 永が鈴心の言葉を否定すると、梢賢は短く説明した。
 
「里で起こった事故やない。高紫市たかむらさきしでの事故や」
 
「村の外に出たのか?雨都じゃなくても出れるのか?」
 
「いや、里を出れるのは、ウチと、高校に通う必要のある子どもだけや。あれは特例中の特例やった」
 
「と言うと?」
 
 永が促すが、梢賢は珍しく言葉に詰まる。
 
「うー……、あの話は、できれば思い出したないねん……可哀想過ぎてなあ」
 
「何があったんです?」
 
「聞きたいんか?悪趣味やな。でも、里の闇を代表する出来事としては適当か……」
 
「闇?」
 
 ここに来て梢賢は初めて直接的な言葉を使った。三人は俄然興味が湧く。その視線を受けて梢賢はポツポツと語り始めた。







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