上 下
56 / 171
第二章

2-36 糸

しおりを挟む
「根拠は──これや」
 
 梢賢しょうけんは三人の目の前に右手をダラリとかざした。するとその五本の指先から白く光る糸のようなものが出てきた。
 
「!!」
「げっ!」
「なっ!」
 
 はるか蕾生らいお鈴心すずねも、梢賢のその手を見て言葉を失うほど驚いた。
 なおも伸び続ける白い糸を、梢賢は五本まとめて右手に巻きつけてから揶揄うように言った。
 
「おお、こんなん見慣れてんだろうに、リアクションあんがとさん」
 
「見慣れてるわけねえだろ!」
 
 蕾生は叫ばずにはいられなかった。
 銀騎しらき皓矢こうやの術を見た時は敵だと思っていたので心の準備がある程度はできていた。
 だが、梢賢のは全く油断していた。ちゃらんぽらんな大学生だとたかを括っていたからだ。
 
「これは、絹糸?」
 
 梢賢の右手をしげしげと見つめて永は冷静に問うが、梢賢は首を傾げて笑っていた。
 
「さあなあ、見た目は似てるけど、オレの場合はこんなん一分も持たずに消えてまうよ」
 
「光沢があって、眞瀬木ませきけいにもらったハンカチの材質に似ていますね。あ、消えた……」
 
 鈴心もその掌に残されたものに注目していたが、件の物と見比べる隙もなく、白い糸はふっと消えた。
 
「な?姉ちゃんやったらこれで人一人ふん縛って十分は持たせるわ。オレは資質がないねん」
 
「うっそ、あの優杞ゆうこさんが?」
 
「生まれつきの能力ですか?」
 
 永も鈴心も、普通の女性だと思っていた優杞にまで超常的な能力があると聞いてますます驚いていた。
 
「せやな。ちっさい頃は所構わず糸出して遊んどったわ。すぐ消えるからおもろくてな!」
 
「雨都の人は皆できるのか?」
 
「いんや。出せるのは姉ちゃんとオレだけや。その意味はわかるな?」
 
「?」
 
 蕾生が首を傾げていると、永は真面目な顔になって答えた。
 
「つまり、銀騎の呪いが解けた後に生まれた子だけが持つ力ってこと?」
 
「眞瀬木の見立てではな。だから姉ちゃんが初めて糸出した時は家中ひっくり返ったらしいで」
 
「眞瀬木に見せたってことは、藤生ふじきにも知られてるの?」
 
「そらもちろんや。藤生に隠し事なんてできんよ。眞瀬木に相談したらそのまま藤生に上がってくねん。
 で、姉ちゃんの力を見た康乃やすの様が資実姫たちみひめ様の影響かもしれんってな」
 
 梢賢の説明はやはりどこか他人事のような雰囲気だった。
 この村では雨都うとには人権がないような言い回しだ。
 
「やっぱり当時から藤生の糸に似てるってなったんだ?」
 
「まあなあ。誰が見てもわかるよ、こんなん。でも藤生の糸と違って、姉ちゃんのはしばらくしたら消えてまった。この力の正体は今もわかってへん」
 
「──雨都には、でしょ?」
 
 永が挑発するように言えば、梢賢もニヤリと笑って答える。
 
「勘繰るねえ。確かに、姉ちゃんもオレも年に一回、正月になると藤生に出向いてこの力を見せろって言われとる。あちらさんとしては逐一把握しておきたいんやろな」
 
「経過を見たがるということは、藤生ではその力の正体がわかっている可能性があるということですね」
 
 鈴心がそう言っても、梢賢は曖昧な姿勢を崩さなかった。
 
「さあなあ。うちは命令に従うだけやねん。ただ、姉ちゃんの糸もオレの糸もすぐに消えるから、大目に見られてるんやないかなって思う」
 
「藤生はその糸を物質化できる力があるから、雨都に発現した方は取るに足らない下位のものってことか」
 
 永が言っても梢賢は肯定も否定もしなかった。
 
「まあ、ウチみたいなもんには想像するだけしかできへんねん。くわばらくわばら」
 
 しかしすっかり盛り上がっている永と鈴心は仮説を立てていく。
 
「ということは、藤絹ふじきぬの糸は藤生ふじき康乃やすのが超常的な力で物質化させている資源だということですね。そしてその力の源が資実姫」
 
「そう考えれば、藤絹の原材料を明かせないのも納得だよね」
 
「君らが勝手にそう考えるのは自由や」
 
 二人の想像を聞いてなおも、梢賢はのらりくらりとはぐらかしていた。







===============================
お読みいただきありがとうございます
感想、いいね、お気に入り登録などいただけたら嬉しいです!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

転生帰録──鵺が啼く空は虚ろ

城山リツ
ファンタジー
 九百年あまり前、宮中に帝を悩ませる怪物が現れた。頭は猿、胴体は猪、尾は蛇、手足は虎である鵺という怪物はある武将とその郎党によって討ち取られた。だが鵺を倒したことによって武将達はその身に呪いを受けてしまい、翌年命を落とす。  それでも呪いは終わらない。鵺は彼らを何度も人間に転生させ殺し続ける。その回数は三十三回。  そして三十四回目の転生者、唯蕾生(ただらいお)と周防永(すおうはるか)は現在男子高校生。蕾生は人よりも怪力なのが悩みの種。幼馴染でオカルトマニアの永に誘われて、とある研究所に見学に行った。そこで二人は不思議な少女と出会う。彼女はリン。九百年前に共に鵺を倒した仲間だった。だがリンは二人を拒絶して──  彼らは今度こそ鵺の呪いに打ち勝とうと足掻き始める。 ◎感想などいただけたら嬉しいです! ※本作品は「ノベルアップ+」「ラノベストリート」などにも投稿しています。 ※※表紙は友人の百和様に描いていただきました。転載転用等はしないでください。 【2024年11月2日追記】 作品全体の体裁を整えるとともに、一部加筆修正を行いました。 セクションごとの内容は以前とほぼ変わっていません。 ☆まあまあ加筆したセクションは以下の通りです☆ 第一章第17話 鵺の一番濃い呪い(旧第一章1-17 一番濃い呪い) 第四章第16話 侵入計画(旧第四章4-16 侵入計画)

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

処理中です...