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第二章

2-25 記憶の抑止

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「んん?待てよ、ご先祖の事を悪く言うのも気が引けるんやけど、本当にその方法が最善なんか?あくまで初代の考えやろ?」
 
 思ってもみない梢賢しょうけんの冷静な疑問に、蕾生らいおは思わず語気を強めた。
 
「はあ?そこを疑うのかよ?んなこと言ってたら何もできねえぞ」
 
 今までそうだと信じてやってきたものを否定されてしまったら、何もかもが無駄だったことになる。はるかの九百年が無駄だったなんて蕾生は信じたくなかった。
 
「そらそうやけど、オレは身内だから却って心配なんやで。もし君らが初代の、仮に間違った方法にとらわれて正解を見失ったまま何百年も過ごしたんだとしたら、えらい申し訳ないやん!」
 
 身内ならではの視点でないとそれは出てこないだろう。梢賢の心配に永は笑って答えた。
 
「はは、それは大丈夫。確かにこの方法が最も正解なのかはわかんないけど、萱獅子刀かんじしとう慧心弓けいしんきゅうを使った時はある程度の効果があったよ」
 
「ほんとにぃ?今までかてよくて相打ちなんやろ?」
 
「それを言われると耳が痛いんだけど、その時々で事情も違うし、銀騎しらきからの邪魔もかなり入ったしね」
 
 肩を落として言う永に、蕾生は質問を投げかけた。
 
「ある程度効果があったってのは例えばどんなのだ?」
 
「うーんと、それなんだけど、どうも記憶が曖昧でね……特に前後関係なんか朧げで」
 
 だが、永は急に自信を無くして言った。
 蕾生もそんな回答が出るとは思わず目を丸くする。
 
「そう、なのか?」
 
 永にわからない事があるなんて、蕾生の常識ではあり得ない。そんな閉じられた常識を打ち破ったのは梢賢だった。
 
「そらあ、そうやろな。前世の記憶なんちゅーもんはないのが当たり前や。なのにハル坊は三十三回分、九百年分の記憶がある──ていう意識があるだけでもえらいこっちゃ。
 何年のいつにあんなことがあった、なんて細かく覚えててみい。絶対精神がやられてまうで。そうならないように忘れるべきなんや、本来はな」
 
 流石に寺の息子は言う事が違う。そういう知識もないまま「永が全部知ってるから大丈夫」だと今まで思っていた蕾生は反省した。
 
「そうか。永はずっと覚えてるんだと思ってた。だから相当大変なんだろうなって」
 
「てへへー、ちょっとカッコつけ過ぎちゃったかあ」
 
 蕾生が落ち込みそうになると戯けて誤魔化す永の癖は変わらない。蕾生が気にしないように、鵺化しないようにわざと深刻ぶるのを止めるのだ。
 
「いや、ちょっとホッとした。永が大変なのは良くない」
 
 そういう蕾生への気遣いだけでも大変だろうに、九百年分の知識が蓄積されているなら頭がどうかしてしまわないか蕾生はずっと不安だった。
 だが、梢賢の言う通りだとすると、永にも負担にならないようなストッパーのようなものがあることは喜ばしい。







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