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第一章
1-15 うつろ神
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「菫さん、こいつらにちょっと教えてやってくださいよ。うつろ神さんのこと」
梢賢がそう促すと、菫は少し姿勢を正して語り始める。
「いいわよ、少しだけね。うつろ神様は聖なる獣でね、お顔は狒々、手足が猛虎、体は野猪、尾が大蛇というお姿でね、いつか世の中が終わりを迎える時に天から降りてきて私達をお救いくださるの」
「はあ……なるほど」
初めて聞く単語だった「うつろ神」とはつまり鵺のことを指している。鵺信仰の話だと思いながら永は続きを聞くことにした。
「うつろ神様が救ってくださるのは徳を積んだ存在だけなのよ。だから普段から善い行いをしていかなければならないの」
「限られた人だけを救うのですか?」
鈴心は思わず首を捻りながら聞いてしまった。そんな限定的な神はおろか仏も聞いたことがないからだ。だが、菫は当然のように頷いた。
「そうよ。何もできない凡庸な存在はうつろ神様にとっては必要ないの。だから、うつろ神様に相応しい存在にならなくてはならないの」
「はあ……」
一般的な神仏と決定的に違う教えに鈴心は生返事で首を捻り続けている。
「だから私達親子は毎日努力して善行をつみ、うつろ神様のお側にいけるように日々修行してるのよ」
そもそも神仏に対して人間が行う修行というものは、人間側が神仏に近づくために自ら精進するものである。
この国では自然に対してそういう信心が生まれることが多いのだから、神そのものが人に対して存在を定義し押しつけるような教えは聞いたことがない。
そこまで聞いて蕾生も白けてしまった。これでは典型的な詐欺前提の新興宗教だ。神秘の存在として教祖を設定し、教祖のみを尊ぶような教えは危険性を多分に孕んでいる。
蕾生が呆れるように溜息をついたので、鈴心はそれを注意する意味で誰にも見えないようにその背中をつねった。
そんな二人のやり取りを横目に、永は冷静に情報を引き出そうとする。
「修行と言うと、どんなことを?」
「それは言えないわ。雨辺家の秘技だから。ごめんなさいね」
「そうなんですか……」
殊勝な態度とは裏腹に、永は心の中で舌打ちをした。
続いて菫は梢賢に向き直り、とんでもないことを話し始める。
「梢ちゃん、雨都の人達はどうなの?貴方みたいにうつろ神様を信仰してくれるといいんだけど」
梢賢がうつろ神を信仰しているなんて話は聞いていないので、永達三人はギョッとして梢賢を見た。
「え!?いやあ、なかなかすぐにはねえ。オレも機会を伺ってるんですけどねえ?」
三人からの視線を浴びてしどろもどろになった梢賢は愛想笑いで誤魔化そうとしていた。
すると菫は今日一番の饒舌になって言う。
「そうねえ、随分長いことすれ違ってきてしまったものねえ。でも梢ちゃんの代になったら変わるわよね?そうしたら葵を里に迎えてくれるんでしょう?」
「そうですねえ、もちろん菫さん達が里に住んでくれるのは歓迎なんですけどー……」
「楽しみだわ、明日からいっそう修行に精を出さなくちゃ!」
「あ、まあ、ほどほどに……適度な感じで……ね?」
一人で盛り上がる菫に、たじろぎながら曖昧な返事を繰り返す梢賢を、三人は冷ややかな視線で刺した。
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梢賢がそう促すと、菫は少し姿勢を正して語り始める。
「いいわよ、少しだけね。うつろ神様は聖なる獣でね、お顔は狒々、手足が猛虎、体は野猪、尾が大蛇というお姿でね、いつか世の中が終わりを迎える時に天から降りてきて私達をお救いくださるの」
「はあ……なるほど」
初めて聞く単語だった「うつろ神」とはつまり鵺のことを指している。鵺信仰の話だと思いながら永は続きを聞くことにした。
「うつろ神様が救ってくださるのは徳を積んだ存在だけなのよ。だから普段から善い行いをしていかなければならないの」
「限られた人だけを救うのですか?」
鈴心は思わず首を捻りながら聞いてしまった。そんな限定的な神はおろか仏も聞いたことがないからだ。だが、菫は当然のように頷いた。
「そうよ。何もできない凡庸な存在はうつろ神様にとっては必要ないの。だから、うつろ神様に相応しい存在にならなくてはならないの」
「はあ……」
一般的な神仏と決定的に違う教えに鈴心は生返事で首を捻り続けている。
「だから私達親子は毎日努力して善行をつみ、うつろ神様のお側にいけるように日々修行してるのよ」
そもそも神仏に対して人間が行う修行というものは、人間側が神仏に近づくために自ら精進するものである。
この国では自然に対してそういう信心が生まれることが多いのだから、神そのものが人に対して存在を定義し押しつけるような教えは聞いたことがない。
そこまで聞いて蕾生も白けてしまった。これでは典型的な詐欺前提の新興宗教だ。神秘の存在として教祖を設定し、教祖のみを尊ぶような教えは危険性を多分に孕んでいる。
蕾生が呆れるように溜息をついたので、鈴心はそれを注意する意味で誰にも見えないようにその背中をつねった。
そんな二人のやり取りを横目に、永は冷静に情報を引き出そうとする。
「修行と言うと、どんなことを?」
「それは言えないわ。雨辺家の秘技だから。ごめんなさいね」
「そうなんですか……」
殊勝な態度とは裏腹に、永は心の中で舌打ちをした。
続いて菫は梢賢に向き直り、とんでもないことを話し始める。
「梢ちゃん、雨都の人達はどうなの?貴方みたいにうつろ神様を信仰してくれるといいんだけど」
梢賢がうつろ神を信仰しているなんて話は聞いていないので、永達三人はギョッとして梢賢を見た。
「え!?いやあ、なかなかすぐにはねえ。オレも機会を伺ってるんですけどねえ?」
三人からの視線を浴びてしどろもどろになった梢賢は愛想笑いで誤魔化そうとしていた。
すると菫は今日一番の饒舌になって言う。
「そうねえ、随分長いことすれ違ってきてしまったものねえ。でも梢ちゃんの代になったら変わるわよね?そうしたら葵を里に迎えてくれるんでしょう?」
「そうですねえ、もちろん菫さん達が里に住んでくれるのは歓迎なんですけどー……」
「楽しみだわ、明日からいっそう修行に精を出さなくちゃ!」
「あ、まあ、ほどほどに……適度な感じで……ね?」
一人で盛り上がる菫に、たじろぎながら曖昧な返事を繰り返す梢賢を、三人は冷ややかな視線で刺した。
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