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第一章

1-2 彼の故郷

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「なあ、はるか
 
「ん?」
 
「あいつの実家──麓紫村ろくしむらってどんなとこなんだ?」
 
 これから向かう先の情報が乏しい蕾生らいおはおもむろに永に問う。
 
「んーと、僕も結構調べたんだけど、あんまり情報がないねえ」
 
「永でもか?」
 
 蕾生の疑問に、永はもらった行き先のメモをピラピラと指で弄びながら困っていた。
 
「こうして住所があるからには存在はしてると思うんだけど、住人らしいユーザーのSNSがさ、ないの。今の時代に」
 
 永はあらゆるSNSに登録し、各界隈でカリスマ的ユーザーになっている。その永すら掴めないことがあるのかと蕾生は首を捻った。
 
「村っつうんだから、限界集落とかか?」
 
「イマドキ、市区町村の統廃合を何度も免れて村を名乗ってるくらいだからね。僕もそう思う」
 
 二人の会話に鈴心すずねが反論を交えて加わった。
 
「つまり、若者がいないということですか?ですが、今時インターネットくらいお年寄りでもできると思いますが」
 
「そうねえ、インフラっていうのは地方の方が発達してる物もあるしね」
 
 三人の考える常識では説明がつかないので、永も首を捻っていた。
 
「あの雨都うとってヤツの格好はど田舎の住人には見えなかったしな」
 
「ライくん、地方蔑視になりそうな言葉は控えようね。でも確かに、少なくとも雨都うと梢賢しょうけんは若者だったよねえ、激ダサだったけど」
 
 自分達を招いた張本人──雨都梢賢の格好を改めて思い出す。派手な柄シャツにジーンズ姿で現れた彼は、金髪にピアスまでしていて典型的なチンピラの様だった。
 
「ああ、彼の事はそう感じて良かったんですね。安心しました」
 
 永の言葉を受けて鈴心はほっと胸を撫で下ろす。幼少の頃から研究所と自宅以外出たことがないので、流行に疎いことを気にしている。
 
「そりゃそうだよ。なんなのアレ。一昔前のチンピラみたいだったじゃん。──でもあれをおしゃれだと思ってるんだとすると、やっぱり情報が遅れてるのかな?」
 
「いくらなんでも遅れ過ぎだろ」
 
「ということは、雨都梢賢単体がダサいと」
 永と蕾生の感想を聞いて、鈴心はそう結論づけた。
 
「まあ、だから彼の出で立ちは全くヒントにならないから困るんだよね。結局僕が掴めたのは都市伝説じみた話だけ」
 
「どんな?」
 
「うん。麓紫村には地図に載ってない箇所があるって。そこに暮らしてる人達は世間から隔絶された時間を生きてて、今でも昔話に出てくるような暮らしをしてるって」
 
「──ありがちのやつだな」
 
 幼い頃から永に都市伝説だのUMAだのの話を延々と聞かされていた蕾生は、それが「あるある」だとすぐにわかった。
 
「まあね。そういう噂はどこにでもあるしね」
 
「でも、雨都が隠れて住んでいたとなるとあながちデマという訳ではないのでは?」
 
 鈴心の問いは二人にとっては新鮮なものだ。だがそれを都市伝説上級者の永は一蹴する。
 
「そう考えたくもなるんだけど、噂自体がポピュラーな都市伝説だから雨都に起因してるってことはないかもよ。偶然だと思うね」
 
銀騎しらきが見つけられてなかったんだから、他の一般人の噂になるようなヘマはしないかもな」
 
「なるほど。ところでライもこういう話になるとだいぶ賢いですね」
 
 蕾生の付け足しにも素直に頷いて鈴心が言えば、永は得意げに笑う。
 
「ふふー!そうでしょ?僕がみっちりそういう知識は叩き込んできたからね!」
 
「全然嬉しくない」
 自分の大きな図体に、オカルト的な知識があるというのはどうにも似合わない気がして、蕾生は口を曲げた。
 
「まあ、だから雨都の住まいについては行ってみてのお楽しみってとこかな」
 
「雨都梢賢は迎えに来てくれるんだよな?」
 
「うん。到着の時間をメッセージで伝えたら来てくれるって、ほら」
 
 永が掲げて見せた携帯電話の画面を覗き込んだ鈴心は嫌悪を露わにして言った。
 
「……なんですか、この軽薄な文章は。あと絵文字が多過ぎて論旨が全然わかりません」
 
 自分だって可愛いウサギが可愛く「コロス」なんて言うものを使っているくせに、と蕾生は思ったが言うのはやめた。
 永も苦笑しながら鈴心に同意する。
 
「どうも彼、携帯電話持ったの最近みたいなんだよね。変な舞い上がり方してるよね」
 
「うちの親父でもここまで酷くねえな」
 
「やっぱり雨都梢賢はダサいということですね」
 
「そんなに言わなくてもいいだろ……」
 
 ボロクソに言われている彼の姿を思い出して、蕾生は少し哀れになった。







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