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Meets05 優しいバーサーカー

6 もうひとつの宗教

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 美しい顔が、迫る。
 思わずミチルは体を引いた。
 しかし、さらに迫る美しい顔。
 心臓がバクバク跳ねて、その音が聞こえないようにまた体を引く。

 おわかりだろうか。ミチルがルークに押し倒されようとしているのを。

「ちょ、ちょちょちょ……」

 ミチルは焦る。すでに自身の体は長椅子に沈められていた。

「ミチル……」

 そんな綺麗な顔で雰囲気出さないでもらえます!?

「あのね、ルーくん? ちょい、落ち着こうか? ねえ?」

 だが、ルークの潤んだ翡翠色の瞳は、制止の声が届いていなかった。
 ミチルに体重をかけるルーク。その髪に唇を埋めて、ミチルの耳たぶを喰んだ。

「んひぃ……っ!」

 ゾクゾクっと体中に電流が走り、ミチルは思わず手をあらぬ方向に振った。
 ルークの首、金色のオシャレチョーカーに当たる。

 ピリッ!

「──キャン!」

 静電気のような感触の後、ルークが顔をしかめて飛び起きた。叱られた子犬のような声を出して。


 
「ルーくん!? 大丈夫?」

 ミチルは起き上がって、首元を押さえて痛がるルークの背中をさする。

「あ……うあ……」

 ルークは更に頭を抱えて苦しんでいた。尋常じゃない雰囲気に、ミチルは人を呼ぼうと立ち上がる。

「待ってて、カカオさんを……」

「行かないで、ミチル!」

 立ち上がったミチルの腰に縋りついて、ルークは悲痛に叫んだ。

「ルーク……」

「ミチル、お願い……座って、ぼく、抱きしめて……」

 その顔は、捨てられた子犬のようで、何かに怯え、必死に誰かに縋ろうとする悲壮感があった。
 そんな風に言われて断れるはずがない。ミチルは長椅子にまた腰掛けて、震えながら抱きつくルークを抱きしめ返した。

 広い肩が、今はとても小さくなってミチルの腕の中で震えている。
 そんなルークの姿に切なくなったミチルは、抱きしめる力を強めてその髪に頬擦りした。

「ミチル……あたたかい」

 しばらくそうしていると、次第にルークの震えが治ってくる。
 するとルークは自らの手で、ミチルの腕から離れた。

「……大丈夫?」

 ミチルが顔を覗き込むと、少し赤みがさした頬でルークは小さく頷いた。

「ごめんナサイ。びっくり、した、ね?」

「うん……苦しくない?」

「もう、平気」

 ルークはミチルの隣の座り直して、儚げに笑った。
 それから、首のチョーカーに手を置いて、少しずつ語り始める。


 
「ぼく、たまに、こうなる。今日のは、まだ軽い方」

「ええ? なんで?」

 ルークには何か病気でもあるのか。ミチルが首を傾げていると、ルークはまた薄く微笑んで言った。

「ぼく、カミサマに、呪われて、いるから」

「ええっ!?」

 ルークが呪われている? いや、重要なのはそこではない。いや、呪われているのも大変だけど。ここはファンタジー世界だから、そういう設定だってあるだろう。
 問題は呪われているって?
 カミサマって言った? 悪魔とかではなく?

「ミチル、この世界のカミサマ、知ってる?」

「えーっと、チル神様だっけ? チル一族の親玉の」

 ミチルはとりあえずアルブスで得た知識から答えた。
 するとルークは可笑しそうに言う。

「ふふ、親玉、か。そう、そのチル神様」

「カミサマって、人を呪うの?」

 天罰を与えるとかならわかる。でも、呪うというのは全く違う印象だ。罰は一瞬で済むが、比べて呪いは継続性があるように思えた。天上の神が、人間ごときを長い時間構うかな? とミチルは違和感を覚える。

「……わからない。でも、アーテルの神官サマ、そう言った」


 
「アーテルかぁ……」
 
 その単語が出てきた途端、なんだかそれが胡散臭いようにミチルは感じた。それはミチルが前情報からアーテル帝国に良い感情を持っていないからだ。だけど、実際に帝国下で暮らすルークは違うかもしれない。だからミチルは軽率な言葉は控えた。

「ぼく、カミサマに呪われてる。このチョーカー、呪いを薄める効果、持ってる」

「あ、そうなんだ?」

 ルークが首にかかる金色のチョーカーに触れながら言うので、ミチルもそこに注目した。純金なのかはわからないが、それに似た輝きの金属のようだった。

「呪い、酷くなると、このチョーカーがピリピリする。それ、呪いを薄めてくれる反応。だから、さっきピリッとした」

「ああ、なるほど」

 ルークに押し倒された時、偶然触ってしまったチョーカーから静電気のようなものをミチルは感じていた。それのことだろうと思った。

「呪いの発作、一番酷くなると、どうにもならない。ぼく、それで、黒い狼、なる」

「ええええ……! そうだったの!?」

 出会い頭の出来事が一気に繋がった。最初のオアシスで遭遇したのは、呪いの発作が酷くなったルークだったのだ。
 さすが、ファンタジー……
 ミチルは目を丸くしつつも、ゲーム脳を発揮して、ルークの「設定」を飲み込もうとしていた。


 
「チョーカーは、お守り。アーテルの神官サマが、くれた」

「ねえ、待って、ルーク」

 ミチルはゲーム脳を発揮しても、納得出来ないことがあった。

「神官がいるのに、どうしてルークがカミサマに呪われるの?」

 神に仕える神官がいる。その神官にルークが守られているなら、大元の神は何故ルークを呪うのか。そこがミチルはわからなかった。
 だが、ルークは「ああ」と短く言ってから軽く首を振る。

「アーテルの神様、カミサマ、違う」

「えっ!?」

 チル神様はこの世界の唯一神ではないのか? ミチルの今までの知識が根底から揺らいだ。

「アーテル、違う神様、信じてる。だから、チル神は、ここでは異教」

「えええ?」

 ミチルはエリオットの話を思い出した。チル神様を強く信仰しているのは、法皇がいる独立宗教国家。アーテル帝国はそこに反発している。
 つまり、アーテル帝国はすでに「別の信仰対象」を作り上げているのだ。
 その信仰とは……

「チルクサンダー魔教。アーテルと、その属国は、そこの神様、信じてる」


 
 そんな宗教戦争が起こりそうな設定、ちっぽけなオレの手には負えないよ!!
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