上 下
32 / 121
Meets02 ホスト系アサシン

17 躊躇うなよ

しおりを挟む
「アニーよぉ、なんだこのガキは?」

 マリーゴールドが首ねっこ掴んで持ってきたのは、しおしおと落ち込んですっかり大人しくなったミチルであった。
 格好つけて窓枠に頬杖ついていたアニーは、その姿を見るなり肘から落っこちた。

「ミ、ミミミ……!」

「アニー……」

 マリーゴールドはミチルのパーカーの帽子部分を無造作に掴んでおり、軽々と掲げて上下に揺さぶった。
 ワインの瓶でも持つみたいに、軽々と。

「ぐえええ……」

 長らく足が地面から離れているミチルは、首まで締まる形になって目を白黒させていた。

「アニキ! やめて! 離してっ!」

 アニーは慌てて立ち上がり、悲鳴にも近い声で懇願した。

「ほお……?」

 マリーゴールドは珍しいものを見るような顔で、高らかに掲げていたミチルのパーカー帽をパッと手放す。
 それでミチルは尻もちをついて、痛さに顔を歪めた。

「あいた……っ」

「ミチ──」

 アニーは手を伸ばそうとして、躊躇った。その表情には困惑ともどかしさが同居している。

「アニー?」

「……」

 ミチルが見上げても、アニーは戸惑いがちに黙ってしまっていた。

「ははあん、このボウズがそうか」

「アニキ、このことはボスには……」

「まだ言ってねえよ。こんなガキんちょの侵入を許したなんて知られたら、オレが殺されるわ」

 ミチルには二人の会話の意味がよくわからなかった。だが、このヒグマのおじさんはミチルを見て少し態度を和らげる。

「はっは、アーちゃんもヤキが回ったな。まあ、まだ時間はある。二人で話し合うんだな」

「ど、どうも……」

 ミチルが少し頭を下げると、マリーゴールドは目尻にシワを作って笑った。

「なるほど、確かにアーちゃんにゃ高嶺の花かもしれんなあ。いやいや、こいつは驚いた」

 さっきから何を言ってんだ、このヒグマは。
 ミチルがそんな気持ちを素直に顔に表すと、マリーゴールドは更に面白そうに笑う。

「だが、こんなとこまでお前を追っかけてきたんだ、脈ありなんじゃねえか?」

「アニキ!」

 アニーは少し頬を赤らめて焦っていた。
 そんな態度のアニーをミチルは初めて見た。
 ……相変わらず何を言ってるかわかんないけど。

「はっはっは! あいよ、邪魔者は去るのみだ」

「……」

「──躊躇うなよ、アニー」

「……ッ」

 マリーゴールドは謎の言葉を残して部屋を出て行った。



 残された二人の間に沈黙がずうんとのしかかる。
 アニーはまた窓際の椅子に戻って何も言わなかった。

「あの……アニー……怒ってる?」

 ミチルは尻もちをついたその場所で、遠慮がちに立ち上がりおずおずと聞いてみた。

「いや……」

 アニーはようやくミチルを見て、困ったように笑った。

「ちょっと、いやかなり、嬉しい……かな?」

 はい、どーん!
 国民の彼氏級笑顔、復・活!

 ……などと、ミチルの心はいつものように一旦舞い上がったが、アニーの今の笑顔は今までとは違うような気がした。

「よくここがわかったね」

「あの、えっと、街のおじさんに聞いて! 川のほとりだって言うから、そこを目指したんだけど、なんか森の中に入っちゃって!」

 なんだかドキドキしてしまったのを紛らわすべく、ミチルは矢継ぎ早に説明した。

「まったく、君は無茶をするね。マリーの兄貴に見つけてもらえて良かったよ」

「あ、あはは……そうね……」

「それで、どうしてここに来たの?」

「そりゃ、あのままアニーと離れたくなかったから!」

「──!」

 ミチルの言葉にアニーは目を丸くして固まった。そして、両手で顔を覆い肩を震わせる。

「ア、アニー?」

「ミチル……君は、本当に……」

 アニーは顔を覆ったまま深呼吸を数回した後、顔を上げて微笑んだ。

「確かに、俺の方が性急過ぎたね。ミチルに聞かずに決めてしまってごめん」

「あ、ううん! アニーの気持ちは嬉しかったよ! でも、やっぱり申し訳ないって言うか、いきなりで心の準備もできてないって言うか……」

「まあ、何も知らない世界でミチル一人で船旅しろって言うのも酷な話、か……」

 アニーは呟くように独りごちて、何かを考えた後急いで首を振った。

「いや、いいや。とりあえず、そのことは今夜の仕事が終わってから相談しよう。ミチルのペースでゆっくりと、ね」

「うん!」

 アニーの言葉でようやくミチルも一息つけた。なんだかどっと疲れてしまった。それでミチルは部屋の端のソファーに腰かける。

「ところで、今夜の仕事って何なの?」

 ミチルは少し怖い気持ちを隠して、なんでもないことのように聞いてみた。

「ああ、今夜は大きな取引があってね。相当な大金が動くから俺達はボスのボディーガードなんだ」

「なあんだ、じゃあ命の危険はないんだね。あのヒグマのおじさんが『テンノシシャ』か、なんて言うからさあ」

 ミチルは天の使者、あるいは死者かもしれないと想像して恐怖していた。
 でもそうではない。きっと異世界特有の知らない言葉なんだろうと結論づける。

 だが、それを聞いたアニーの顔は途端に険しくなった。

「テン、の使者だって……?」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】俺はずっと、おまえのお嫁さんになりたかったんだ。

ペガサスサクラ
BL
※あらすじ、後半の内容にやや二章のネタバレを含みます。 幼なじみの悠也に、恋心を抱くことに罪悪感を持ち続ける楓。 逃げるように東京の大学に行き、田舎故郷に二度と帰るつもりもなかったが、大学三年の夏休みに母親からの電話をきっかけに帰省することになる。 見慣れた駅のホームには、悠也が待っていた。あの頃と変わらない無邪気な笑顔のままー。 何年もずっと連絡をとらずにいた自分を笑って許す悠也に、楓は戸惑いながらも、そばにいたい、という気持ちを抑えられず一緒に過ごすようになる。もう少し今だけ、この夏が終わったら今度こそ悠也のもとを去るのだと言い聞かせながら。 しかしある夜、悠也が、「ずっと親友だ」と自分に無邪気に伝えてくることに耐えきれなくなった楓は…。 お互いを大切に思いながらも、「すき」の色が違うこととうまく向き合えない、不器用な少年二人の物語。 主人公楓目線の、片思いBL。 プラトニックラブ。 いいね、感想大変励みになっています!読んでくださって本当にありがとうございます。 2024.11.27 無事本編完結しました。感謝。 最終章投稿後、第四章 3.5話を追記しています。 (この回は箸休めのようなものなので、読まなくても次の章に差し支えはないです。) 番外編は、2人の高校時代のお話。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

真面目系委員長の同室は王道転校生⁉~王道受けの横で適度に巻き込まれて行きます~

シキ
BL
全寮制学園モノBL。 倉科誠は真面目で平凡な目立たない学級委員長だった。そう、だった。季節外れの王道転入生が来るまでは……。 倉科の通う私立藤咲学園は山奥に位置する全寮制男子高校だ。外界と隔絶されたそこでは美形生徒が信奉され、親衛隊が作られ、生徒会には俺様会長やクール系副会長が在籍する王道学園と呼ぶに相応しいであろう場所。そんな学園に一人の転入生がやってくる。破天荒な美少年の彼を中心に巻き起こる騒動に同室・同クラスな委員長も巻き込まれていき……? 真面目で平凡()な学級委員長が王道転入生くんに巻き込まれ何だかんだ総受けする青春系ラブストーリー。 一部固定CP(副会長×王道転入生)もいつつ、基本は主人公総受けです。 こちらは個人サイトで数年前に連載していて、途中だったお話です。 今度こそ完走させてあげたいと思いたってこちらで加筆修正して再連載させていただいています。 当時の企画で書いた番外編なども掲載させていただきますが、生暖かく見守ってください。

小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~

朱童章絵
BL
「僕はリスでもウサギでもないし、ましてやプリンセスなんかじゃ絶対にない!」 普通よりちょっと可愛くて、人に好かれやすいという以外、まったく普通の男子高校生・瑠佳(ルカ)には、秘密がある。小さな頃からずっと、別な世界で日々を送り、成長していく夢を見続けているのだ。 史上最強の呼び声も高い、大魔法使いである祖母・ベリンダ。 その弟子であり、物腰柔らか、ルカのトラウマを刺激しまくる、超絶美形・ユージーン。 外見も内面も、強くて男らしくて頼りになる、寡黙で優しい、薬屋の跡取り・ジェイク。 いつも笑顔で温厚だけど、ルカ以外にまったく価値を見出さない、ヤンデレ系神父・ネイト。 領主の息子なのに気さくで誠実、親友のイケメン貴公子・フィンレー。 彼らの過剰なスキンシップに狼狽えながらも、ルカは日々を楽しく過ごしていたが、ある時を境に、現実世界での急激な体力の衰えを感じ始める。夢から覚めるたびに強まる倦怠感に加えて、祖母や仲間達の言動にも不可解な点が。更には魔王の復活も重なって、瑠佳は次第に世界全体に疑問を感じるようになっていく。 やがて現実の自分の不調の原因が夢にあるのではないかと考えた瑠佳は、「夢の世界」そのものを否定するようになるが――。 無自覚小悪魔ちゃん、総受系愛され主人公による、保護者同伴RPG(?)。 (この作品は、小説家になろう、カクヨムにも掲載しています)

迷子の僕の異世界生活

クローナ
BL
高校を卒業と同時に長年暮らした養護施設を出て働き始めて半年。18歳の桜木冬夜は休日に買い物に出たはずなのに突然異世界へ迷い込んでしまった。 通りかかった子供に助けられついていった先は人手不足の宿屋で、衣食住を求め臨時で働く事になった。 その宿屋で出逢ったのは冒険者のクラウス。 冒険者を辞めて騎士に復帰すると言うクラウスに誘われ仕事を求め一緒に王都へ向かい今度は馴染み深い孤児院で働く事に。 神様からの啓示もなく、なぜ自分が迷い込んだのか理由もわからないまま周りの人に助けられながら異世界で幸せになるお話です。 2022,04,02 第二部を始めることに加え読みやすくなればと第一部に章を追加しました。

日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが

五右衛門
BL
 月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。  しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

処理中です...