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第一章 北の埋み火なり
7、メイン・モニター、オープン!
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作戦本部では大勢のオペレーターが忙しそうに働いている。時空監視システムを起動させるため、様々な計測機器を調整しているのだ。コントロール・パネルのキーボードを叩く音が室内にこだましている。
私と戸部典子は中央テーブルを囲んで十七世紀の碧海時空の状況を確認していた。ときどきテーブルの傍を通りかかるキム博士が、私たちの会話に耳をそばだてている。
興味があるのなら、一緒に会話に加わればとも思うのだが、機器の調整に忙しいようだから仕方がない。
「帝国から忘れられた北の大地で、動乱が始まろうとしているなり。」
それは分かった。まずは状況の確認だ。
まずは日本列島だ。
日本列島にはいくつかの封建領主が残されている。
「薩摩の島津、長州の毛利、土佐の長曾我部、奥州の伊達、越後の上杉が大大名なり。」
その他にも小領主はいるが、これは無視していい。
「薩摩は明智家を乗っ取るような形でインド貿易に乗り出してるなり。長州は吉川広家を婿入りさせてから浅井の東南アジア貿易を牛耳ってるなり。明智・浅井両家はそれぞれインドとジャワ貿易の特許状を持ってるから、薩摩と長州はそこに便乗してるなりね。可哀そうな長曾我部は土佐一国に閉じ込められて鳴かず飛ばずなりよ。」
北と言うと伊達だ。帝国から奥州探題を仰せつかり東北地方を実質的な支配下に置いている。
「帝国が北に興味がないから伊達家に丸投げしてしまったなりね。」
上杉を越後から会津に転封させて、一応ではあるが伊達が反乱を起こした場合の防波堤にしているという点を見逃してはいけい。
「上杉は律義者だから帝国の信頼が厚いなりね。それに比べて伊達は何をやらかすか分からないなり。その伊達に奥州探題を押し付けることで辺境に追いやったと考えていいなりか。」
そういうことだ。このあたりは伊達忠宗の手腕によるところが大きい。忠宗は父・政宗が開いた北方貿易に注目し蝦夷地との交易を盛んにした。だから奥州探題の話に乗ったんだ。
南の貿易は競争が激しい。ところが北には競争相手がほとんどいない。珍しい動物の毛皮や鷹の羽、砂金も出ている。それにシャケやニシン、昆布などの食材だ。南の貿易では手に入らないような珍品を帝国に供給して巨万の富を築いている。
「忠宗ももう晩年なり。長男の光宗に家督を譲っているなり。」
伊達光宗か。改変前の歴史では若死にしていたはずだ。暗殺だったとい説もあるから、歴史の流れが変わったことで長生きしているわけか。まだ三十前の若い殿様だな。
「この光宗君がなかなかやるなりよ。函館に商館を開いてアイヌとの取引を盛大にやってるなり。伊達水軍も大増強してるみたいなのだ。」
ところがだ、伊達に強力なライバルが現れた。
「松前藩なりね。松前藩の開祖・慶広は信長様から蝦夷地貿易の特許状をもらっていたなり。最初は渡島半島の隅っこで細々と交易をしていたなり。これがだんだん大きくなってきて伊達と競合するようになってきて、特許状を盾に伊達を退けようとしているなり。」
松前慶広は信長が大陸に出兵する際、北九州の名護屋城に参陣している。この時、蝦夷錦と呼ばれるアイヌから手に入れた煌びやかな陣羽織を信長に献上した。信長は大いに喜び、慶広に蝦夷地交易の特許状を授けてしまったのだ。
交易と言っても松前藩のそれは、アイヌの人たちを奴隷化するような形で進んでいる。これに対して伊達はアイヌとの対等な交易を基本にしている。
「政宗君の精神が伊達の中に生きてるなりね。」
そうだ。伊達政宗の蝦夷地進出は、盟友・真田信繁との約束でもある。
「信繁君だったらアイヌの奴隷化なんて、絶対許さないなり。」
さて、松前藩だ。この時代は慶広から数えて四代目の高広が藩主だ。
蝦夷地では米が採れない。そのかわり家臣には知行の代わりに「場所」というものを与える。要するに、アイヌとの交易場のことだ。松前藩も家臣たちもそれぞれの場所で地元のアイヌたちと交易をする。
ところがだ、ここに商人が現れる。
「場所の権利を貸していただければ、手数料を差し引いた利益を藩にも家臣にもお渡ししますよ」
というわけだ。
昨日まで戦う事しか知らなかった武士たちよりも商人のほうが効率のいい仕事をする。それに何もしなくてもお金が稼げるから、商人の言葉に乗ってしまう。
商人たちは利益を上げるためならばアイヌを人間扱いしない。奴隷のように働かせようとするわけだ。アイヌが反抗したら、松前藩の武士が出て行って鎮圧する。鉄砲で武装した武士に、弓矢しか持っていないアイヌが勝てるはずがない。
「なんか今の世の中に似てるなりね。」
倫理を失った経済とは、かくも惨いものだ。
サブ・モニターに李博士の姿が映し出された。
李博士、私たちの話を聞いていたのか?
「こちら上海ラボと『まほろば作戦』の本部はホット・ラインでつながっていますのよ。いままでの状況に付け加えることがあるとすれば、松前藩から場所を請け負っている大商人が三河屋光三郎《みかわやみつさぶろう》ということですわ。この名前から連想するものは?」
「徳川家光なりか?」
「さすが典子ちゃん。でも歴史改変前の家光とは別人なのよ。家康の十男・頼宣が光三郎なの。」
「紀州藩の開祖・頼宣なりか。暴れん坊将軍のお祖父さんなり。」
「碧海時空では、徳川は家康の後を継いだ信直が関ヶ原のあと討ち死にしてるから、頼宣が三代目の家光になったのですわ。」
「それでも家康から数えて三代目の徳川の継承者なりね。やっぱり一六〇〇年の上海であたしが見た商人は徳川家康だったなりか?」
「そうね。あの時わたしもちらりと見ましたけれど、今になって思えばそうかも知れませんわね。関ヶ原の戦場から徳川家康の姿が消えて、人民解放軍も行方を追跡しましたわ。でも、見つからなかった。」
確かに、あれは妙な話だ。あの時点で碧海時空に干渉していたのは人民解放軍だけだ。
「いいえ、関ヶ原の時点に後から介入して徳川家康を逃亡させたタイム・トラベラーがいたことが、最近の調査で分かってきましたのよ。」
もしかして、それは・・・
「日本教団なりね。奴らは徳川の力を利用して碧海時空に日本を復活させる気なりよ。」
そういうことか。しかし、日本にはタイム・マシンは無い。いったいどうやってタイム・トラベルしたんだ。
「北の共和国のタイム・マシンを使ったみたいですわね。」
何だと! 日本教団と言えばガチガチの右翼ではないか。それが北の共和国のタイム・マシンをを使ったというのか。どうしてそういう組み合わせになるんだ。
「先生、政治というものに理屈は通用しませんわ。あえて言えば、独裁的な傾向を持つ政治家同士には親和性があるということなのかも知れません。」
なるほどな。日本教団も北の将軍様も同じ穴のムジナと言うわけか。
北の共和国は国連からの度重なる警告を無視してタイム・マシンを開発した。アメリカ大統領、ロバート・トランクは共和国を「ならずもの国家」と呼んで非難し、今でも経済的な制裁を加えている。
「中国政府も共和国に対して再三警告をしました。けれど共和国は碧海時空において朝鮮王朝の復活を企てていたんです。」
そういう事か。碧海時空において日本の復活を企図する日本教と、朝鮮王朝の再興を考える将軍様は、まるで双子の兄弟のようだ。
北の共和国は朝鮮復活を実行しようとした。中国政府のおひざ元である碧海時空でこんな事をやられた日には、中国の沽券に関わるというわけだ。当然、中国政府は圧力をかける。共和国の将軍様はアメリカを敵に回して、さらに中国を敵にする愚を避けた。だが、怒りが収まらない。そこに日本教団から接触があった。日本教団に歴史改変をやらせて、あわよくば朝鮮王朝の復活に利用する腹だ。
「詳しい事は申し上げられませんが、先生の推察はお見事ですわ。」
そう言い残して、李博士の姿はサブ・モニターから消えた。
恐ろしく複雑な状況だ。松前藩の背後に徳川がいて、徳川の後ろには日本教団、さらに北の将軍様か・・・
「この事態を分析できるのは、先生の洞察力だけなり。」
戸部典子がきっぱりと言い放った。
宙を見上げる私に、赤いTシャツのキム博士が近づいてくる。
「先生、これは日本と共和国だけじゃなく、東アジアの危機です。」
キム博士、あなたは北の共和国をどう考えている?
そう言った私にキム博士は答えた。
「僕は東アジア人で、韓国籍です。しかし、北の共和国の人々も、同じ東アジア人です。東アジアの人々は全て同朋です。」
それは決然とした言葉だった。キム博士がどうしてまほろば作戦に参加しているのか分かるような気がした。
キム博士は、髪をかき上げながら振り返ってスタッフたちに号令を発した。
「時空監視システムに火を入れろ! 時空通信回路接続、タイム・ライン照準固定、マルチ・バース制御システム起動!」
作戦本部がにわかに騒がしくなった。
オペレーターの女性がキム博士の号令に応えた。
「キム博士、タイム・ライン接続します。一六五六年三月十五日、一二:〇〇、 秒読み開始・・・」
オペレーターの合図で秒読みが始まる。
「五、四、三、二、一・・・ 接続!」
「コンタクト成功! すべて正常値です!」
キム博士は右手を大きく上げて指示を出した。
「時空監視システム起動!」
オペレーターがレバーをゆっくりと引いていく。
「時空監視システム起動! 時空通信回路、正常!」
「マルチ・バース制御、オール・グリーン!」
壁面に並ぶ様々な機器が明滅を開始し、いっせいに動き始めると、作戦本部に「おー」という安堵にも似たどよめきが起こった。
凄いな。碧海作戦以上のシステムだ。
そして、私も静かにオペレーターに命じた。
「メイン・モニター・オープン!」
ブン、という鈍い音をたててメイン・モニターが発光した。
メイン・モニターに映し出されたのは、蝦夷地の光景である。
アイヌたちが隊列を組んで進軍している。刀を振り上げ、弓矢を携えた勇猛な軍勢である。
アイヌ軍を率いるは、英雄シャクシャインだ。
改変前の歴史では、シャクシャインの戦いは一六六九年の出来事である。これも歴史の情勢に合わせて早まっているのだ。
「シャクシャイン君、カッコいいなり! 松前藩なんかやっつけてしまうのだ!」
戸部典子が拳を握っている。アイヌを奴隷化する松前藩が許せないのだ。
私と戸部典子は中央テーブルを囲んで十七世紀の碧海時空の状況を確認していた。ときどきテーブルの傍を通りかかるキム博士が、私たちの会話に耳をそばだてている。
興味があるのなら、一緒に会話に加わればとも思うのだが、機器の調整に忙しいようだから仕方がない。
「帝国から忘れられた北の大地で、動乱が始まろうとしているなり。」
それは分かった。まずは状況の確認だ。
まずは日本列島だ。
日本列島にはいくつかの封建領主が残されている。
「薩摩の島津、長州の毛利、土佐の長曾我部、奥州の伊達、越後の上杉が大大名なり。」
その他にも小領主はいるが、これは無視していい。
「薩摩は明智家を乗っ取るような形でインド貿易に乗り出してるなり。長州は吉川広家を婿入りさせてから浅井の東南アジア貿易を牛耳ってるなり。明智・浅井両家はそれぞれインドとジャワ貿易の特許状を持ってるから、薩摩と長州はそこに便乗してるなりね。可哀そうな長曾我部は土佐一国に閉じ込められて鳴かず飛ばずなりよ。」
北と言うと伊達だ。帝国から奥州探題を仰せつかり東北地方を実質的な支配下に置いている。
「帝国が北に興味がないから伊達家に丸投げしてしまったなりね。」
上杉を越後から会津に転封させて、一応ではあるが伊達が反乱を起こした場合の防波堤にしているという点を見逃してはいけい。
「上杉は律義者だから帝国の信頼が厚いなりね。それに比べて伊達は何をやらかすか分からないなり。その伊達に奥州探題を押し付けることで辺境に追いやったと考えていいなりか。」
そういうことだ。このあたりは伊達忠宗の手腕によるところが大きい。忠宗は父・政宗が開いた北方貿易に注目し蝦夷地との交易を盛んにした。だから奥州探題の話に乗ったんだ。
南の貿易は競争が激しい。ところが北には競争相手がほとんどいない。珍しい動物の毛皮や鷹の羽、砂金も出ている。それにシャケやニシン、昆布などの食材だ。南の貿易では手に入らないような珍品を帝国に供給して巨万の富を築いている。
「忠宗ももう晩年なり。長男の光宗に家督を譲っているなり。」
伊達光宗か。改変前の歴史では若死にしていたはずだ。暗殺だったとい説もあるから、歴史の流れが変わったことで長生きしているわけか。まだ三十前の若い殿様だな。
「この光宗君がなかなかやるなりよ。函館に商館を開いてアイヌとの取引を盛大にやってるなり。伊達水軍も大増強してるみたいなのだ。」
ところがだ、伊達に強力なライバルが現れた。
「松前藩なりね。松前藩の開祖・慶広は信長様から蝦夷地貿易の特許状をもらっていたなり。最初は渡島半島の隅っこで細々と交易をしていたなり。これがだんだん大きくなってきて伊達と競合するようになってきて、特許状を盾に伊達を退けようとしているなり。」
松前慶広は信長が大陸に出兵する際、北九州の名護屋城に参陣している。この時、蝦夷錦と呼ばれるアイヌから手に入れた煌びやかな陣羽織を信長に献上した。信長は大いに喜び、慶広に蝦夷地交易の特許状を授けてしまったのだ。
交易と言っても松前藩のそれは、アイヌの人たちを奴隷化するような形で進んでいる。これに対して伊達はアイヌとの対等な交易を基本にしている。
「政宗君の精神が伊達の中に生きてるなりね。」
そうだ。伊達政宗の蝦夷地進出は、盟友・真田信繁との約束でもある。
「信繁君だったらアイヌの奴隷化なんて、絶対許さないなり。」
さて、松前藩だ。この時代は慶広から数えて四代目の高広が藩主だ。
蝦夷地では米が採れない。そのかわり家臣には知行の代わりに「場所」というものを与える。要するに、アイヌとの交易場のことだ。松前藩も家臣たちもそれぞれの場所で地元のアイヌたちと交易をする。
ところがだ、ここに商人が現れる。
「場所の権利を貸していただければ、手数料を差し引いた利益を藩にも家臣にもお渡ししますよ」
というわけだ。
昨日まで戦う事しか知らなかった武士たちよりも商人のほうが効率のいい仕事をする。それに何もしなくてもお金が稼げるから、商人の言葉に乗ってしまう。
商人たちは利益を上げるためならばアイヌを人間扱いしない。奴隷のように働かせようとするわけだ。アイヌが反抗したら、松前藩の武士が出て行って鎮圧する。鉄砲で武装した武士に、弓矢しか持っていないアイヌが勝てるはずがない。
「なんか今の世の中に似てるなりね。」
倫理を失った経済とは、かくも惨いものだ。
サブ・モニターに李博士の姿が映し出された。
李博士、私たちの話を聞いていたのか?
「こちら上海ラボと『まほろば作戦』の本部はホット・ラインでつながっていますのよ。いままでの状況に付け加えることがあるとすれば、松前藩から場所を請け負っている大商人が三河屋光三郎《みかわやみつさぶろう》ということですわ。この名前から連想するものは?」
「徳川家光なりか?」
「さすが典子ちゃん。でも歴史改変前の家光とは別人なのよ。家康の十男・頼宣が光三郎なの。」
「紀州藩の開祖・頼宣なりか。暴れん坊将軍のお祖父さんなり。」
「碧海時空では、徳川は家康の後を継いだ信直が関ヶ原のあと討ち死にしてるから、頼宣が三代目の家光になったのですわ。」
「それでも家康から数えて三代目の徳川の継承者なりね。やっぱり一六〇〇年の上海であたしが見た商人は徳川家康だったなりか?」
「そうね。あの時わたしもちらりと見ましたけれど、今になって思えばそうかも知れませんわね。関ヶ原の戦場から徳川家康の姿が消えて、人民解放軍も行方を追跡しましたわ。でも、見つからなかった。」
確かに、あれは妙な話だ。あの時点で碧海時空に干渉していたのは人民解放軍だけだ。
「いいえ、関ヶ原の時点に後から介入して徳川家康を逃亡させたタイム・トラベラーがいたことが、最近の調査で分かってきましたのよ。」
もしかして、それは・・・
「日本教団なりね。奴らは徳川の力を利用して碧海時空に日本を復活させる気なりよ。」
そういうことか。しかし、日本にはタイム・マシンは無い。いったいどうやってタイム・トラベルしたんだ。
「北の共和国のタイム・マシンを使ったみたいですわね。」
何だと! 日本教団と言えばガチガチの右翼ではないか。それが北の共和国のタイム・マシンをを使ったというのか。どうしてそういう組み合わせになるんだ。
「先生、政治というものに理屈は通用しませんわ。あえて言えば、独裁的な傾向を持つ政治家同士には親和性があるということなのかも知れません。」
なるほどな。日本教団も北の将軍様も同じ穴のムジナと言うわけか。
北の共和国は国連からの度重なる警告を無視してタイム・マシンを開発した。アメリカ大統領、ロバート・トランクは共和国を「ならずもの国家」と呼んで非難し、今でも経済的な制裁を加えている。
「中国政府も共和国に対して再三警告をしました。けれど共和国は碧海時空において朝鮮王朝の復活を企てていたんです。」
そういう事か。碧海時空において日本の復活を企図する日本教と、朝鮮王朝の再興を考える将軍様は、まるで双子の兄弟のようだ。
北の共和国は朝鮮復活を実行しようとした。中国政府のおひざ元である碧海時空でこんな事をやられた日には、中国の沽券に関わるというわけだ。当然、中国政府は圧力をかける。共和国の将軍様はアメリカを敵に回して、さらに中国を敵にする愚を避けた。だが、怒りが収まらない。そこに日本教団から接触があった。日本教団に歴史改変をやらせて、あわよくば朝鮮王朝の復活に利用する腹だ。
「詳しい事は申し上げられませんが、先生の推察はお見事ですわ。」
そう言い残して、李博士の姿はサブ・モニターから消えた。
恐ろしく複雑な状況だ。松前藩の背後に徳川がいて、徳川の後ろには日本教団、さらに北の将軍様か・・・
「この事態を分析できるのは、先生の洞察力だけなり。」
戸部典子がきっぱりと言い放った。
宙を見上げる私に、赤いTシャツのキム博士が近づいてくる。
「先生、これは日本と共和国だけじゃなく、東アジアの危機です。」
キム博士、あなたは北の共和国をどう考えている?
そう言った私にキム博士は答えた。
「僕は東アジア人で、韓国籍です。しかし、北の共和国の人々も、同じ東アジア人です。東アジアの人々は全て同朋です。」
それは決然とした言葉だった。キム博士がどうしてまほろば作戦に参加しているのか分かるような気がした。
キム博士は、髪をかき上げながら振り返ってスタッフたちに号令を発した。
「時空監視システムに火を入れろ! 時空通信回路接続、タイム・ライン照準固定、マルチ・バース制御システム起動!」
作戦本部がにわかに騒がしくなった。
オペレーターの女性がキム博士の号令に応えた。
「キム博士、タイム・ライン接続します。一六五六年三月十五日、一二:〇〇、 秒読み開始・・・」
オペレーターの合図で秒読みが始まる。
「五、四、三、二、一・・・ 接続!」
「コンタクト成功! すべて正常値です!」
キム博士は右手を大きく上げて指示を出した。
「時空監視システム起動!」
オペレーターがレバーをゆっくりと引いていく。
「時空監視システム起動! 時空通信回路、正常!」
「マルチ・バース制御、オール・グリーン!」
壁面に並ぶ様々な機器が明滅を開始し、いっせいに動き始めると、作戦本部に「おー」という安堵にも似たどよめきが起こった。
凄いな。碧海作戦以上のシステムだ。
そして、私も静かにオペレーターに命じた。
「メイン・モニター・オープン!」
ブン、という鈍い音をたててメイン・モニターが発光した。
メイン・モニターに映し出されたのは、蝦夷地の光景である。
アイヌたちが隊列を組んで進軍している。刀を振り上げ、弓矢を携えた勇猛な軍勢である。
アイヌ軍を率いるは、英雄シャクシャインだ。
改変前の歴史では、シャクシャインの戦いは一六六九年の出来事である。これも歴史の情勢に合わせて早まっているのだ。
「シャクシャイン君、カッコいいなり! 松前藩なんかやっつけてしまうのだ!」
戸部典子が拳を握っている。アイヌを奴隷化する松前藩が許せないのだ。
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