歴史改変大作戦

高木一優

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13、山海関

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 満州の動向については、朝鮮半島の羽柴秀吉が詳細な報告を送ってきていた。
 満州族を統一したヌルハチはモンゴルに兵を向け、これを征服した。かつて世界帝国を築いたモンゴルも満州族に下ったのだ。 
 モンゴルのハーンから、「明」の前王朝である「元」の玉璽ぎょくじを送られたヌルハチは皇帝に即位し、国号を「清」とする。

 ヌルハチは朝鮮半島北部に逃れた李氏朝鮮を服属させようと書簡送ったが、李王朝は「満州族は政治的にも文化的にも遅れた民族である」としてこれを退けた。
 まぁ、そうだろう。小中華を自認する李氏朝鮮からしてみれば、満州族も日本人も蛮族というわけだ。
 確かに朝鮮は文化的には先進国であったことに間違いない。豊臣秀吉の朝鮮出兵の時、朝鮮半島から連れ帰った陶工たちが日本において新たな陶磁器の文化を移植したように、日本には無い優れた技術があったのだ
 一五九〇年、ヌルハチは十万の兵を送り平壌ピョンヤンを包囲した。
 これに怯えた国王、宣祖は「三跪九叩頭さんこうきゅうこうとうの礼」、つまり、三回跪き頭を九回地面にこすりつけて臣従を誓ったのだ。李氏朝鮮は清の冊封を受け入れ属国となった。
 このとき秀吉も、北方の最前線まで出兵して有事に備えたが、李王朝があまりにもあっさりと軍門に下ってしまい、しばらく成り行きを見守っただけで兵を引き上げた。

 改変前の歴史でも、李氏朝鮮はヌルハチの子、ホンタイジに十二万の兵を以って侵攻されている。一六三六年のことである、
 これまで李氏朝鮮に対して朝貢を行っていた満州族から、逆に属国になれと言われたのだ。李氏朝鮮には満州族に対するさげすみがあったため、これほどの屈辱はなかった。だが、戦端を開いてみると、清の大軍に敵うはずもない。
 この時、李氏朝鮮は非常に現実的な判断を下している。文官だった崔鳴吉チェ・ミョンギルは徹底抗戦を主張する金尚憲キム・サンホンたちから売国奴と罵られようとも和議を唱えた。
 崔鳴吉は戦っても万に一つの勝ち目がないだけでなく、国土が荒廃することを恐れたのだ。彼は王である仁祖の安全を確保するために交渉を引き延ばし、危うく命を落としそうになる。そして、崔鳴吉は仁祖を説得して何とか和議にこぎつけるのである。
 和議とはいっても、それは清への服従を意味していた。
 朝鮮王、仁祖はホンタイジに対して「三跪九叩頭の礼」をとったうえ、ホンタイジの徳と仁祖の過ちを石碑に刻むことを要求された。これが「大清皇帝功徳碑」である。
 この事をして崔鳴吉は屈辱的な服従をした張本人として非難を受けるのが、彼は戦後処理を朝鮮に少しでも有利な方向へと導こうと奔走した。
 このような人物を売国奴と呼び、勇ましく戦いを主張するだけの人物を愛国者と呼ぶならば、私はあえて売国奴と呼ばれたい。
 この物語にはひとつの救いが残されている徹底抗戦を主張した金尚憲もやがて崔鳴吉の本心を理解するのだ。ただ、この二人が分り合ったとき、崔鳴吉も金尚憲も清に連行されて清の都、瀋陽に投獄されていた。
 清が日清戦争に敗れ、李氏朝鮮が清の冊封から離脱すると、「大清皇帝功徳碑」は「屈辱碑」と呼ばれるようになる。
 何が屈辱かと私は問いたい。これを屈辱と呼ことは、王朝を守って戦った男たちの歴史を否定し、偽物の歴史を捏造するに等しい。
 ただ、功徳碑を屈辱碑に改めても、歴史の事実を捻じ曲げることはできない。歴史を正しく学べば、屈辱の中に誇りを見出すことができるはずだ。
日本人にしてもそうだ。あの戦争の過ちを歪曲しても、事実は変わらないのだ。
 従軍慰安婦にしても南京大虐殺しても、その歴史を直視し、何故このような事が起こったのかを検証し反省することが歴史から学ぶという事なのだ。その態度を、私は知性と呼ぶ。


 さて、話を碧海作戦の時空へ戻そう。
 秀吉はその後も、清の南下に備え警戒を怠らなかっただけでなく、北方に忍びの者を送り李氏朝鮮と満州の動向を探らせた。
 清が、中国本土に攻め入ることを企図していることを察知した秀吉は、上海の信長に急報した。
 信長もこの時点では満州に対する警戒心が薄かったが、羽柴秀吉の度重なる通報に動かされて兵を送ることにした。

 小早川隆景率いる毛利軍が山海関に向かった。山海関は万里の長城の東の果てに位置する要塞である。この内側を「関内」、外側を「関外」あるいは「関東」という。満州に駐留した大日本帝国の軍隊を関東軍と呼ぶのはここに由来している。
 小早川隆景の任務は山海関の防衛にあった。この堅固な要塞が簡単に陥落するはずはない。万里の長城は見渡す限りどこまでも続いているように見えた。隆景は中華の恐るべき建築を目の前にして驚愕していたのだ。
 万里の長城からら見渡す関外には一兵の姿も見いだすことはできなかった。偵察に送った兵からも清の兵はまばらに配置されているだけで脅威は感じられないとの報告が入った。
 隆景に欲が出た。それならば、北に進軍し城の二つ三つ、落としてやろうと考えたのだ。
 毛利軍は山海関から関外に進発した。

 関外には満州の大地が広がる。土地は痩せ、人馬の姿さえ見ることはない。小早川隆景には無限に続く果てしない荒野に見えた。地平線に落ちる夕日は、何か不吉なものを予感させた。
 荒野を進軍する毛利軍は、清の先遣部隊と遭遇した。
 小早川隆景は恐ろしいスピードで疾駆する満州騎兵を目撃した。そして高速移動する馬上から弓を射かけてくる。
 そう、彼らは騎馬民族なのである。
 毛利軍は鉄砲で応戦し、なんとか満州騎兵を退けた。
 罠だったのだ。満州の防衛は薄いと見せかけて、大部隊が潜んでいたのだ。

 その二日後、毛利軍はあれよという間に清軍に包囲されていた。清の本隊である。満州騎兵の機動力が毛利軍を圧倒していた。
 大陸侵攻以来、これほど本格的な戦闘は初めてだった。 
 戸部典子は、この戦いのあいだこぶしを握り締め、「ぎゃー」とか「わー」とか奇声を発しながらメイン・モニターを食い入る様に見ていた。実にうるさい奴だ。 
 毛利軍は奮戦した。鉄砲で騎馬軍団を打ち砕いていく。だが鉄砲の弾込めの隙をついて間髪を入れず満州騎兵が襲い掛かってくる。包囲されているために軍を立て直すことができない。しかも多勢に無勢である。奮戦空しく毛利軍は壊滅した。
 「あー、小早川君、無念なりぃ。」
 戸部典子ががっくりと肩を落とした。

 小早川隆景は数十騎を引き連れて戦場を脱出し、山海関まで逃げ延びた。
 その山海関を清軍が襲う。小早川隆景は万里の長城から鉄砲を撃ちかけ応戦した。
 山海関の強固な城壁ならば、持ちこたえることができるとの判断が隆景にはあった。
 島津義弘が南から、長曾我部元親が西から救援に向かっていた。
 時を稼ぎ、援軍を待つ。
 だが、清の兵力は日ごと夜ごと増えていった。
 満州において壊滅した毛利軍は、山海関の守備に残した兵と合わせても千に満たない。
 清軍の総攻撃が始まった。空を覆うほどの矢が射かけられ、兵士たちが城壁に取りついていく。落城はもはや時間の問題だ。
 小早川隆景は歯噛みしながら落ち延びる決意をした。
 清の大兵力の前に山海関は落ちた。
 万里の長城を突破した清軍が関内になだれ込み、満州族の時の声で山海関が満ちていく。
 城壁には清の旗が立てられ、旗は西へ向かってはためいている。旗の指し示す方向は北京である。
 山海関の陥落。それは最終防衛ラインが破られたことを意味するのだ。

 小早川隆景は数十騎とともに山海関陥落を伝えるべく北京へと駆けに駆けた。途中、馬が力尽き次々に脱落していく、鎧兜を脱ぎ捨てた隆景一行は徒歩で行軍を続けなくてはならなくなった。
 一歩一歩、歩み続ける隆景は、騎兵の一団が西へと向かっているのを見た。
 清の騎馬軍団である。
 それは絶望的に巨大な騎馬の塊だった。そして神馬の如き速度で隆景の視界から消えていった。
 隆景は、その場に座り込んで、配下に介錯を命じた。
 戸部典子は今にも泣きだしそうな顔をしている。
 「生きるのだ! 生きるのだ! 隆景君。」
 介錯人が刀を振り下ろした。小早川隆景、自刃である。

 改変前の歴史でも一六四四年、清軍は山海関を抜いて関内に突入している。  
 この時、山海関を攻めたのがヌルハチの子、摂政王ドルゴンであり、防衛にあたったのが明の武将、呉三桂《ごさんけい》である。
 北京は李自成りじせいの起こした王朝「順」によって占領されていた。順は明を滅ぼしたが、短期政権に終わる王朝である。
 呉三桂の愛妾である美女、#珍円円_ちんえんえん_ルビ__#が北京に居り、順の武将に奪われてしまった。
 これに怒った呉三桂は山海関を開き清に投降した後、ドルゴンに従い北京を攻めたのである。
 まぁ、これは伝承である。おそらく呉三桂は時代の趨勢を読んだのだと思う。
 中国の歴史はこうした奇妙なエピソードで彩られている。
  
 碧海作戦は初めてのピンチを迎えた。陳博士も李博士も腕組みして考え込んでいる。
 「大丈夫なり! 島津君と長曾我部君がいるなり。満州騎兵なんかギッタン、バッタンにしてくれよう。」
 戸部典子ひとりを除いて研究室は沈鬱なムードにつつまれていた。

 北京の徳川家康も、清軍襲来に対して迎撃の準備を開始した。
 上海からは上杉景勝、そして伊達政宗が進発した。
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