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番外編 戸部京子の帰還

3、ただいま、大魔神君

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 記者会見の直前は緊張していて吐きそうになっていたのだ。
 お兄ちゃんに、記者会見はやめて帰りたいって言ったら、お兄ちゃんは日本酒の三合瓶をぐいと差し出したのだ。
 「丹波杜氏・大鼓の大吟醸や。来年の正月まで取っておこうと思とったんやが、ここは緊急事態や。京子、飲め!」
 いいのか、このお酒は高いだけじゃなくてなかなか手に入らないのじゃなかったのか。
 「ええから飲め!」
 いただくのだよ。
 くぴくぴくぴくぴくぴくぴ・・・
 美味しいのだ。五臓六腑に染み渡るのだ。お腹が暖かくなって気分が大きくなってきた。記者会見をさっさと済まして帰るのだ。

 会見の間にいくと、記者さんたちが楽しそうに並んでいた。
 カメラのフラッシュを浴びると、酔いが回ってきてしまったのだよ。
 記者さんがあたしに質問して、あたしが答えると、みんなが笑ってくれた。
 ウケてるのだよ。あたしは今、ウケてるのだよ。
 笑いがどっかん、どっかんなのだ。
 だんだん気持ちよくなってくるのだ。
 あたしがお給料の話をしたら、質問してた記者さんが怒って帰ってしまった。「大変な仕事なのに、あたしよりお給料が低かったんだね」って言うと、会場の記者さんたちはお腹を抱えだした。

 そこへ着流しに茶色の羽織姿のお兄ちゃんが、太鼓持ちみたいな、へーこらした歩みで会場へ入って来た。
 お兄ちゃんはあたしからマイクを取り上げた。
 「京子、もうええ、あとはお兄ちゃんに任しとき。」
 お兄ちゃんはそう言って、記者さんたちに話し始めた。

 「本日は、たくさんのマスコミの皆様にお集まりいただ、まことに感謝の念にたえません。私、広沢三喜雄と申しまして、小説家を生業としております。本名は戸部貴志、ここに控えます愚妹・戸部京子の兄でございます。以後、お見知りおきのほど、隅から隅までずずずぃーっと、御願い奉りまする。」
 お兄ちゃん、歌舞伎の口上じゃないのだよ。
 「事のついでと申しましては、失礼万端と存じますが、この度の焦土作戦の一件、広沢三喜雄が事の顛末を小説に書き記し、本日、めでたく出版の儀とあいなりました。愚妹・戸部京子が会社を守りたい一心から仕掛けました焦土作戦の一部始終が読める「あたしが会社を守るのだ!」、京都日報出版部より発売です。本日は広沢三喜雄のサイン会及び愚妹・京子のサインもおまけにつけましょう。先着、百名様までです。お並びくださーい。」
 それから会場に京都日報の社員さんが「あたしが会社を守るのだ!」の本をいっぱい運び込んできて並べたのだ。
 あたしはサインした。何十回も名前を書いた。
 サインして握手して、つくり笑顔で挨拶した。
 途中で酔いが醒めてきて、あたしは何をしているんだろうと思った。
 さっきの会見の事を思い出すと、顔から火が出た。
 やってしまったのだよ。
 これテレビで放送されるよね。光毅君もテレビで見るかもしれない、って考えたら悲しくなってきた。

 記者さんたちはみんな本を買って帰って行った。百冊以上売れたみたいだ。
 あたしとお兄ちゃんは「ありがとうございました」といって記者さんたちを送り出した。

 阿部部長は舞台袖から出てきた。
 「よくやった、よくやった、戸部社長、あなたは最高です。」
 そう言った阿部部長は泣いていた。

 阿部部長の判断で、あたしは広報の仕事から外れることになった。
 その代わりに、お店に置くミニ・コミ誌を作ることになった。あたしは光毅君に相談し、光毅君は京都探偵団でミニ・コミを作ることをみんなに提案した。みんなが光毅君に賛成して、あたしの仕事の半分が大学でのミニ・コミ制作になった。
 サークルのみんなとミニ・コミを作るのはとても楽しかった。これがキャンパス・ライフって言うんだなって、あたしは思った。

 あたしの記者会見はワイドショーで何回も放送された。ワイドショーでは二十五万円社長とかナポレオン社長とかいうニックネームをあたしにつけていた。あたしは恥ずかしかったけど、テレビの人たちはあたしに好意的だったみたいだし、すごく褒めてる人もいた。
 関西のテレビ局からはバラエティーに出ないかというオファーがあったけど断った。お笑いのセンスがあるって言われたけど、そんなもの欲しくないのだ。
 光毅君は当然テレビで記者会見を見たのだろうけど、そのことについては何も触れなかった。あたしはほっとした。

 「あたしが会社を守るのだ!」はベストセラーになった。
 お兄ちゃんはテレビのワイドショーを使ってタダで宣伝したようなものだ。
 ワイドショーは全国放送だったから、たくさんの人が観たのだ。
 お兄ちゃんにも印税が入ったんだけど、義姉さんの冨江さんに全部押さえられた。だからお兄ちゃんは今でも貧乏なのだよ。
 
 記者会見の後は、お兄ちゃんと一緒に家に帰った。
 烏丸三条から四条大宮まで歩いて、そこから嵐電に乗った。
 久々の嵐電は懐かしい匂いがした。
 車窓から流れていく風景は、いつもの京都となにも変わらない。
 電車は、がたん、ごとんという音を立てて走った。

 お兄ちゃんは冨江義姉さんから買い物を言付かっていたので、帷子ノ辻で下車した。大映通りのスーパーで買い物をするのだ。
 大映通りも久しぶりだ。このところ大学と仕事で忙しくてぜんぜん来られなかった。
 あたしはここから人生を始めた。何もかもが懐かしい記憶の中にある。ここで戦って、たくさんの仲間ができた。友達じゃない、仲間なのだ。
 あたしはここから歩き始め、今も歩き続けている、
 スーパーの前には、いつものように大魔神君がいた。
 怖い顔をして空を睨んでいる大魔神君に、あたしは手を振って挨拶した。
 それは昔の仲間に送る挨拶だった。

 「ただいま大魔神君、また来たのだよ。」


             <了>



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