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第三章
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しおりを挟む眉間を貫かれたまま、両手を口に当ててお上品におどろくオーレリアに、ついため息がもれた。
不細工となった今の顔でそれが本当にかわいいと思っているのか。
……、本気で自分が今もかわいいと思っていそうだな、コイツ。
魔力のチャージ完了までまだ時間はかかるし、その辺、ちょっとイジってみるか?
「ああ、俺だ。久しぶり、と言ってもこの前会ったがな」
「え、ええ。衝撃的な再会でしたわね」
「覚えていろと言われたからな。忘れずに、再会を楽しみにしていた」
そんなことを言えば、「まぁ、そんな……」と淑女っぽい反応を示す。頭を貫かれたままで。
もしかして今でも俺がこいつに惚れているとでも思いこんでいるのだろうか。
どう考えても先の分かれの際のセリフは捨て台詞。どちらかと言うと恨み辛みを募らせた罵詈雑言に近かったと思っていたが、一体どこまで脳みそお花畑なのか。
もしかして、ちょっと甘い言葉を吐けば簡単に懐柔出来るかもしれない。
ちょっと、揶揄ってみるか?
今の状況ならオーレリアは躊躇いなく手のひらを返してこちら側に付きそうな、そんな確信めいた予感がある。
少し考えてみよう。
仮に懐柔出来たとしても、故郷でクーデター起こしたヤツを懐に入れるとかあり得ないし、存在させる事もあり得ない。
そう、こいつは俺だけではなく当時自分の味方をしてくれた国王も裏切っているのだ。
……、どう考えても生かす理由が出てこない。
それに、こんなヤツに愛想を振りまく労力があるなら姉妹に報いるべきだとも脳裏に浮かぶ。
あの二人の顔を思い出すだけで、どうして心がこんなにも穏やかになるのか。
同時に、このクソアマの顔を見るだけでどうして頭がフットーしそうになるのか。
ここの正解は、バッサリ切り捨てる、だな。
やはり俺の中に未練はない。
「キモすぎて忘れられなかった」
だから満面の笑みでそう答えた。
自分が可愛いと自負している奴に対して、最大級のイヤミとなっただろうそのセリフ。
微笑んだワニのような顔をしていた怪物オーレリアが、今は困ったゴリラのような顔をしている。
「…………え? なんでしょう? 表情と言動があっていないような気がしますね。一体どこでそんな腹芸を覚えたのですか?」
腹芸は故郷の貴族時代から使っていたんだが、ほんとこいつ、俺を全く見ていなかったのかと呆れる。
そんな節穴なオーレリアに、俺は更なる追い打ちをかける。
追い打ちと言うか、まぁ、ただの事実を言うだけだけがな。こういう夢見がちなお姫様(笑)に真実はよく効くだろう。
「もう十九なのに未だにぶりっ子しているんだな。キモすぎて吐きかけた。さすがはオーレリアだ。会いたかったよ」
「……え? ええ…………、え?」
「クマができすぎて周りが真っ黒になった気味の悪い目、ガサガサで直視も無理な唇、やせこけてスケルトンと見まごう程の頬……」
愁いを帯びた目で、あるいは熱い眼差しで見つめ、そっと、オーレリアのほほに左手を添える。
雰囲気は甘いソレであるが、言動は明らかに相手をバカにしている。しかし雰囲気に飲まれやすいオーレリアは、言葉の内容など頭に入っていないのだろう。ギラギラと目を輝かせて、潤んだ魚類のような瞳を俺に向けていた。
そんな恋する化け物のような、いや、事実化け物なオーレリアに、吐き気をこらえつつ追撃を繰り出す。
「君は、なんて魅力的なんだ……。今この時を止めるために殺してしまいたくなる……」
「カ、カインズ……」
ゲロゲローと現実の俺が吐き戻しそうになる中、オーレリアは雰囲気に流されて俺の名を感慨深く呼ぶ。
正直、乙女チックなオーレリアは、めっちゃキモい。
今すぐ突き飛ばしたいくらい、キモい。
「恋するナマハゲ」と言うと、少しはそのキモさも伝わるだろうか。いや、無理か?
今の、どう考えても罵倒されてたのに、どうしてそんな表情を作れるのか。
なんでそこで頬を上気させて、キスをねだるように見上げてこれるのか。
女だから理解できないのか。
オーレリアだから理解できないのか。
多分その両方だと思うが、やるせない。帰ったら姉妹に癒されよう。今すぐ癒されたいよ……、タスケテ。
激しい嫌悪感と倦怠感に見舞われる中、しかし作戦をここで中断する訳にもいかず俺は我慢に我慢を重ねる。
「魔力のチャージはまだか!? あと何パー!?」 と脳内で叫びつつ、時間を稼ぐ。
「もう、君をハナサナイ」
「ああ、カインズ! 私もようやく目が覚めました! 気が付いたのです! 今、これこそが! 真の愛です!!」
ハナサナイのは拘束するためです。
心の中の冷静な俺が、思わずツッコミを入れます。
無理を積み重ねた結果、棒読みとなってしまいました。俺はこの戦いが終わったら、まともな生活に戻れるのでしょうか?
しかし、愛ですか。
そりゃ出会った当初はそんなものがあったように思います。
だが、そんなものとっくに失われ、感情が反転して憎しみしか残っておりません。赤の他人同士であればこれほど恨みは募らなかったのでしょう。上げて落とすとか、最悪の手法ですよね。俺がもっとも忌み嫌う手です。
過去を思い出して顔が引きつります。バイザーがあってよかったです。もしなかったらとても演技などしていられなかったのですよ。
現在、九十パーセント。
「キターーーーーーー!」
「え!?」
「あ、いや、なんでもない、オーレリア」
ペルセウスくんから魔力の充填情報のお知らせがすでに九十パーセントにまで来た。どうやらこの茶番劇もそろそろ終えられそうだ。
その興奮で思わず素で声が出た。
俺の精神、かなりヤバい。さっきまで謎の敬語が発動していたし、本気でヤバいわ。
結局、ここまで準備万端にして追いつめたはずなのに精神的に多大なダメージを受けたのは俺なのだから、やはりオーレリアは天敵だ。まさか軽く会話をするだけでスリップダメージが発生するとは思わなんだ。
そんなん予測できるかよ!
しかし、どうする? まだあと十パーセント残っている。
ルプス越しとは言え、流れ的にこれ以上の時間を稼ぐにはキスをするしかない。
この化け物にキス、するのか?
時間稼ぐためとは言え、するか?
答え。
するわきゃない。
あと十パーセントなら気合いでどうにかしてやる!
そこでふと、俺はこいつに聞きたかったことがあったのを思い出した。
「なぁ、オーレリア」
自分の、思ったよりも優し気な声に自分自身がおどろきつつも、前々から感じていた疑問を口にする。
「オーレリアは、転生者、なのか?」
思い起こせば、オーレリアは俺並に早熟だった。
俺自身も早熟と言うか、前世の人格があったから当時は気付かなかったが、普通は二歳の子供が社交的な挨拶などできようはずがなかった。それをしっかりとこなせており、以後も子供らしくない行動が多かったように思える。
世界を知った今だからこそ思う。オーレリアはもしかして天才か、そうでなければ転生者なのではないかと。
だからこその問いにオーレリアは硬直し、目を見張る。
今までずっと、この雰囲気の中でも暴れていたオーレリアの手足さえも停止する。
それほどまでに衝撃的な問いだったのだろう。
そしてその行動は真実を如実に物語る。
つまり、オーレリアは転生者だった。
それと同時に俺が転生者であるかもしれないとオーレリアに疑念を抱かせてしまったと気付く。
うかつな質問だったと気付くも吐いた言葉は飲み込めず、慌ててフォローする事でうやむやにしようと咄嗟に考え口を動かす。
「俺、この前学園都市にいって転生者の存在を知ったんだ。オーレリアって、昔から独特な剣術使ってただろ? だからもしかして、オーレリアはそうなのかと思って、な」
我ながらうまい言い訳だった。
これであれば自分が転生者だと疑われずに、オーレリアに聞ける。
……いや、咄嗟すぎて下手な言い訳になっている。姉妹であれば確実に察するだろう。
オーレリアはバカだから大丈夫だと思いたいなぁ。
さて、バカなオーレリアはどう出るか。
右人差し指を下唇に何度も当てて、ぶりっ子調の顔をしつつ思案し、グパァとしたプレデターじみた笑みで答えてくれた。
「それは、ヒミツですッ」
ゲロゲロー。
ぶりっ子したキモい妖怪捕食ババァがブリブリな返答をしてきた。
あまりのホラー映像に血圧が下がり、意識が遠のくのを感じる。
― メンタル低下。緊急措置を実行します ―
パシュン、と腕に何かが打ち込まれ、そこから注入された液体が体内を巡り、次に俺は平静さを取り戻す。
あまりの事態にペルセウスくんがルプスに搭載されていた精神安定剤を強制投与したみたいだ。
万が一俺の部下たちが戦争と言う悲劇に際して精神を病んではいけないとの配慮で搭載した機能だが、よもや己のトラウマと向き合う為に使うとは思いもしなかったよ……。
クスリが効いて、思考が回り始める。フシュルルル……。
今ので確定した。
こいつ、やっぱり転生者だ。
そして、ならばともう一つを尋ねる。
第三王子についてだ。
「なら、あのさ。うわさの、お前と一緒になった王子様はどうだったんだ?」
その質問の意図が分からなかったのか。あるいは意外すぎて予想出来なかったのか。
オーレリアはしばし硬直し、笑って(と本人は思っているであろうプレデター顔で)答えてくれた。
「ええ、あの方もそうです。そもそも一緒に転生した仲だから! 神様とも一緒に会ったんだし!」
…………え?
「私たちは運命の赤い糸で結ばれた、死んでも再会できた真の恋人同士なのよ!!」
言葉が、上手く、理解できない……。
と言うか、さっき俺に真の愛だとか言ってたのは何だったんだ?
あのセリフから五分も経っていないんだが?
じゃなくて!
なんて言った!?
冷静になれ、俺!
先の言葉を整理しよう。
第三王子も転生者。
二人は生前からの恋人同士。
一緒に転生して来た。
もし生前からの恋人同士が同時に転生したとして、どうするのか。
……もし仮に、天狐姉妹と俺が死に、再び転生し同じ世界の同じ時代に産み落とされたらどうするか。
そうだな、俺はきっと二人を探す。そして再会したら我を忘れて喜ぶ。もしかするとまた今みたいな関係を築くかもしれない。もし、もし二人に貴族の婚約者が居たらどうするか……。
無論、そいつを蹴落として二人を手に入れる。
ああ、なんだ。
やっと分かってしまったよ、こいつが……。
つまり俺の婚約者騒動の件。
俺の生まれる前から仕組まれてたのかよ……。
「いやー、もうね。サトル君とは前世の頃からラブラブーって言うのー? もう死んでも一緒だよって言ってたら、ほんとに死んじゃってさー! トラックにひかれてミンチっちゃったんだ! でもでもー、ああして再会できたんだから運命ってあるんだよね! チョーハッピーだったよ!!」
……。
「あ、でもせっかく王子様に生まれ変わったサトル君、死んじゃったんだよね。国に殺されたっていうの? でもでもー、また生まれ変わったんだよね! そうそう、あれこそ乗っ取ったっていうの? ここの王子様の体を奪って乗り移って、さっきまで私とラブラブでチョーハッピーだったんだよ! さっすがサトル君だよねー。神様からチートもらうのに、私は不死の体、サトル君は不死の魂って! 最初は何言ってんのかわかんなかったけど、もう、サトル君、天才だったよ!! …………あ!?」
……あ、うん。
そんな細かに裏事情を聞けるとは。
よほど今まで自分が転生者だってのを秘密にして、うっ憤溜まってたんだろうなぁ。
今わの際になって、こいつを理解出来てしまうとは何と言う皮肉なんだろうか。
もしこいつが幼い頃にこの事情を教えてくれていれば、俺たちの関係はもっと良好なものだっただろう。
知っていれば、同じ転生者のよしみで協力もしたかもしれない。
今更考えても仕方がないが、そんな事を考えずにはいられない話だった。
ま、そんなの今となっては躊躇する理由にならんけどな!
積年の恨みというヤツもあるし、何よりもこいつらは人を殺しすぎた。
今生は華々しく散って、迷惑だからもう二度と転生しないのが世のため人のため、そして俺のためだ。
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