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第二章
37
しおりを挟む――十四日目。
休息日。
二人は翌日に疲れが残らない程度に自主練をしている。
俺はと言えば、伯爵の元にいた。
「……、はぁ」
不適切な表現を除き、きちんと清書した指導記録を渡したら、ため息をつかれてしまった。
「ご苦労、と言いたいが、これは公にできんな」
「そりゃもう、そうでしょう」
男で子爵家のゼンベンはともかく、ドルチェは伯爵家ご令嬢だ。その彼女をボッコボコにしたなど公開できない。
ま、敢えてそう言う内容に絞って日記を付けたんだがな。
「だが、君のお陰で確実にゼンベンを知る者が増えた。泥臭く戦う姿に貴族連中はいい顔をしていないが、平民人気が上がっている。これは得がたいものだ」
「そうでしょうね」
いつだって、支配者側は恨まれる側だ。
利益は自分の成果、不利益はお上のせい。学のない平民からするとそんなものだ。
そんな平民が、逆に貴族の味方となったら、これほど楽しい、いや、頼もしいものはない。
……、いかんな。これは余計な過去を思い出してしまう。
「それで、二人は今後どうするのだ?」
「それはもう、ティラントの森の攻略に向かわせます」
「早くは、ないのかね?」
早すぎるとは俺も思う。
成長期だけあり、二人はメキメキと上達している。
だが、それでもティラントの森は危険だ。
ティラントの森は、その名の通りティラント系の縄張り。
おおざっぱな話だが、君臨している暴君のような一騎当千の個と、それに付き従う雑魚が一つの群れをなし、それらが森の中に複数集まっているカオスな構成となっている。
別種で群れる魔物など珍しく、対応が厄介なのに、そこに一騎当千のボスまでいるのだから、難易度のほどはダンジョンのスタンピードを上回る。
「雑魚であれば撃退は容易でしょう。しかし群れのボスともなると、死ぬでしょう」
「……、なんとかならんか?」
ニヤリ。
「それは契約に含まれていないので、別料金ですなぁ」
「くっ。ますます我が家に欲しい交渉手腕だっ」
え? それほめてます?
悪徳魔法使いしてるのに、ほめてますか!?
やっべ、予想の斜め上の対応に思わず心の中まで敬語になっちまったよ。
おそるべし、伯爵。
しかしその胆力、間違いなく娘さんも引き継いでいます。
「それで、何が望みだね?」
「簡単ですよ。今後俺たちに必要以上に干渉しないでいただきたい」
「それは……、そんなことが可能だと思うのかね?」
思うのですよ。
「すでに国内では不可侵との扱いを受けている身なので、出来ないとは思いません」
伯爵がクワッと目を見開いているが、それは何に対するおどろきなのか。
ひとまずここは、意味深な含み笑いでもしておくか。
「クックックッ」
「いつの間に、そのような情報を得た? それは一部の上位貴族しか知らないはずだが?」
「クックックッ、秘密ですよ、伯爵閣下」
困ったときのマッケイン。
正確にはK=インズ商会の情報網だ。
一部の上位貴族とゆ着しているのだから、このレベルの情報などあっさり手に入るのだよ。
「……、分かった。むしろその程度ですんで幸運だった」
「ええ、その通りです」
その気になればこの街からK=インズ商会が完全撤退する。
表向きは貴族向けの商品を扱っている高級商店だが、小麦や野菜の搬送などの運送業もK=インズ商会の傘下だ。
そこを潰されては、大ぐらいの冒険者が多いこの街は一瞬で機能がマヒする。
権力を振りかざしてくる者には、相応の権力で相対すべき。
マッケインに教えられたことが、今、活きた。
「君とは、そうだな。できればずっと、末永く友好的な関係でいたいものだ」
「ええ、そうですね」
伯爵ともあろうものが尻込みとはな。
やはりライフラインを押さえるのが最も効率的に相手を屈服させることができる。
以前は姑息な手段だと忌諱していたが、なるほどこうやって使うのか。
ふはは
ふはーーーーっはははははは!!
――十五日目。
さて、伯爵相手に大見栄を切った俺だが、力量不足の少年少女をティラントの森へと送るのに、どう対策するかと言えば、こうだ。
「剣盾一体型魔道具、試製ウルサ・マヨルくん。そしてこちらが、剣杖一体型魔道具、試製ウルサ・ミノルくんだ」
剣盾は前衛をする少女へ、剣杖は少年用だ。
元はキャスシスの天狐姉妹のために造っていたものだが、二人には合わずにボツにした魔道具。
それを少年少女に与えて、ティラントの森を攻略してもらおうと考えたのだ。
「それと他に、二人分の『収納ポーチ』。ポーチの中には一週間分の食糧と水。サービスでテントと簡易結界装置だ。夜はそれで安眠できるぞ」
説明するも、手を伸ばして来ない少年少女。
夜なべして作ったのだから、早く受け取れ!
そんな気持ちでつい睨む。
俺のその態度にも少年少女はもう怯えの色を見せなくなっていた。
感情が一周して、俺を信じるようになったからだ。
洗脳が成功した、というのかもしれない。
「あ、はい! その、ありがとうございます!」
「こんな高価なものをどこで……?」
「作ったに決まってんだろ」
「これを、ですか?」
どれもK=インズ商会の技術レベルであれば作れる代物だ。
実際に試製タイプはマッケインに設計図ごと卸している。
「お父様、いえ、伯爵様がご用意して下さったものではないのですか?」
あー、そこが引っかかっているのか。
「俺の私物だ。てか、お前らちいと俺をなめすぎだな? ああん?」
名前すら明かしてない俺も俺だが、いい加減俺がすごいのに気付け。
「す、すいません!」
「これが私物? あなた、何者なのですか?」
今更それ聞くか?
俺が例の魔法使いだってまだ気づいていないのかよ。
「自分で考えろ」
全部を手取り足取り教えてやる義理はないし、お前の知的好奇心を満たすために面倒見てる訳ではない。
視線を外し、これ以上は語らぬと態度で示せば、それを察して口をつぐんだ。
そんな二人に改めて、向き直る。
二人は、気を付けの姿勢を取った。
教育の成果が確実にあらわれている。
「道具の使い方は分かるな? ならとっととティラントの森へ行って、ティラント系の魔物を狩ってこい!」
「今すぐですか!?」
「今すぐだ」
さっさと行ってこい。
それで無事に帰ってくれば伯爵の地位はお前のもの。
そして両名とも死ねば、伯爵が俺に宛がう女もいなくなる。
伯爵家ご令嬢にしても、死んだらその時だと伯爵にも了解を得ている。
どっちに転んでも、俺に損はない。
急ぎ支度を始める二人から、視線をキャスとシスに移して問う。
「無責任だと思うか?」
「いいえ、むしろ過保護だと思いました」
「なんだかんだいって、ご主人様は優しいよねー」
優しくねーだろ。
約束どおり引率しないし、二人だけでティラントの森へ向かわせているんだし。
「その代わり追尾させた警備ゴーレムで二人を陰ながら見守ってるって、どうなのかなぁ?」
どうもありません。
なんとなく、ティラントの森が懐かしくて様子を見に行かせているだけです。
べ、別に二人が心配だからじゃないからな!
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