騎士不適合の魔法譚

gagaga

文字の大きさ
上 下
47 / 111
第二章

10

しおりを挟む


 ――宿。
 オーシャンビューが一望できるホテルの最上階の一室。
 否、最上階フロアのすべてがワンセットの超高級スウィートルームでソファーに腰掛けながら、天井を見上げて息を吐く。

 話を聞いたはいいが、心底聞かなければよかったと後悔している。

 頭を振る俺に、キャスがよく冷えたジュースを差し出しながら顔をしかめる。

「K=インズ商会主催のカーレースですか」

 キンキンに冷えたグラスを受け取り、一口ふくむ。
 程よい甘味と後味をさっぱりとする酸味が絶妙だ。少しばかり口内がしあわせになり、気分が落ち着く。

「ふぅ。しかしこれって、俺主催ってことでもあるよな?」
「そ、そうですね……。どうしてこのようなことになったのでしょうか?」
「マッケインも明らかにからんでるよね? うーん? ズズズ…………」

 シスも同じジュースを飲みながら腕を組み、頭を悩ませている。
 いや、人のコップにストローを差して勝手に飲むな。

 シスの横暴を避けつつも、指摘された部分を考える。
 ギルマスのヒゲハゲが黙っていた理由はまだ想像が付くが、マッケインはどうして黙っていたのか。

 わずかに考え、すぐに頭を切り替える。

「考えるだけ無駄か。あの二人が絡んでいるのでは、なるようにしかならない」

 頭の痛い話だが、権力と行動力がある二人だ。この流れはヘタに逆らわない方がめんどうは少ない。

 俺たちが諦めという結論に達した時、のじゃ が不思議そうな声を上げた。

「亭主殿は、どうにも一介の冒険者ではないようなのじゃ」
「お前……」

 これだけの状況を見てその程度の認識とは、どれだけ常識がないのか。
 それとも、姫だから箱入りで世間知らずなのか。

 疑問はあるが、今はソファーの座り心地がいい。こちらに意識をゆだねたい。

「あーー、どうすっかねぇ」
「そもそも亭主殿はどうしてこの都市へまいったのじゃ?」

 ……、おおう。
 そうか、俺、今、めっちゃ暇だわ。
 つまりこれは、俺の暇つぶしのために向こうが用意したイベントか。

「人をダメにしそうなこのソファーで日がな一日くつろぐのもいいが、それでは三日と経たずに飽きる」

 そうなると、暇つぶしのためにと用意されていたレースにがぜん興味が湧いてくる。

 どれ、パンフは何が書かれているか。

 丁寧に三つ折りされているその紙面を勢いに任せて一気に開く。
 目に飛び込んでいたのは、荒々しく筆で描かれた文字。



『暑い夏! 白い雲! 白熱魅惑の大レース! 勝利の栄光は一体誰の手に!』



 この世界でこんなにもキャッチーなフレーズを聞くとは思わなかった。
 内容は、ゴーカートによる競走。

「ゴーカートかよ」

 でもあのサイズなら前衛も魔法使いも関係ないだろう。そういう意味では考えられたイベントだ。
 いや、そうか。
 ここで魔法使いが優勝でもすれば

「魔法使いもやるもんだ」

 となるのかもしれん。一種のイメージ戦略だ。

「そうなると、俺はその様子見がてら暇つぶしをしてりゃいいのか」

 折角の休暇、あいつらのおぜん立てなのが気に食わないが、楽しめなければ大損だ。
 明日から早速ゴーカートの練習をしよう。



 ――翌日。

「マジかい……」

 ゴーカートをなめていた。
 たかだか時速三十キロしか出ないと聞いてたから楽勝だと思ってた。

「低い視線、むき出しの体。これは恐怖感が思いのほか、ヤバい」

 大会予選まで二週間あるのが救いだが、完熟訓練は難航しそうだ。


 いやしかし、久しぶりの体を動かし苦戦するという感覚は、タマラン。
 初夏のような陽気な日差しと、涼しい海風がマッチして最高の気分だ。

「モナコのエフワンレースみたいだ!!」

 しかも美人双子姉妹のレースクイーン付き。
 レースなどテレビでしか見た事はないが、これは燃えるわ。おとこのこだもの。

 興奮する俺の視界にチラリと見えるは、ちんちくりん。

「がんばるのじゃー! がんばるのじゃー!」

 何をしれっと天狐姉妹に混ざっているのか。
 あいつは俺を不快にさせるために生きているのだろうか。もう、視界に入れない方が俺の精神の為にいいな。


 あれから何度も周回し、他の練習者も混ざりながら走ったが、気付いた。

「これは、魔法使いの方が有利だな」

 前衛は馬とは違うその感覚にとまどい、カーブを早めに曲がりすぎたり、逆にギリギリでハンドルを切ってスピンしている。
 魔法使いは、ヘアピンカーブのような急激に体を動かす場所は苦手だが、全体的には安定している。

「それにしても、どうして皆が皆、ここまで熱心に練習している?」

 ピットレーンで徐行をしている最中に、ふとそんな疑問がわいた。
 彼らを奮い立たせるだけの鼻先の人参があるのだろうか。
 興味がなかったから調べていないが、優勝賞品がそれほど魅力的なのだろうか。

「いや、どの道うちの商会で提供しているから、マッケインに言えばタダでもらえるか」

 停車と共に、あっさりと賞品への興味が消えた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

淫らなお姫様とイケメン騎士達のエロスな夜伽物語

瀬能なつ
恋愛
17才になった皇女サーシャは、国のしきたりに従い、6人の騎士たちを従えて、遥か彼方の霊峰へと旅立ちます。 長い道中、姫を警護する騎士たちの体力を回復する方法は、ズバリ、キスとH! 途中、魔物に襲われたり、姫の寵愛を競い合う騎士たちの様々な恋の駆け引きもあったりと、お姫様の旅はなかなか困難なのです?!

【R18】抑圧された真面目男が異世界でハメを外してハメまくる話

黒丸
ファンタジー
※大変アダルトな内容です。 ※最初の方は、女の子が不潔な意味で汚いです。苦手な方はご注意ください。 矢島九郎は真面目に生きてきた。 文武の両道に勤め、人の模範となるべく身を慎んで行いを正しくし生きてきた。 友人達と遊んでも節度を保ち、女子に告白されても断った。 そしてある日、気づいてしまう。 人生がぜんっぜん楽しくない! 本当はもっと好きに生きたい。 仲間と遊んではしゃぎ回り、自由気ままに暴力をふるい、かわいい娘がいれば後腐れなくエッチしたい。 エッチしたい! もうネットでエグめの動画を見るだけでは耐えられない。 意を決し、進学を期に大学デビューを決意するも失敗! 新歓でどうはしゃいだらいいかわからない。 女の子とどう話したらいいかわからない。 当たり前だ。女の子と手をつないだのすら小学校が最後だぞ! そして行き着くところは神頼み。 自分を変える切欠が欲しいと、ものすごく控えめなお願いをしたら、男が存在しないどころか男の概念すらない異世界に飛ばされました。 そんな彼が、欲望の赴くままにハメを外しまくる話。

【R18】童貞のまま転生し悪魔になったけど、エロ女騎士を救ったら筆下ろしを手伝ってくれる契約をしてくれた。

飼猫タマ
ファンタジー
訳あって、冒険者をしている没落騎士の娘、アナ·アナシア。 ダンジョン探索中、フロアーボスの付き人悪魔Bに捕まり、恥辱を受けていた。 そんな折、そのダンジョンのフロアーボスである、残虐で鬼畜だと巷で噂の悪魔Aが復活してしまい、アナ·アナシアは死を覚悟する。 しかし、その悪魔は違う意味で悪魔らしくなかった。 自分の前世は人間だったと言い張り、自分は童貞で、SEXさせてくれたらアナ·アナシアを殺さないと言う。 アナ·アナシアは殺さない為に、童貞チェリーボーイの悪魔Aの筆下ろしをする契約をしたのだった!

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

処理中です...