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第三章 病院 ─ビョウイン─ 2
第1話
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看護師が定期診察のために病室に現われたのは十四時頃だった。テーブルに置かれていたヨーグルトに気づいているみたいだったが、そのことには触れることもなく、話しながら形式的に脈拍と血中酸素飽和度、血圧を計ると、ヨーグルトのふたを開けて少年に尋ねてきた。食欲に関することだったので少年は、あまり食欲はありませんと現状を正直に答えた。この病院で始めて意識を回復した時から少年は、点滴を打っており、おそらく栄養剤だろうとなんとなく思っていたのでそのことを尋ねてみたところ、予想通りの答が返ってきた。
救出された時、身体全体が圧迫されてはいなかったため、内臓の損傷はほとんどなかったものの、肋骨の骨折により右の肺が傷ついていて、血を吐いたのはそれが理由。他の臓器に関しては大きな損傷はなかったので、そのことに関しては幸運だったのだが、一部身体の切除は回復が望めないということでおこなわれた。緊急を要することだったので、生命を救うためには仕方がなかったのだと看護師が話してくれた。食欲不振に関しては精神的に不安定になっているので、一過性、一時的なものと思われ、いずれは回復しますよ、とも話してくれた。思い当たる節が多過ぎて、どれか一つのことではなく複合的な要因に拠るのだろうと、少年は思うことにした。
診察を済ませると看護師は、病室から出て行った。上体を起こして少年は、馴れない手つきで少しずつヨーグルトを口に運んだ。やりきれない思いが胸の奥底から滲み出してきたが、どうすることもできなかったので、受け入れるしかなかった。
処方されている薬がテーブルに置かれていたので飲もうとしたのだが、用意されていたミネラル・ウォーターを冷蔵庫から取り出すことでさえひと仕事だった。ベッドに腰かけて、右脇でペットボトルを挟んで左手でふたを外し、薬を飲み終えるとふたをして、テーブルに置いておくことにした。どのみち夕食後や就寝前にも薬を飲むだろうから、その時々に冷蔵庫から取り出すのも面倒に思えた。細菌が発生しやすいと聞いたことがあったが、そんなことは、もうどうでもよくなっていた。
少年は、ベッドの枕元に腰を寄せて壁に背中をあずけて座り、テレビの電源ボタンを押した。昼過ぎのテレビなどいつも見たことがなかったので、情報番組にチャンネルをあわせてぼんやりと眺めることにした。
入院生活はやることがなく、暇を持て余していた少年は、あとで病院の談話室に行って、新聞か雑誌か本を借りてきて読もうと思った。病室のドアがノックされたのは、そんな時だった。看護師かと思ったのだが、ドアを開いたのは懐かしい顔だった。松本市に住んでいる祖母だった。
少年は目を伏せた。なぜかはわからないが、身体が反射的に勝手に動いた。
無事でよかったねと声をかけられたが、正直そのようなことを言われても困ってしまう。ただ一人生き残ってしまったことは、少年にとっては、とても良いこととは思えなかった。もちろん祖母の言葉は本心からのもので、真心がこもっているのもわかるし、ほかに声のかけようがないのもわかっているつもりだった。それでも、どのように反応すればいいのか、正しいのかがわからなかった。少年は目を伏せたまま、小さく頷くことしかできなかった。
祖母の足音が聞こえた。しばらくすると、少年の視界の隅に祖母のものと思しき足が見えた。
祖母はもう一度言った。無事でよかったね、と。
少年はゆっくりと顔を上げた。祖母はひどく疲れたような表情のまま、涙を流していた。少年は慌てて視線を外してテレビ画面に目を固定した。
なにも話せなかった。なにを話していいかもわからなかった。なにを話すべきかもわからなかった。結局、なにも話せないまま、テレビから流れてくる音声が病室に空しく響いていた。
救出された時、身体全体が圧迫されてはいなかったため、内臓の損傷はほとんどなかったものの、肋骨の骨折により右の肺が傷ついていて、血を吐いたのはそれが理由。他の臓器に関しては大きな損傷はなかったので、そのことに関しては幸運だったのだが、一部身体の切除は回復が望めないということでおこなわれた。緊急を要することだったので、生命を救うためには仕方がなかったのだと看護師が話してくれた。食欲不振に関しては精神的に不安定になっているので、一過性、一時的なものと思われ、いずれは回復しますよ、とも話してくれた。思い当たる節が多過ぎて、どれか一つのことではなく複合的な要因に拠るのだろうと、少年は思うことにした。
診察を済ませると看護師は、病室から出て行った。上体を起こして少年は、馴れない手つきで少しずつヨーグルトを口に運んだ。やりきれない思いが胸の奥底から滲み出してきたが、どうすることもできなかったので、受け入れるしかなかった。
処方されている薬がテーブルに置かれていたので飲もうとしたのだが、用意されていたミネラル・ウォーターを冷蔵庫から取り出すことでさえひと仕事だった。ベッドに腰かけて、右脇でペットボトルを挟んで左手でふたを外し、薬を飲み終えるとふたをして、テーブルに置いておくことにした。どのみち夕食後や就寝前にも薬を飲むだろうから、その時々に冷蔵庫から取り出すのも面倒に思えた。細菌が発生しやすいと聞いたことがあったが、そんなことは、もうどうでもよくなっていた。
少年は、ベッドの枕元に腰を寄せて壁に背中をあずけて座り、テレビの電源ボタンを押した。昼過ぎのテレビなどいつも見たことがなかったので、情報番組にチャンネルをあわせてぼんやりと眺めることにした。
入院生活はやることがなく、暇を持て余していた少年は、あとで病院の談話室に行って、新聞か雑誌か本を借りてきて読もうと思った。病室のドアがノックされたのは、そんな時だった。看護師かと思ったのだが、ドアを開いたのは懐かしい顔だった。松本市に住んでいる祖母だった。
少年は目を伏せた。なぜかはわからないが、身体が反射的に勝手に動いた。
無事でよかったねと声をかけられたが、正直そのようなことを言われても困ってしまう。ただ一人生き残ってしまったことは、少年にとっては、とても良いこととは思えなかった。もちろん祖母の言葉は本心からのもので、真心がこもっているのもわかるし、ほかに声のかけようがないのもわかっているつもりだった。それでも、どのように反応すればいいのか、正しいのかがわからなかった。少年は目を伏せたまま、小さく頷くことしかできなかった。
祖母の足音が聞こえた。しばらくすると、少年の視界の隅に祖母のものと思しき足が見えた。
祖母はもう一度言った。無事でよかったね、と。
少年はゆっくりと顔を上げた。祖母はひどく疲れたような表情のまま、涙を流していた。少年は慌てて視線を外してテレビ画面に目を固定した。
なにも話せなかった。なにを話していいかもわからなかった。なにを話すべきかもわからなかった。結局、なにも話せないまま、テレビから流れてくる音声が病室に空しく響いていた。
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