ポーリュプスの籠絡

橙乃紅瑚

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4.Anathema

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「……ご馳走さま」

 早々にフォークを置いた私を、ルブラが訝しげに見つめてくる。

「おいラズリ、せっかくの好物なのにどうしたんだ? 味付けが悪かったか?」

 皿に新たな肉を乗せようとしてくるルブラを止め、食欲がないのだと口にする。すると彼は心配そうに私の頬を摩ってきた。

「な、何だって? いつも五枚は平らげるのに! おい、本当にもう要らないのか? そういや顔色も悪い気がする……。まさかあの日か? 腹が痛むのか?」

「はあ……あなたね、デリカシーがないわよ! 別に大したことじゃない。肉を食べすぎてもたれてる感じがするの。作ってもらったのにごめんなさい、暫くは一枚だけでいいよ」

 さらさらと嘘を紡ぐ。ルブラは私の顔をじっと見た後、つまらなそうに頭を掻いた。

「お前の体調管理は万全だと思ったのに。俺もまだまだだな。見守りが足りなかったか」

 いかにも残念だといった様子でルブラは皿を下げた。彼の顔には落胆の色が浮かんでいる。ルブラはいつも私の食事をにこにことした顔で見つめ、肉を全て平らげるとそれは嬉しそうにする。私に喜んでもらいたいからと、日々美味しい料理を作ってくれる。

「残してごめんね、ルブラ……」

 眉を下げながら料理を見る彼に胸が痛んだけれど、私はルブラへの不信感が強まるのを感じた。

(……うん、肉一枚くらいなら平気。頭に靄がかかった感じはあるけれど、冷静な思考が出来なくなるほどではない。やはりこの肉には混ぜものがされていたのだろう)

 これまでに起きたことも、これからの目的も、全て思い出せる。

(今までみたいにたくさん食べるのは危険だ。いきなり食べなくなったらルブラに怪しまれるだろうし、暫くは少しだけ手をつけよう)

 ルブラに気が付かれる前に、私が正気でいられる内に、この島で何が起きているのか突き止めなければ……。

「ラズリ、気分が悪いならもう休め。片付けは俺がしておくから」

「……ありがとう」

 その言葉に甘え、私は身を清めた後ベッドに寝転がった。
 てきぱきと家事を済ませ、私の体調を気遣ってふかふかの毛布を持ってきてくれるルブラはいい男だ。料理上手で力持ちで、とても頼りがいがある。
 私は結婚というものがよく分からないけれど、ルブラみたいな夫がいたら幸せかもしれない。年老いたルブラと自分が穏やかに暮らしている想像をして、乾いた笑い声を漏らしそうになる。

(馬鹿ね。食事に何かを盛られてもなお、ルブラに寄りかかろうとするなんて……)

 何も考えず、彼を信頼できたらよかったのに。ルブラのぞっとするほど冷たい目がいつまでも私の中から消えない。あれは人間のする目じゃない。あのような目をする男を信頼してはならない……。

(信用できるような男だったら、彼の女になっても良かったのに)

 ルブラがベッドに潜り込んでくる。
 彼は私を毛布越しにしっかりと抱きしめ、労るような優しい声を落とした。

「ラズリ、可愛い可愛い俺の女。体調が良くなるまでゆっくり寝てくれよ。元気がないお前を見るのは辛いからな」

 ルブラの金の目には私への愛情が込められている。私が微笑みを向けるとルブラは頬を染め、嬉しそうに私の額に口付けた。

 その日は淫欲に取り憑かれることなく、穏やかに過ごした。いつも通り蛸の夢も見たけれど、蛸は足で私の背を優しく撫でまわしただけで、私を犯すことはしなかった。


 ――――――――――


「ん、はああっ…! あっ、ぁ、ああっ……る、ぶらっ……!」

「ラズリ。俺のラズリ、何て綺麗なんだ……。はあっ、は……痛く、ないか? 俺のはでけえからなっ、大切なお前を、傷つけたくねえんだ……」

「は、ぅくっ……うんっ、いたく、ない……」

 痛みなんて全然ない。ルブラが腰を動かすたびに腹の奥からじわじわとした快楽が迫り上がってきて、切ない快楽に喘ぐことしかできない。壊れ物を扱うように触れなくてもいい、もっと乱暴にしてほしい……。口に出せない願望を秘めながらルブラを見つめると、彼は潤んだ目を細めて笑った。

 私は正気を取り戻した後も相変わらずルブラに抱かれる生活を送っていた。彼の愛撫は段々と変わっていった。ルブラは女体を可愛がることに関してもともと上手だったけれど、執拗な責めに加えて、更に私を労るような触れ方をしてきた。

 ルブラは私を座位で抱くことを好む。繋がりながらキスをしたり、指を絡ませあったり、私の黒い髪を撫でたりするのが堪らなく好きらしい。抱き締められながら愛していると囁かれると、胸が疼いて、情けないほどに濡れてしまう。

 気持ちいい。幸せだ。今この時だけは、何も考えたくない……。私はルブラに縋り付き、存分に彼の体温に溺れた。

「ラズリ、ラズリ……。お前といると、胸がほかほかする」

「あふっ、ん、あ……ふふっ、なにそれ?」

「何ていうかな、まるで湯に浸かったみてえにあったかくて気持ちよくなるんだ。胸が不自然に脈打って、後は……俺の内側がこそばゆくなったり、頭がぼんやりしたり、お前の顔を見ているとそわそわしたり……。まあ、とにかく変になるんだよ。これは何なんだろうな? でも決して嫌じゃないんだ」

 この男は時々奇妙なことを言う。自分の変化を拙い言葉で言い表す様は大人の男らしくない。
 でも何だかそれが可愛くて、私は笑いながら彼の肩を甘噛みした。

「俺はラズリと触れ合うのが好きだ。触って、色々なところを舐めて、何度も達かせてやる度に俺まで気持ちよくなる。呆けたお前が俺に甘えたり、俺のものに口付けてしゃぶってくれるのを見るとすげえ興奮する。知ってるか? その時のお前はだらしねえ顔をしてるんだ。口は半開きで、頬は真っ赤で、目だって深海のように昏くなって……。でもそそる顔をしてる。その青い目を徹底的に穢して濁らせてやったんだと思うと、おかしくなりそうなほど頭が熱くなる……」

「ふっ、はあ……あ、ははっ……あなたって、そうやって私の目を濁らせるのが好きよねっ……」

 暗闇の中でも輝く金の双眸が私を見下ろしている。
 私はきらきらと光るそれを見つめながらルブラに口付けた。

「ねえ、ルブラ。今の私の目はどう思う? 濁っていない私の目は嫌い?」

 そう問うと、ルブラは目を見開き暫く黙り込んだ。意外なことを聞かれたとでも言いたげな顔だ。長方形型の瞳孔に陰が過ぎる。ルブラは私から顔を背け、溜め息混じりの硬い声で答えた。

「どうだろうな」

 突き放すような言い方に、私は現実へ引き戻される思いがした。

(……ルブラのことが、分からない)

 冷たいのに温かい。優しいのに怖い。
 何が本当なのか。何が嘘なのか……。

 何だか無性に泣きたくなって彼の胸に顔を埋める。
 頭を撫でる大きな手の感触を味わいながら、私は静かに涙を流した。
 

 ――――――――――


 私はまた警備隊員の仕事を再開することにした。ルブラに隠れながら村人をつけるのは限界で、巡視という外に出る正当な理由が欲しかった。

 予想通り、ルブラは最初私が外に出ることを酷く嫌がった。また村の男と話すのか、また危険な目に遭ったらどうするんだ、俺を置いて島を出ていこうとしているんじゃないだろうな……。彼は怖ろしい目を向けながら、そう必死に引き止めてきた。私はルブラをいたずらに刺激しないよう注意しつつ、努めて穏やかな声で話した。

「ルブラ、島に住む人間が一人でもいる限りは、警備隊員として巡視の仕事をこなす必要があるの。それに天気がいい日くらいは外に出て新鮮な空気を吸いたいわ。いつまでも駐在所に引きこもっていては健康に悪いでしょう? 私は酷い運動不足なのよ」

「……ちっ」

「ねえ、ルブラ。私を心配してくれてるのでしょう。私だってあなたと離れるのは寂しいわ。私を危険な目に遭わせたくないと言うのなら、あなたもついてきて。頼りがいがあるあなたが傍にいてくれるなら、私は安心して仕事に取り掛かれるわ。お願いルブラ、一緒に来てちょうだい。誰からも、何からも守ってくれるのでしょう……?」

 大きな手をとってわざと甘えるような声を出す。すると金の目からみるみる陰が失せていき、ルブラはぱっとした笑みを浮かべた。

「ああ、もちろんだ! 俺がお前を守ってやる! くくっ、やっと素直に甘えてくれるようになったじゃねえか。可愛いなあラズリ! 浜辺だって、村の中だって、どこへだってついていってやる。手を繋いで島中を巡ろうな。俺とお前の仲の良さを見せつけてやるんだ! お前が疲れたらおぶってやるし、夜は全身丁寧に揉んでやる。ああ、可愛い! 俺のラズリ、今夜もたくさん気持ちよくしてやるからな……」

 強く抱き締められたまま頭をくしゃくしゃと撫でられる。可愛い、綺麗だと呟く声は色気があって、表情は蕩けるように甘い。ルブラは心から幸せな様子で私に触れた。

(そんな熱の籠もった目を向けないで。またおかしくなってしまうから)

 手を繋ぎながらルブラと島を巡る。特に危険なことはなかった。島に残った十数人の村人は相変わらず親切で、暫く顔を見せなかった私に身を案じる言葉をかけたり、仲間だからと魚や貝を手渡してきた。だが誰ひとりとして、隣にいるルブラについて口に出すことはしなかった。

 私はルブラと会話を重ねながらも、油断なく彼の挙動を見守り、思考を巡らせ続けた。

(ルブラを一人にしておくと何をするか分からない。だからこうして近くにいてもらった方がいい。彼の隙を窺いつつ、何とか手掛かりを探さないと)

 私は巡視を行うふりをして村人をつけながらも、外の新鮮な空気を楽しんだ。澄んだ青空を見上げる度に心の淀みが取り除かれていく。靄がかかったようにぼんやりとしていた頭も冴え、安らいだ気持ちのままこれからのことを考えられるようになった。

 私はルブラに隠れ、日々警備隊本部への便りを出し続けた。漂着者の男を保護したこと。警備隊員への攻撃。島民が集団入水をしていること。至急助けを要請すること……。何度も何度も書いてきた状況報告書を、そっと海鳥の脚に括り付ける。今は返信がなくても、この手紙がきっと本部へ届いていることを信じ待ち続ける。

 蛸の幻視は強まり、私の身体はルブラによって作り変えられていく。淫欲に溺れてしまいそうになった時は、果てなき青空を見て落ち着きを取り戻した。

(……大丈夫。私はまだ侵食されていない。決してこの島に取り込まれてなるものか)

 そうして日々は過ぎていった。島民たちの葬儀と入水はなお続く。島に残る村人が十人あまりとなった頃。
 私はとうとう、島で起きている事件の手掛かりを掴んだ。


 ――――――――――


 深夜。
 私は村の外れにある井戸の前に来ていた。

 村人を尾行した際、数人がそっとこの井戸に入っていくのを目にした。
 井戸は空のようだ。桶ではなく錆びた梯子が備え付けられている。井戸を覗き込んでも、暗闇に覆い隠されて底の様子を窺うことはできない。肌寒い風が下からびゅうびゅうと吹いてくる……。

(行かなきゃ。村人たちはこの井戸を隠すような真似をした。だからこの底にはきっと何かがあるはず……)

 物音を立てないようにしながら、井戸の底を目指して降りていく。随分と深い井戸だ。降りても降りても、まだ底へと着かない。落ちないように気をつけつつ、慎重に足を動かし続ける。

 そして私は、島民たちが秘匿していたものを目にした。

(彼らは私にここを見せたくなかったんだ。こんな場所があるなんて、誰も教えてくれなかった)

 空井戸の底には、地下神殿とでもいうべき荘厳で巨大な空間が広がっていた。

 暗闇の向こう側から、ざあざあとした波の音、雫の滴る音が聞こえてくる。不自然な音の反響に、私は自分が拉致された場所はここだったのかもしれないと思った。
 中心部には水を湛えた大きな祭壇があり、そこから溢れ出る水が床を濡らしていく。そのせいか、神殿の中はやけに冷える。私は人の気配がないことを確かめつつ、ゆっくりと辺りを見渡した。

 祭壇の両隣には大きな旗が掲げられている。
 xxx秘密教団。

 旗に記された文字の意味は分からなくても、この神殿が祀るものは邪な存在なのだろうと理解した。壁に描かれた絵が、今までに目にしたものとよく似ていたからだ。烏賊や蛸が暮らす水中都市の様子や、奇怪で異様な建造物。赤い顔料で彩色されたそれらの絵は、私が持つ微かな灯りを受けて不気味に光った。

 祭壇前の床には言葉が刻まれている。

『異物は追放せよ。追放できぬならば恐怖と孤独を与えよ。それが適応への始まりとなる。
 早くて一夜、遅くて二月。変貌した者は仲間として招け。変貌せぬ者は拷問にかけよ。

 この聖なる地に信仰無き者を残してはならない。
 それは偉大なる御方の復活を阻むものだからだ』

(……これは?)

『教団の意義を忘るるなかれ。我々は大いなる御方の尖兵、流麗なる地の守護者なり。
 蒙昧なる者共にかの地の景色を伝え広めるのだ。絶えず海からの呼び声に耳を傾けよ。

 星辰が正しい位置につく時、あの御方は目覚め、全てが彼のものとなる。
 海に還り時を待て。美しき都市が浮上するその時、我々は永遠の幸福を手に入れる』

(……刻まれた言葉の意味を正しく理解することはできない。けれど、村の人たちが執拗に嫌がらせしてきたのは、私に恐怖と孤独を与えて何かに変貌させるため?)

 ――おかしい……。もう三ヶ月が経つのだぞ? 前に来た者たちは例外なく変化の兆候を見せたのに、あの女は未だ適応しない。なぜあやつは我々と同化しないのだ!?

(変化……。適応、同化か)

 掌を見る。新しく水掻きができた訳でもないし、自分の顔も島民たちの魚に似た顔つきとは全く異なっている。

 だが私は、気が付かないところで変わってしまったのかもしれない。
 島民たちが私を「仲間」と見做したということは、私が彼らと同じものにということだろうから……。

(一体私は、何に変わったというの?)

 込み上げてくる不安を堪えつつ、情報を集める。
 神殿内に残された資料から、私はいくつかのことを知った。

 この島に住む者たちは全員、秘密教団とやらに属していること。
 教団は海底都市に眠る神の復活を目的として活動していること。

 島民は海からの呼び声によって、水中での暮らしに適応するよう身体が変化していくこと。変貌した者から神に仕えるために海底神殿へと向かうこと。葬儀は水中での暮らしに適応した者を送り出すための儀式であること。

 島は村人たちにとって聖地であり、島の中に神への信仰無き者がいてはならないこと。

 私は神殿の片隅に気になるものを認め、そっと近づいた。
 壁画の下には黒ずんだ染みがあり、錆びた鎖や骨のかけらが床に転がっている。その傍らには、警備隊員であることを示すブローチが落ちていた。
 血に汚れ、埃被ったそれに、かつて拷問を受けた者の影が見える……。

 ――異物は追放せよ。追放できぬならば恐怖と孤独を与えよ。それが適応への始まりとなる。

「……邪教が」

 私は吐き捨てた。この島にやって来た前任者たちは、発狂したり酷い怪我を負ったりしたと聞く。邪なる信仰のために、彼らはここで拷問を受けたのだろうと察した。

(それにしても、この神殿……)

 辺りを見渡せば見渡すほど、幻視で捉えた光景とはっきり重なっていく。
 私はこの薄暗い神殿を見たことがある。あの大蛸は、私をこの場で何度も犯してきたのだ。

 私は嘆息した。資料を漁っても、あの大蛸に関する記述はひとつも無かった。あの蛸は一体何なのだろう? ここに来れば何かしらの手掛かりは掴めると思ったのに……。

(やはり、あの蛸は想像上の存在なのだろうか。でも……夢で見た神殿がこうして現実であったように、あの蛸もまた現実にいるとしたら?)

 蛸はここにいるのではないか。もしかしたら、この暗闇に潜んで私を狙っているのではないか?

(実際にあの蛸に捕まってしまったら、私はどうなってしまうのだろう?)

 あの快楽を現実でも味わってみたい。淫らな期待が、理性を上回る……。

(いけない。こんなこと考えるな!)

 私は込み上げてきた願望をすぐさま打ち捨て、無理やり壁画へと目を向けた。
 怖ろしい絵が、淫欲に取り憑かれそうになった頭を忽ち冷えさせていく。

 壁画は、ひとつの奇譚を私に伝えた。

 遥か古の時代、この星の覇権を巡って水神と天空神が激しく争った。水神は争いに敗れ、天空神によって海に封じられた。
 水神は海底都市にて永い眠りについている。だが星辰が正しい位置についた時、神はその目を開く。目覚めと共に海底都市は浮上し、世界の全てが水神のものとなる……。

(村人はこの水神を崇めているって訳ね。だけど……)

 私は水神の絵を見つめた。
 怖ろしい容貌だ。神というよりも、怪物と言った方が正しい気がする。

 蛸に似た頭部には六つの目がついており、顎からはたくさんの触手が髭のように伸びている。鋭い鉤爪、水掻きのある手、蝙蝠のような翼、どろどろとした粘液を纏う肌、山みたいに大きな躰、皮肉げに歪められた唇……。
 水神の姿に神聖さは一切見出だせない。むしろ、あらゆるものを嘲笑い、あらゆるものを憎むかのような冒涜的な雰囲気があった。

(彼らは、こんな怪物を神だと崇めているの?)

 ぞわぞわとした恐怖が止まらないのに、怪物の絵から目が離せない。海から這い出る水神の絵にそっと手を伸ばす。蛸足に似た髭を指でなぞりつつ、私はぼんやりと考えた。

 ――この壁を見よ! 星辰が揃う夜からどれくらいが経った? xxxxx様は我らの前に姿を現さず、我らが待ち望む偉大なる都市は浮上しない!

(星辰が揃う夜とやらはとっくに訪れているはず。けれど、海には何の変化もない。島民たちが待ち望む神は復活しなかったのだろうか?)

 人間が魚人へと変化していく過程を描いた絵。海に向かって跪く者たち。狂奔する魚人。天の彼方にある星の景色。太古の神々の戦。奇妙な形の神殿。蛸足に似た巨大な触手。

(人が魚に変わるとか、神がもうすぐ復活するとか、信じ難い話ばかり。けれど、嘘だと断ずることもできない。だって……)

 この壁に記されているものは、島民たちに殺されかけた時に視た深淵と同じだから。

 あの深淵を私に流し込んだのは誰だ? 
 もしかしたら、この邪なる神ではないだろうか?

 実はもう水神は復活していて、世界を飲み込む機会を窺っているのではないだろうか。
 私が気が付かないだけで……。

「まさかね……」 

 自分を落ち着かせるために、わざとそう口にする。
 壁画から目を逸らした時、私は後ろから腕を掴まれた。

「っ!? 誰なのっ? 放しなさい!」

「しっ! 落ち着けよ、俺だ! 捜したぜラズリ。俺を放ってどこに行ったのかと思った」

「……ルブラ?」

 薄暗い中、金色の双眸が眩い光を放っている。ルブラは顔を強張らせつつも私を抱き寄せた。

「ああ……無事で良かった。おい、女が夜中にふらふら出歩くんじゃねえよ。危険だろうが! 大体何でこんなところにいるんだよ?」

「それはこっちの台詞よ。あなたこそなぜここにいるの? どうして私の居場所が分かったのよ」

「俺はお前がどこにいたってすぐ分かるんだよ、愛の力ってやつでな」

 ルブラは笑い、私の背を撫で摩った。
 そして壁画に目を遣り、赤い顔料で彩色された怪物の絵をなぞった。

「この絵を見ていたのか?」

 頷くと、ルブラは微笑み良い絵だよなと呟いた。心の底からそう思っているような感嘆の滲む声だ。

「陸も、天も、やがて全てが海に飲み込まれる。ああ素敵だ。考えただけでうっとりしちまう……。ラズリ、お前は山の方がいいって言ったけど、海の素晴らしさを知ったらそんなことは言えなくなるぜ? 海は刺激に溢れてるんだ」

 ルブラは私の手を握りながら優しい声で囁いた。

「色鮮やかな魚群に、綺麗な珊瑚と真珠。華やかな海百合、虹色の巻貝。海ってのはとても美しい世界なんだ。甘い蜜を出す海藻も生えてるし、お前が好きな獣肉に似た味の魚だっているんだぜ。海には全てが揃っている」

 随分と熱の籠もった称賛だ。まるで海の中を実際に見てきたかのような言い方をする。

「きっとお前も気に入るはずだ。もうすぐだ。もうすぐで全てが手に入る。時が来るのが楽しみだなあ、ラズリ……」

 ルブラの声が、笛のようなあの音と重なっていく。
 私はとうとう抱いていた疑念を口にした。

「記憶がないって本当かしら」

「ラズリ?」

「疑ってばかりで悪いわね。でもやっぱりあなたは怪しい。ルブラ、この島で何が起きているのか、あなたは知っているのでしょう」

 ルブラの手を強く握り返す。
 聞くなら今だ、決してこの男を逃さない。

「あなたからはこの島との強い繋がりを感じるの。その刺青は村人が描いた不気味な絵とよく似ているし、あの水葬をやたらと褒めていたわね。毎日繰り返される入水も止めようとはしなかった。何もかも揃った世界に還れるのだと、人が海に飲まれていくのを嬉しそうに見つめていた……」

 金の目に、かつての冷たさが見え始める。大きな手を力の限り握りしめ、私は矢継ぎ早に質問した。

「島に住む人間は、外からやってきた者を異常なくらい敵視している。私は随分と彼らに苦しめられてきた。なのに、あなたは一度も村の人たちから攻撃されることはなかったわね。記憶がない割に島の地理に随分と詳しい。私がここにいることだってすぐに突き止めてみせた。ねえ、ルブラ。あなたは本当に島の外から来たの? ここで暮らす人たちと、何か関係があるんじゃないの?」

 ルブラは肩を震わせ、くぐもった笑い声を漏らした。

「くくっ、くくくく……! ああ、お前って本当に……。何でそう頑ななんだろうな?」

 口はにんまりと歪んでいるのに、金の瞳は凍りつくように冷たい。ルブラは私の肩を掴み、勢い良く壁に押し付けてきた。逃げ場はない。後ろには壁が、前には屈強な身体がある。
 ルブラは私の両手首を片手で一掴みにした。怖ろしい力だ、精一杯抵抗しても彼の手はびくともしない……。

「……ルブラっ! はな、してよ!」

「ははっ、弱っちい。そんな弱っちい身体で俺に食いつこうってのか? 何もできねえくせして偉そうに。お前を一人にさせたらあっという間に村の奴らに殺されそうだ。ああ、苛々する! 誰がお前を守ってやってると思ってるんだ? 素直に俺の言うことを聞いてりゃいいのに」

 野性的な顔がゆっくりと近づいてくる。妖しく光る長方形型の瞳孔に凝り固まった怨毒のようなものを見出したが、私は目を逸らすことなくルブラを見上げた。

「深入りは危険だぜ、ラズリ。痛い目にも怖い目にも遭いたくねえんだろ? なのに俺の傍から勝手に離れて、こんなところに一人で来やがって。何でそう首を突っ込みたがるかなあ?」

「うるさいな。私は仕事上そうする必要があるだけよ」

「仕事だって? はっ、今更何言ってんだ? ちょっと前は警備隊の仕事を放り出して一日中俺に抱かれてたくせに。気に入らねえ、少し目を離した隙にこうなる。お前は何も考えず、俺の下であんあん喘いでりゃいいだろうが! 親のために金さえ稼げりゃいいんだろ? この島にゃお前しか警備隊員がいねえんだし、さぼろうが何しようがバレねえさ。放っておけばいいじゃねえか」

「できないわ! 答えなさいルブラ、あなたは何を知っているの?」

 ルブラを睨めつける。彼は怖ろしいほどの無表情で私を見下ろしていたが、暫く経った後にやっと口を開いた。

「こんな厄介な奴だとは思わなかった。はあ……いっそ憎らしいぜ。まあいい、答えてやるよ。俺は何でも知っている。何でも知っているし、いずれは何でも手にすることができる」

「なにそれ……。答えになってないわ」

「そう言う他にねえのさ。大体俺に聞かなくたって、お前も島で何が起きたのか分かったんじゃねえのか?」

 ルブラは皮肉げに唇を歪め、壁をとんとんと叩いた。

「ここに描いてあることは本当なの? 教団がどうとか、人が魚に変わるとか……」

「ああ、本当だ。この島で暮らす人間は神に全てを捧げ、神のために生きることを何よりの喜びとしている。くくっ、この島で暮らした奴は、一人残らず素晴らしき海の住人となるのさ。屍肉を啄んだ魚なんかいねえよ。あいつらは死んだんじゃなくて、海の住人へと成ったんだからな」

 ――我々は海の民。今こそ陸に住んでいるが、やがては皆海へと還る運命。流麗なる地に眠るxxxxx様に仕えるため、我々は時間をかけてゆっくりと海に適応していく。そして変貌を遂げた者から海底へと向かうのだ……。

「ねえ。この神話は本当に起きたことなの? 天空神に封じられた水の神とやらも……いずれ復活するの?」

 私には理解できぬ『xxxxx』の名。
 思い出そうとすればするほどなぜか震えが止まらない。ルブラはにんまりと笑いながら頷いた。

「ああ、復活する。偉大なる都市の浮上と共に、神は世界の何もかもを手にするんだ。何者も神には抗えない。だからラズリ……大人しくその時を待ってろよ」

「んっ!?」

 ルブラは私の顎を掴みそっと口付けてきた。目は酷く冷たいのに、口付けはとても優しい。唇から流れ込む彼の熱に、私は心が揺さぶられるのを感じた。

「はあっ……ラズリ、お前が何を考えたって、何をしたってもうどうしようもねえんだ。神はこの島の奴らを配下に加え、本来の力を取り戻しつつある。もうすぐだ。もう少しで……」

 ルブラの声が、笛のようなあの音へと変わっていく。

『もう少しで我は世界を手にする。水と狂気で彩られし華やかなる世界。お前には我が隣で新世界を愉しむ権利をやろう。我の妻となるならば、この世界を丸ごとくれてやるぞ』

 世界。随分と壮大な言葉だ。
 何かの比喩か、それとも言葉通りの意味か。

 目の前の男は得意げに唇を歪めたが、私は世界なんて要らないと首を横に振った。

『なぜ?』

 彼は虚を衝かれたような顔をした。
 私の返答が理解できないとても言いたげに、僅かに首を傾げ目を見開いた。

『もう一度言う。世界だ、世界が手に入るのだぞ? 人間というものは欲深い生き物だ。浅ましい欲に取り憑かれた下等な生き物ゆえ、自らの願いを叶えるためならば同族をも平気で殺す。殺し、狂い、血に塗れ、蟲のように穢らしく神に縋りつく。お前も人間である以上は醜い欲を持っているのだろう? 我はお前が持つその願いを、全て叶えてやれるのだぞ?』

 首を横に振り続ける。笛によく似たくぐもった声が、私の精神を苛む。

『なぜ? なぜ? なぜ我が妻になることを受け入れない? 世界が要らぬと言うのなら、お前は一体何を欲しがるのだ?』

「…………」

『快楽か? 安心せよ、我はお前が持つ淫らな欲も完璧に満たせるぞ。世界と共に、究極の快楽もくれてやろう』

「……いらない」

『嘘だろう? 本当は欲しくて堪らないのだろう? 世界を手にするということは、お前が好む獣の肉も、真珠も、美しい景色も全てがお前のものになるということなのだぞ? 痛みも苦しみもない世界で、未来永劫享楽に耽ることが叶うのだぞ? 我が妻にしか許されぬ権利だ。光栄だろう。お前も欲に塗れ、狂い、我を永遠に愉しませ続けよ! ラズ――』

「いい加減にして。ルブラ」

 私はルブラの顔を真っ直ぐ見上げた。

「私は綺麗な海を見て、美味しい料理を食べて、両親に恩返しできるくらいの給金を貰って、その余りで少し贅沢をしたり、ほんのちょっとだけ刺激的な生活を送れたらそれで満足なの。その上で、誰か素敵な男と暮らせれば文句ないわ。世界丸ごとなんて持て余しそうなもの、ちっとも欲しいと思えない」

「…………気に入らねえ」

「急に何なの? 人間が穢いなんて随分と見下した言い方をするじゃない。大体あなただって人間で――」

「気に入らねえ!!」

 ルブラは大声で吼え私の言葉を遮った。彼の顔は強張り、目は怒りに吊り上げられている。

「気に入らねえ……本当に気に入らねえ。苛々する、苛々する、苛々する! 何なんだお前。何であれだけ穢してやって、ちっとも目が濁らねえんだ!? その空みてえな目の色、憎きあいつの色にそっくりだ!」

「……ルブラ?」

「俺こそお前に聞きてえよ。何で正気に戻った? お前がずっと肉を食いたがらねえのは変だと思ってたが、まさか元に戻ってこそこそとここを突き止めるような真似をしてたなんてな。やっぱりこの島から逃げるつもりだったんだろ? 足掻くなよ、外に助けなんて求めるんじゃねえ! 諦めて俺の色に染まれ! 心を預けて、何もかも明け渡せよラズリ! お前は十年後も二十年後も、そしてその先も! ずっとずっと俺と暮らしていくんだ!」

「……ルブラ、あなた何か変よ……?」

 怨毒の瞳に新たな色が見え隠れする。
 狂気、執着。ルブラは切羽詰まったように私に縋り付いた。

「恐怖と孤独に浸してやっても化けない。肉を食わせても化けない。あれだけ犯してやっても化けない! なぜ俺のものにならない? 何がお前の精神をそこまで保っている? 欲しい物があるなら言え、何だって手に入れてやる! なのに……なぜそんな顔をする? なぜ俺を信頼しない!」

 激昂の声と共に強烈な視線が注がれる。困惑を浮かべるルブラの顔に、私は悲しみが込み上げるのを感じた。

 分かりきっていた。ルブラは最初から怪しかった。
 この男はやはり、私を純粋に好きだと思ってくれた訳ではないのだ……。

 私もルブラも冷静さを失っている。これ以上の追及はこの場で行うべきではないだろうと考え、私はそっとルブラを押し退けた。

「ルブラ……。いつまでもここにいては誰かが来てしまうわ。まだまだ聞きたいことはあるけれど、それはまた後にする。でも、最後に一つだけ。信頼してほしいというのなら、信頼できるような行動をしてちょうだい。私を一方的に支配するような言動をしたり、食事に混ぜものをされたりしては、あなたのことを心から信頼することはできないわ」

「……ラズリ」

「これからは私が料理をする。巡視を邪魔することも許さない。ルブラには恩があるから、島で暮らしている時はあなたを捕らえたりしない。でも……本部からの迎えが来たら、以前の私に対する攻撃を含め、あなたをたっぷり尋問してやるわ。覚悟しておくことね」

 私はルブラの態度に強い引っ掛かりを感じながらも、彼の手を引き神殿を後にした。

 その夜はルブラに抱かれなかった。
 彼はずっと思い詰めた顔をしていて、窓から昏い海を見つめ続けていた。
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