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第二章
23.獣性
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ゼルドリックは近頃、「虫」に悩まされ続けていた。駆除しても駆除しても群がってくる虫に何度も溜息を吐いた。
そして今日も何匹かの虫が登庁した彼を待ち受けていた。ゼルドリックはそれらに上手く対処し、自分専用の事務室に引きこもった。ゼルドリックは眉間が盛り上がった険しさを感じさせる顔を、尚の事しかめて拳を強く握り締めた。
(鬱陶しい、今日も、朝から本当に鬱陶しかった……)
同僚たちにリアの存在を知られてしまったのは先日の事だった。任務から戻った際、リアの姿を褒めそやす男たちに彼は警戒心を抱いた。ゼルドリックは嫌な予感がし、そしてそれは的中した。
もうリアの監視は必要ないと伝えたときの、彼らから浴びせられた非難の言葉。リアの姿を見たエルフたちが、彼女に強い興味を持ち、リアと会わせるようにゼルドリックにしつこく食い下がってくるのだった。
――どうか会わせて下さい、彼女と一度話をしてみたい!
――ハーフドワーフという生き物を初めて見ましたが彼女は余りにも可愛らしかった。特にあの髪の色。本当にパルシファーの綿毛の様でした……。
――お願いですゼルドリック様! 私にも一晩貸して下さいませんか? あの身体付きの女を、独り占めなど……
――会わせて下さい、ファティアナ王女を魅了する装身具を作り出すあの女性に!
――厳格であるあなたが入れ込むほどだ。さぞ、良い愛玩動物なのでしょう?
ゼルドリックは握り締めた拳を、目の前のマホガニーの机へ乱暴に振り下ろした。
(リアは愛玩動物なんかじゃない! 俺の、俺だけの姫君だ! それを矮小な虫けらどもが、リアに会わせろだの、身体を貸せだのとよくも……!)
ゼルドリックは胸元に留められたブローチを握り込み、ぎりぎりと歯を食いしばった。ゼルドリックが険しい顔のまま椅子に深く座り込んでいると、ノックも無しに事務室に入ってくる男がいた。
「やはりここに居たか、ゼルドリック」
オリヴァーはゼルドリックの姿を見て呆れたような声を出した。若草を思わせる薄緑色のおかっぱ頭を揺らしながら、彼はつかつかとゼルドリックに歩み寄った。
「貴様は近頃部署の方に顔を出さんな。今日も綿毛女のことで縋られでもしたか。何を言われたのは大方想像が付くが貴様も熱くなりすぎだ! ゼルドリック、貴様は怒りのあまり魔力を漏らしただろう。あやつらは強い魔力酔いを引き起こした。あれは、数日使い物にならんぞ。全く、業務に支障が出るだろう!」
「……オリヴァー」
「しっかりしろ、女一人に情けない。中央政府の役人とあろう者が混ざり血の女一人にこれほど入れ込むとは。わざと魔力を漏らすなど言語道断だぞ、礼を失した行動にも程がある! 誉れある中央政府の役人としての意識が足らぬぞ、ゼルドリック!」
くどくどと説教をするオリヴァーに、ゼルドリックは深い溜め息を吐いた。
「喧しい。リアは俺のものだ。それをあやつら、随分と好き勝手に言いおって。姫君を貶められて大人しくしていられる程、俺は腰抜けではない」
「姫君?」
オリヴァーは片眉を上げた。
「そうだ、その呼び方。引っかかる。貴様はあの綿毛女が余程気に入っているらしいな? ゼルドリック、それ以上入れ込むのは止めておけ。多種族差別解消法が制定されて随分経ったとはいえ、純血のエルフが他の種族と深く情を交わすのは決して良い顔はされない。分かっているだろう。これは貴様と、あの女のことを考えて言っている」
「…………」
「貴様が誰を可愛がるのも自由だ、だが、溺れるのも程々にしろと言っているのだ。厳格かつ規範の象徴だった貴様が、入れ込めば入れ込むほどに周囲はあの女に注目するぞ。貴様も綿毛女をいたずらに苦しめたくはないだろう。仲良く過ごせるように応援はしてやるが、彼女とは常に適切な距離を保つことだ。彼女に依存もせず、己に依存もさせるな。忠告はしたぞ」
オリヴァーはふんと鼻を鳴らし、豪奢なソファーに腰掛けた。
「さて、ゼルドリック。私は貴様に聞きたいことがあってここに来た」
「何だ」
ゼルドリックが渋々顔を上げれば、オリヴァーは難しい顔をして訊ねた。
「先日の緊急任務のことだ。ゼルドリック。貴様は追跡していた犯罪人共をひとり残らず殺したらしいな」
「それがどうした。犯罪人の命の有無は問わぬというのがあの命令だ。何も問題はない」
ゼルドリックの答えにぴくり、とオリヴァーが白く長い耳を動かし、困惑を顔に浮かべた。
「らしくないだろう。今までは犯罪人の命を奪わず護送してやっただろうに。それを急に、なぜ全員殺すような真似をした? 犯罪人の数は百以上いたと聞く。それをひとり残らず殺したと?」
オリヴァーの問いに、ゼルドリックは薄い笑みを浮かべてひとつ頷いた。
「機動隊の一人から聞いた。現場は凄惨なものであったと。血と骨が飛び散り、誰が誰か分からないような状態であったと。何故だ? 貴様の力なら生かしたまま捕らえることは出来ただろうに。拷問のようなやり方で、百以上も殺すことはなかっただろうに」
「やり方を変えようと思うこともあるのだよ、オリヴァー」
オリヴァーはゼルドリックの青い瞳をじっと見た。友人の瞳の中に、見たこともないような昏いものが過ぎった気がして、オリヴァーは思わず口を噤んでしまった。
「捕縛など、時間がかかるだけだ。相手は唾棄すべき犯罪人、虫けらどもだ。同情も慈悲も無く殺してやるのが手っ取り早い」
「……?」
「あの末路を見て、他の犯罪人共は怖れ慄けば良いのだ。中央政府を、そして俺を敵に回せばああなると。身体の肉という肉を少しずつ啄まれ、絶望と苦痛の中で死を迎えるのだと。それに任務を早く済ませてしまえば、俺はその分早くリアと会える」
「……ゼルドリック」
「誰も何も、俺とリアの邪魔をするのなら容赦はしない」
「…………」
「用は済んだか? オリヴァー」
(貴様は……そんなことを言う奴だったか? 女に早く会うために、それだけのために大勢を殺した?)
オリヴァーは細い目を見開いた。厳格な役人であるゼルドリックの姿に、大きなひびが入っていく。
(こやつは本当に……あのゼルドリックか?)
オリヴァーは無意識に唇を戦慄かせた。友の瞳の中に見た昏さが、どうしようもなく怖ろしいものに見えた。
何を言うべきか考えたが結局それから何も言えず、オリヴァーは不安を抱えたままゼルドリックの部屋を後にした。
――――――――――
ゼルドリックのばら屋敷には毎日大量の手紙が届く。近頃においてその殆どがリア宛の手紙だった。ゼルドリックはそれらを、リアに知られることなく全て検分した。
王女召し抱えの職人となったリアは注目の的だった。聞けば、ファティアナ王女はリアが作った耳飾りや指輪を身に着けてあちこちに顔を出すらしかった。そのせいで、リアの作品に魅了された貴族や好事家が、挙ってリアに手紙を出すようになった。
自分にも作品を作ってもらえないだろうかというものから、リア自身に関心を示すものまで、毎日何十通もの手紙が屋敷に届けられた。ゼルドリックは今日も険しい顔で、一枚一枚手紙に目を通した後、細かく破り、それを燃やした。
(要らぬ)
びり。びり。
(これも要らぬ)
びり。びり。びり。
暗く締め切った私室の中で、ゼルドリックは濁った目で手紙を次々と破り捨てていった。床には大量の紙片が散らばり、リア個人に贈られた品は粉々に壊され、潰され、机の隅に積み上げられた。
(リアに、何かを贈るのは俺だけでいい。俺以外が贈ったものなど要らぬ。こやつもリア目当てだ。リアの作品に対する美辞麗句を並べてはいるが、結局のところリアに会いたいだけ。リアは可愛いから、こうして注目を集めてしまう……虫けら共が、本当に鬱陶しい!)
ゼルドリックは差出人の名前をまたひとつ、手元の紙に書き留めた。
(これで二十三人目。リア宛の手紙はまだまだある。警戒を強めなければならない。こやつらがリアに近づこうものなら、殺す)
ゼルドリックは昏い瞳で目の前に散らばる紙片をじっと見た。紙片は机の上で燃え上がり、あっという間に灰となった。
(まだまだ手紙はある。破らなければ。こんな邪な欲望に塗れた手紙はひとつもリアに見せたくない)
ゼルドリックはひたすら手を動かし、丁寧に書かれた手紙達を躊躇なく破り捨てていった。結局、リアの手元に手紙は一通も届けられることはなかった。
――――――――――
仕事を済ませたゼルドリックがリアの部屋に向かうと、珍しいことにリアは机に座って手紙を書いていた。可愛らしい丸みを帯びた文字にゼルドリックは顔を綻ばせたが、リアが誰に手紙を出すのか気になって仕方がなかった。リアに尋ねると、彼女は柔らかく微笑んで二つの封筒をゼルドリックに見せた。
「両親と、マルに出そうと思うの。この紙がたくさん入った封筒がマルに出す方よ。マルは心配性だから、きっと私が王都で上手くやっていけているのか心配してると思うの。だから、私は大丈夫だよ、仕事も順調だよって伝えたくて……」
「そうか。それは良いことだな。君の弟も喜ぶだろう」
ゼルドリックは心の奥深くから込み上げた不快を我慢し、何とか唇の端を曲げた。
(……あの髭面の話をする時のリアは、本当に嬉しそうだ。リアに心から信頼されている。俺の知らないリアを、あの髭面は知っている。……妬ましい、羨ましい)
「それで、こっちが私の両親に送るものよ」
「……?」
ゼルドリックが受け取った封筒には、小さな翡翠のかけらだけが入れられていた。
「リア。この封筒には手紙が入っていないが」
「うん、それでいいの。父さんと母さんとはね、いつも石でやり取りしているのよ」
リアはゼルドリックの顔を見てくすりと笑った。
「私の母さんはドワーフなんだけど、滅多に岩窟の外に出ることがなくて、学校にも行かなかったから文字が読み書きできないの。父さんは普通に読み書きはできるけど、事故で両手が不自由になってしまって、おまけに目も悪くしたから手紙を読み書きするのに苦労して……。だから、私が独り立ちする時に話し合ったのよ。お互いに石でやり取りしましょうって」
「文字がなくとも、お互いの状況がある程度分かるように送る石を決めたの。例えば、翡翠は順調、銅はそこそこ、屑鉄は不調、ルビーは結婚……って具合にね」
「そうか。なら君はご両親に、今は順調だと伝えたいのだな」
ゼルドリックが手にとった翡翠のかけらをそっと封筒に入れると、リアは微笑み頷いた。
「そうよ。王都に来るのは不安で仕方がなかったけれど、ファティアナ様は私の作品を認めてくださった。心から楽しんで仕事に打ち込めているわ。私が順調に過ごせているのは、あなたのおかげよ……ゼル」
「……っ、俺の?」
「ええ。あなたのおかげ」
リアは照れたように顔を赤くし、はにかんだ。
「あなたとの生活が私に良い刺激をくれるから、私は良い作品を作れるのでしょうね。あなたが励まして話を聞いてくれるから、私は順調に過ごせているのよ。いつもありがとう、ゼル」
「……!」
ゼルドリックは思わず息を呑んだ。歓喜が迫り上がり、胸を支配していた黒い感情が霧散する。ゼルドリックはリアの赤い髪に手を伸ばし、柔らかな感触を楽しむようにそっと撫でた。
「っ、ゼル」
(可愛いな、リア……)
照れるリアの身体を抱き寄せれば、彼女の甘い香りがした。ゼルドリックはゆっくりと吸い込み、リアから漂う甘い香気を身体の内に満たしていく。リアの恥ずかしげな呻きが聞こえても、ゼルドリックはしばらくリアを抱きしめ続けた。
顔を真っ赤にしたリアに、ゼルドリックは手紙は自分が出しておこうと言った。リアはありがとうと礼を言い、分厚い封筒と、翡翠のかけらが入っただけの封筒をゼルドリックに手渡した。
ゼルドリックは私室に入り、椅子に深く腰掛けた。そして二つの封筒をじっと見つめ、熱の込もった言葉を吐いた。
「リア。君は健気だ。俺のおかげなどと……。そんなことを言っては、尚更、君が好きになる」
封筒に書かれた可愛らしい丸みを帯びた文字。やや癖のある文字だが、リアが書いたものだと思うと愛おしさが込み上げるようだった。リアが両親に送る方の封筒を、そっと指でなぞる。封筒の中の翡翠がゼルドリックの指にその硬さを伝えた。
(石を送るとは面白いことを考えるものだ。確かルビーは……結婚だったか。翡翠ではなく、大きなルビーでも手紙に入れてやろうか。そうしたらリアも、リアの両親も、一体どんな顔をするのだろうな)
ゼルドリックはくすりと笑った。
「この翡翠には、リアから俺への気持ちが込められている。だから許そう。俺を想う石だというのなら許容できる……」
(本当は、ルビーに差し替えたいところだが、それはリアと心を通わせてからにしよう)
ゼルドリックは翡翠のかけらが入った封筒をそっと机の脇に置いた。その封筒は明日郵便に出すつもりだった。
(問題はこちらだ)
ゼルドリックは分厚い封筒に手を差し込み、無表情でそれを読み始めた。
マルティンを思いやる言葉がひたすらに綴られたそれに、ゼルドリックの心にまた昏さが宿っていく。
(リア。君の手紙からよく伝わってくるよ。あの髭面をどんなに大切に思っているのか。……マル、マル。何度もあやつの名を書き連ねている。気に入らない)
「……どうしてだ。リア。俺はこんなに君を想っているのに。……許せない」
呪詛の言葉がゼルドリックの口を衝く。
「リア。リア……妬ましい、俺には君しかいないのに。君は、俺以外の男のことを気にしている。こんなに何度も名を書き連ねて、こんなに長い手紙をしたためて」
「許せない。俺の知らないリアをあやつが知っていることが。……許せない。リアの心に、俺以上に大きな存在が住み着くことが」
ゼルドリックは衝動のまま手紙を破ってしまおうかと思ったが、目に入ったリアの文字に手を止めた。
「破るのは止めよう。これはリアが書いた手紙だ。破って燃やしてしまうのは勿体ない。……こんなに可愛らしい文字なのだ。内容は癪だが、君の文字はいくらでも見ていられる」
ゼルドリックは昏い目を封筒に向け、そしてそれを魔法で仕舞い込んだ。リアがマルティンへと書いた手紙は、ゼルドリックの胸元でふっと消えた。
(髭面への手紙は郵便に出さない。代わりに、リアが書いた手紙は俺が使うことにしよう)
リアがマルティンを案じてしたためた手紙。それはゼルドリックの胸を通じ、彼の精神世界へひらひらと落ちていった。
――――――――――
リアの内に魔力の器が存在していることを認めてから、ゼルドリックはなお、リアに魔力を纏わせることに執心した。
リアの魔力の器を限界まで満たし、己の精神世界へ彼女を連れ去る。そのために何が出来るのか、ゼルドリックは常に考え続けていた。
ゼルドリックはリアに対して、常に魔法を掛け続けた。手渡す品に、家具に、シーツに、服に、浴槽に張った湯に、育てている薔薇に、彼女が触れるもの全てに己の魔力を纏わせる。
そして夜毎淫らな「夢」を見せ、魔力が滲み出た体液をリアの全身に塗りたくった。
ゼルドリックの強い魔力に曝されているリアは、凄まじい勢いで魔力を溜めている。だがそれでも、精神世界へと連れ去るためにはまだまだ魔力の量が足りなかった。
「……」
ゼルドリックはリアに出す料理に一滴、自分の血を混ぜ込むようになった。魔力が強く滲み出した血を体内に取り込めば、その分早くリアの魔力の器が満たされるだろうと考えてのことだった。
リアが夕食に手を付け笑みを溢す。ゼルドリックは愛おしい女のその笑みを見て、己の欲がむくむくと膨れ上がるのを感じた。
(ああ、今夜も抱かなくては……)
毎夜毎夜触れて、強い快楽をその身体に植え付けているというのに、リアはゼルドリックに無垢な、清廉な笑みを向ける。ゼルドリックにとってはそれがもどかしかった。自分だけがリアへの恋情に狂い、この獣性とも言うべき醜い欲に溺れている心地がした。
(君は俺をどう思っている? 君も、俺に溺れてくれたら良かったのに。俺を見て、夜を思い出して……意識してくれたらいいのに。なのに、君は何も知らないというような笑みを向ける。俺のことなんて、意識していないという風に……。あれだけ抱いているのに。もどかしい……もどかしくて仕方ない)
ゼルドリックはリアとの会話を楽しみながら、心の内で切なさを感じていた。
リアが、自分の血を混ぜ込んだスープを飲む。胸の辺りにある魔力の器が僅かに光り、新たな魔力を蓄える。
ゼルドリックはそれに何とも心が慰められる感じがした。自分の血がリアを構成する一部分となって、彼女の身体を巡る。それはとても甘美なことだった。
リアの赤い目が、暖かなスープの味にほっと細められる。パルシファーの綿毛の如き、そして鮮血の如き赤い色。
ゼルドリックはふと、リアの血はどんな味がするのだろうと考えた。
(きっと君の血は美しいのだろう。髪とその瞳と同じように、赤くて、きらきらしていて)
ゼルドリックは残酷な想像をした。リアの柔く白い肌に己の歯を突き立て、流れ出した赤い血を舐め取る。リアの血が、自分の身体を巡り巡って己を支える肉となる。悍ましく暗い想像に、ゼルドリックは密かに唇を歪ませた。
(食べたくなるほどに、その内に流れる血を啜りたくなるほどに君が愛おしい。リア、好きだ……。君が俺の血を取り込むように、俺も君の血を取り込みたい。血を飲ませて、血を飲んで、一つの存在になれたらいいのに)
ゼルドリックはその夜、乾燥に赤くひび割れたリアの指先を丹念に舐めた。その指先から僅かに滲む鉄の味が、ゼルドリックの芯を甘く揺さぶった。ひどく敏感な指先から伝わる熱にリアは何度も身を捩らせたが、ゼルドリックは羞恥を煽るように、またリアに対する自分の獣性を落ち着かせるために、その指が唾液でふやけるまで舐め続けた。
――――――――――
「…………」
夕暮れ時、工場からばら屋敷へ向かうリアの後を、オリヴァーは密かにつけていた。
彼の姿は、特定の物体を覆う遮蔽魔術という魔法によって隠されている。オリヴァーは透明となった身体で、リアの上空を飛ぶものを認め、そしてその糸目をなお細めた。
(あの黒い鳥。ゼルドリックの魔力を強く感じる……)
リアの上空を旋回する一羽の黒い鷹。
それは、自分の友が魔力操作で創り出した魔法の鷹に違いなかった。
(なるほど。あれで綿毛女を監視しているという訳か。余程姫君が気に入っているらしい。あの鷹をどうにかしなければ、綿毛女には近づけまい。……そして……何なのだ、あれは)
オリヴァーはそっと嫌悪の溜息を吐いた。魔力の在り処を辿ることに特別秀でているオリヴァーは、リアが纏う魔力の形がゼルドリックと同じだということに直ぐ気が付いた。
(ゼルドリック。何を考えている? エルフ以外の種族に対して任務以外で魔法を行使してはならないということくらい、よく知っているだろう! 貴様のしていることは犯罪だ! あの綿毛女から、なぜあれほど貴様の魔力が漏れ出ているのだ?)
(巧妙に隠したつもりだろうが私には分かる。あれは確かに貴様の魔力だ。わざと纏わせているな? ……異常だ。あの魔力量では、綿毛女は魔力酔いを何度も起こした筈だ。きっと苦しいだろうに。なぜ彼女を苦しめてまで魔力を纏わせる? 他のエルフに対しての牽制か? だとしたら病的と言わざるを得ない……)
オリヴァーは思考を巡らせ、痛む頭に手を当てた。
友でありライバルであり、そして強く尊敬する厳格な中央政府の役人ゼルドリック=ブラッドスターは、ハーフドワーフの女にいたく執着を示しているようだった。
(貴様は、屋敷にリア=リローランを住まわせてからおかしくなった)
リアに関心を示したエルフに対し、ゼルドリックは怒りを露わにして相手を追い込んだ。己の立場や才能、魔力、持ちうるもの全てを以て薙ぎ倒そうとした。誰よりも真面目で熱心に仕事に取り組んでいたゼルドリックは、今やリアのことしか考えていない。厳格な役人像を打ち捨てるその姿勢に、周囲のエルフもオリヴァー自身も、強く戸惑っていた。
(一体どうしてしまったのだ、ゼルドリック……)
オリヴァーは頭を振った。
(綿毛女を監視すればゼルドリックがおかしくなった原因を掴めるかと思ったが、奴は鷹を放っている、あの鷹は危険だ。このまま追跡するのは悪手かもしれない……)
オリヴァーは少しの逡巡ののち、そっと踵を返した。
リアへの執着心を露わにし、リアに関心を示した男たちを何の躊躇いもなく害した友人の姿を思い出す。自分がリアに近づいたとゼルドリックに知られれば、馴染みの存在であろうとも、ゼルドリックは容赦なく自分も害するのだろうという確信があった。
(無策は危険だ。まずは、綿毛女を監視しているあの鷹をどうにかしなければ。鷹をどうにかした後は、綿毛女と直接話をしたい)
(奴とどういう関係か、なぜそれほど魔力を溜め込んでいるのか、奴に手酷く扱われていないか……。戻ってこい、ゼルドリック。これ以上綿毛女に入れ込んでは貴様の立場が危うくなる)
オリヴァーは肌寒い空気の中、深い溜息を吐いた。
百年以上共に歩んできたゼルドリックの姿が霞んでしまったようで、酷く不安だった。
その夜、オリヴァーの豪奢な屋敷を訪ねてくる者があった。
「久しいな、レント」
玄関ホールのシャンデリアが、レントの金色の髪を美しく照らす。レントは灰色の瞳を柔らかく歪め、親しみの込もった目でオリヴァーに挨拶をした。
「息災か」
「ええ、この通り。オリヴァー様もお元気な様で何よりです」
オリヴァーは親しい彼の姿に笑みを浮かべ、椅子に座るように促した。
「夕飯時だ。何か食べるか? 私は料理が出来ないから取り寄せる形になるが」
「いえ、お気遣いなく。急に訪ねて申し訳ありません」
「気にするな。貴様は私の可愛い部下で弟のような存在だ。いつでも屋敷に来て構わない。この屋敷は広すぎて、私一人では持て余すのでな」
オリヴァーが糸目を細めて笑うと、レントは眉を下げた。オリヴァーはレントの美しい灰の瞳に陰が過ぎったのを見逃さなかった。
レントが気を許した相手だけに見せる心細げな顔。オリヴァーはひとつ目を瞬いて、レントに尋ねた。
「何かあったのか」
「……」
「また周囲のエルフ共から酷い扱いを受けたか」
「……いえ、僕のことではないのです。他の方のことでオリヴァー様にご相談が……」
レントは差し出された紅茶に手を付けた後、ぽつりぽつりと言葉を溢し始めた。
「少し前に、僕が管轄する町工場に一人の女性がやって来ました。ファティアナ王女召し抱えのハーフドワーフの職人です。その方の事で――」
「リア=リローランか」
オリヴァーは身を乗り出すようにしてレントの言葉を遮った。レントは目を丸くし、力の込もったオリヴァーの緑色の目を見た。
「ご存知なのですか?」
「ああ。あの髪色は珍しいからな。私の周囲でも話題になっている」
(ゼルドリックのせいで、あの女もすっかり有名だからな)
「オリヴァー様がご存知なら話が早い。僕は二度、彼女の未来を視ました」
「……」
オリヴァーは嫌な予感がした。
レントは未来視という類まれな能力を有している。彼が視る未来は決まって悲惨なものだった。
「僕の視たものは、あくまで断片です。そこに至る経緯や原因は分かりません。ですが……リアさんがある男から監禁され、酷い暴行を受け続け、最終的に死に至る未来を視ました。悲しく悍ましい未来です」
(……酷いな)
目の前の部下が持つ特異な能力。
ある者の未来を視る力。その力で垣間見た未来は必ず訪れる。
オリヴァーはレントが屋敷を訪ねてきた理由が分かった。
心優しい部下は、ハーフドワーフの女を救うために自分を頼ってきたのだ。
「このままでは、リアさんはその悍ましい未来を迎えてしまうでしょう。ですが放っておけない。彼女は僕の友人なのです、死なせたくない。あの未来を回避するために出来ることをしたい。ですが、……彼は強く、そして危険です。僕一人では出来ることに限界がある。オリヴァー様に協力をしていただきたく……。どうかお願いです。力を貸して下さいませんか」
レントはオリヴァーに深く頭を下げた。
「私に出来ることなら喜んで協力しよう。だがその前に……聞いておきたい。貴様が怖れるある男とは誰だ?」
オリヴァーの胸が、薄暗い不安に跳ねている。
不意に、自分の友人がリアを手酷く痛めつけている想像が過ぎった。
「顔は見えませんでしたが……。黒い手、特徴的な黒い靄。他者を威圧する尖った魔力……。あれは、確かに……」
胸がどくりと跳ねた。
込み上げた不安と淀みを吐き出すように、オリヴァーは低い声を出した。
「……ゼルドリックか」
レントは頷いた。彼の潤んだ灰色の目が、シャンデリアの光を受けてゆらゆらと揺れた。
それから、レントは震える声でオリヴァーに話し始めた。
市場でリアから不自然な魔力を感じたこと。
リアに話しかけたところ、ゼルドリックに魔力で威圧されたこと。
ゼルドリックがリアに過剰に入れ込んでいるように見えること。
ゼルドリックとリアは恋仲ではないにもかかわらず、リアの体内に大量の魔力が流れていること。
そしてそれは体液の交換でもしない限り、通常あり得ないだろうということ。
「僕はリアさんの未来を見て、嫌な予感がしたのです。ゼルドリック様は、リアさんの意思とは関係のないところで、無理やりリアさんを食い物にしているのかもしれないと。あの方は魔力操作に優れる。精神に干渉して、リアさんをそっくり操ってしまうことも出来るでしょう」
「このままでは僕が視たあの未来を迎えてしまうかもしれません。僕ひとりではあの方に対抗できません。ですが、オリヴァー様がいてくださるのなら……。リアさんも、ゼルドリック様も救えるかもしれない。……もう嫌なのです、目の前の命を潰えるのをただ見ているだけなのは……」
レントは口早に言葉を吐き出し、震える息を深く吐いた。
どくどくと跳ねる胸に、オリヴァーは唇を戦慄かせた。
厳格で真面目な中央政府の役人としてのゼルドリック。彼は積み上げてきた地位を捨てるような真似をしてまで、リア=リローランに溺れているように見えた。
自分や周囲の再三の忠告も聞き入れず、リアに関心を示した同胞を姑息な手で追い詰める。犯罪人をひとり残らず殺したのかと尋ねた時、ゼルドリックの青い瞳に過ぎった影。体温を吸い取られるようなその冷たさを思い出し、オリヴァーは思わず小さく震えた。
(……レントの言っていることが嘘だとは思わない。私もまた、ゼルドリックがおかしくなったところを直接見ている。危険だ、綿毛女とゼルドリックを共にいさせては。あの二人を引き離さなければ!)
オリヴァーはレントに向けて頷いた。
「レント、準備を進めよう。だが、ただ引き離すだけでは駄目だ。ゼルドリックが綿毛女に接触出来ないようにしなければならない。……ゼルドリックは危険な男だ、真正面からやり合って勝てるとは思えない。奴が綿毛女に向ける執着の危うさは私も目の当たりにしている。我々の計画が知られれば当然命の危険があるだろう。もどかしいが、準備は少しずつ進めていこう」
「……はい、オリヴァー様」
「諜報部隊と大魔導師にも協力を仰ぐ。メルローに連絡を。ミーミス様にもだ」
「はい、分かりました」
オリヴァーがいくつもの指示を出し、レントは彼の言葉を全て頭に入れていく。結局、二人は夜通し話をし続けた。それから二人のエルフは淀んだ不安を抱えたまま、リアを救うための準備を進めていくこととなった。
そして今日も何匹かの虫が登庁した彼を待ち受けていた。ゼルドリックはそれらに上手く対処し、自分専用の事務室に引きこもった。ゼルドリックは眉間が盛り上がった険しさを感じさせる顔を、尚の事しかめて拳を強く握り締めた。
(鬱陶しい、今日も、朝から本当に鬱陶しかった……)
同僚たちにリアの存在を知られてしまったのは先日の事だった。任務から戻った際、リアの姿を褒めそやす男たちに彼は警戒心を抱いた。ゼルドリックは嫌な予感がし、そしてそれは的中した。
もうリアの監視は必要ないと伝えたときの、彼らから浴びせられた非難の言葉。リアの姿を見たエルフたちが、彼女に強い興味を持ち、リアと会わせるようにゼルドリックにしつこく食い下がってくるのだった。
――どうか会わせて下さい、彼女と一度話をしてみたい!
――ハーフドワーフという生き物を初めて見ましたが彼女は余りにも可愛らしかった。特にあの髪の色。本当にパルシファーの綿毛の様でした……。
――お願いですゼルドリック様! 私にも一晩貸して下さいませんか? あの身体付きの女を、独り占めなど……
――会わせて下さい、ファティアナ王女を魅了する装身具を作り出すあの女性に!
――厳格であるあなたが入れ込むほどだ。さぞ、良い愛玩動物なのでしょう?
ゼルドリックは握り締めた拳を、目の前のマホガニーの机へ乱暴に振り下ろした。
(リアは愛玩動物なんかじゃない! 俺の、俺だけの姫君だ! それを矮小な虫けらどもが、リアに会わせろだの、身体を貸せだのとよくも……!)
ゼルドリックは胸元に留められたブローチを握り込み、ぎりぎりと歯を食いしばった。ゼルドリックが険しい顔のまま椅子に深く座り込んでいると、ノックも無しに事務室に入ってくる男がいた。
「やはりここに居たか、ゼルドリック」
オリヴァーはゼルドリックの姿を見て呆れたような声を出した。若草を思わせる薄緑色のおかっぱ頭を揺らしながら、彼はつかつかとゼルドリックに歩み寄った。
「貴様は近頃部署の方に顔を出さんな。今日も綿毛女のことで縋られでもしたか。何を言われたのは大方想像が付くが貴様も熱くなりすぎだ! ゼルドリック、貴様は怒りのあまり魔力を漏らしただろう。あやつらは強い魔力酔いを引き起こした。あれは、数日使い物にならんぞ。全く、業務に支障が出るだろう!」
「……オリヴァー」
「しっかりしろ、女一人に情けない。中央政府の役人とあろう者が混ざり血の女一人にこれほど入れ込むとは。わざと魔力を漏らすなど言語道断だぞ、礼を失した行動にも程がある! 誉れある中央政府の役人としての意識が足らぬぞ、ゼルドリック!」
くどくどと説教をするオリヴァーに、ゼルドリックは深い溜め息を吐いた。
「喧しい。リアは俺のものだ。それをあやつら、随分と好き勝手に言いおって。姫君を貶められて大人しくしていられる程、俺は腰抜けではない」
「姫君?」
オリヴァーは片眉を上げた。
「そうだ、その呼び方。引っかかる。貴様はあの綿毛女が余程気に入っているらしいな? ゼルドリック、それ以上入れ込むのは止めておけ。多種族差別解消法が制定されて随分経ったとはいえ、純血のエルフが他の種族と深く情を交わすのは決して良い顔はされない。分かっているだろう。これは貴様と、あの女のことを考えて言っている」
「…………」
「貴様が誰を可愛がるのも自由だ、だが、溺れるのも程々にしろと言っているのだ。厳格かつ規範の象徴だった貴様が、入れ込めば入れ込むほどに周囲はあの女に注目するぞ。貴様も綿毛女をいたずらに苦しめたくはないだろう。仲良く過ごせるように応援はしてやるが、彼女とは常に適切な距離を保つことだ。彼女に依存もせず、己に依存もさせるな。忠告はしたぞ」
オリヴァーはふんと鼻を鳴らし、豪奢なソファーに腰掛けた。
「さて、ゼルドリック。私は貴様に聞きたいことがあってここに来た」
「何だ」
ゼルドリックが渋々顔を上げれば、オリヴァーは難しい顔をして訊ねた。
「先日の緊急任務のことだ。ゼルドリック。貴様は追跡していた犯罪人共をひとり残らず殺したらしいな」
「それがどうした。犯罪人の命の有無は問わぬというのがあの命令だ。何も問題はない」
ゼルドリックの答えにぴくり、とオリヴァーが白く長い耳を動かし、困惑を顔に浮かべた。
「らしくないだろう。今までは犯罪人の命を奪わず護送してやっただろうに。それを急に、なぜ全員殺すような真似をした? 犯罪人の数は百以上いたと聞く。それをひとり残らず殺したと?」
オリヴァーの問いに、ゼルドリックは薄い笑みを浮かべてひとつ頷いた。
「機動隊の一人から聞いた。現場は凄惨なものであったと。血と骨が飛び散り、誰が誰か分からないような状態であったと。何故だ? 貴様の力なら生かしたまま捕らえることは出来ただろうに。拷問のようなやり方で、百以上も殺すことはなかっただろうに」
「やり方を変えようと思うこともあるのだよ、オリヴァー」
オリヴァーはゼルドリックの青い瞳をじっと見た。友人の瞳の中に、見たこともないような昏いものが過ぎった気がして、オリヴァーは思わず口を噤んでしまった。
「捕縛など、時間がかかるだけだ。相手は唾棄すべき犯罪人、虫けらどもだ。同情も慈悲も無く殺してやるのが手っ取り早い」
「……?」
「あの末路を見て、他の犯罪人共は怖れ慄けば良いのだ。中央政府を、そして俺を敵に回せばああなると。身体の肉という肉を少しずつ啄まれ、絶望と苦痛の中で死を迎えるのだと。それに任務を早く済ませてしまえば、俺はその分早くリアと会える」
「……ゼルドリック」
「誰も何も、俺とリアの邪魔をするのなら容赦はしない」
「…………」
「用は済んだか? オリヴァー」
(貴様は……そんなことを言う奴だったか? 女に早く会うために、それだけのために大勢を殺した?)
オリヴァーは細い目を見開いた。厳格な役人であるゼルドリックの姿に、大きなひびが入っていく。
(こやつは本当に……あのゼルドリックか?)
オリヴァーは無意識に唇を戦慄かせた。友の瞳の中に見た昏さが、どうしようもなく怖ろしいものに見えた。
何を言うべきか考えたが結局それから何も言えず、オリヴァーは不安を抱えたままゼルドリックの部屋を後にした。
――――――――――
ゼルドリックのばら屋敷には毎日大量の手紙が届く。近頃においてその殆どがリア宛の手紙だった。ゼルドリックはそれらを、リアに知られることなく全て検分した。
王女召し抱えの職人となったリアは注目の的だった。聞けば、ファティアナ王女はリアが作った耳飾りや指輪を身に着けてあちこちに顔を出すらしかった。そのせいで、リアの作品に魅了された貴族や好事家が、挙ってリアに手紙を出すようになった。
自分にも作品を作ってもらえないだろうかというものから、リア自身に関心を示すものまで、毎日何十通もの手紙が屋敷に届けられた。ゼルドリックは今日も険しい顔で、一枚一枚手紙に目を通した後、細かく破り、それを燃やした。
(要らぬ)
びり。びり。
(これも要らぬ)
びり。びり。びり。
暗く締め切った私室の中で、ゼルドリックは濁った目で手紙を次々と破り捨てていった。床には大量の紙片が散らばり、リア個人に贈られた品は粉々に壊され、潰され、机の隅に積み上げられた。
(リアに、何かを贈るのは俺だけでいい。俺以外が贈ったものなど要らぬ。こやつもリア目当てだ。リアの作品に対する美辞麗句を並べてはいるが、結局のところリアに会いたいだけ。リアは可愛いから、こうして注目を集めてしまう……虫けら共が、本当に鬱陶しい!)
ゼルドリックは差出人の名前をまたひとつ、手元の紙に書き留めた。
(これで二十三人目。リア宛の手紙はまだまだある。警戒を強めなければならない。こやつらがリアに近づこうものなら、殺す)
ゼルドリックは昏い瞳で目の前に散らばる紙片をじっと見た。紙片は机の上で燃え上がり、あっという間に灰となった。
(まだまだ手紙はある。破らなければ。こんな邪な欲望に塗れた手紙はひとつもリアに見せたくない)
ゼルドリックはひたすら手を動かし、丁寧に書かれた手紙達を躊躇なく破り捨てていった。結局、リアの手元に手紙は一通も届けられることはなかった。
――――――――――
仕事を済ませたゼルドリックがリアの部屋に向かうと、珍しいことにリアは机に座って手紙を書いていた。可愛らしい丸みを帯びた文字にゼルドリックは顔を綻ばせたが、リアが誰に手紙を出すのか気になって仕方がなかった。リアに尋ねると、彼女は柔らかく微笑んで二つの封筒をゼルドリックに見せた。
「両親と、マルに出そうと思うの。この紙がたくさん入った封筒がマルに出す方よ。マルは心配性だから、きっと私が王都で上手くやっていけているのか心配してると思うの。だから、私は大丈夫だよ、仕事も順調だよって伝えたくて……」
「そうか。それは良いことだな。君の弟も喜ぶだろう」
ゼルドリックは心の奥深くから込み上げた不快を我慢し、何とか唇の端を曲げた。
(……あの髭面の話をする時のリアは、本当に嬉しそうだ。リアに心から信頼されている。俺の知らないリアを、あの髭面は知っている。……妬ましい、羨ましい)
「それで、こっちが私の両親に送るものよ」
「……?」
ゼルドリックが受け取った封筒には、小さな翡翠のかけらだけが入れられていた。
「リア。この封筒には手紙が入っていないが」
「うん、それでいいの。父さんと母さんとはね、いつも石でやり取りしているのよ」
リアはゼルドリックの顔を見てくすりと笑った。
「私の母さんはドワーフなんだけど、滅多に岩窟の外に出ることがなくて、学校にも行かなかったから文字が読み書きできないの。父さんは普通に読み書きはできるけど、事故で両手が不自由になってしまって、おまけに目も悪くしたから手紙を読み書きするのに苦労して……。だから、私が独り立ちする時に話し合ったのよ。お互いに石でやり取りしましょうって」
「文字がなくとも、お互いの状況がある程度分かるように送る石を決めたの。例えば、翡翠は順調、銅はそこそこ、屑鉄は不調、ルビーは結婚……って具合にね」
「そうか。なら君はご両親に、今は順調だと伝えたいのだな」
ゼルドリックが手にとった翡翠のかけらをそっと封筒に入れると、リアは微笑み頷いた。
「そうよ。王都に来るのは不安で仕方がなかったけれど、ファティアナ様は私の作品を認めてくださった。心から楽しんで仕事に打ち込めているわ。私が順調に過ごせているのは、あなたのおかげよ……ゼル」
「……っ、俺の?」
「ええ。あなたのおかげ」
リアは照れたように顔を赤くし、はにかんだ。
「あなたとの生活が私に良い刺激をくれるから、私は良い作品を作れるのでしょうね。あなたが励まして話を聞いてくれるから、私は順調に過ごせているのよ。いつもありがとう、ゼル」
「……!」
ゼルドリックは思わず息を呑んだ。歓喜が迫り上がり、胸を支配していた黒い感情が霧散する。ゼルドリックはリアの赤い髪に手を伸ばし、柔らかな感触を楽しむようにそっと撫でた。
「っ、ゼル」
(可愛いな、リア……)
照れるリアの身体を抱き寄せれば、彼女の甘い香りがした。ゼルドリックはゆっくりと吸い込み、リアから漂う甘い香気を身体の内に満たしていく。リアの恥ずかしげな呻きが聞こえても、ゼルドリックはしばらくリアを抱きしめ続けた。
顔を真っ赤にしたリアに、ゼルドリックは手紙は自分が出しておこうと言った。リアはありがとうと礼を言い、分厚い封筒と、翡翠のかけらが入っただけの封筒をゼルドリックに手渡した。
ゼルドリックは私室に入り、椅子に深く腰掛けた。そして二つの封筒をじっと見つめ、熱の込もった言葉を吐いた。
「リア。君は健気だ。俺のおかげなどと……。そんなことを言っては、尚更、君が好きになる」
封筒に書かれた可愛らしい丸みを帯びた文字。やや癖のある文字だが、リアが書いたものだと思うと愛おしさが込み上げるようだった。リアが両親に送る方の封筒を、そっと指でなぞる。封筒の中の翡翠がゼルドリックの指にその硬さを伝えた。
(石を送るとは面白いことを考えるものだ。確かルビーは……結婚だったか。翡翠ではなく、大きなルビーでも手紙に入れてやろうか。そうしたらリアも、リアの両親も、一体どんな顔をするのだろうな)
ゼルドリックはくすりと笑った。
「この翡翠には、リアから俺への気持ちが込められている。だから許そう。俺を想う石だというのなら許容できる……」
(本当は、ルビーに差し替えたいところだが、それはリアと心を通わせてからにしよう)
ゼルドリックは翡翠のかけらが入った封筒をそっと机の脇に置いた。その封筒は明日郵便に出すつもりだった。
(問題はこちらだ)
ゼルドリックは分厚い封筒に手を差し込み、無表情でそれを読み始めた。
マルティンを思いやる言葉がひたすらに綴られたそれに、ゼルドリックの心にまた昏さが宿っていく。
(リア。君の手紙からよく伝わってくるよ。あの髭面をどんなに大切に思っているのか。……マル、マル。何度もあやつの名を書き連ねている。気に入らない)
「……どうしてだ。リア。俺はこんなに君を想っているのに。……許せない」
呪詛の言葉がゼルドリックの口を衝く。
「リア。リア……妬ましい、俺には君しかいないのに。君は、俺以外の男のことを気にしている。こんなに何度も名を書き連ねて、こんなに長い手紙をしたためて」
「許せない。俺の知らないリアをあやつが知っていることが。……許せない。リアの心に、俺以上に大きな存在が住み着くことが」
ゼルドリックは衝動のまま手紙を破ってしまおうかと思ったが、目に入ったリアの文字に手を止めた。
「破るのは止めよう。これはリアが書いた手紙だ。破って燃やしてしまうのは勿体ない。……こんなに可愛らしい文字なのだ。内容は癪だが、君の文字はいくらでも見ていられる」
ゼルドリックは昏い目を封筒に向け、そしてそれを魔法で仕舞い込んだ。リアがマルティンへと書いた手紙は、ゼルドリックの胸元でふっと消えた。
(髭面への手紙は郵便に出さない。代わりに、リアが書いた手紙は俺が使うことにしよう)
リアがマルティンを案じてしたためた手紙。それはゼルドリックの胸を通じ、彼の精神世界へひらひらと落ちていった。
――――――――――
リアの内に魔力の器が存在していることを認めてから、ゼルドリックはなお、リアに魔力を纏わせることに執心した。
リアの魔力の器を限界まで満たし、己の精神世界へ彼女を連れ去る。そのために何が出来るのか、ゼルドリックは常に考え続けていた。
ゼルドリックはリアに対して、常に魔法を掛け続けた。手渡す品に、家具に、シーツに、服に、浴槽に張った湯に、育てている薔薇に、彼女が触れるもの全てに己の魔力を纏わせる。
そして夜毎淫らな「夢」を見せ、魔力が滲み出た体液をリアの全身に塗りたくった。
ゼルドリックの強い魔力に曝されているリアは、凄まじい勢いで魔力を溜めている。だがそれでも、精神世界へと連れ去るためにはまだまだ魔力の量が足りなかった。
「……」
ゼルドリックはリアに出す料理に一滴、自分の血を混ぜ込むようになった。魔力が強く滲み出した血を体内に取り込めば、その分早くリアの魔力の器が満たされるだろうと考えてのことだった。
リアが夕食に手を付け笑みを溢す。ゼルドリックは愛おしい女のその笑みを見て、己の欲がむくむくと膨れ上がるのを感じた。
(ああ、今夜も抱かなくては……)
毎夜毎夜触れて、強い快楽をその身体に植え付けているというのに、リアはゼルドリックに無垢な、清廉な笑みを向ける。ゼルドリックにとってはそれがもどかしかった。自分だけがリアへの恋情に狂い、この獣性とも言うべき醜い欲に溺れている心地がした。
(君は俺をどう思っている? 君も、俺に溺れてくれたら良かったのに。俺を見て、夜を思い出して……意識してくれたらいいのに。なのに、君は何も知らないというような笑みを向ける。俺のことなんて、意識していないという風に……。あれだけ抱いているのに。もどかしい……もどかしくて仕方ない)
ゼルドリックはリアとの会話を楽しみながら、心の内で切なさを感じていた。
リアが、自分の血を混ぜ込んだスープを飲む。胸の辺りにある魔力の器が僅かに光り、新たな魔力を蓄える。
ゼルドリックはそれに何とも心が慰められる感じがした。自分の血がリアを構成する一部分となって、彼女の身体を巡る。それはとても甘美なことだった。
リアの赤い目が、暖かなスープの味にほっと細められる。パルシファーの綿毛の如き、そして鮮血の如き赤い色。
ゼルドリックはふと、リアの血はどんな味がするのだろうと考えた。
(きっと君の血は美しいのだろう。髪とその瞳と同じように、赤くて、きらきらしていて)
ゼルドリックは残酷な想像をした。リアの柔く白い肌に己の歯を突き立て、流れ出した赤い血を舐め取る。リアの血が、自分の身体を巡り巡って己を支える肉となる。悍ましく暗い想像に、ゼルドリックは密かに唇を歪ませた。
(食べたくなるほどに、その内に流れる血を啜りたくなるほどに君が愛おしい。リア、好きだ……。君が俺の血を取り込むように、俺も君の血を取り込みたい。血を飲ませて、血を飲んで、一つの存在になれたらいいのに)
ゼルドリックはその夜、乾燥に赤くひび割れたリアの指先を丹念に舐めた。その指先から僅かに滲む鉄の味が、ゼルドリックの芯を甘く揺さぶった。ひどく敏感な指先から伝わる熱にリアは何度も身を捩らせたが、ゼルドリックは羞恥を煽るように、またリアに対する自分の獣性を落ち着かせるために、その指が唾液でふやけるまで舐め続けた。
――――――――――
「…………」
夕暮れ時、工場からばら屋敷へ向かうリアの後を、オリヴァーは密かにつけていた。
彼の姿は、特定の物体を覆う遮蔽魔術という魔法によって隠されている。オリヴァーは透明となった身体で、リアの上空を飛ぶものを認め、そしてその糸目をなお細めた。
(あの黒い鳥。ゼルドリックの魔力を強く感じる……)
リアの上空を旋回する一羽の黒い鷹。
それは、自分の友が魔力操作で創り出した魔法の鷹に違いなかった。
(なるほど。あれで綿毛女を監視しているという訳か。余程姫君が気に入っているらしい。あの鷹をどうにかしなければ、綿毛女には近づけまい。……そして……何なのだ、あれは)
オリヴァーはそっと嫌悪の溜息を吐いた。魔力の在り処を辿ることに特別秀でているオリヴァーは、リアが纏う魔力の形がゼルドリックと同じだということに直ぐ気が付いた。
(ゼルドリック。何を考えている? エルフ以外の種族に対して任務以外で魔法を行使してはならないということくらい、よく知っているだろう! 貴様のしていることは犯罪だ! あの綿毛女から、なぜあれほど貴様の魔力が漏れ出ているのだ?)
(巧妙に隠したつもりだろうが私には分かる。あれは確かに貴様の魔力だ。わざと纏わせているな? ……異常だ。あの魔力量では、綿毛女は魔力酔いを何度も起こした筈だ。きっと苦しいだろうに。なぜ彼女を苦しめてまで魔力を纏わせる? 他のエルフに対しての牽制か? だとしたら病的と言わざるを得ない……)
オリヴァーは思考を巡らせ、痛む頭に手を当てた。
友でありライバルであり、そして強く尊敬する厳格な中央政府の役人ゼルドリック=ブラッドスターは、ハーフドワーフの女にいたく執着を示しているようだった。
(貴様は、屋敷にリア=リローランを住まわせてからおかしくなった)
リアに関心を示したエルフに対し、ゼルドリックは怒りを露わにして相手を追い込んだ。己の立場や才能、魔力、持ちうるもの全てを以て薙ぎ倒そうとした。誰よりも真面目で熱心に仕事に取り組んでいたゼルドリックは、今やリアのことしか考えていない。厳格な役人像を打ち捨てるその姿勢に、周囲のエルフもオリヴァー自身も、強く戸惑っていた。
(一体どうしてしまったのだ、ゼルドリック……)
オリヴァーは頭を振った。
(綿毛女を監視すればゼルドリックがおかしくなった原因を掴めるかと思ったが、奴は鷹を放っている、あの鷹は危険だ。このまま追跡するのは悪手かもしれない……)
オリヴァーは少しの逡巡ののち、そっと踵を返した。
リアへの執着心を露わにし、リアに関心を示した男たちを何の躊躇いもなく害した友人の姿を思い出す。自分がリアに近づいたとゼルドリックに知られれば、馴染みの存在であろうとも、ゼルドリックは容赦なく自分も害するのだろうという確信があった。
(無策は危険だ。まずは、綿毛女を監視しているあの鷹をどうにかしなければ。鷹をどうにかした後は、綿毛女と直接話をしたい)
(奴とどういう関係か、なぜそれほど魔力を溜め込んでいるのか、奴に手酷く扱われていないか……。戻ってこい、ゼルドリック。これ以上綿毛女に入れ込んでは貴様の立場が危うくなる)
オリヴァーは肌寒い空気の中、深い溜息を吐いた。
百年以上共に歩んできたゼルドリックの姿が霞んでしまったようで、酷く不安だった。
その夜、オリヴァーの豪奢な屋敷を訪ねてくる者があった。
「久しいな、レント」
玄関ホールのシャンデリアが、レントの金色の髪を美しく照らす。レントは灰色の瞳を柔らかく歪め、親しみの込もった目でオリヴァーに挨拶をした。
「息災か」
「ええ、この通り。オリヴァー様もお元気な様で何よりです」
オリヴァーは親しい彼の姿に笑みを浮かべ、椅子に座るように促した。
「夕飯時だ。何か食べるか? 私は料理が出来ないから取り寄せる形になるが」
「いえ、お気遣いなく。急に訪ねて申し訳ありません」
「気にするな。貴様は私の可愛い部下で弟のような存在だ。いつでも屋敷に来て構わない。この屋敷は広すぎて、私一人では持て余すのでな」
オリヴァーが糸目を細めて笑うと、レントは眉を下げた。オリヴァーはレントの美しい灰の瞳に陰が過ぎったのを見逃さなかった。
レントが気を許した相手だけに見せる心細げな顔。オリヴァーはひとつ目を瞬いて、レントに尋ねた。
「何かあったのか」
「……」
「また周囲のエルフ共から酷い扱いを受けたか」
「……いえ、僕のことではないのです。他の方のことでオリヴァー様にご相談が……」
レントは差し出された紅茶に手を付けた後、ぽつりぽつりと言葉を溢し始めた。
「少し前に、僕が管轄する町工場に一人の女性がやって来ました。ファティアナ王女召し抱えのハーフドワーフの職人です。その方の事で――」
「リア=リローランか」
オリヴァーは身を乗り出すようにしてレントの言葉を遮った。レントは目を丸くし、力の込もったオリヴァーの緑色の目を見た。
「ご存知なのですか?」
「ああ。あの髪色は珍しいからな。私の周囲でも話題になっている」
(ゼルドリックのせいで、あの女もすっかり有名だからな)
「オリヴァー様がご存知なら話が早い。僕は二度、彼女の未来を視ました」
「……」
オリヴァーは嫌な予感がした。
レントは未来視という類まれな能力を有している。彼が視る未来は決まって悲惨なものだった。
「僕の視たものは、あくまで断片です。そこに至る経緯や原因は分かりません。ですが……リアさんがある男から監禁され、酷い暴行を受け続け、最終的に死に至る未来を視ました。悲しく悍ましい未来です」
(……酷いな)
目の前の部下が持つ特異な能力。
ある者の未来を視る力。その力で垣間見た未来は必ず訪れる。
オリヴァーはレントが屋敷を訪ねてきた理由が分かった。
心優しい部下は、ハーフドワーフの女を救うために自分を頼ってきたのだ。
「このままでは、リアさんはその悍ましい未来を迎えてしまうでしょう。ですが放っておけない。彼女は僕の友人なのです、死なせたくない。あの未来を回避するために出来ることをしたい。ですが、……彼は強く、そして危険です。僕一人では出来ることに限界がある。オリヴァー様に協力をしていただきたく……。どうかお願いです。力を貸して下さいませんか」
レントはオリヴァーに深く頭を下げた。
「私に出来ることなら喜んで協力しよう。だがその前に……聞いておきたい。貴様が怖れるある男とは誰だ?」
オリヴァーの胸が、薄暗い不安に跳ねている。
不意に、自分の友人がリアを手酷く痛めつけている想像が過ぎった。
「顔は見えませんでしたが……。黒い手、特徴的な黒い靄。他者を威圧する尖った魔力……。あれは、確かに……」
胸がどくりと跳ねた。
込み上げた不安と淀みを吐き出すように、オリヴァーは低い声を出した。
「……ゼルドリックか」
レントは頷いた。彼の潤んだ灰色の目が、シャンデリアの光を受けてゆらゆらと揺れた。
それから、レントは震える声でオリヴァーに話し始めた。
市場でリアから不自然な魔力を感じたこと。
リアに話しかけたところ、ゼルドリックに魔力で威圧されたこと。
ゼルドリックがリアに過剰に入れ込んでいるように見えること。
ゼルドリックとリアは恋仲ではないにもかかわらず、リアの体内に大量の魔力が流れていること。
そしてそれは体液の交換でもしない限り、通常あり得ないだろうということ。
「僕はリアさんの未来を見て、嫌な予感がしたのです。ゼルドリック様は、リアさんの意思とは関係のないところで、無理やりリアさんを食い物にしているのかもしれないと。あの方は魔力操作に優れる。精神に干渉して、リアさんをそっくり操ってしまうことも出来るでしょう」
「このままでは僕が視たあの未来を迎えてしまうかもしれません。僕ひとりではあの方に対抗できません。ですが、オリヴァー様がいてくださるのなら……。リアさんも、ゼルドリック様も救えるかもしれない。……もう嫌なのです、目の前の命を潰えるのをただ見ているだけなのは……」
レントは口早に言葉を吐き出し、震える息を深く吐いた。
どくどくと跳ねる胸に、オリヴァーは唇を戦慄かせた。
厳格で真面目な中央政府の役人としてのゼルドリック。彼は積み上げてきた地位を捨てるような真似をしてまで、リア=リローランに溺れているように見えた。
自分や周囲の再三の忠告も聞き入れず、リアに関心を示した同胞を姑息な手で追い詰める。犯罪人をひとり残らず殺したのかと尋ねた時、ゼルドリックの青い瞳に過ぎった影。体温を吸い取られるようなその冷たさを思い出し、オリヴァーは思わず小さく震えた。
(……レントの言っていることが嘘だとは思わない。私もまた、ゼルドリックがおかしくなったところを直接見ている。危険だ、綿毛女とゼルドリックを共にいさせては。あの二人を引き離さなければ!)
オリヴァーはレントに向けて頷いた。
「レント、準備を進めよう。だが、ただ引き離すだけでは駄目だ。ゼルドリックが綿毛女に接触出来ないようにしなければならない。……ゼルドリックは危険な男だ、真正面からやり合って勝てるとは思えない。奴が綿毛女に向ける執着の危うさは私も目の当たりにしている。我々の計画が知られれば当然命の危険があるだろう。もどかしいが、準備は少しずつ進めていこう」
「……はい、オリヴァー様」
「諜報部隊と大魔導師にも協力を仰ぐ。メルローに連絡を。ミーミス様にもだ」
「はい、分かりました」
オリヴァーがいくつもの指示を出し、レントは彼の言葉を全て頭に入れていく。結局、二人は夜通し話をし続けた。それから二人のエルフは淀んだ不安を抱えたまま、リアを救うための準備を進めていくこととなった。
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